102、創造主の目
“神“の声は動揺に震えていた。
「貴様、そのスキルは······」
「自分で作ったスキルさえ忘れたか? まぁそうだろうな。出会った人の数こそ覚えていても、こんなちっぽけな人間の、誰の記憶にも深く残らぬ人間のことなど、お前は興味ないのだろう。それに······“死神“が勝利した内容のことなどもな」
自分もしようとしていたはずのことだが、そんな馬鹿なことがあるのだろうかと思った。なんせ奴は“神“。そのスキルの生みの親である相手に、そんな常識はずれの――かつて俺に向けた【論理】が通用するのかと。
そしてその時、俺はようやく気付いた。
それは、俺が『天上の間』の扉をすり抜ける前のこと。
◇
「俺はここに居よう。お前がこの扉の側で奴から証言でも聞きければ、万が一の時力になれる。自白は“完全な証拠“だからな」
「向こうの声はこっちまで聞こえるか?」
「鐘の音が聞こえるくらいだ。大扉とはいえ、普通の会話程度なら耳を澄ませば聞こえるだろう」
白いロングコートの探偵は、少し控えめな声だった。
「それに、もし奴が聖女を殺していなくとも、仮にお前が殺されれば、その時は小さな仇討ちくらいしてやれる。お前が死んだ所を目撃すればいいだけだからな」
「縁起でもないな」
「だが、やらないよりはマシだろう?」
「どうせなら、そのまま“神“まで片付けて欲しいくらいだが」
「そんな創生の者に“このスキル“が通用するわけがない」
「言ってみただけだ」
「くっくっくっ、どうだか」
そして俺は「使えないな」とでも言うように鼻で一蹴して『天上の間』へ消えて行った。
◇
――のだが、あの『スキルが通用するわけがない』という発言が、今なら嘘だとよく分かった。そもそも“その発言“が事実なら俺を引き留めるか諦めさせるほうへ向かわせていてもおかしくない(俺を殺すためなら別だが······)。
くそっ、あの野郎······。
最初から俺を利用してやがった······。
だが、皮肉にも俺が救われたのはその黒いロングコートの探偵であることは事実。俺は“神“の視線から外れ――また【論理】によって“封印された神“の制限から解放されると、普段より幾許か遅い修復を身体に感じつつ、魔方陣の中心に立った――遠くの探偵の顔を鋭く睨んだ。
澄ました顔しやがって······。
今でこそ【無痛】と【再生】で麻酔が聞いたように全て落ち着いていたが、それまでの苦痛は地獄のそれと恐らく変わらない。だからその分だけ、この瞬間に現れた奴に、見せ場を奪われたような場違いの腹立たしさも些か込み上げた。
「······この日をどれだけ待ち侘びたか。念には念を込めて下準備しておいた甲斐があった。“死神“が現れたのは想定外だが、どうやらそれも、全て神の思し召しらしい。“神“を騙るお前じゃない――万物の創生を司る“本物の神“のな」
その言葉を向けられる巨大な胡桃の“神“は蒸気が上げていた。“怒り“の体現などでは決してなく、純粋な退化に近い。それを表すように奴の身体は徐々に萎んでいたから。
「永遠を思わせる命を繋いでいたのも、やはりお前の生み出したスキルか。なら、今それが解けていっても不思議ではないだろう。いよいよ、この時代の誰も知らない、本当のお前とご対面という所か」
俺は何を言っているのか分からぬまま、その様子を茫然と見ていた。――が、“神“の蒸気が晴れた時、その探偵の言葉が真に理解出来る。しかし困惑もした。
そんなこと、あり得るのか······?
「······それが本当の姿か。命を繋ぐためとはいえ、やはりそちらのほうが幾らかマシだな」
それは探偵の言葉の端々に現れていたことだが、やはりこの目で直接見ても目を疑う光景だった。何故なら“神“の収縮が全て終わった時、そこに現れたのは、黒髪の長髪を全て後ろへ流し、白い法衣を纏う、呼吸を荒くした、右目に傷の跡がある“人間“の男だったから。
「このシステムの“創造主“であるお前に、俺の【論理】の説明は必要か?」
男――“神“は胸を強く握るように押さえながら、この世の全ての恨みを込めて探偵を睨んでいた。




