72、ダイヤモンドダスト
女の顔にはよもや、どう捉えようと演技と思えぬ焦燥が滲み出ていた。
「や、やめろ······」
身代わりを使って反撃してくるとも思ったが、そんなことはなかった。さながら、糸の繋がってない人形と術者なのかもしれない。ただ、そんな彼女が唯一抵抗した事と言えば、俺が一歩歩み寄った際――、
「ふっ······ふふっ······抜かったの」
固まってない左手で、俺の腹を貫いたことだった。
女の左手は鋭利に、金の槍へと変化していた。
だが、
「なっ······!?」
「警戒はずっとしている。避ける必要がないと思っただけだ」
頭部への攻撃だけ警戒をし、スキル【無痛】と【再生】を持つ俺には不意打ちでも何でもなかった。槍に手を乗せると俺は、そこからスキルで槍を凍らせる。そのまま女の胴のほうまで冷気を進め、ほとんどを凍り付かせると【部分透過】を使って槍を抜けた。
「な、なんじゃ······それは······」
そのすり抜けを見た女の唇は震えていた。
それが寒さだけでないのは、見開いた目から窺える。
「や、やめろ······来るな······」
そしてまた、女王に、手の打ちようがないことも。
「ま、待てっ! そうじゃ! 妾の資産を半分くれてやる! そ、それで今回は手を打たぬか!?」
「······」
「わ、わかった! それに加え、金もたんまり作ってやろう! それも、一生かけても使い切れん量をじゃ! な、なんなら一日掛けても見て回れぬ程の、黄金の豪邸だって作ってやってよいぞ!? ちょっと時間は掛かるが妾になら可能じゃ!」
「······」
「そ、それでも足りぬのなら············わ、妾の身体を一晩、好きに弄んでも――」
「お前。何か勘違いしてないか?」
「な、なにをじゃ······?」
そんなものを貰ったところで何一つ嬉しくない。本来、有ったであろう俺の命が戻るわけでも、起きた事実が変わるわけでもないのだから。そしてそれなのに、姑息で、不平等で、蔑みたくなるような――【職業】に恵まれた悪ばかりが、俺より長く命を持つ。
だから――、
「俺はただ、命が欲しいんだよ。お前等みたいな奴の命が」
それが許せなかった。
許せなくなっていた。
あの聖女を見たからだろうか、それとも、永遠に尽きぬ人の欲を見たからだろうか、ともあれ、今はその『どちらか?』になど頭は回らなかった。冷静な――冷酷なほどの感情の中で、乱れつつある空虚な心を『間違いのないこいつ等』を殺して満たせれば······とだけ思っていた。鎮静剤のように。
「どうしたら、見逃してくれる······?」
「どう? どう頑張ってももう遅いだろ。これまで欲望に漬け込み、嘆きを嘲笑い、私欲だけを満たし、命を続けてきたんだ。自分の命は特別だとでも思ってるんじゃないのか?」
「そ、そんなことはない! 妾も同じ一つの命じゃ!」
「······あぁそうか。なら、俺がその釣り合わない命の対価を正そうと、命を奪うのも不思議なことじゃないだろう? お前は既にあの母親の命を既に奪ってるんだ」
「そ、それは······」
「そうだよな。お前等みたいな人間はいつもそうだ。平気で人の命を奪う癖に、いざ己の命が握られると辻褄が合わないことを言う。より醜く生きようとする。いっそ潔く殺してくれと言ったほうが綺麗で躊躇いを覚えるくらいだ。······あぁ、そういえば一人だけそんな人間がいたな。あの男の名はなんて言ったったか··················まぁいい。安心しろ。少し寒いだけだ。それも一瞬のことだろう」
女の首を掴む。素早く脈打っているのを感じた。
「ま······まってくれ······」
「いや、もう終わりだ。俺も時間が惜しくなってきた」
「たのむ······この際······奴隷でもいい······! 何でもいい······だから、妾の命だけは······」
「お前は、死神への命乞いが叶うと思うか?」
「死神、じゃと······? なにを言って············――っ!? 貴様まさか······!」
「あぁ、死神だよ」
「なんじゃと······。······頼む、後生じゃ······! 皆殺しにするんじゃろ!? なら、一人くらいどうか妾を······妾だけは見逃してくれぬか······!? 山賊のようには広めぬ······足も洗う······! それでどうか――」
「やはり、自分は特別とでも思ってるんだな」
「ちがう、今のは······っ! ············ひっ! や、やめてくれ······い、嫌じゃ······。わ、わらわは······わらわは······まだ······死にたく······死にたくな······死にた······くな············ぁ························」
その後身体を翻し、女から離れた。
「お前だけじゃない。誰だってそうだ」
直後、女王の氷像は【ピンポイント】で霧のように四方八方へと飛び散った。
空から塵が舞う。
命の混じった金を含む――鮮やかな細氷だった。




