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27、宿命

「とても語る気にはなれないな。お前等みたいのを幾ら殺したところで、飯を食いながらなんてのは」


 ドロドロとしてる。それはこぼれた液体という意味ではなく、この小屋に漂うのは、もっと根本的な、果てのない腐臭の沼を彷徨さまようような、耽美とは掛け離れた、人間の醜悪の成れの果て。そんな権化のように思えた。


 そして、その中に立っている自分をふと思い描いた時、


 俺は、ここで何をしてる······?


 途端、今さっき奴に感じた嫌悪感を自分に感じた。


「あんた、いつから山賊やってんだ?」


 なんでこんな質問をしたのかは分からない。いや、きっと釈然としないこの苛立ちを誤魔化すため、誰かにぶつけるためだった。大男は蒼くなり始めた顔の中で疑問の色を見せていたが、腕の痛みを堪えながら息絶え絶えに話した。


「五、いや、六年前の、今日だ」

「······やけに鮮明に覚えてるんだな」

「俺が、木こりの仕事を外された日だからな。忘れるものか」

「へぇ、木こりを」

「俺は元々『神の力』を使わずに仕事していたんだ。十七年間。ただ、それがある日【職】を手にした奴にたった一日で奪われちまった」


 命乞いをする弱者の顔だった奴は、まるで自分を嘲るように鼻で笑う。だが、その顔はすぐに憎しみの色に染まり、やがては歯を強く噛み締めるにまで至った。


 そしてこう口にする。


「俺は、自分を否定されたようだった」


 それは、明らかに俺に向けてのものではなく、その六年前の過去にいる『誰か』に向けてのものだった。


「その日から全てが憎くなった。その木こりも俺を見捨てた木こり仲間も、手のひらを返したよう俺に一切仕事を寄越さなくなった村の野郎共も」


 男は、腕から流れる血、そこから伝わるはずの痛みをまるで忘れたように興奮していた。


「その腹いせに、山賊に?」

「あぁ。山賊になっちまえばそいつ等に復讐出来るだろ? 木こりは仕事が無くなり、仕事を依頼してた奴等は頼む当てが無くなる。おまけに幸か不幸か、俺が神に与えられた【職業】は【山賊】だったんだ。なら、そうするしかねぇだろ?」


 男はまた鼻で笑った。


 自分の場所を奪った【職】を使う······か。


 この男は【職業】の有能さについて、身を刻まれるほどに実感していた。だからそれを選んだ。たった一日でなれる『新しい自分』を。


「あんたはさっき“自分を正当化出来る“と言った。まさにそうだ。俺は自分を正当化したかった。自分の存在をただただ肯定したかった。それだけだ。······ただ、その結果――」


 男は、辺りを目で一瞥しては俯く。


「このザマじゃあ······笑えねぇな······」


 いよいよ興奮が切れた男は虚空を見つめ、胸を持ち上げたような、短い、発作のような呼吸をする。彼の終わりが近付いているのが目に見えた。あちらこちら転がる手下のように。


「······そういえぱあんた、仲間から信頼はあったみたいだな。一人は逃げ出そうとしてはいたが」

「へっ、こいつ等は同じ境遇だったからな······。打ち解けるのは早かったんだ。······とはいえ、まぁ、そいつには悪いことをしたな」


 虚ろな目を、あの自分が刺した手下へ側めるジーク。彼は小さく「すまねぇ」とこぼす。そして、しばらくその手下を見ては「あんた」と、こちらへ目を向けた。


「あんた、俺を助ける気はねぇんだろ? いや、もう助けてくれなんて言わねぇ······ただ、一つ頼みがあんだ······」


 すると俺の答えも聞かず、彼は何度も自分の前で宙から落ちていた、あの毒ナイフを目で指した。


「俺を······裁いてくれ。そのナイフで」


 僅かだが、思わず俺は目を見張った。


「あんたはまるで死神だ。こいつ等が死んだのも、あんたを殺せなかったのも、全部、あんたと出逢う宿命にあった、木こり時代から引っ張ってきちまった俺の運の無さが原因だ。俺が······こいつ等を巻き込んじまった」


 もはや、山賊とは思えぬ哀愁に満ちた目で、彼はもう一度、一通りこの惨状を見回した。そして、


「だから、そんな俺を······あんたが、その手で裁いてくれ」


 裏の意図を感じさせない声で、そして目で、大男は俺を朧気に見た。


 ············。


 俺は戸惑っていた。元々、殺すつもりではあるが、何故、自ら苦痛のほうへと歩み寄るのか、それが理解できなかった。いや、理解は出来ていた。ただ、俺はそれを受け入れたくなかった。


 執行人になるつもりだったんだろう?

 何を躊躇ためらってるんだ?


 ひたすらに自問自答した。だが、長くそうしている時間はなかった。奴の息はもう小さくなっていた。このままだと()()こいつを死なせる。それだけははばかられた。


「ここまで来て、怖気おじけづいちまったか······?」


 その言葉で、俺はハッとさせられた。そしてようやく一歩前に進み、屈むと、奴が発現させた毒ナイフを一本拾った。が、屈んだままの俺は、掴んだそれを再び地へ落とした。俺は、あのタンクトップ男が座っていた後ろの壁――そこから、刃がギザギザの、肉料理用のあのナイフを引き抜いた。


 それを持って奴の元へ戻る。

 奴は力なく笑った。


「へへっ。やっぱ、あんた、死神以上かもしんねぇな。だが、そっちのほうがいい。俺がアイツと同じ苦しみじゃあ、死んだアイツも納得しねぇだろうからな」


 俺は()()()()()でそのナイフを持ったわけじゃなかったが、男はこれを喜んで受け入れようとした。


 ······あぁ、こいつが慕われた理由は()()か。


 俺は片膝を付くようにしゃがむと、右手にナイフを持ち、左手で奴の肩を支えた。


「体重を掛けて、ぐっと押し込んでくれよ。それでギリギリ届くぐらいだ。へへっ。まぁ、刻むように抉り出してくれても、いいがな······」


 奴はまるで、獲物の長さから自分の心臓までを測ったようにそう言った。


 これも【職業】によるものだろうか。


 ふとそんなことを奴に思いながら、俺は刃先を当てた。

 抵抗する気配はなかった。


「言い残すことはあるか?」

「いいや、ねぇな。残していいような、人間でもねぇ······」

「······そうか」


 奴の左胸に刃が入り込んだ。肉の気持ち悪い感覚と共に、ガタガタと最後の痙攣を起こしたのが手に伝わった。


 初めて、人を殺した感覚だった。

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