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37、検問

 城壁に空いたアーチ門の下で、馬車は止められていた。


「止まれ。この国へ来た理由は?」

「あの······これは?」

「見れば分かるだろ、検問だ。そんなことはどうでもいい。理由はなんだ?」

「ガレンダ村から御客を送ってきました」

「そうか。なら馬車はここまでだ。客は降ろしてこっちへ並ばせろ」


 御者の男は、こちらと横を二度振り返っては申し訳なさそうに「すみませんが、そのようです」と俺に促した。俺は「わかった。ありがとう」と、馬車を降りた。


 この感じだと圧政は本当なのか?


 馬車から降りるとすぐ目の前に、鎧に身を包んだ衛兵がいた。


「許可証は持ってるか?」

「いや」

「なら、あっちで入国審査を受けてもらう。簡単な質疑応答と手続きだ。すぐ終わる」 


 国を守るための検問なら分かるが、圧政でもこのようにするものなのか?


 自国にはない体制にそう考える俺は、左手にある小さな詰め所へ進むよう言われ、そちらへ向かった。馬車は半円を描くようにして来たほうへ引き返していた。


 詰め所の前には小さな列が出来ていた。俺が訪れる前にも馬車がすれ違っていたことから、その客だろうと思った。四人も入れば一杯になりそうな詰め所に、一人ずつ人が入っては三分足らずで出ていく。そして出てきた者は鉄格子が降りた国内のほうへ。


 しかし、それよりも俺は『簡単な質疑』について考えていた。


 どう理由をつけるか······。黒のローブならあまりアレは見えないだろうが、そんなものが付いた者を易々(やすやす)と通してくれるのだろうか? 今から引き返してスキルで中へ入るか? いや、顔は見られている。ここで引き返すのも不審だろう。仮にも顔を覚えられて中で見つかった際には厄介だ。自分の姿は消せるが、せめてそれは多少の情報を得てからにしたい。どんな状況かも知らずに殺すなど、それこそ······通り魔と同じじゃないか。


 俯きながら俺は考えていた。だが、そうして答えが半分しか決まらぬうちに、中へ入るよう呼ばれてしまった。


 詰め所の中には、口の上に八の字の黒髭をした、黒のオールバックの男が居た。鎧は着ていないものの、半袖の制服から覗く腕は屈強なもの。


 長方形の机の向こうに居る彼は、俺が入ると「どうぞ掛けて」とでも言うように手で座るよう促した。


「ダグニスに来た理由は?」

「来月、この国へ越してこようと思って下見に」

「そうか」


 そして男は、左側の――向こう側へ唯一通れる、机と壁の空いた隙間からこちらを覗く。俺は黒のローブにフードを外した身なりだが、それを検めているようだった。すると、何かを見つけた男は突然眉根を寄せ、顔を険しくした。


「その染みは?」

「······あぁ、これは血だ。死体の片付けをする時に付いた」

「死体?」


 左眉がピクリと動いたのが分かった。

 しかし、俺はすかさず言った。


「ルグニスの森で見つかった死体を片付けたんだ。それを手伝った時に付いた」


 男は、俺の真偽を確かめるように睨んでいた。


 虚偽だとバレたか······? いや、仮にも死体があること、また死体が片付けられてるのはこの目で確認済みだ。発言全てが嘘ではないだろう。『嘘の鉄則は事実を半分入れること』。グレイナが口癖にしていたことだった。


 だが、俺は発言してから、そういった『嘘を見抜くスキル』があってもおかしくないと思い、失策だったと叱責。故に俺は、すぐに念には念を込め、スキルを使う準備をした。


 人から話を聞けないのは面倒だが、この際、盗み聞きでもいい。


 ――が、男は程なくして溜め息を吐いていた。


「お前もか」


 切り抜けたのか? それに“お前も“ってなんだ······?


「最近あの森は物騒だな。さっきの奴も、そこで付いたっていう血が袖にあったよ。――ほら、ここに名前と理由書いたらこの印を手に押すから、それを門横の小さな扉にいる奴に見せろ。そしたら通れる」


 男は自分の側にあった書類を滑るよう差し出し、俺の前へ持ってきた。紙は至って普通のものに見えた。ただ、日付、名前と出身、理由を書く下線があるだけ。俺はペンを持つと、その紙に目を落として、書く前に上目でそっと男の顔を見た。男は欠伸をしていた。


 質疑に問題はないようだが、先の言葉はどういう意味だ?


 俺はまだ“お前も“という言葉が気になったが、あまり時間を掛けては疑われると、紙に目を戻し、記入をした。そしてそれを渡すと、男は硬貨大のハンコを手にして、


「この印は入国の証だ。この国を離れるか更新を忘れると勝手に消えるから忘れるな。悪いもんじゃない」

「更新?」

「一月に一回、中央区役所へ更新にいかないと国民として扱われなくなるだけだ。まぁ、今回は転居の下見のようだから気にしなくていいだろう」


 そうして、その言葉の意味を理解しているうちに、俺は勝手に手を取られ、半ば強引にハンコを押された。手の甲には青く光る『開いた両手の中に口』の絵が浮かんでいた。


「ほら、後ろつっかえてんだ。はやく行け」


 まるで厄介者を払うように男は、手を、シッ、シッ、と払った。確かに、後ろには先よりも列が出来ていたため、俺は聞きたいことがあったものの、仕方なく詰め所を後にした。


 そして彼の言った通りの場所へ行くと、すんなりその小さな扉は開けられ、入国を許された。


 なんだ? こんなあっさりでいいのか?


 検問の割りには武器を検めるでもなく、ただ要項を三つ書いて通され、ハンコを押されただけに俺は拍子抜けした。違和感もあったが、それ以上にこの検問の意味がわからなかった。俺はステータス画面の提示を求められる事も最悪考えていた。


 この国が【職業】を享受できる国じゃないからか?


 画面の提示に関してはそんな事情があるにしても、圧政とは程遠い。敷居の低い国じゃないのか? とも思えた。


 俺は、ここへ来た『本来の理由』がボヤけそうになりながら、やや俯いて考えながら城壁の下を歩いた。その終わりまではすぐだった。


 外はまだ、小雨が降っていた。


 そして俺は、フードを被って城壁の下から抜け出そうとした。――が、フードが頭に掛かりかけた所で、俺は不意にも声を掛けられた。


「やはり貴方でしたか」


 右手の壁に居たその者はそう言って、俺のほうへ静かに歩み寄ってくる。その者が着る白色のローブには、俺の裏側に入った刺繍と同じものがあった。そして、その者は側まで寄ってくると被っていた白いフードを取り、


「イルフェース」


 と、俺にその顔を見せた。


「まさか、此処に居るとは思いませんでしたよ」


 思わず目を見張ってしまった。そこには、ルグニス協会で見た時と変わらぬ、冷静な目のノーヴィスがいた。

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