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100、決戦前夜の賭け

 血飛沫が頬を伝い、それをローブの裾で拭った時、ギギギィ、と俺のすり抜けてきた大扉が開かれた。


「終わったか。俺は必要なかったな」


 入ってきたのは、あの白い帽子に白いロングコートの探偵だった。重々しい扉が音を立てて閉まる。


「くっくっくっ······ひどい目をしている。今にも人を殺しそうな目だ」


 奴の言う通り、その衝動は心の奥底から込み上げていた。だが俺は、それを自我でなんとか押さえ込み、身体の主導権を奪われぬよう抗っていた。これを向けなくてはいけない対象があと一人いるからだ。だが、そいつを殺した後で自分を殺せるかも怪しいほどでもあった。しかし、万が一にも“それだけ“は成し遂げなくてはならない。


 すると、


「そんなお前にこれをくれてやる」


 探偵が、俺に向かって何かを下手したてに投げた。


「······なんだお前が?」


 十字架と珠の付いた――マリアンヌの“贈り物“だった。


「ここへ来る前、傷を看てもらうついでにもらってきた。あの小っちゃいにはひどく警戒されて睨まれたがな」


 しかし、それを持っていると言うことは――、


「でも打ち解けたんだろう? あの医者ともリリィとも」

「お前に聞いた事を使ってな」

「余計なことは言ってないだろうな?」

「お前が彼女に惚れたこと以外は」

「······」


 少し腹が立ったが、今はこの際どうでもよかった。

 そんなことで意志が緩むようじゃ成し遂げられないだろう。


「それで、その砂時計はなんだ?」


 この『天上の間』の前にある、時間を確認するために【神官】が使うあの砂時計だった。それを探偵は持ちながらこちらに向かって歩いて来た。――が、


「······何をやってる」


 俺を通り過ぎると魔方陣の外と中に一つずつ砂時計を置いた。そして、魔方陣の外の灰の上に座ると、煙草を取り出しつつ、


「くっくっくっ······。なに、こんな、世界がどちらに転がるかなんて面白いもの、見過ごすわけにはいかないだろう? だから、この時間が過ぎるまで待たせてもらおうと思ってな」

「ついては来ないんだな」

「あんな気持ち悪い“神“とまた対面するなんて御免だ。それにもしかしたら、ハーウェイルが犯人だと確信させた俺に飛び火しないとも限らない」


 確かに、一応は神に仕える者を殺す幇助ほうじょをしたわけだ。あり得ないこともないだろう。


「そこのハーウェイルはそのままでいいだろう。もし全てが終わった時、何が起きたか人々がそれだけで分かるようにな」

「まだ、勝てるとも限らないがな」

「まぁそうだな。だが、俺はお前に賭けよう。小さき者が“絶対の存在“を仕留める方が面白い」

「自分のことを言ってるのか?」

「何を言ってる。俺は負けたはずだ」

「あぁ、そうだったな」

「くっくっくっ······。嫌味な“死神“だ」


 俺は“贈り物“をローブの内にしまい、魔方陣の中心へ向かった。しかし、その中心に着く手前で、


「もう一つ、使えるか分からんが助言をやろう」


 探偵が、二つの砂時計をひっくり返しながら言った。


「目を凝らさないと同色で分からないが、神の背後には小さな扉があるらしい。どうもそこは、この世界の外界へと繋がってるそうだ」

「なんだ、もしもの時はそこから逃げろとでも?」

「そこまで言ってない。ただ、もしそこから逃げられたら誰かが代わりを担う可能性は出るかもな」

「まるで、俺が負けるの前提の話だな」

「くっくっくっ······確かにそうだ」

「······」

 

 こいつはどっちの味方なんだ。と、不快に思いながら俺は、片膝を立てて笑う探偵に背を向けた。


「まぁいい。頭の片隅には入れておく。······じゃあな」

「幸運を祈るぞ、死神」


 ケッケッケッ、と笑う探偵の声が、歪んでいく景色の中で不気味に聞こえた。

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