36、晦(つごもり)
馬車の中は、雨と土の匂いがした。
引き受けたことを後悔しているわけじゃない。
次のアテが思い当たらなかったこと。圧政を強いる独裁者な王なら、仮に殺めた所で喜ぶ者がほとんどだろうと思ったからだった。加えて、その国『ダグリス』は俺の国『ルグニス』と、村からだとさほど距離も変わらない。故国から遠ざかりはするものの、それでも一日で帰ろうと思えば帰れる距離。
それに、右手に残る重みはまだ俺を気鬱にさせたが、これからも人を殺さねばならないのなら、殺すのに適した場所や人――それらをもっと深く探しておくのもいいかもしれないとも思っていた。昨夜のようには残らない、もっと心の底まで『殺してよかった』――そんな安堵みたいなもので埋め尽くされるような、要らないと思える人間だけの、棲家があれば、と。
だからだ、今回引き受けたのは。
車輪が、ガタゴトと歯車のように音を立て、時折跳ねる。
背から尻まで振動が響き、【透過】を使えばこれも痛くないのだろうか。と、ふと思った。しかしそんな些細なものは、次に備え、山賊退治の成果――ステータス画面を見ているうちに忘れてしまうのだが。
レベルが上がりました。
Lv47→Lv95
スキル【無痛】を獲得しました。
スキル【再生】を獲得しました。
今回は、Lvの割りに得たスキルは少ないんだな······。
また、獲得スキルだけでなくLvに関しても、増え幅は小さいと思った。俺が殺したのは、気絶した奴と、親玉が殺した手下を除いて六人。六年やってきた山賊の頭だけでなく、周りも含めてならもっと上がっているものだと予想していた。
そんな折、協会で会ったあいつ等のことを思い出した。
『俺等もう皆Lv60越えてるからさ、またお前の手伝いするのも面倒なんだわ』
奴がこう言ってた事を思い出した。だが、苛立ちは付いてこなかった。そういう気分でもない。しかしともあれ、『また』という言葉は引っ掛かった。
それだけ、あいつら······いや、あいつは、人を頑張って殺したのか?
俺の知る限り、協会で別れた他の奴はそんな方向に頑張る連中とは思えない。それに、俺が奴から手伝いらしい手伝いをしてもらった大きな記憶などもない。つまり、奴が手伝ったのは『他の奴等』のこと。
あいつ等は今、どうしてるだろうか······?
四人で一つのとして動いていたチーム。そのチームの核であろう『奴』が欠けた。正確には“俺が欠いた“ではあるものの、俺を嫌ってたほどではない三人のことは些か気になった。
もう、あいつ等は代わりになる人を探しているのだろうか? いや、どうだろう。リズはわがままだが、そんな薄情じゃない。グレイナもガルバスに惚れていた。あいつの死を知ればすぐには立ち直れないことだろう。
なら、あるとしたら······ノーヴィスぐらいか。
あいつは頭がいい分、現実的で合理的だ。悼みはするだろうが、もし死を報されたのなら、既に行動をしているのかもしれない。それがチームの柱になるか、新たな人間を探しているのか、はたまた復讐を選んでいるのか俺には分からないが。······いや、復讐はグレイナぐらいだろう。
しかし俺は、殺したのが自分ということを、微塵も露呈する可能性は考えなかった。俺は登録初日の人間。そして仲間から追放された人間。仮にその報復としてやったとしても『Lv60と1じゃ話にならない』というのはきっと共通認識だと思えた。でなければ、協会であんなことにはなってない。
ただ、ともあれ、
あの三人には申し訳ないことをしたかと幾らか思った。特にリズには。リズは最初から変わらず扱ってくれたから。あいつから“他の奴等は違う“ことを聞いてなければきっと恨みは抱いただろう。多少、あの時苛立ちはしたが、それでも恨むほどのものでもなかった。
······これ以上は、考えても虚しいだけだ。
今更、戻る気もなければ戻れもしない。そこまで強靭な精神も持ち合わせていない。ここまで考えた所で、俺は仲間だった奴等の先を考えるのは止めた。
俺は、自分の中から目の前へ意識を戻す。
もう一つだけ、着くまでに確認しておきたいことがあった。
『この値が0になると貴方は消滅します。残り:63年分』
望みは薄いと思っていたが、やはり、という所だった。
俺があの村へ向かう際に見た時と、寿命の残り年数は一年たりとも増えていなかった。つまり俺は、あの夜、無駄に命を費やしたことになる。他人も自分も。消してもいい命だったはずだが、あの親玉のせいで暗晦が残った。
『へっ、こいつ等は同じ境遇だったからな······。打ち解けるのは早かったんだ』
当て付けるように画面を消し終えた頃、気付けば、白んだ景色の中、山のような城壁が浮かんでいた。幌を捲って外を覗くと、俺の気分のように重い雲の下、それは、何者の侵入も拒むように高く聳え立っていた。




