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71、命の宝石

 雨は数分に渡り降っていた。だが、


「ふむ、商人に紛れては居らぬか」


 その言葉の後、雨はピタリと止んだ。出口のカーテンが開かれ、商人等が外へ走り出していく。踏んだ水溜まりから金の水滴が跳ねるが、その水溜まりはまるで地面へ吸われたようにいつの間にか消えていた。


 テントの中に残ったのは檻の中の人間と、女王を守る――銃を持った男等だけ。


「なら、こちらに潜んでるかのぉ」


 すると、床からぬるりと現れた無数の女王の身体。その一つ一つが、最初に見た女王と全く同じ容姿をしていた。肌の色まで再現され、おまけに、ネイルや装飾まで瓜二つ。


 これは、少し予定外だな······。


 流石に自分の身を守るためとはいえ、こんな身体がいくつも作れるとは思ってなかった。また、それを同時に操れるということも。


 とはいえ、今さら引けないか······。


 俺は既に次の手を打っていた。だがそれは、無数の女や取り巻きの男等が目を光らせる中で中断すれば、必ず相手の逃亡にも繋がることだった。


 生み出された女の一人が、一つの檻の前で止まる。

 あの母娘おやこが入っていた檻だった。


「ふん、そんな所にったか。まぁ、他に空いてる檻は鍵が掛かってるからの、当然と言えば当然か。······どうじゃ、気分は? さながら、万事休すというところかの? ほれ、撃ち殺されたくなければ顔を見せい」


 俺はその檻の中でフードを被って座っていた。当然【透過】を使用せず。俺の入るその檻を、同じ顔の女数十人と銃を持つ数人の男がいつの間にか囲んでいた。向こう側もろくに見えないほど。


「骸骨みたいな男よのぉ。······ふん、お前等。こいつをここへ座らせい」


 二人の屈強な男が檻へ入ってくる。両腕を掴まれ外に連れ出された。スキルがあるためいつでも逃げられるが、膂力りょりょくでは敵いそうもない。


 女の前に座らされ、黒のフードを取られた。


「まだ反抗的な目じゃのう。まだ妾を殺せると思っておるのか? 無駄じゃ。決して貴様に本物の妾は見つけられん」


 すると一斉に「くっくっくっくっ」と笑い始める女達。同じ声が微妙にズレながら、耳に纏わりつくように嘲笑を感じさせた。怒りはないが気味は悪い。


「貴様に選択肢をやろう。まるでカマイタチのようなそのスキルは実に面白い。中々のレア物じゃ。じゃから、妾のためにそれを使うなら生かしてやろう。そうでなければ、ここで死じゃ。どちらが良いかの?」


 当然、答えは決まっている。


「······どちらでもない。俺は、お前を殺して生きる」

「くっくっくっ、面白い。――此奴こやつの口を開かせよ」


 指示に従い、動き出す男達。


「妾の滴を飲んでも、そう言えるかの?」


 母や娘の時と違い、やや力尽くで女の前に顔を出された。そして女は指を、俺の顔の上に出す。


 抵抗する素振りは見せた。

 ここまでは狙い通りだったからだ。


 結局、俺は覚えたばかりの······いや、進化したと言えるスキルを使うことにしていた。


 のだが――、


 ()()()()()()()()()、必要無さそうだった。


 人の壁の隙間で一瞬だけ少女と目があった。


 ······あぁ、そういえば。


 抵抗する真似をしても、殺される気がしない俺は冷静だった。


「ふっ······ふふっ······」


 俺の薄笑いに、右手に滴を携える女は「待て」と男等を止めさせた。


「なんじゃ、諦めたか?」

「いや、わざわざ、今こんなやり方をする必要はあるのか、と思ってな」

「······何が言いたい?」

「大した性格をしてるよな、お前。人を屈服させるなら、一番良い眺めが出来るのはそこだもんな」

「――っ!?」

「お前、いつも決まった装飾をしてるんじゃないか?」


 女の顔に焦りが浮かんでいた。

 だがしかし、その色はさらに濃くなる。


「どうした? 逃げないのか?」

「くっ、なんじゃこれはっ!?」


 ヒールを履く女の足元が凍りついていた。指先の滴も。

 俺のスキル――【絶対零度】によって。


「やはり、溶けなければ隠れられないんだろう?」

「お前等! 構わん! さっさとこいつをころ――」


 その時、同時に男等だけが全て弾けた。

 内側から血の花火を散らすように。


 血を浴びながら解放された俺は、ゆっくりと立ち上がる。

 女は、手足をそのままに戦慄わなないていた。


「お前は全く再現したつもりのようだが、残念だったな。その手、見てみろよ。何か足りないだろ?」

「な、なんのことじゃ!? 妾は本物とは限ら············っ!?」


 周りにいる女の人形は皆、右手の小指に、真っ赤に煌めくルビーの指輪をしていた。まるで、命の全てを詰め込んだような、真っ赤な指輪を。


「お前、気付かなかったろ。それが取られてたことに」

「ま、まさか、あの女か······っ!?」


 奥歯を強く噛み締めながら女王は、自分が数刻前に金へと変えた母親のほうを見る。娘が寄り添う像が握る、決して開かぬ――左拳の真っ赤なルビー。あの母親が命懸けでした行為は、思わぬ形で実を結んでいた。


「完璧というのも困りもんだ」


 目の前の、垂れない金の滴を指先に残す“動けぬ女“は、その指に赤いルビーだけはしていなかった。


「その性格も災いしたな。どうだ? 自分が動けなくなった気分は?」

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