26、異変
山賊の親玉は悲鳴を上げた。
「ぐぬあああああぁ!」
見えない中でも、何が起こったのかは分かったのだろう。
「うええぇ、ひっ、ひぃ、ひぃ······」
冷や汗が滂沱とあふれ、自分の攻撃で生まれていた汗を瞬く間に埋め尽くしていた。斬ったハナ奴は前に蹲っていたが、今は自分の腕を必死に、その暗闇の先から見ようとしていた。その最中、奴のナイフが幾度と発現されるも、宙に浮かんでは落ち、宙に浮かんでは落ちを繰り返した。もう、奴に手はなかった。そして、
「た、頼む······助けてくれ······」
やっと聞けたよ、その言葉。
俺は奴に掛けた【暗幕】解いてやった。そして、初めて俺を見た奴はもう一度言った。
「頼む······助けてくれ······」
もはや戦意は感じられなかった。はやくこの手を、命を助けてくれという哀願しか奴の目にはなかった。俺は鎌を地面へ刺し、竦んで尻餅をついていた奴の膝に手を置いた。
「助けて欲しいか?」
山賊の親玉は、鼻と涙を垂らしながら何度も頷いた。
あぁ、本当に最低な気持ちだ。
こいつはこの言葉を何度聞いてきただろう。いや、聞く間もなく殺してきたのだろうか? いま、自分がその立場になっていると気付くもしないのだろうか? いや、そんな余裕さえもないか。
その醜さに、奴の膝を突き飛ばすようにして立ち上がる俺は、思わず目を横へ背けた。
「そういえば、数えるのも面倒なほど殺してきたんだってな」
「――っ!? ど、どうしてそれを······」
奴はそう口を滑らせたように言ったが、すぐに俺のスキルを思い出し「あぁ······」と唇をわなわなと震わせる。
「あぁ、そうだ。俺は最初っからここに居たんだよ。揚々と殺しや搾取を自慢する、この酒の席に。さぞ、楽しかっただろうな」
どうだ、というように奴に目を向けると、揺るがないにもかかわらず、奴はそれを隠しでもするように俯いた。事実は明白でも、命を握られているこの場では簡単には首肯出来ないようだった。
まぁ、答えはもう決まってるけどな。······とはいえ。
「俺も、よく分かったよ」
俺は辺りの惨状を見渡した。
「俺も、今回のでよく分かった。気に食わない奴を殺るのは、案外清々するもんだな。自分が正当化されるから」
今は倒れ、首の無いタンクトップ男。バサリと貫かれたよう斬られた死体の数々。どれもこれも、消えた所で誰が困るのか教えて欲しいくらいだった。そのくらい俺は、たとえあの制約の件を除いても、この行動が間違っているとは思えなかった。微塵とさえ。
しかし、それでも――、
「ただ」
これは、悪夢を見ているかのようだった。




