50、華のフィナーレ
「そうですか。この程度で良いのなら、私が安く感じてしまうぐらいですがね」
「だが、情報は提供したんだ。これなら、後腐れなく俺のも受け取れるだろう?」
「······そうですね」
まだノーヴィスは完全には、椅子の空く未来があるとは思えないようだった。それを裏付けるように、
「しかし、これを貴方に聞いていいか分かりませんが、どう椅子を空けるおつもりです? あのバリアがある限り、とても触れることも敵わないと思いますが」
彼がこう思うのも無理はなかった。あんな攻撃、普通なら誰だって死んでいるだろう。――ともあれ、俺の撒く種はもう今朝のうちに済んでいるのだが。当然、それを教えることは出来ない。そして······分析されることも。
「内容こそ言えないが、時が来たら、自然と不幸が撒かれる――とでも言っておくよ。万が一失敗した時のために、王の弱味でも分析しておいたらどうだ?」
後半は、冗談に乗せた探りだった。
「それも惨劇を見てから考えましたが、残念ながら、あのバリアの内は私には分かりません。だから、貴方が失敗した時は催眠に飲まれないよう、こつこつのし上がって引きずり下ろすしか、他ありませんね」
ノーヴィスは、その駆け引きを冗談とだけ捉えたようだった。同じように冗談半分で返し、やれやれ、というように首を振っていた。
「そうなれば、骨が折れそうな話だな。まぁ、ちゃんと椅子が空くよう頑張るよ。······あぁ、きっともうすぐだ。折角だから、王の最期の晴れ舞台、次の王政を担うものとして、しっかり見届けてやったらどうだ?」
「煽てるのが上手いですね。まだ、城へ仕えられるやも知れないのに」
「問題ない。お前なら出来るだろ?」
「どうしてです?」
「だって――」
これで、五人で居た時のような会話も最後だな······。
「誰よりも、根回しが上手だ」
「ふふっ、誉め言葉と受け取っておきましょう」
そして俺等は、王の最期が来るのを待つことにした。
「さぁ、名残り惜しいがそろそろ時間だ」
王は、左右に佇んだままの花の中で、今日の太陽のように爽やかな笑みを見せた。
「あなた達は正しい。あなた達のおかげで――今日もこうして平和が守られた。感謝をする」
貴族のような深々とした礼。観衆は「あんたのためなら喜んで差し出すぜ!」「今日も良いもの見せてくれてありがとうー!」と称賛の声。中には「まだ見たいー」と叫ぶ者も居たが、それはさておき。
「私はあなた達と、より良い国を造り上げていきたい。また、いつものように城では基金を募っている。あなた達の無理がない程度でいい。力を貸して欲しい。だが、安心して欲しい。例えそれがなくとも税を納める限り、あなた達はちゃんとしたこの国の民だ。気持ちだけでも嬉しい」
しかし、それは当然建前。ここは“平等の国“なのだ。
一人払えば、もう一人が払う。
そして――それが繰り返される。
平等に税率を与えているとはいえ、そこで差は生まれた。10払えば10払い。100払えば皆が100を支払う。しかし、一定率と違って際限がない。稼ぎの少ない者はすぐに金の底をつき、無理して働き、そして身体を壊す。そうすれば、その者の先は見えたものだった。
しかし、その絞めたシワ寄せは王へはいかない。
何故なら、王が強いているのは『国税』だけだから。
だから、催眠状態とはいえ、それが正常と思う国民は、
「その優しさにはこっちも感謝だ!」
「またいつものように献金するわ!」
目の前のことしか見えなくなる。
仮に、用で城外へ出て催眠が解けたとしても、潜在的には自分が間違っているとは思わない。だから“自分の国は良いものだ“と吹聴する。そうして、理想を見がちな新たな国民が生まれる。非国民がいくら出たとしても、故に、国民は一定数維持された。
それが、この国の仕組みだった。
そうして、その仕組みに気付く前に催眠を掛けられ、国民自身が行う献金によって“ショー“がまた開かれることになるのだから、滑稽以外の、なにものでもなかった。平等を尊ぶ国民は、それによって自らの首を絞めているだけなのだから。そこが、国を治める者の謀略だと知らずに。
だが、一人だけ気付いた者がいた。
「さぁ、今日も素晴らしい日になりそうだ!」
そして、その者が書いた手紙によって一人の青年が訪れた。
「それは、私だけではなくあなた方にとっても!」
しかし、その者は不幸にも【死神】だった。
「こんな平和な日々を、明日も続けよう!」
死神は、どんなものでも終わらせられる。
「こんな楽しい日常を、共に歩もう!」
死神は、平等な死を与えられる。
「こんな幸せな日々を、永遠に送ろう!」
そして、観衆に割ればかりの声を貰う王は、
「私はあなた達をいつまでも愛している!」
死神にも魅入られてしまった。
「また会おう。アディオス!」
直後、彼の身体は風船のように膨らんで――破裂した。




