46、国民の証
演説が始まって十分を過ぎた頃だった。
王は一度、パンッ、と手を合わせる。
「まだまだ話し足りないが、そろそろショーを始めよう」
先までの静観とは違い、ざわつき始める観衆。だが、その表情はワクワクやドキドキに満ちた期待の表情。
「おぉ、今日も見れるのか」
「相変わらず減らないものだな」
「悪い奴は片付けてもらわないとね」
純白に、金の装飾が施された服。
国王ギルディアスはそのざわめきの中心で、服についた埃でも払うように胸元を二回、手でそっと払う。そして観衆一人一人を見るように改めては、ゆっくりと、登場した時のように腕を左右へ広げる。
「私は、この国を守る王だ。あなた方に、平和と平等を届けねばならない。だが、そんな私は、あなた方の手によって支えられている」
止まない歓声だが、王の声は消されることなく異様なまでに響いた。
「私を支えるのはあなた一人一人の努力。私を支えるのはあなた一人一人の心力。私を支えるのは、あなた方、一人一人が払っている血――国税だ!」
賛同する声。手を下ろす国王。
「税は、あなた方を守ると約束する変わりに、私があなた方に課したものだ。だが、不可能ではなく、それでいて決して差などない。それは何故だと思う? 何故、稼ぎに応じて同じ税率を当てていると思う?。それは、この国、我が国、我等が国が! 平等を尊び、平等こそを平和の証にしているからだ!」
右の拳を掲げる王。再び、同調の声が轟いた。
「皆、同じように払っている。皆、同じように平等を買っている。そうすることで皆、同じように絶対の命と安寧買っている! なのにだ! それを掠め取ろうとする不法者は後を絶たない! そう、つまりこの者等は皆――」
そして、王が徐に右手を上げようとした時だった。
――パキン。
と、硬質な音が歓声を貫いて響いた。同時、静まり返る広場。だが、
「······やはり、あなた方は正しく守られている。あの防壁が無ければ、今頃、狙われていたのはあなた方だろう」
その中でゆっくり、左に目だけを向けていた彼は口を開いた。結晶を打ち付けたような硬い音の出所は、王――正確には王の側からだった。
左こめかみ。
通常なら王のそこへ撃ち込まれていたであろう物。刃の次に容易く命を狩る――女性の指のように細い弾丸が、そこには浮いていた。······いや、正しくは弾丸が、先まで見えなかった――蜂の巣のようなバリアによって受け止められていた。
「姑息な輩も居るものだ」
そう言った王は、その細長い弾丸に睨みの目を向ける。――と、同時。波打った蜂の巣はその弾丸を飲み込み、やがて再び現れ、るとその先端を山へ向けた。王はその弾丸へ掌を当てる。
「国を脅かす者は誰であろうと、紛うことなく死刑だ」
そして、その左掌を触れた直後だった。
パァンッ。と、煌びやか音と光を散らすと共に、その弾丸は王の手から、まるで狙撃銃でも放ったかの勢いで、風を貫き山へと消えていく。一直線の光が僅かに跡を残していた。
徐に落とされる、白の光の粒と国王の手。
「安心するといい。これで、私を射撃した者は地へ還った。信じられぬ者は、今日にでも東の山を捜索してみるといい。恐らく山頂だ。そこで倒れる者に、弾丸が撃ち込まれていることだろう」
観衆は撃ち込まれた時から「大丈夫なのか?」「おい、あれ狙撃されたんだよな」「嫌だ、怖い······」と、様々に不安のざわつきを漂わせていたが、王が弾丸を弾いてから、彼とこの国の無事が確かだと分かると、その声は徐々に称賛へと変わっていった。
「ありえねぇだろあんなの······」
「普通死んでるよな!」
「やっぱりギルディアス様は無敵ね!」
「動かずに賊を倒すなんて英雄以外の何者でもねぇ!」
そして瞬く間に、歓喜の渦に。
柔らかな微笑を浮かべる王は、国民の声に感謝するよう胸に手を当て、腰を折り曲げると、しばらくそのままでいた。まるで、ショーを見てくれた観客への締めくくりの礼のよう。
確かに、これだけなら王かもしれないな······。
だが、俺は知っている。
「さぁ、順序は変わったがショーを続けよう!」
両手を広げる、国王ギルディアス。それと共に歓声が上がり、そして、観衆の中からまばらに人が浮かび始める。いよいよ、この国の、この王の正体が露になる時だった。
「この国で、この者等がどういう輩か分からぬ者は居ないだろう」
昨日見た男のように怪我をしている者もいるが、浮いた人間は至って質素平凡。普通に見える者ばかりだった。その浮いた者達は、この後どうなるのか分かっているように真っ青な顔を浮かべ、宙をもがき「やっぱり嫌っ······!」「助けてくれっ!」など、救いを求める声を上げていた。だが、その声は歓声で掻き消され、ほとんど聞こえなかった。しかし、初めから届く気配もないのだが。
「早くそいつらをやっつけて!」
「そうだ、殺しちまえっ!」
「罪人はこの国にはいらねぇ!」
彼等の下では煽り立てる観衆。誰一人として、その口、涙、嘔吐までをも見ても、擁護しようとする者はやはり一人も居なかった。
そして、誰かがこう叫ぶ。
「こいつ等は当然のものがないんだ! 手を見てみろっ! 死んで当然のゴミ共だ!」
観衆の誰もが見える程、高く浮かび上がった者等の手には、検問の際に付けられる、あの青く光る『両手に口』の印がなかった。青空を背景にしても、その印は光って見えるばずのもの。
入国管理官は言っていた。
『この印は入国の証だ』
しかしそれはまた、税を払って得る『国民の証』でもあった。
つまり――、
「さぁ、平等と共に生きる我等が国民よ! 国家を脅かすこの国賊共に、正しい裁量を下そうではないかっ!」
それが無い者は全て『国を侵犯する大罪人』とも言えた。




