35、密約
「協会には私から完了報告をしておきます」
薄っすらと、自然を用いた家が見える程度の白む朝。曇り空の下で、村長が用意した馬車に乗り込もうとしていた。
「あの約束、忘れないように。それに保証は出来ないことも」
「はい。承知しております」
結局、俺はあの頼みを引き受けていた。ただ、引き受ける代わりにあることの口止めを条件に。それはあの夜、小屋で見た光景を口外しないこと。この件を俺が引き受けていると言わないことの二つだった。そのため、俺を運ぼうとしている御者は「急ぎの用で」とだけ言われ、俺から金を受け取っていた。
ともあれ先の理由、前者は、自分がどう山賊を退治したのか知られたくないため。後者は、もしそれを達した時、余計な噂に巻き込まれたくないように。影の英雄になるつもりなんて毛頭なく、俺はただ、安全に、かつ後悔しないほど殺してもいいと思える人間を殺せる環境が欲しかった。勿論、今後のために。ちなみに、村長が約束を破った時の代償は「村があの小屋のようになる」と釘を刺してある。ただそれでも、「構いません」と、彼は深々頭を下げてたが。
幌のついた馬車へ乗り込んだ後で、ふと、そんな彼の姿を思い出す。そして俺は「村長」と、馬車後方から前方へ向かおうとする彼を呼び止めた。
「そういえばあんた、名前はなんて言うんだ?」
そっと振り向く村長は、握られた小さなランプに顔を照らされていた。大きな表情のある顔ではなく、哀しみと覚悟の底を見つめているよう。そしてその顔を崩さず、彼は言う。
「ジェイムズ。ジェイムズ・モーリスです」
その言葉は重く、これから俺がすることの大きさを物語っているようだった。
馬車が動き始める。
小雨も降り始めていた。
白く霞み始めた景色の中、緑のベストはまだ、遠くで深々と頭を下げていた。




