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55、友人との約束

 その双子は大きな部屋の中にいた。


「動くな。騒いだら殺す。妙な真似をしても殺す」


 外には、事態に気付かぬ十数の兵士が部屋を見張っている。


 ベッドに座る―双子の女の首元には、【部分透過】によって後ろに立った俺から鎌が当てられていた。双子の男であるナギがこちらに気付いたのは、恐怖から喉を乾かす妹のため、台の水差しからコップへと水を注ぎ終えた後のこと。


「やめろ······ナラには手を出すな······」


 震える手。その右手に握られたコップが落ちかけようという所で、彼はそれを台へ置いた。そしてゆっくり両手を持ち上げ、抵抗の意思がないことを示す。


「俺が誰だか、検討はついているのか?」

「ギルディアス様を、殺した者······」


 少し詰まって静かに答えた彼は、恐れに満ちた目をしていた。

 山賊等の中にあった目と、同じ目だった。


「僕等を、殺しに来たのか······?」

「あぁ、正確には“お前だけ“な」

「やめてっ! にいさまはガルラに指示されただけ! にいさまは何も悪くはな――っ!?」

「大声を出すな。この鎌はよく切れるんだ」


 少しだけ寄せた鎌が、彼女の透き通る白い髪を数本落とした。扉越しに「どうしましたか?」と兵士が声を掛けてくるが、片割れが振り絞るような声で「いや、何でもない」と平時を装った。彼女のほうは、さっき叫んだ際、やや顔に掛かった髪をそのままに「兄さまは······兄さまは悪くないの······。何も······悪くない······」と、静かに震えながら涙声で呟いていた。


 とても、嘘をついている様子ではない。あの男のほうも。


 ············。


 何を考えてるんだ、俺は。


 不意に、死んだ山賊の男――ジークの影がチラついた。あの日、奴を殺したのは間違いじゃない。それは確かだ。ただ、あの日、奴にもああにまで至る理由があることを知った。山賊をするにまで至る“理由“が。


 だからだろうか――。


「······言いたいことがあるなら言ってみろ、女」


 この妹のほうが言った「悪くない」という言葉が、やけに胸で引っかかった。せっかく落ち着いた気分が台無しになるほどだった。


 彼女は鼻を何度かすすると、一度控えめにこちらをそばめては、そして刃下やいばしたの虚空を見つめる。


「兄さまは······ガルラに従ってただけ······。私達は······『ラプスロッド』で買われた人間だから、逆らうことが出来なかった······」


 ラプスロッド······。

 確か『人身売買を主とする闇市』だったか。


「だから逆らえば、売買の際に埋め込まれたスキルで、私達はきんに変えられてしまう······。そのままで、私達に掛けたかねが取り戻せるほどの······きんに······」


 すると、首の鎌とは違う恐怖で怯える妹を見兼ねたのか、男のほうが、吐き捨てるように付け加えた。


「僕は、ガルラに何度も脅された。“スタンプさえあれば、彼女はきんにしてもいいんだ。スタンプを消したら、どうなるか、分かるな?“って」


 彼は穏やかな顔を歪ませ、歯を強くギリリ噛み締めていた。今の恐怖を遥かに上回る怒りのようだ。


 なるほど。こいつ等は、いつも命を握られていたわけか。


「そこに、あの王は絡んでないのか?」

「ギルディアス様は······! ギルディアス様は······」


 すると彼は、先までの怒りを忘れたように、急に寂しく俯いた。


「ギルディアス様は、ガルラの口車に乗せられていただけなんだ。ギルディアス様は目立ちたがり屋なのは、人を喜ばせるのが大好きだからなんだ。根は、本当に、人を良い御方だった」


 そして俺を少し睨むが、また戻ると、


「······ただ、その隣にはいつもガルラが居た。だからギルディアス様は、育ての親のようなガルラを――あの思想を、正しいと信じて疑わなかった。他国からやって来た僕等はおかしいと分かっていたが、当然、口止めされていた」


 “あの脅し“によって、か。


「王のスキルは、お前等には掛けられなかったのか?」


 ナギは「何故それを知って······」と目を見張るが、やはり元気の無い顔を見せた。


「ギルディアス様が“必要ないだろう“と言ったんだ。“ガルラの教えは正しいんだ“と。流石のガルラも、その一言には反論出来なかった。自分自身を否定することは、これまでの教えに疑念を与えかねないから」


 王の【催眠】は、この国全体を支配する要だった。それが僅かでも揺らげば、ガルラとて足元を救われかねなかったのだろう。そして死ぬまで細心の注意を払い、隠し通した。


 皮肉なものだ――。


 催眠を有する者が、ある種の催眠に掛けられていたのだから。


 ······。


 山賊のあいつ等もとことん救われない存在だ。【職業】を持つ者の上に立てると、証明されてしまったんだから。


「一番近くに居る者さえ正しければ、あの方はとても、とても王にふさわしい方だった。ショーのやり方こそ間違っていたが、あれもガルラが用意したもの。それを除いたあの方は、常に国民のことを考えては楽しんでおられるような、とても――可愛らしい人だった」


 なんだ、それは。


 人殺しの片棒を担いだのに代わりはないだろう?


「······王の、本当の親は?」

「七年前に亡くなられてる。僕とナラが来た頃には、既に先代は身体を壊していて、亡くなったのはそれからすぐだった。ギルディアス様も二十歳になられた頃で、先代の国王様は、それにとても喜び、とても安心していたのを今でもしっかりと僕は覚えてい――」

「······もういい、分かった」


 ガルラが裏で絡んでる可能性は高いが、今はもう、そんなことどうでもいい。どうでも良かった。二人が違和感を抱いているのも――今はどうでも良かった。


 また······間違えたのか······?


 そんな想いが、あの夜の感情と共にふと浮かびつつあった。


「それで、そのガルラってのが死んだ場合、お前等はどうなる? 晴れて自由の身か?」

「······その時は、確かに自由になれる。けれど、そんなことあるはずがない。ガルラは、何かあればいつも真っ先に身を潜めてきた。だからきっと、今回もどこかへ隠れてる。情勢が落ち着いた頃、また僕等を迎えに来るだろう······」

「居場所に心当たりは?」

「いや······残念ながら······」

「そうか。まぁ、そこまで聞いて、俺はお前等の処遇について考えた。――選択肢をやる。いま死ぬか、後で死ぬか。どっちか選べ。ただし、後で死ぬ場合の条件は、今すぐこの国を去る事だ」

「この国を······? 仮に、いま僕が死ぬのを選んだらナラはどうなる?」

「間違いなく助かるだろう。その保証はしてやる。この国で無事過ごすことも叶えてもいい。だが、後者の場合、いつ二人とも価値のある物質にでもなるか、俺がいつ殺そうと思うかなんてのは分からない」

「······わかった。じゃあ、いま僕をここで殺せ。それでナラを助け――」

「駄目っ! 兄さま! ――っ!? ······兄さま。············私は、兄さまが死ぬというのなら、このまま首を差し出します。だって――たとえ私が先に死んでも、そうした場合、あなたは兄さまを殺すんでしょう?」

「あぁ、そうだな」

「······私の存在は、いつも兄さまを縛り付けてきた。けど、もう、私は兄さまを縛りつけることは嫌っ。だから、それなら私は、兄さまが私を救うためにそう仰るなら······私は······っ!」

「やめろ、ナラっ······! ······分かった。お前だけは死なせたくない。僕の前で死ぬのだけは頼むからやめてくれ」

「どうするんだ?」

「······頼む。どうか、今は僕等を見逃してくれ。いや、見逃してください。お願いします」

「······お前のほうは?」

「私も同じ気持ちです」

「······そうか。せいぜい、死に怯えて生きろ。――忘れるな。俺はいつでもお前等を殺せるってことをな」





 大分落ち着いた――。


 まさか【無心】をこんな形で使うとは思わなかった。


 とんだ茶番を見せられた気分だ。

 何を情に流されてる。何を動揺してる。


 あいつ等から命を奪うって決めたばかりだろ?

 間違ってないと確信したばかりだろ?


 俺は、昨日ノーヴィスと訪れたあの食堂に居た。


 ともあれしかし、あの兄のほうが無数の一般人を殺した事実に変わりはないはずだ。それ相応の十字架を背負う必要はあるだろう。あれなら、しばらくは苦しむことだろう。ただ――、


 あの兄妹は、いつガルラの死を知るか。


 俺が去った頃にはまだ、あの隠し通路の報告は部屋の兵士達には届いてなかった。そして、約束を守るために二人はすぐ、理由をつけては気付かれぬように城を出て、この国を去っていた。


 奴の死を知るのは、当分、先のことになるだろう。


 これからあの二人がどう生きていくのか、俺にはもう関係ない。その後でどうなろうと知ったこっちゃない。


 そうだ。あれは要らぬ感情だった。もう捨てるべきだ。


 ······そう。


 これでようやく、俺は帰ることが出来るのだ。目的を遂げたのだからルグニスに戻り、本来なるつもりだった“執行人“を目指すのもいいのかもしれない。だが『信頼』が稼げるまでは、また、ガルラみたいなのを殺す必要があるだろう。しかし、正式な依頼を受けつつそれを繰り返せば、確実にその道は進める。


 少しだけ、未来への展望が見えた気がした。

 明日からは、そうして生きていけばいいだろう。


 ただ、明日を迎えるその前に、久々に解放された長い時間だ。もうここへは訪れることはないのだから、今は食べれるようになった、友人と言葉を交わした、この食堂の味を最後に噛み締めるのもいいだろう。


 俺は、皿に乗る、切り分けられた肉を一つ口へ運ぶ。――と、その時、


「今日はお一人のようで」


 隣から声を掛けられた。柴色ふしいろのキャップに柴色のロングコート。


 昨日、俺にぶつかった男だった。


「昨日は失礼した。考え事をしていて、つい。――これ、御詫びと言っちゃなんだが、良かったら食べてくれ」


 すると否応なしに、彼は自分の皿からミニトマトをこちらへ二つ移した。


「こんなトマトなんてのは、昼の国王さまを思い出して食えやしない」


 ······。


 昨日と今。合わせて二度謝ってきた辺り、真っ当な人間かと思ったが、どうやらそうではないらしい。普通、そんな理由で渡すものだろうか?


 昨日はあまりよく見えておらず、装いからもっと年上かと思っていたが、よく見ると、髭のないやや褐色肌の男だった。歳は三十前後だろう。


「朝から妙な水死体は見つかるし、演説はあんなになって国はガタガタ。助かった面もあるが、まったくもってせわしなくて困る。······知ってるか? 王だけでなくナンバーツー、その金魚のフンまでが行方不明なんだと。――あぁ、悪い。あんたまだ食事中だったな」


 そうして彼は、煙草を取り出し火を付ける。席が一番端に近いため、自然と煙もこちらへやってきた。しかし、彼は気にせず。トマトが少しだけ煙の味がした。


 ともあれ、それで話は終わりかと思っていたが、そうではなかった。いや、正確には一度終わっている。だが、男はジッとこちらを見ているのだ。


「······なんだ?」


 その視線は“気にするな“というほうが難しかった。


「あんた、確か······この国に来たばかりだったな。ちなみに、何しに来たんだ?」


 ――と、その時、彼が右手に持つ煙草の灰を灰皿へ捨てようとした時、彼の皿からフォークが落ちる。彼は、俺の足元に落ちたそれを屈んで拾う。やや、カウンターにある椅子と椅子の間は狭いため、それを拾おうとする彼は、俺のローブに触れるほどに手間取って見えた。


 慌ただしい男だ······。


 そして拾い終えると、


「悪いな。それで、何しに来たって話だったな」

「······何でもよくないか? あんたに関係ないんだ」


 城のことや先までの件もあり、機嫌があまり良いとは言えない俺は、やや苛立ち気に言い返してやった。


 しかし、


「まぁ、確かに何でもいいな」


 本当にどうでもいいという風に、男は素っ気なく言った。だが、聞いておいてなんだ、こいつ。と思っている内に、男は一言付け加えた。


「ただ、あんたが来てからこの国はこうなったと思ってな」

「······俺を疑ってるのか?」

「いや、気を悪くしたなら申し訳ない。昔から疑うのが癖でね。おかげで友人と呼べる者も居ないくらいだ」

「そりゃあそうだろう」

「分かってくれるか。それに比べ、あんたは多そうだ」

「そうだな、あんたよりは」


 すると、ケッケッケッと、煙草を持つ手に顔を当てて笑う男。そして一頻ひとしきり笑っては、テーブルにあったコップの水を口へ運ぶ。


「ちなみにだが······“それ“どうしたんだ?」


 何気なく尋ねてくる男は、煙草を持つ手でふいと、俺の着ていたローブを指す。俺は、何も考えずにその指された場所を見た。


 ――っ!?


 それに、俺はつい手を止めてしまった。


「そこ、血が付いてるな。少し時間が経ってそうなものだ」


 男は、ローブの裾を指していた。


「怪我はしてないように見えたが?」


 この男······。

 さっき、手間取ってたのはこれが理由か。


 だが、落ち着け······。


 この血は、あのさっき片付けてきた奴等の血じゃない。


「······血だよ。死体を運んでな」


 一呼吸してから俺は答えた。


「へぇ、それは興味深い。一体誰の?」

「友人だ。通り魔に殺されてな」

「いつ?」

「三日前だ」

「友人の名は?」

「何故そんな知りたい?」

「言えない事情でも?」

「······ガルバスだ。これでいいか?」

「······十分だ」


 すると、今しがたの睨め付けを解いて、彼は、ふっ、と笑った。


「まぁ、いま俺が追ってる事件に関係ないか聞いただけだ。悪いな、食事の邪魔をした」


 そして煙草を消した彼は、水を飲み干すと席を立った。しかし、俺は「待て」と彼を呼び止める。彼は背中を見せたまま、顔だけをこちらに見せた。


「追ってる事件ってなんだ?」

「なんだ、やっぱ関係者なのか?」

「一方的に聞かれてしゃくなだけだ。一つくらいいいだろう?」

「······水死体の件だ。犯人の靴は引っ掻いたように色が剥げてるはずだ。だから靴を見ていた。この町じゃ靴はそう簡単に変えられないからな。昨日の夜中から演説の件まで、外に出た者はほぼ白だった」

「だから、この城壁の中に犯人はいると?」

「この騒ぎだ。今は外へも出られないだろう?」


 王が死んでから、国の全ての入り口は閉鎖されている。当然だろう。国の威信として、そんな大罪人を逃すわけにはいかないのだから。


 まぁ、俺は難なく町は出られるのだが。


「ところで、あんた何者なにもんだ?」

「何でもいいだろう? 偶然居合わせた、あんたの隣客ってとこだ」


 そして、柴色の男は人混みへと消えていった。


 妙な男だ。


 ともあれ、王やガルラのほうではないようだ······。


 せっかく椅子を空けたのに、それがバレてしまっては元も子もない。ともあれ、水死体の件は俺も不快感を抱いたままだったから、犯人が見つかるのならスッキリはする。あとは時間の問題だろう。その者の命を奪うのもいいが、しかし、悠長にここには居られない。


 俺にも俺の事情があるのだ。


 その後、皿の料理を片付ける。


 旨いな。ここを去る前に食べておいて良かった。


 最後に食べた一切れは、少しだけ生焼けの、血の味が残る牛肉だった。

第三章まで読んで頂き、ありがとうございます。次話より第四章になります。


「面白い」

「続きが気になる」


――等、少しでもそう思ってもらえましたら、ブックマーク、また、広告の下あたりの☆の評価欄から評価をしていただけると嬉しい限りです。


☆はいくつでも、読んで感じたように押して頂いて構いません。どんなものでも執筆の活力に繋がりますので、是非、応援のつもりでよろしくお願い致します。

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