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58、表と裏

 依頼を受けた俺は、ルグニスから十五分ほどの“シェーンのほとり“と呼ばれる場所に向かった。そして、そこで魔物クレイブというスライムを討伐。これが依頼だった。


 剣などの物理攻撃が通用しない相手だったが、鎌だけは通じた。また、新たに覚えた【絶対零度】と【ピンポイント】を使えば雑魚同然だった。魔物は瞬く間に凍り、霧のように爆散。魔物には一般的に核があるのだが、それ等によって核は粉々に破壊された。


 本当は戦闘経験を積むつもりだったのだが······。



 スキル【絶対零度】:手のひらを中心に冷気を放出。

 スキル【浮遊】:身体を浮かせることが出来る。

 スキル【部分透過】:身体を部分的に透過出来る。



 この辺りを試したかったのだが、予想通りと言えば予想通り。【絶対零度】の範囲が十メートルぐらいまで届くと知れたのが収穫だろうか。他は経験になるようなものではなかった。昨日使った【部分透過】も“名前通り“のもの。


 少しだけ、相手を間違えたような······。


 ともあれ、それでもあっという間に片付いたこの依頼。報酬金はそこそこ。山賊退治の五分の一にも満たないが、労力を考えれば上々過ぎるぐらいだった。


 また今回、討伐の際、周りに人は居なかった。魔物が出る場所は、人もそう寄りつかない。町から離れた所での魔物討伐なら、依頼も割りと受けられそうだと知った。それに、もし人が見ていたとしても【暗幕】を使用すればいい。俺なら魔物など十秒足らずで片付けられるのだ。見物人は、立ちくらみ程度にしか思わないだろう。


 そして、メッセージの機能も便利だった。

 ほとんど顔を合わせずに済むのだから。


 依頼人とは最初だけ顔を合わせて、後は“済んだ“と報告。現場に行った依頼主は事実を確認し、依頼完了を協会へ伝える。そして、知らぬ間に俺の信頼は上がっていて金も入る。


 簡単に生計を立てられると知り、ようやく、【死神】になった恩恵を受けられた気分だった。


 それでも、戦いの経験はまだまだ足りないのだが。


 ······だから、ここからが本番だ。





 表の依頼が終わって夜半――当然、日付が変わる前だが、俺はルグニスの独房にいた。


「うっ······ぁ······かはっ······」


 そうしてベッドの上で胸を掻くようにして死んだのは、手首に“赤のリング“をした筋骨隆々の男。武器発現とスキルを使用不能にするリングだが、その色は、裁判で死刑が宣告された者の証でもあった。


 俺は、眠っていたその男の心臓を【部分透過】で掴んでいた。手の中で脈打つのを感じた。この者が“生きている“というのが分かった。そして“死んでいく“というのも······。


 まるで、カエルの鳴嚢めいのうのようだと思った。


 俺が心臓を押さえつけるように握ってたため、男は動けず呻き、袋を伸縮させては誰かを呼んでいた。しかし、誰も来なかった。ここから見えぬ看守は、彼が喉に唾を詰まらせた程度だと思ったのだろう。来ることはなかった。ただもし、仮に看守が来ていた所で手遅れでもあっただろう。その頃にはもう、男は乱れたシーツを綺麗に掛け直して眠っているのだから。


 ······これは【部分透過スキル】のいい練習になりそうだ。


 山賊の頭――ジークを殺した時とは違う感覚だった。不思議にも、あの時のほうが纏わり付くように生温ぬるく、そして気持ち悪く感じた。素手に直接伝わるのだから、こちらのほうが気味が悪いだろうと思っていたが、意外にもそうではなかった。むしろ――心地よかった。





 翌朝、俺はリズの元を再び訪ねた。

 しかし、今日も彼女は留守だった。


 珍しいな······。


 そして、居ないのなら仕方ないと踵を返そうとした時、後ろから声を掛けられた。声を掛けてきたのは、以前、俺を治療してくれた、あの眠たそうな医者“マルク“だった。


「そこの子なら、一昨日亡くなったよ」


 彼はストライプのパジャマではなく、医者らしい白衣に身を包んでいた。

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