41、灰色
夕暮れ。俺は城下町に戻り、宿を見つけてはベッドで身体を休め、考えていた“もしも“に備えていた。想定していないわけではなかったが、それでもやはり、これは厄介だった。
今夜は、誰を殺す······?
制約の『奪命』がまだ果たされていなかった。
王が不在。加えて、悪らしい悪も見当たらない。話が違うと、あの村長に恨みを抱いたほどだった。やはり何か忘れている気もしたのだが、それを思い出すことよりも、今は自分の命のほうで一杯一杯だった。
どうする······?
偶然出会ったノーヴィス。あいつの事も頭を過りはした。しかし、あいつは俺を殺そうとしたわけでも、また、誰かを殺してきたわけでもない。
あいつは殺せない、か······。
加えて、仲間から外される前の、ぬるい情みたいなのも沸いていた。ただその裏では、本来良いことであるはずのそれを素直に喜べず『あいつが悪だったのなら』と、時折考えてしまう自分もいた。そんな自分にふと気付いた時、俺は、自分自身を心の底から軽蔑した。
宵が始まり、二日前の森と同じく、俺は一縷の望みでも探すように町を歩いた。しかし変わらず、飢え死にしそうな者も殺人を働く者も居ない。むしろ、事態は悪化の一途を辿っている。人もまばらになりつつあった。
一度、国の外へ出るか······?
そう考えたものの、初心者の森とは違い、死にかけの者が近辺に居ると思えなかった。そのためすぐに却下。ついでに述べるなら、簡単に、外で人が見つかるとも思えず。
それから町の、暗い路地を中心に歩くものの三十分が過ぎた。それまで何一つとして夫婦喧嘩の一つも家々から聞こえなかったが、ただ、それを過ぎた頃に一つだけ出来事があった。それは、俺が入国した門と別の門で、松葉杖を突く男と衛兵の話し合い――言い争いだった。
「お願いします。外に行けば、身内から金を借りられますから」
「駄目だ。逃亡の恐れがある未納税者は出国を認められていない」
「そこをなんとか。必ず、必ず明日の正午には戻りますので」
「駄目だ。お前だけ特別という訳にはいかん。それはお前も分かってるだろ?」
「はい、それは私も重々承知です。ですが私はこの怪我で、とても家族の分までを明日までには無理だと――」
「知らん。なら、その家族にでも働かせろ。これは誰もが当然にこなしている義務だ。そうじゃないのか?」
「そ、そうですが······」
「なら、通せないのも分かるだろ。ほら、行け」
そして衛兵が、困惑の男の肩を軽く押すと、男はバランスを崩して松葉杖と共に地面へ倒れ込む。衛兵はまるで、わざとじゃない、というような驚いた顔をすると、それを誤魔化すかのように「これ以上秩序を乱すようなら、俺が刑に処す」と、携えていた槍を男に向けた。闇でも鋭く光る銀の先端を見た男は、怯えたように尻を付いたまま、もたついた手足で退きつつも慌ただしく松葉杖を拾うと、左足とその杖でなんとか立ち上がり、虚しい音を立て、その場を後にした。
――というのが始終なのだが、影でそれらを見ていた俺は今、松葉杖の男を追っていた。そして、彼が路地脇のゴミ箱へ倒れ込んではゆっくり体勢を変え、家屋の外壁にもたれたところで、俺は親切を装って声を掛けた。
「あんた大丈夫か? 何があった? 良ければ、ちょっと話を聞かせてくれないか?」
「あぁ······なんだ······?」
鬱陶しそうに、諦めと悲観の色をした彼の目は、まるで、この世の終わりでも見詰めているような、灰色の曇った目だった。




