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107、未来への感謝

 次に向かった彼の反応は想像通り――ではなかった。


「本当なら怒りてぇが、やっと眠った所だ。勘弁してやる」


 病院のベッドにだが、リリィはスヤスヤと眠っていた。

 その傍らに水色パジャマの彼は居る。


「看護師の誰かが見てると思ってた」

「“金が下ろせなくなるかも“とか言って出てったよ」

「あぁ、それで鍵が開いて······」

「金より俺は、この世界の急変が心配だけどな」


 リリィの顔をチラと見る医者――マルクは「また、誰かの上に立たなきゃならないのか」とボヤいていた。“神“の与えた【職業】の無い世界を既に見ているのだろう。だが彼は、マリアンヌが教えてくれた――俺の“知らない過去“とは違う未来を作るだろう、とも根拠もないのに思った。


 ともあれ、その話題が出たため俺は、


「その事も踏まえて、話がしたい」


 今日あった事、寿命と今後の事も含めて彼に打ち明けた。





 溜め息をつく医者――マルクは椅子に座り、右脚に肘をついた手を自分の顔面に当てていた。


「はぁ······。とんでもないことしてくれたなぁ······」

「だから、リリィを預かって欲しい」

「何から何まで理解に及ばねぇ······。まぁ、嬢ちゃんの想いが報われたのは良かったとして、ともあれ、そうなると他に面倒を見れる奴が居ねぇじゃねぇか」

「すまない」

「すまないってなぁ······」


 マルクはウンザリしたように、呆れの溜め息。前とは違い、寿命じじょうを知って、怒るに怒れないのだろう。


「はぁ······。先日お前を殴ったのを謝るつもりはねぇけど、それとは別に腑に落ちねぇな······。昔、嬢ちゃんに言われたことぐらいたちわりい」

「あぁ、あの“命を救える医者なのに――“っていう」

「んなことまで話してんのか、あの嬢ちゃんは」

「楽しそうに教えてくれた」

「楽しそうにねぇ······」


 そんなつもりはなかったが、少しだけ、彼女がもう居ないことを思い出させるようで場がしんみりと沈黙。何か言いたげなマルクだったが、それ以上は言わなかった。恐らく、探偵が二人の信頼を得るために話した事だろう。その事に関しては事実ではあるが、俺から話すのもつらい――そう思うと、こちらもその話は控えた。


 医者の彼はそれを感じてか、程なくして別の話を振る。


「そういえば、このが拾い集めてたやつ、受け取ったか?」

「あぁ。しっかり――此処に。······ありがとう。あんたが留めてくれたんだろ?」

「礼なんていい。糸を扱うのには慣れてる」

「ずぼらに見えて器用なんだな」

「それが恩人に対する言葉か。······ともあれ、無事に届いたならいいんだ。このにも礼は伝えとけよ」

「あぁ、そうする」


 そうして、側の丸椅子から立ち上がるマルク。


「あと少しでうちの看護師ナースも帰ってくるの思うが、それまでの時間あるか?」

「あると思う。けど、どうして?」

「それまでそのを頼む。俺は寝るから」

「······わかった」


 嘘が下手な人間だと思った。


「そうだ、あの孤児院はどうなる?」

「あそこはライラが引き継ぐだろう。あいつの忙しい時間に俺も行けばなんとか回るだろうしな」

「そうなのか? 確か······“子供皆まではあんたじゃ面倒見切れない“みたいな事、マリアンヌは言ってた気もするが······」

「ホント余計なこと話す嬢ちゃんだな。それにお前も」


 呆れたように端を見る医者。

 だが、その目をこちらへ戻すと若干の言い訳。


「俺だって成長はする。経験が足りねぇだけだ」

「······そうだといいが」

「信用しろ、少しは」


 そうして俺の頭をガサツに揺らす彼は、俺の横を通り過ぎ、部屋の外へ向かった。その際にも俺の頭に手を乗せるが、その時はポンと軽いものだった。そして一言、


「気を付けてな」


 手を離して歩いて行く。だが、もう一度だけ扉のない入り口の前で立ち止まると、


「それと嬢ちゃんのことだが」


 と、彼は背中を見せたまま言う。


「俺個人として言わせてもらう······ありがとな」


 そうして彼は本当に去って行った。俺はリリィのほうを向いて俯いてからしばらくし、それを向ける相手はもうこの場に居ないものの、


「······俺のほうこそ」


 と、小さく言葉を漏らした。

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