43、箱庭
翌日の昼過ぎ。俺は演説広場に来ていた。
「どうしました? 浮かない顔ですね」
「人が、こんな夢中になってるのが滑稽に見えてな」
正面には蟻のような人の群れ。誰もが、その先にある城の出っ張りを見上げていた。そこには台座もあるが、その上に立つ人間は未だ現れていない。
「妙に、含蓄ある言葉ですね」
「二日に一回演説はあるのに、それでも見ようとするだなんて、下手したらどっかの女より五月蝿いだろ」
「ふふっ、口が悪い。そう言った経験がお有りでも?」
「······どうだろうな」
答えははぐらかした。正確には、ふと思い出していたのが“ガルバスとグレイナだったから“なのだが。余計な反感を生まないため、また、些細な自己嫌悪から口を噤んだと言えた。
「そうですか。私はてっきり、一度だけ噂になってたあの娘かと思いましたよ」
「············そんなこともあったな」
そこで一旦会話が途切れる。三日より前ならこんな会話が通常だった。そしてその通常では、お互いが、また適当に思い出したことを話したものだった。
このように。
「ところで、私は一昨日、協会でガルバスの事務手続きをしていたんですがね」
「事務?」
「簡単に言えば金の処理ですよ。最初は、聖女の彼女に、彼の冥福を祈って貰おうと思って、あの小さな対面室を尋ねたんですがね。そこで彼女から思わぬことを教えてもらって、事務手続きをすることになったんです」
「思わぬこと?」
「複数人での依頼報酬金はすぐさま自動で分配されるからいいんですが、しかしともあれ、死んでしまった彼の口座――ガルバスの協会の口座、中身は動かずそのままでしょう? 死んでいるのだから。だからその場合、そのお金を移すのに手続きが必要なんだそうです」
「へぇ、どんな手続きが?」
「簡単な書類ですよ。名前と住所を書くような。ここに入る時書いたようなね。それで、あとは向こうが勝手に調べて、実際死んでいれば色々とやってくれます」
「楽なもんだな」
「そうですね、五分と掛かりませんでしたから。······ちなみに、イルフェース。貴方は、協会に貯まっているお金――今回で言う『死んだガルバスのお金』はどちらに行かれると思います?」
「そうだな······。わざわざそう言うってことは、お前の所じゃないんだろう。――親や親戚か?」
「えぇ、正解です。では、もし故人に身寄りがなければ?」
「そこで、組んでた仲間か施設に寄付とか」
「そうなら細やかながら嬉しいものですが、残念ながらどちらも違います。そうなった場合、最後に故人が住んでいた『国』へと帰属されるんですよ」
「へぇ、国にね············」
――っ!?
俺は毛頭も考えてなかったが、昨日から考えていた――この国の仕組みに今“ある仮説“が立ち、これからしようとしていた事を改めねばならないかもしれないと思った。
「ノーヴィス、一つ聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「その依頼報酬金ってのは、何処でも降ろせるのか?」
「おや、そこはまだ未経験ですか。降ろせませんよ。ルグニスへ行かなければ」
「······そうか」
その言葉で、点と点が線となって繋がる。
「ともあれ、私が言いたいのは、ほら。貴方、御両親を亡くされてるでしょう? だから、稼ぎ始めたのにそうなっては損しかないと思いましてね。どうせなら、生涯を共にしてくれる方を見つけておいたほうがいいと、さっきの話で思い出して――」
「あぁ、恩に切るよ」
この国の城壁は『守る為』じゃなく『逃がさない為』の檻か。
俺は観衆と建物で遮られながらも見える、この町を取り囲む、遠くの、山のように高く聳える城壁を見た。
あの高さじゃ、最初から抜け出すなんて思い浮かぶはずがない······。
「――? 珍しいですね。貴方が感謝をするだなんて。槍でも降りそうなものです。······おやっ」
そして、ノーヴィスがそう言った所で、
「見てっ! ギルディアス様よ!」
観衆の一人が台座のほうを指して、声を上げた。




