12、血に濡れた刃
正直、確証はない。
だが、殺さない程度に反撃してくるのは分かっていた。
「······後悔すんなよ」
俺は自分の武器を持って奴に向かっていく。そして、反撃を覚悟しつつ奴に刃を振りかざす。当たれば儲けもんだった。――が、やはり、
「うっ······!」
途端、機敏に動いた、奴の剣が腹に入った。
木にはぶつからなかったが、俺は地面を先のように転がって吹き飛んだ。攻撃に備え、歯を食い縛るよう全身に力を入れていたものの、それでもその鈍い痛みは貫くように身体に届いてきた。
「かはっ······」
なんとか膝を付き、手を付いて立ち上がろうとした所で、胃酸が溢れるような感覚と血の味がした。だが、吐き出したのは真っ赤な液体だけ。
口の中が切れたか? 肺がやられたか? 胃に穴が空いたのか?
腹に手を当てながら呻きながらそんなことが一瞬よぎるも、全身が千切れそうなほど痛み、結局どこだなんて分かりもしなければどうでも良くなっていた。――だがその中でも、俺は安堵していたことがあった。
それは、気を失わなかったこと。
そして、奴が刃で攻撃をしてこなかったこと。
俺の狙いがいずれやってくるだろうとはいえ、その二つだけは訪れた時点でアウトだった。つまり俺はこの賭けに勝ったと言えた。
「弱えぇ。弱えっ! 弱えぇなぁ! やっぱLv60と1のお前じゃあ話になんねぇ!」
奴はそう言いながら近付いてくる。すると、先の衝撃でまだ手足に力が入らぬ俺に向け、
「全く手応えがねぇ! そんなんじゃ俺の成長の足しにもならねぇぞ!」
奴は、俺を蹴り上げるように蹴飛ばした。やはり、奴の能力は『身体を強化』するもののようだった。蹴られただけにもかかわらず「うっ」と声を漏らした俺は、ゴム玉のように弾み、さらに後方にあった木へと衝突した。最初ほど肺を割る衝撃ではないものの、それでも意識がいくらかだけ飛んだ気がした。
だがそれでも、俺は気を失わず、右手に掴むものだけは放さなかった。そしてまた、痛みと共に視界が安定し、現実を教え始める。
あまりに滑稽だろう。
あまりに楽しいんだろう。
屈辱を覚えつつも、俺は歯を食い縛る。
「で、なんなんだぁ? お前の職業は? 草刈屋とかかぁ!?」
奴は俺から離れた場で、気味の悪いほどケラケラと哄笑していた。
俺はまだしばらく木の前で蹲り、少しでも回復を図る。そしてその中で、
そういえば俺のこと嫌い言ってたな。俺もその笑いが、嫌いだ。協会で響いたその人をどこまでも馬鹿にしたような笑い声が。今でもすぐに甦って、ただただ憎い。······あぁ、そうだ。俺はこいつを、殺したかったんだ。殺してやりたいと思ってたんだ。
俺は、そんな私怨だけを糧に、なんとか意識を保った。
屈するのは楽だろう。命乞いをすればもしかしたら助かるかもしれない。でもそれだけは却下だ。ただ裏切られたならまだしも、これまでの付き合いを一瞬で蔑ろにした、こんな奴のために自分まで殺すは御免だ!
俺にはまだ······奴を地に伏せる手が残ってる。
やれるだけやって死んだなら、まだ胸を張って死ねるだろう。ならそれに従うまでだ!
そして、その意志に応えるように、死の淵で耐えた甲斐は――その機会は突如として現れる。
「へっ、今度はちゃんと受けてやるよ。そしたら、瞬時に殺してやるから覚悟しとけよ?」
そう言うガルバスになんとか目を向けると、奴は再び、あの気味の悪い笑みをして剣を構えていた。だが、今度は遊びではない、間違いのない目だった。
「オラッ! はやく来いよ! びびってんのか!?」
「うっ······はぁっ······はぁ······」
この機会だけを逃すわけにはいかない。
俺は、死にもの狂いで立ち上がった。
その時、不意にも少しだけ、あの鎖鎌の持ち主が目に入った。
······あぁ、似た武器のよしみだ。仇を取ってやるよ。
そんな偽りの狭義心に駆られながら、俺は鎌を横へと伸ばす。身体に穴が空いてると思った。針に覆われてると思う痛みだった。だが、それでも、表情を殺すのに必死だった。
笑わないように。
はじめは使えない武器だと思った。
スキル一つない無能な【職業】だと思えた。
だが、鎖鎌の鎖を断ち斬った時、それが逆転した。
これは······そういう鎌だ。
「教えてやるよ、俺は――」
これで避けられたらとか考えなかった。
ただ、この攻撃を真っ直ぐに当てることだけを考えた。
こいつとの最後の賭け。その機がやっと回ってきた。
ふらふらと、今にも倒れそうな死の舞踊とも言える足取りで、俺は奴に近付いていく。奴には糸が切れそうな人形に見えていただろう。だから俺は、そのまま武器が届きそうな所まで来れた。
俺はもう一度だけ冷めた目で奴を見据えると、全身の力を振り絞るように奴に向かって跳ぶ。
そして、武器を振りかぶった。
月光に煌めき、刃が光る。
「······死神だよ」
「あ――」
奴は――言葉を発する前に、真っ二つになった。大剣と同じように、左肩から腰の右に掛け、赤のラインを作って。反撃は――当然なかった。地に伏せた奴は、一目でもう動かないと分かった。
············はっ、ははっ。
なんで笑ったのか分からない。
しかし、ひどく満たされた気分だった。
······あぁ、こりゃあいい。
暦を知らぬ三日月の刃は、仲間だった奴の血で、ひどく濡れていた。




