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60、あの日と同じ、月の照らす夜

 俺は――自分の家のベッドに座っていた。


『俺は顔も名前も知らないが、犯人は既に捕まってる。俺が着く前に、衛兵に連れてかれたらしい』


 ただ、ひたすら夜を待った。


『俺は生きた人間ならどんな傷でも治せるのに、死んじまった人間もんはカサブタ一つ治せねぇ。“昔とったなんとか“で傷を塞いじゃいるが、それでも······あまりに可哀想だ。見てられねぇ』


 あいつが、殺されなきゃならない理由があるか······?


『俺でもこんなんだ。だから親御さんは二人とも心神喪失になっちまってな。今は病院うちのベッドで伏せたきりだ。葬儀を誰かが手続きしてくれなきゃならないんだが······そんなだからな。とてもじゃねぇけど、話なんて持ち出せない』


 いや······無い。

 俺が知る限り――ひとつも。


『······かといって、俺は人の心に寄り添うのが苦手でね。だから二人そっちはうちの看護師ナースに任せて、診察予約のない午前は、外の空気を吸いに歩いてた。そしたらそこに、お前が居た。偶然、お前がその子と面識あるのは知ってたから声を掛けた』


 伸びる影が、部屋の隅々まで満たした。





 独房が並ぶ通路を歩いていた。頭上――柵向こうのガラス天井から落ちる月明かりが、明かりの消えたコンクリートの道をブルーに照らした。


『あぁ、7109(なないちぜろきゅう)にいる囚人のことか。一昨日起きた殺人のだろ? 面会か?』


 下調べは、昼にしてある。


『いや、ここに居るならいいんだ。また後日、面会に来る』


 看守は怪訝な目をしていたが、俺を止めることはなかった。


 夜の通路に足音が響くことはなかった。

 また、牢や錠が意味をなすことも。


 ············ここか。


 一つの独房の前に立った。その扉の上には、看守の言った番号が木札に書かれていた。そこにも錠が掛けられて居るが、俺には関係なかった。


 【透過】を使って中に入り込む。

 独房の中は殺風景なものだった。


 月明かりを入れる、小さな檻の窓。

 生理現象を済ませるだけの水回り。

 廉価なパイプベッドに、白いシーツ。


 それだけだった。


 そして、その者はシーツの上から足を出して座っていた。


 いや――()()()起きていた。


 俺は無意識に、スキルを解いて話し掛けていた。


「なんで、お前がここに居る······?」


 何度も見覚えのあるその風貌は、欠け始めた白い月のほうを見ていた。だが、静かに響いた俺の声に気付くと、艶然とこちらを見て、


「あら、誰かと思えば」


 相手も、俺の存在に気付いた。

 どうか、これだけは夢であって欲しかった。


 そんな理不尽なことってあるか······?


 俺は、この運命をひどく呪った。

 彼女の――藍色のツヤのある髪が月照で輝いていた。


「それはこっちの台詞ね、イルフェース。どうやってここに?」


 そこには()()()()がいた。


 あの協会で“仲違いを起こした以来“の彼女は、かつて俺がその輪の中にいた時のように、落ち着いた女性の口調で――静かに答えていた。

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