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39、束の間の食事

 薄暗い、外の明かりが射し込む食堂。カウンターと窓際の机と椅子は木製で他は石造り。ポツリ、ポツリ、と明かりは天井にあるものの、そこの燭台には火は灯されず、ただの装飾となっていた。しかし、そんな店内であるものの、席のほとんどは埋まっている。


「ところで、お前はここに何しに来たんだ?」

「ちょっとした就職ですよ。さっき言った件もありますから」


 俺等は、カウンターの奥から二、三番目に座っていた。各々の前にはセットの食事が。ジャガイモを蒸かしてバターと胡椒を乗せたものに、胡瓜の輪切りと丸々のミニトマト。そして赤ワイン煮込みの肉とソース。肉は正直、今は要らなかったが、店のメニューがこのセット一つだったため仕方なく。


「へぇ、わざわざこの国で就職を。どうして?」

「若い人は皆、此処へ来ると聞いてますからね。若い人間が居るということは金が集まるということですから、より生活に困らないと思いましてね」


 俺は、この国が圧政に脅かされていることを頭に浮かべたが、今は黙っておいた。


「それで、貴方は?」

「俺も似たようなものだ。あの国に未練なんてないからな」

「それは失礼を」

「そのつもりで言ったんじゃない。······しかし、人が多いからか、賑やかで空気が合わないと思ったけどな」

「そうですね。些か、人口の割りにみすぼらしい者も目立ちますし。料理は程々ですが、この店自体だってそうでしょう?」


 と、平気でそう口にする彼の言葉に、ピクリと、前で皿を拭いていた若い店員はやや苦々しげな顔。髭の生えた小太りの店主もこちらを睨んでいた。それを飯を食べながら感じる俺は否定も肯定もせず「どうだろうな」と、話を戻す。


「――で、目処は立ってるのか? その就職先とやら」


 ノーヴィスは「えぇ」と、ハンカチで口元を丁寧に拭く。


「この国で管理人――さっきの検問のような人手になろうと思ってます。私のスキルは視覚と聴覚で感じたものを分析出来る能力ちからがありますから」

「へぇ、そいつは便利そうだ」

「それで、ある程度Lvが上がったら、此方こちらの国へ仕えようかと」


 俺はつい、手を止めてしまった。


「Lvが上がればさらに五感が追加されていきますから。味覚、嗅覚、触覚とね。味覚を手に入れれば毒味役にはなれるでしょう」


 俺は「なるほどね」と、なんとか手を動かした。


「随分、上のほうを狙ってるんだな」

「これでも私は男の端くれですから、上にはのし上がりたいものですよ。あの三人とは、昔馴染みであるのと、安心してLvを上げられるから組んだまでです。他に理由はありません」

「それで、あいつが死んで早速行動か。殊勝だな」

「御互い様でしょう。貴方なら皆、もう少しルグニスに居ると思ってたんですから。怒りでこういった行動をするような人ではないでしょう?」


 相手を知ってるのは、お互い様、か。


「そうだな。【職業】を貰って浮かれでもしてたんだろう。······ともあれ、そろそろ、なんでお前がそんなベラベラ喋るかが分かってきたよ。自分の情報を開示することによって、俺の【職】を引き出そうとしてるんだろ?」


 今度は俺が、検問の男のような目を突き返してやった。


 すると、


「······おや、お見通しでしたか。つまらないですね」


 ノーヴィスは両手を広げて、呆れたように首を左右へ。


「お前から学んだ事だ。人は、情報を開示されると、同じように情報を出そうと思いやすい、だろ?」

「随分、昔のことを覚えてるんですね。理由はそれだけですか?」

「いや、それにお前は、どちらかと言えば喋りは控えめなほうだ。だから、食事に誘われた辺りから、やけに喋るなとは思ってた」


 それを聞いて「そうでしたか」と、納得したように溜め息のノーヴィス。


「やはり、付き合いがあるというのは欠点ですね。相手にハンデを与えるようなものですから。それで······ならば単刀直入に聞きますが、貴方の【職業】は明かせないと?」

「そうだな。不幸を運ぶとだけ教えておくよ」

「おやおや、それは大層な【職業】だ。貴方も此処へ就労するつもりでしょう? この国を壊すつもりですか?」

「そうなるかもな。まぁ、俺一人で壊れるなら、随分脆い国だが」

「ふふっ、面白いことを。······しかし、そうですね。そんな国なら、一から建て直したほうがマシです。それはそれで、私もさらに上を狙えますし、光栄なものです」

「ふっ、王にでもなるつもりか?」

「その手前までです。影なら不幸の被害も少ないでしょう?」

「相変わらず、ずる賢いな」

「“ずる“は余計ですよ。それに御互い様です」


 互いに、目を見ては不敵に笑う。

 相手のさらなる内を探るように。


 真実をその奥に見つけるように。


 ――が、その時だった。


 席を立った奥の男が俺の身体にぶつかった。

 同時に、緊張の糸はほどける。


 ぶつかった男は若いが年上に見えた。その男は「おっと、失礼」と言って、被っていた柴色ふしいろ帽子キャップに手を当てては頭を下げ、その場を後にする。男は帽子と同じ色のロングコートを翻しながら出口へ向かうが、振り返ることはなかった。


 その始終を見ていたノーヴィスは、


「興が削がれましたね」


 と、幾度と見てきた調子に戻っていた。そして、


「そろそろ、私も行くとします。明日のために、宿を見つけねばなりませんから」


 彼は金を置いて席から立つ。いつの間にか皿の上は片付いていた。


「明日、何かあるのか?」

「知りませんか? 演説ですよ」

「演説?」

「二日に一回、此処の国の王が広場でスピーチをするんです。国民に向けての感謝と国の方針を。ちなみに、その言葉には安心を得られるそうですよ?」

「へぇ、それは初耳だな」

「貴方も此処へ就くなら、聞いて知っておいて悪いものではないと思います。明日の正午、王城前の広場でありますから、宜しければ」

「あぁ、考えておく」

「えぇ、是非とも。――では、また演説でお会いましたら」


 そしてノーヴィスは、俺の「あぁ」という言葉を聞くと、この薄暗い食堂から立ち去っていった。


 遠い昔のことのように思えるな······。


 郷愁の念を覚えながら、ノーヴィスが完全に去ったのを見た俺は身体を前へ戻し、残りの芋に手を付けた。そして、芋を一口食べた所で、しばし忘れていた本来の目的を頭の中で整理した。


 演説か······。そこで王を殺すか? あのスキルなら簡単に······。いや、それ以前に俺には寿命の制約がある。一日は惜しい。なら【透過】を使って直接、城に乗り込み······いや、その前に本当に圧政なのか確認を······。


 そう計画を立てている内に、俺は前向きに考え、自分がノーヴィスと食事をしてから『あれらの夜』の惨状を忘れていたことに気付く。少しの侘しさと哀しさが襲った。


 国を壊すのはあいつには悪いが、もしそうなったら仕方ないだろう······。


 まだそうなると決まったわけじゃないが、恐らくこの運命は逃れられないように思えた。再び『あの重み』がのし掛かる。俺はその現実から逃避するように、ふと、奥の席に目を見遣った。そこにはフォークの傷も付かず、まるで命の果実というようなミニトマトが二つ、丸々と皿に残っていた。

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