29、惨状のアト
火打ち石は彼の傍らに転がり、小さな壺は腰から提がっていた。
「なんで、ここにいる?」
俺はもう一度、途切れた彼の言葉を引き出すように尋ねた。彼は生唾を一度ゴクリと飲むと、恐る恐る口を開く。
「やはり、あの後心配になりまして、私もあなたの跡を追い掛けたのです。ただ、途中罠があることに気付かず触れてしまい、身を潜めておりました」
あぁ、そういえば、二回音がしてたな。
一回目の大きい音は山賊。そして二回目は村長のものだったと俺は知った。ふと、目だけをドアのほうへ滑らすと、俺が吐いたのとは逆の、少しした所に酒樽は倒れて放られたままだった。
「それから悲鳴が聞こえ、どうしたものかと思ったのですが、とりあえずは収まるまで待とうと思ったのです。そして、それが収まったものですから······」
「様子を見にここへ来た、と」
「はい······」
辻褄は合っているか······。
万が一のことも考え、俺は鎌を彼の首横に当てたままだったが、それを下ろしては闇の中へ消滅させた。消滅させる前、辺りに、あの酒を持ってきた残りの山賊が居るのでは、と気配も探ったが、素人目だがそれらしいものはなかった。消してからも念のため探ったが、山の気配は変わらなかった。
そうしている間に、
「ひぃっ」
立ち上がって小屋のほうへ向かっていた村長は中を見て、もう一度腰を抜かしていた。
「こ、これは、あなたが······?」
唖然とする老人に、俺は短く「あぁ」と言った。小屋のほうを向いたままの彼は、身体を祈るような伏せた態勢に変えては「あぁ······」と何度も、手を組んでは頭を下げ、震えていた。祈るように、と述べたのは、やはりそれがとても、歓喜とは思えぬものに見えたからだった。




