51、崩壊
割れんばかりの歓声は、ピタリと止んでいた。
誰一人として動くことが出来なかった。
それは、王の力によるものではなく、王そのものによるもの。
誰もが息をするのも忘れ、誰もが台座を見て凍った。
王に仕える兵士でさえ、槍を持ったまま目を見張って。
王の身体は、王が両腕を大仰に広げた直後の破裂だった。上半身を中心に膨らんだが、破裂が終わった後に残ったのは、四方八方に散らばる飛沫と血溜まりのみ。故に、
「あ、あれも······ショーの一部······だよな······?」
「そ、そ、そ、そうに決まってるでしょ······」
観衆は誰一人として、それが王の死だと思わなかった。
しかし、台座の一番近くにいた――血飛沫を浴びた一人の兵隊長が震えながら、自身に付いた血をゆっくりと撫でていた。そして、その指を見て、瞬く間に顔を青ざめさせる。
この血は、本物だ······。
その事を経験から分かってしまった彼は、無意識に言ってはいけない言葉を漏らしてしまう。
「ギルディアス様が······殺された······」
呟くような声だが、それは瞬く間に伝染する。兵隊長から兵士。兵士から観衆へと。波のように事実が伝わった瞬間、各方から大きな悲鳴が上がった。主に女性の悲鳴。張り裂けそうな声で、高い台座へ登るように押し寄る者も居れば、ショックで気を失う者もいた。
「ギルディアス様が殺されたってことは、俺等もヤバイんじゃねぇのかっ!?」
「いやっ! 私まだ死にたくないっ!」
演説広場は、完全に混乱に包まれていた。
我先にと町へ逃げ出そうとする者。逃げる波に押し倒され、踏まれる者。腰を抜かし、台座を見たまま茫然と涙を流す者。そして、人を刺したまま動けずにいる槍の兵士。
その中で、
「ガルラ様······ガルラ様はどこだっ!?」
この事態を受け、一刻も早く王の次に権力のある彼の指示を仰ごうと、先の兵隊長はその者を探す。だが、手の空いた兵士に呼び掛けて彼を探しても、見つかったのは双子の兄妹だけ。
「くそっ······! もしや、ガルラ様まで危ないのでは······!? 今すぐ全兵士に伝えろっ! “ガルラ様を探して守れ“と! あの方まで居なくなればこの国は壊れるぞ!!」
その一声で、全ての兵士達はようやく動き出した。槍に刺さった遺体は乱雑に扱われ、捨てるように下へ放られた。台座のある高所から落ちる遺体もあった。だが、誰一人として観衆はそれには脇目も振らず、ただ、王の居た場所へ向かうか、逃げることかに一心不乱だった。
「こんなことに、なろうとは······」
ノーヴィスはその地獄絵図を、しばし茫然と眺めていた。
そして、まだ人の流れはあるが、肩にぶつかる者が居なくなるほどに流れが空いた頃、自分を避けながら左右をすり抜けていく人の中で、あの友人が居ないことに気付く。
「イルフェース?」
ノーヴィスは辺りを一通り見回すが、その名を持つ者の影は一切見つからなかった。仮に【透過】を除いたとしても、友人は、既に広場に姿を置いていなかった。




