67、神環の日
いつも通り、外観が石造りに見えるルグニス協会へ辿り着いた俺だが、珍しいことに入り口が閉まっていた。ふと側を通った、籠を持つおばさんに話を聞くと、どうやら今日は『神環の日』という“二十歳になる者が居ない“極稀な日だそう。そして『神がお休みになる日』でもあるため、それに属する協会もお休みなんだとか。
ちなみに、国と協会が共有で管理する『出生帳簿』によって二十歳の有無は分かるため『神環の日』については事前に貼り紙で知らされるそうだ。······まぁ、必要な情報以外に無頓着な俺は例によって知らなかったのだが。
『ちょっとは、世間に興味を持ったほうがいいですよ?』
少しだけ、反省をした瞬間だった。ともあれ、
どうするか······。
教えてくれたおばさんに些細な感謝と別れを告げると、俺は来た道を戻りながらどこの国へ向かうか考えていた。昨夜はこの国の死刑囚を殺したばかりだった。別にイレギュラー的にまたこの国で命を刈るのもいいと思えたが、なにせ今日は、まだ通りの人もまばらな朝の早いうちだった。次に向かう国の心当たりこそないものの、制限時間にはまだまだ余裕があった。この辺りは、二ヶ月もすれば精神的にも慣れたものだった。三十分あれば明日も生きられる、と思えるくらいだ。
そうして歩いて考えている時、ふと、少し前のダクニスでの双子の会話を思い出した。あの妹のほうの言葉だ。
『私達は······ラプスロッドで買われた人間だから、逆らうことが出来なかった······』
そういえば、まだ“そこ“は片付けてなかったな。
ラプスロッドは、ここから半日で行ける場所だった。
『だから逆らえば、売買の際に埋め込まれたスキルで、私達は金に変えられてしまう······』
明確な“国“としての形ではなく“闇市“と言える場所のため忘れていたが、きっと今もそこには、そのスキルの持ち主はいるだろう。ある意味それはどちらの保証書にもなり得る、取引において便利なスキルでもあるのだから。加えて、他に活用場所などもないだろう、そんなスキルは。
そろそろ片付けておくか······。
またそこは、ガルラのような者が訪れる場所でもある。もしそのスキルの持ち主が見つからなくても、刈り取っていい命などで溢れていることだろう。最悪、数日の滞在も可能だ。それに、そんな所で死ぬ命など噂の種にもならないだろう。毎日、命が物のように扱われているの場所だ。俺の噂さえも些細なものじゃないだろうか?
······決まりだな。
踵を返し、早速、馬車乗り場へと向かった。
黄や赤、緑に青、紫などの発光体。
闇の中で怪しく光る露店の数々は、まるで、あやかしの市にでも来てしまったかのようだった。しかし当然だが、どこの店主も中身は人。そして皆が皆、顔か口元を隠しては黒の衣装に身を包んでいる。それがまた、異世界のような奇妙さに拍車を掛けていた。
俺の白いローブは、ここでは逆に目立つほどだった。まるで、あやかしを退治しにきた祓魔師と自分でも思うくらいに。通り過ぎる人は、殺意を剥き出しにしたような目でこちらを見ている。どちらかと言えば俺は、既に悪魔に取り憑かれた聖職者なのだが、それでも好ましくは思わないのだろう。
しかしとはいえ――、
“退治しに来た“点は同じか······。
とりあえず、それらしい人物に当たるまで最初は聞いて回るしかないわけだが、ただその前に、俺は人気のない路地裏でローブを白から黒に裏返した。やや情けない。
そうして、殺す人間の捜索にかかろうとしたわけだが、しかし、黒のローブでその路地裏から出ようとした時、目を疑うような者が通り過ぎた。
目の前を通ったのは横顔でもあり、一瞬ではあったものの、時間が止まったように見えたその一瞬は、確信を持ってその者だと思わせるに十分だった。彼女はベールを纏っていた。
············あの女?
それは以前、俺に“死神の噂“を教えてくれた、ルグニスで子供を連れていたあの【聖女】――マリアンヌに間違いなかった。




