56、手紙
俺は、ルグニスに戻っていた。
途中、あの村へ行って報告をしたため、ここへ帰ってきたのは、その身を楕円に変えていこうかという月が昇る、日付を跨ぐ手前頃だった。村長から宿泊を提案されたが、そんなことをすれば次のノルマに支障をきたすだろうと思い、さすがに断った。ただ――その代わりに、この時間での馬車の手配。まだ、事の真相は伝わってないだろうにありがたいものだった。
念のためだが、村長には改めて口止めをしている。「誰であろうと俺のことは言わないように。言えば村が消える」と。彼は、静かに聞き入れてくれた。
そうして俺は家へ帰ったが、家の鍵を解き、ドアを開いたところで、足元に手紙が落ちていることに気付いた。月明かりが無ければ踏んでいる。この質素な家には郵便受けが無いから、誰かがドア下から入れたのだろう。
白い封筒。中には四つ織りの便箋。
『ばかっ!』
手紙の差出人はリズだった。
翌朝、俺はリズの家へ向かった。
しかし、彼女は留守だった。
人に、あんな物を送り付けといて······。
手紙は、ガルバスの件だろうと分かっていた。だから、一言適当に理由をつけておこうと思った。あの手紙にでかでかと書かれた四文字は、あの協会での出来事を、まだ、元に戻る仲違いだと思っている彼女なりの、怒りの表現だったのだろう。なんせ俺は、二日ある葬儀に一度も出なかったのだから。
かと言って――、
俺は、奴の葬儀になど、どんな顔して出られようものか。
俺は、奴に殺されかけ、奴を殺している。
仮にあの日、山賊退治に向かってなくとも俺は間違いなく、葬儀には顔を出さなかっただろう。真相は話さず、何かと理由をつけたはずだ。······仮に顔を出したとしても、あの時の俺はずっと黙って、誰にも気付かれぬよう静かに笑ってたかもしれない。
ただ――、
今は少しだけ、なんとも言えぬ寂寥もあった。
ノーヴィスとの件があったからだろう。
昔を少しだけ思い出していた。
あいつのことも。
あまり口にはしなかったが――本当に極稀にだが、俺はガルバスに相談をしたことがあった。親のこと、通り魔のこと、一人の生活のこと、通り魔に復讐をすべきかどうか、など。
その時の奴は、俺が本気で悩んでいるのにどこか嬉しそうだったのを覚えている。俺はひっそり、なんで笑ってんだこの野郎。と、心で怒りを覚えていたが、今は少し“もしかしたら“なんてことも考えた。
『いつも何考えてるか分かんねぇ表情。なにより、その感情を忘れたような目が気に食わなかった』
あいつは、だから嬉しそうだったのか······?
俺の目は、小さい頃に親を殺されてから死んでいる。大人になってもその後遺症は貼り付いたままだ。だが、もし、俺が奴に相談した時だけは、奴にも、この死んだ目の向こう側が見えていたとしたら············。
······そんなこと、あるわけがない。
それなら“殺し合うような夜“にはならなかったはずだ。
――俺等は、最初からこうなる運命だった。
そう思うしかないだろう、
リズが居ないことを確認した俺は、要らぬ感情と共に“馬鹿なこと“を振り払うと、ルグニス協会へ足を向かわせた。




