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45、器

「大丈夫か?」

「あなた······。私じゃなければ、今頃、精神がやられてますよ······」


 やはり、あの【幻覚スキル】はそれ程のものか。


「どうやら、見聞きしたものを【分析】出来たようで良かった」

「それがなければ、貴方のスキルだと分からなかったでしょうね······!」


 まだ、気分の優れぬノーヴィスは歯を食い縛って、滅多に見せぬ怒りをその青筋と共に見せる。


「まぁ、上手くいったんだ」

「何がですか······! それに貴方、彼が現れてから何処に行って――」


 そして膝に手を付き立ち上がろうとするノーヴィスに、俺は視線を前に向けたまま、左手で“そのままにいるよう“示した。ずっと【透過】を使ってここに居たことは言わずに。


「目立ちたくない。そのまま聞いてくれ」

「――?」


 人形のように立ったまま王に耳を向ける観衆を一瞥。


「取引をしないか?」

「取引?」

「昨日言ってた上の椅子、俺が空けてやる」

「どういうことです······?」

「俺が、王とその周りを少し片付けてやるって言ってるんだ」

「何を、言ってるんですか······?」


 その言葉の意味がすぐには理解できず、ノーヴィスが驚きで目を見張っていたのが、顔を見なくても分かった。


「別に一人でもいいが、確実性を高めたいんだ。だから、俺が求めるのはあの王の分析。いや、その周りの空間だけでいい。そこにスキルが無いかだけ知りたいんだ。――簡単な取引だろう?」


 そろそろ落ち着きを取り戻し始め、ノーヴィスは軽く周囲に目を配っていた。そして、その異変に気付いたよう。誰一人として、こちらには全く意識が向いていないことに。


「······なるほど。簡単で、魅力的で、とても悪魔的な取引ですね。国崩しの片棒を担がせようとは。······あぁ、なるほど。共犯にも意味があるのですね」

「察しがいいな、さすが」


 ノーヴィスを共犯者に仕立てることで、複数のメリットが俺にはあった。その一つ。


「差し詰め、今回の件の黙秘――と言ったところでしょうか? そんな大それた事をするんですから」

「あぁ。今日を最後に、もう会うつもりもなくてな」


 ノーヴィスはしばらく黙ってから「そうですか」と。


「それならこちらも助かります。此処へ来た理由は分かりませんが、貴方がそのようでしたら、妙なリスクにも縛られなくて済みそうですね」

「······やはり、お前はそういう奴だな」

「薄情とでも?」

「いや、聡明だ。現実を生きてる」

「誉め言葉と受け取りましょう。それに、私達ももう大人だ。寂しさは不要でしょう?」

「······そうだな」


 そうしてノーヴィスは、正面――高い位置で大袈裟な手振りをしながら演説を続ける王をジッと見据える。スキルで見ているのか、王の価値を確かめているのか、どちらかと思ったがどうやら後者のよう。


「しかし、これほど大きなリスクです。国民がこの状態とはいえ、私はいまいち、現状では首肯に欠けます。こんな異常な光景であるとはいえ、日常は平穏無事に見えましたから」

「なら、この一部に入るのもアリとでも?」

「いいえ、それは決してありません。ただ、私はわざわざ、そんな国を壊してまで地位を手に入れたいとは思わないだけです。これが偽りの世界とはいえ、本当の世界に戻った時が幸せとも限りませんから」


 ······そうだ。性格は冷めているがこういう奴だった。


 ガルバスの件にしても、リズとグレイナはきっと泣いてそこで止まってる。しかし、彼女等がまたいつでも一人で歩けるよう、全て片付け、死者のためにわざわざ祈りをもらいに行くような奴だ。


 裏でひっそり、誰にも感謝されようともせず。


「それを聞いて安心したよ。······ただ、残念ながら俺の知っていることを説明してる時間はないようだ。代わりに――奴が自分で教えてくれるから、それを見届けた後で答えを聞かせてくれ。お前の“正しい眼“で、この国が、本当に幸せと言えるかどうか、それを見定めてから」


 こちらに目だけ見遣っていたノーヴィスは、怪訝の色を浮かべた。――が、「いいでしょう」と言うと黙って静かに立ち上がり、俺が目顔で示した――台座に乗る男の器を、値踏みするように見据え直した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が死神スキルっていうのが珍しく、善人寄りだった主人公の葛藤がうまく表現されていていいと思います。 [気になる点] まだ途中なので読み進めていけば解消する物もあるかもしれないですが47…
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