17、不相応な依頼
受付のある広場に戻った俺は、カウンターへと向かっていた。依頼を受託するためだった。
「すみません。初めて依頼を受けるんですが」
俺が立ったカウンターの向こうには、緑のベレー帽を被ったのブロンド髪の女性。今日は俺を引き留める者は居なかった。
「はーい、新規の方ですね。ここの依頼掲載については御存知ですか?」
「いや、何も······」
すると彼女は「そうですか」と言って、協会入り口付近にある掲示板に向け手を差し出しては「では、まず初めに」と説明を始める。
「お客様の手元のスクリーンでも募集している依頼一覧は確認出来ますが、あちらの掲示板に貼り出されているものは急ぎのものだったり、比較的安全なものが貼り出されてます。左から右に行くにつれ内容の難度が変わっていきますので、よろしければまた御確認ください」
そして手を戻した彼女は「えっと、イルフェースさんですね」と恐らく自分のスクリーンを操作。さっき撮った顔写真でも見ているのだろうか、と思ったが、
「申し遅れました。私はルル。ここの受付を担当している一人です」
と、俺にも見えるようになった、あの名刺代わりのスクリーンをこちらへ見せた。
名前:ルル
Lv:34
職業:【仲介人】
ランク:A
信頼:87%
番号:21537
なるほど、ここで仲介人が出るわけか。信頼があの彼女より下というのは些か疑問だが、それでもLvの割りに十分な経歴があるのだから仲介人としては確かなのだろう。
「初めてということですが、御希望の依頼はございますか? 大雑把でも構いませんよ。私共はそういった希望からの提案も仕事の範疇ですので、なんなりとお申し付けください」
彼女は「もし不安でしたら、オススメを幾つか紹介させていただきますので」とスマイル。微笑みというよりはそちらのほうが適当な笑顔だった。
ともあれ、俺はすぐに浮かんでいた希望を伝える。
「じゃあ、半日以内に行ける場所で、人を追い払うようなのを頼みたい」
「かしまりました。少々お待ちください」
そうして彼女は、あのスクリーンを操作。
ストレートに『人を殺すようなものを』と言っても良かったが流石にそんな依頼はないだろう。ともあれしかし、彼女にも死神というのは伝わってないようだ。
程なくして、
「あっ」
と、彼女はパッと顔を明るくするが、すぐに、むむむ······と口を歪ませ渋面を見せた。
「どうした?」
「いえ、あるにはあったんですが、まだ日の浅いイルフェースさんにはまだお早いかと思いまして······」
それでも彼女は、自分の見ていたスクリーンを一応俺に見せる。
依頼:山賊退治
依頼内容:村外れにいる山賊が、村の金や食料を度々奪っていき困っています。二度と彼等が来ないよう追い払って頂きたいです。
「私達は基本、依頼者さんと請負人の橋渡しをするだけなので責任は取れませんが、どうされます? 本来は中堅ほどの人が請け負う依頼ですが······」
彼女は、これはオススメは出来ないといった顔で言った。しかし、
「いや、これをお願いしたい」
俺は迷わず言った。これほどの好条件はなかった。
彼女は目をパチリとさせては、
「よろしいんですか?」
「あぁ」
「お仲間さんとの依頼も可能ですが、どうされます?」
「いや、一人で」
「······本当に、責任は取れませんよ? それに、受託後の任務破棄は一番信頼が下がりますからね?」
「あぁ、構わない」
彼女はやや心配そうだったが、自分の仕事だと思ったのだろう。渋々、指を動かしてスクリーンを操作。そして、もう一度俺にスクリーンを差し出す。
「では、こちらの同意ボタンをお願いします。そしたら場所、地図などがイルフェースさんの画面へ送られます。それを元に依頼者さんを尋ねてください」
俺は「分かった」と頷いてボタンを押す。これから命を取りに行くとは思えぬほどの、手応えのない軽い同意だった。
「依頼者さんのほうにも、あなたの顔と名前だけは届きますので御了承ください。ただ、現場へ着くなり、滞りなく依頼を始められるはずです」
「そうか、ありがとう」
「最後に、依頼を終えた報酬金はイルフェースさんの右手にある――あちら。あの黄色のベレー帽を被った彼女の所で出来ますので、それだけ覚えておいてください」
「あぁ、わかった。世話になった」
「いえ。では、お気を付けて」
そして、俺は踵を返して協会を後にしようとする。背中に「御武運を」という声が聞こえていた。俺は振り返らなかったが、彼女は丁寧にお辞儀をしているような気がした。




