66、噂
あれから二ヶ月後。ルグニスを含む周辺国では、とある噂が立ってしまっていた。
『悪いことをすると、死神がやって来る』と。
その出所を辿れば、どうやらあの山賊――あの夜、外から酒を持ってきた“逃げた山賊“が「俺の所にも現れた。黒のローブと三日月のような鎌を持っていた」と国々で吹聴してたらしい。最初こそその話し相手等は口々に「馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑って飛ばしたが、一月が経った頃、ようやく“それが真実かもしれない“と思ったよう。瞬く間に噂となって広がった。
その噂が広がる前、ルグニスでは既に死刑囚が相次いで死ぬというのが周知され、警備が増加されていた。そのため殺すのは可能だが“少し日を空けよう“と思い、俺は二、三日に一回のペースで独房を訪れつつ、これまでのような“殺してもいい人間“の元を訪れていた。
だが、法治下にあるこの国では、そう“ダグニスの翁“や死刑囚のような悪というのは見当たらなかった。そのため、俺は周辺国へ回ったわけなのだが······噂はより広まってしまった。
まぁ、それも仕方ないのだが。
俺の不注意と言える。
あれから人との接触を隔絶していた俺はそんな噂など立ってるとも露知らず、死刑囚の心臓を握っては周辺国へと出向いていた。――が、死刑囚でない他の奴等は鎌やスキルを使って殺すことが多かったため、つまり、そうしている内に自然と噂に真実味を帯びさせてしまっていた。
ちなみに――だが、
俺が噂を知ったのはルグニスを歩いていた時、子供に「あっ、死神だ」と指を差されたことからだった。その時は、反射的にスキルを発動しそうになるほど心臓が掴まれるような想いをしたのだが、偶然にもその子供――子供等を連れていたのが【聖女】マリアンヌだったため、
「ちょっとは、世間に興味を持ったほうがいいですよ?」
と、余計な一言と共に、噂について教えてくれた。
ともあれ、そうして噂の出所を突き詰めようと探ると、あの山賊が発信源という所まで辿り着いた。だが、肝心の本人の所在は掴めず、噂だけが広がり、恐らく山にでも身を潜めているのではないかとの情報。そこで、流石に無数にある広大な山々から一人を探すのは骨が折れると思い、断念。第一、山賊の顔を知らなかった。
かといって、そんな些細なミスは重なったものの、日常生活に大きな変わりはなかった。朝、昼どちらかは依頼をこなし、夜は死刑囚。周辺国での殺人の場合は、その地に合わせての依頼を受けておくだけだった。
おかげで、信頼はあと三回ほどで予定値の80を越えるであろう所。後半に伸びの悪さが著しいのは予定外だったが、なんとかここまでこれた。
また、こなしてきた魔物討伐依頼のおかげで、戦闘も少しだけ出来るようになった。キマイラや飛竜などに身体を喰いちぎられることもあったが、頭だけは守ったためなんとか無事に経験を積めた。
痛みは【無痛】を使っていたためなんともなかったが、それよりも視覚的に、本来、有るはずのものが無いという衝撃には動揺をしたのを今でも覚えている。頭では指を動かしているのに、それが“無い“のだから。自分は何を動かそうとしているんだ? と背筋に悪寒が走ったりもした。······ただ、それも最初だけで、次第に蛍のような黒い光が集まって修復される【再生】の気持ち悪さと共に、慣れてはしまうのだが。
そうして、それらのスキルも扱いつつ戦闘が出来るようになり、もはや敵なしだろうと思える俺は、いつものローブ――黒ではない裏側の白に身を包み、朝のルグニスを歩いていた。裏を着ているのは先の噂があるからだ。やはり目立ちたくはない。
次のターゲットを考えながら、ルグニス協会へ続く道を歩いていると、途中、グレーの帽子に、グレーのロングコートを着る男がすれ違いざまにこちらを怪訝に見た。
だが俺は、恐らくこの姿が似合わないのだろうと思った。聖職者の雰囲気漂う装いに、明らかに不調和といえるほどの伸びた黒髪。そして再び、寝不足よりも酷い――眼窩が窪んで見えるほどのクマが、墨を塗ったように下瞼へ濃く現れていたのだから仕方ないだろう。




