73、母と娘
男共に使った【マルチポイント】はなかなかに使えた。それで女の影武者を破壊しても良かったが、“商品である人間“の目を隠すのにはちょうどいい物だった。
ともあれ、終わったか······。
しばらくしても、反撃がくる様子はなかった。女王の死を示すかのように影武者の像は全ての色が落ち、金色だけを残していた。像の着色もスキルによるものだったのだろう。そして、
やはり“修復不可能な事態“はあるか······。
スキル【再生】の欠点は確かめようがないと思っていたが、今回、ようやくその確認が取れたと言える。想定外のことだったが、これは大きな収穫でもあった。
俺の【再生】は完全なものではない。
一応、頭と心臓は常に気を付けておくか······。
命を代償にしているのだから、それぐらいのものでもいいだろう。と思いながら一呼吸。鎮静剤が効いたのか、ひどく落ち着いていた。しかし、少しだけ込み上げるような笑いもあった。
······清々したな。
顔や髪に付いた血を拭う。女王に慕っていた――テント内にいる屈強な男達は、俺がかつて殺した“王“のように全て弾け飛んでいた。テントの外に居る見張りもいるはずだが、中へ入って来ない辺り逃げたと思える。テント内は商品だけ。
もう一度、深呼吸をした。
それで情動は収まった。
檻の奴等は、適当に鍵を壊しておけばいいか······。
後は念のため寿命を確認すれば、【透過】を使ってここを去るだけだった。
『この値が0になると貴方は消滅します。残り:3年分』
『※ノルマ達成済。ノルマは0時にリセットされます』
······問題ないな。
これが達成されてなければ市で逃げる商人を探して殺さなきゃならなかったが、その面倒も必要ない。寿命は、正しく明日を用意している。
帰るか······。
そして俺は、女王の言葉――噂に“皆殺し“という尾ヒレが付いていたな、と思いながら【透過】を使った。――のだが、
「まって······」
それはスキルを使った直後に聞こえた。
あの時、目の合った娘が、いつの間にか俺のローブの右袖を掴んでいた。
「お願い······」
グレイナの時もそうだが、通常の【透過】は発動時、服に接触している人物まで一緒に【透過】させてしまう。故に、娘はあの時見せたような、透き通った茶色の目で、しっかりとこちらの目を見ていた。
「おかあさんを······助けて······」
女王が死んでも、やはり、母親の像は戻ってなかった。助けてやれる方法が俺にはあるなら考えただろうが、あのスキルを使った本人――女王が不可能だと言うのだから、もはや不可逆なものだろう。
「無理だ。あれはもう物でしかない、諦めろ」
黙って俯く娘。だが、泣くことはなかった。涙が枯れたか、年端もいかないながらに、自分の母親がもう戻らないのだと悟っていたのかもしれない。
「分かったら放せ。俺はお前の母親を救えたかもしれないが、見殺しにした。そんな奴だ」
「······けど、やり返してくれた······」
「勘違いするな、自分のためにやっただけだ」
それでも、娘は手を放さなかった。そして、
「帰るおうちがない······。おかあさんもいない······私、どこに行けば······」
「その辺の金でも拾って売ればそれなり生活は出来る。勝手に生きろ」
すると、娘は涙を浮かべ、ひどく顔を歪めた。
「イヤだ······だって、これは······」
······あぁ、そうか。
失言だった。ここにある金は命で出来た可能性があるだけではなく、娘の母親と同じ物でもあった。そんなものを、この娘が自分の手で売るなど決して出来ないだろう。
······。
生きるためにここを訪れた商人共は、金を――命で出来た金を醜悪なほどに欲していた。それに比べれば、この娘は······。
放っておけば、この娘は死ぬか······?
不覚にも、母親を見殺しにしたことを責めるでもなく、そんな俺に助けを求める娘に、いつかのリズやいつかの【聖女】に見たような影を重ねてしまった。綺麗で、純朴で、どんな大人達より透き通った、欲望を感じさせない影をこの娘に。
······何を考えてる、俺は。
馬鹿なことを振り払おうと、自分に言い聞かせた。だが、しかし、もはや影を重ねた手前、情けなくもこの娘を放っておくことが出来なくなっていた。出来そうもなかった。
「あの母親はどうするつもりだ?」
「······」
「あんなもの、一緒に連れていった所で辛いだけだぞ?」
「――っ!?」
「お前だけなら連れていくのも楽だ。だが、お前の母親は連れ出すのに手間がかかる。だから早く決めろ」
「······いいの?」
「あぁ、だからどうするか聞いてるんだ。お前等を売り買いしようとした奴は逃げてここには居ない。いずれ戻ってくるかもしれんが、それまでは“アレ“も落ちている物と変わらん。だから、拾いたいんなら早く決めろ」
「······じゃあ、お願い······おかあさんも······一緒に······」
「そうか。なら俺は“アレ“を運ぶ。お前は、檻の奴等の鍵でも探して解いてろ」
そうして俺は、檻にいる全ての人間に【暗幕】を掛けると、ここを去る準備に取り掛かった。
あやかしのような夜の闇が晴れ、薄っすら眩しい日射しを感じる昼前に俺等は家に着いた。
ラプスロッドであんな騒ぎがあったため、馬車を探すのに一苦労したが、持参していた――通常の三倍はある金をチラつかせると何とか見つかった。また、馬車に乗る前――日付を跨いだ頃、偶然あの黒いターバンの商人を見つけたため心臓を握っておいた。ストールが少し特徴的なのと、恐怖の中、不意に商人仲間と話して漏れた笑い声が同じだったため“間違いない“と確信した。目も背格好も同じだった。
「俺の住む場所はキッチンとこの部屋しかない。今日はここで寝ろ」
母親の像は俺の部屋へ運んでおいた。通常なら運ぶのは苦労しただろうが【透過】あったため運ぶのは楽なほうだった。重さも不思議なことに、恐らく、元の母親ぐらいのものだろうと思えた。
「明日、明るくなったら違う場所を探してやる」
流石に、寝ずのままの一日は俺も疲れていた。馬車で寝ることも考えたが、帰途の路はひどく、とても睡眠に就けるものじゃなかった。欠伸も出て、久々に“人間なんだ“と思う生理現象を馬車で感じた。そうでなくとも、今日の寿命を商人で達しているため、その余裕があったかもしれないが。
ともあれ、
「俺は床で寝るから、お前はベッドで――」
だが、そう娘に呼び掛けた所で溜め息を吐いた。
「すぅ······すぅ······」
娘は、母親の脚に顔を埋めるようにして眠っていた。
頬には涙が流れていた。
そこが、一番安心するのか······。
両親の居ない俺には、少しだけ、羨ましく思えた。
······どうして、俺を恨まない。
眠る娘にシーツを静かに掛けると、俺は独りベッドで、彼女等に背中を見せて目を瞑る。カーテンの閉じた、薄暗い部屋の匂いを強く感じた気がした。
第五章まで読んで頂き、ありがとうございます。次話より第六章になります。
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