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52、刻(きざみ)

 老人は、誰も知らぬ、国外へ続く城の抜け道を小走りで抜けようとしていた。彼は、燭台で灯されたその細い道を二分ほど走った所で膝に手を付き、一旦、息を整える。


「ここまで早く切り換えるとは、恐れ入ったよ」


 ガルラは勢いよく、鎌を持つこちらを振り返った。


「だ、誰だ! どうやって此処ここに!?」

「どうでもいいだろ。どうせお前はここで死ぬんだ」

「ま、まさか、貴様が王を殺したのか!?」

「だったら、どうする?」


 ガルラは自分の回りに、あの蜂の巣のようなバリアを展開した。


「その防御が無駄なことは分かってるだろう? 王は()()()()殺されたんだから」

「――っ!?」


 それを聞いた老人は青ざめ、途端、全身をカタカタと震わせた。予想だにしない攻撃に、自分の完全なる防御を越える存在に心から怯えているのが分かった。ちなみに、あれは朝の内に、王の立つ台座の上の空間へ、スキル【ピンポイント】を仕掛けておいただけのことなのだが。移動するこいつには少々不向きだ。


 ともあれ王の件だが、演説が何処で行われ、王が何処に立つのかという、仕掛けるための情報は簡単に町で手に入った。いつも決まった場所、決まった時間、決まった終わり方をするのだから、用意して仕掛けておくのはなんてことなかった。王のバリアはやや想定外だったが、どうせ、俺のスキルはバリアの内に入り込んでいたのだから関係ない。


 そして、王と【ピンポイント】が一番に重なるタイミングでスキルを発動。あのタイミングで発動したのは、元々、華々しく散らせてやるつもりだったからだ。あの男らしい最後だったことだろう。


 仮に、バリアに引っ掛かって攻撃が跳ね返されたとしても問題もなかった。その直前にはもう、俺は【透過】を使って攻撃を回避していただろうから。流れ弾が観衆へ当たろうと知ったこっちゃない。俺は“王を攻撃しただけ“なのだから。


「な、なぜ、私を狙う!? 目的はなんだ!?」


 まぁ······それでも、恐らくこいつは跳ね返すのを控えただろうが。国民を守るためではなく『王が居れば国民は無事』という体制そのものを維持するために。


 そして、こいつが国民のために動いていないのは、今ここに居る時点で明らかだ。本当に国民を導こうとしているなら、王が殺された直後、乱れた国の統率――国政を治めようとしているはずなのだから。


「随分、良い御身分だな。これまで、王を隠れ蓑にすることで、自分は標的にならないようにしてこれたんだから」

「な、何が言いたい!?」

「こうして手早く逃げている所を見ると、そういう生活を繰り返してきたんじゃないのか? 危険を予期すれば、全ての金を持って国外へ逃亡······という風に」

「ち、違う! 私はいち早く隣国へ助けを求めに――」

「一人でか? 信じられないな。バリアの欠点が見つかったばかりだと言うのに」


 反論をせず、ガルラは歯を強く噛み締めていた。


「なぁ、あんた。国の金、全部管理していたんだろう? なら、今日の罪人が誰であるか知ってたんだろう。いや、決めていたと言ったほうが正しいか?」

「――っ!?」

「そんな驚くなよ。俺は昨日一人の男に会ってな、別れ際に金を渡してやったんだ。話をしてくれた御礼にな。少々、血で汚れた札束だったが」

「血で······? まさかっ!?」


 結局、俺は昨夜、寿命を伸ばせていなかった。


 あの足を怪我した男は平等を尊ぶ人間だったから、その金を渡すのには手間取ったが『話してくれた対価だ』と言ったら、悩ましげながらも金を受け取ったのだ。おかげで、今日は目覚めが最悪だった。寿命が一日縮んだのだから。だが、目覚めが最悪だったのはそれだけではない。


「どうやら、あんたの耳まで届いてたようだな。なら、それが理由でいいだろ?」


 その彼は、今朝、水死体となって発見された。


 衛兵の見立てでは『足を滑らせて水路に落ちた』とされたが、俺にはとてもそうは思えなかった。彼は別れ際「これも一応は平等か、恩に切るよ」と言って、笑顔で城へ向かって行ったのだから。


 ゆっくり、足元に注意しながら。


「だ、だが、それは私がやったとは限らんだろう!?」

「そうだろうな。あんたは、直接手を下すような人間じゃない」


 実際、彼を殺したのは誰だか分からない。


「だが、そこはどうでもいいんだ」


 しかし、ノーヴィスの話を聞いた時、全ての元凶がハッキリと見えた。そもそも、この国の仕組みがなければ彼は死ななかった。この仕組みに――“彼は殺された“のだと気付いた。


「この仕組みは、お前が“あの王“と作り上げたものだ」


 その仕組みさえなければ、俺はここへ訪れる必要もなく、寿命も無駄に減らすこともなかっただろう。


 そう――。


 馬鹿な俺は、無駄に寿命を減らした。


 だから、今朝はひどく反省をした。人のために行動することは、自分の寿命を減らすのに繋がるのだと。だから、今日からは全て、自分のために行動することを決めた。


 皆が皆、そのように行動しているのだから。

 元々は、この国へ来た人間も望んでここへ来たのだ。


 だから俺は、非国民が()()()()()としても見殺しにした。


 自ら選んだ道の末路だと。


 良心は痛まなかった。


 俺は、誰にも救われることのない命だからだ。


 俺の“たった一日の寿命“のために、進んで命を差し出す者など誰が居ようものか。


 ――改めて、孤独を知った。


 だが、そのおかげで、一つだけ良いこともあった。


 盗賊小屋から引きずってきた、あの――俺の、首に纏わりつくような、生温かい気味の悪い“憂い“を、今朝の出来事は、全て迷わず吹き飛ばしてくれたことだ。そして俺は、その、札束ほどの何かを握ろうとしたままの水死体を見て思っていた。


 この世界には――、


「だから、俺はお前を殺すんだ」


 間違いなく、殺してもいい人間が存在するのだ――と。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 寿命は十年縮むのでは? 一日に変わったのでしょうか? [一言] 王様……。 え?? 実は生きていました! とか? そう思ったら本当にお亡くなりに! そしてますますタイトルに近づ…
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