99、導き
「······そうか。貴様が“死神“だったか」
今しがたの驚きから、最初の不気味なほどの冷静さまでに戻ったハーウェイルの右手には光が集まり始めていた。そして、再び白い槍を形成。だが、
「そんな人間と戦うのは初めてだが、それなら、手加減も優しさも命取りになり兼ねんだろう」
それだけでなく、奴の回りには足元から宙へと浮いた無数の“金の槍“がこちらに穂先を向けていた。
「まずは、どうして生きているのかを確かめねばならんな」
直後、その金の槍はこちらに向けて矢の如く飛んでくる。奴が高速で攻撃してきた時とは違い、見えはするものの、逃げ場はありそうになかった。同じ金であるものの、その槍は大扉へと針のように突き刺さる。
「なるほど······消えることが出来るか。身体が元へ戻るのはキュベリィと似た類いか、それとも肉体の再生か······」
そう分析したハーウェイルは、焦ることも警戒することも見せず悠然と佇立。その威風堂々っぷりは戦闘経験の差を感じさせる。しかし、決して攻撃を受けないであろう俺は【透過】と【浮遊】を使って正面から接近。鎌の届く距離まで行くと迷わず攻撃。だが――、
······ちっ。
卑怯とも言えるその攻撃を信じられぬ事に奴は回避。髪の毛もないであろう、僅かに【透過】の解かれた死神の刃を紙一重で躱した。次の瞬間には消えるような高速で、俺から離れた場所へと移動。
「ふむ······部分的な刃の出現。指定部分を透明に出来るスキルといった所か」
ハーウェイルは、たったそれだけで俺の【部分透過】を見抜いた。加えて、
「それによって死に直結する致命傷を避けての肉体の再生。それがお前の不死身の種か」
――と【再生】に関しても完全に。
「······そう言った人間と知り合いか?」
スキルを解いて奴に尋ねた。
「肉体の再生は魔物以外では稀少だ。だから覚えている。透明になるのも同じ理由だ。しかし、私が知っている透過は、あくまで実在しているが認識出来ない程度のものだがな」
「じゃあ、俺のような“存在しないタイプ“は初めてってわけだ」
「そうだな。しかし、だからと言って――」
すると槍を立て、槍尻を床へ叩き付けるハーウェイル。
「私が、何もしないわけじゃない」
直後、眩い光を放ち、奴の身体が流線を描く蛍のようになり始める。ボヤけた立ち姿の奴が、縦横無尽に滑る。スキルによる無作為での高速移動だろうと思えた。
「ただ突っ立っていれば格好の餌食だ。こうする他あるまい」
最初の一撃を俺に叩き込んだ時ほどの消えるような高速ではないが【部分透過】で奴の身体――心臓を掴むことは至難の技だった。死刑囚等のように先に掴んでいたのならどうという事はないが、高速で移動する奴を待って掴むというのは【部分透過】の透過速度から、俺の手の皮――その塵が剥がれるだけに終わるだろう。時間を掛けて一回一回そんなことを続けても恐らく焼け石に水。
厄介だな······。
ラプスロッドの女王の件もあり、探偵から得た情報の“再生不可の鎌“で一撃で仕留めるべきと考えていた俺の失策だった。だがしかし、髪の毛ほどもない銀の刃を敵が避けられるなど誰が考えられよう。
どうする······。
一撃目を避けられても【透過】を使えば仕留められると思っていたため攻め倦ねるしかなかった。
すると、奴の低い声が四方から聞こえる。
「私の疲弊を待つなら無駄だ。スキルで戦えるお前なら分かると思うが、スキルによる移動で疲弊することは決してあり得ない。もし貴様が姿を隠したまま戦おうというなら、私は一旦退くまで。そして出直そう。確か······お前にリリィという娘が居ることを、マリアンヌは言っていたからな」
「······神官の割に、随分汚い手を使うな」
俺は【透過】を解いて、奴の前に姿を現さざるを得なかった。
「仕方ない。『天上の間』を守るのが私の務め。それで敵のスキルが制限出来るのならば、使わないのは愚の骨頂だろう」
「そのほうがよっぽど誇りがあるようには見えるが」
「結果のない誇りなど、あの【聖女】と同じ徒労だ」
「······口には気を付けろ、ハーウェイル」
「ふん。“死神“がたった一人の女に心を奪われるとはな。拾った孤児さえ碌に育てられなかった、出来損ないの【聖女】に」
「――っ!?」
感情的にボヤけた奴の影に鎌を振った。しかしそれは虚しくも空振り。そして、そのまま怒りに任せてもう一度鎌を振りそうになったが、二撃目は、このままでは奴のペースだと踏み留まった。
落ち着け······。
深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
――と、その時、同時にある違和感を奴の言葉に覚えた。
“拾った孤児“······?
ふと、ここに来る前の探偵との会話を思い出した。
◇
『なるほど。なかなか奇妙な縁だ』
『何がだ?』
『お前は、行く先々で彼女に助けられていたと思ってな』
『助けられていた?』
マリアンヌに関する、思い出せる限りの記憶を話し終えた直後の事だった。犯人に繋げる参考のために。
『最初に協会前で命を救われ、詐欺師に騙されずに済み、王を操る者に気付かされ、お前の友人等々······最終的には俺の邪魔をしたり、偶然にしては奇妙だと思わないか?』
『その程度のことならありそうなものだが?』
『二度あることは三度ある。だが、俺の数えた限りとはいえ、それだけあるなら奇跡だと思うがな』
『そんな奇跡があるなら、なんで彼女は死ななきゃならない?』
『そうだな。そこが不思議な点だ。······ともあれ話を戻すが、お前が探す犯人は俺の持つ情報と照らし合わせても、それに準ずる者と言って間違いないだろう。証言からまだ出会いで関連性が現れてないのは······』
それが、ラプスロッドでの目撃だった。
あのテント前のマリアンヌとハーウェイルの目撃だ。
◇
こいつは、マリアンヌが“あの市“に居たことを知らないのか······?
俺は、そのラプスロッドの事を思い出した時は、ただ犯人に繋がる“導き“を得たと思っていた。だがしかし、奴が彼女と別々の行動で偶然そこに居合わせたと聞いて、急に違和感を抱いた。
果たして、彼女がそこに居なくても、この事件の犯人がハーウェイルであることに、俺は辿り着いていたんじゃないか――と。彼女の後を追わずとも、やがてテントには辿り着いていただろう――と。だからこその違和感だった。
なんだ······? 考えろ······。
ハーウェイルは金を溶かす力を保有している。それは、あの“神“のいる間と同じ空間を再現、または維持するためだろう。だが、その自分には害のないタイプの、俺の【絶対零度】と似た類いのそれを使って、何故、奴は今すぐここを退かないのか。
あれだけ高速移動できるなら、リリィぐらいすぐ連れて来られそうなものだが······。
今の奴なら、扉など開けずとも金の扉をすり抜けるように移動することなど恐らく容易いだろう。リリィの所在を知っているかは不明だが、弱味を握るために――人質を取るために一度立て直すのは奴の口ぶりからも定石とも言える。
なら······何故、今すぐそうしない······?
今までのことを全細胞をフル稼働するように、頭を振り絞った。
単純に、扉を開けるしか外に出られない? 金の壁をすり抜けられないのか······? いや、俺の見た感じでも、石が裏にあっても壊せそうな程だが······。それほど膨大な力を奴には感じる······。膨大な力があるのに何故··················っ!?
「どうした。来ぬなら私から行くぞ」
その直後――突風が吹くと共に、ハーウェイルの白い槍が俺を貫く。心臓周りからローブまで――【透過】した俺の身体を。
「······致命傷を避けたか。それがお前の答えというなら私は一度――」
「やめておけ、ハーウェイル」
高速で距離を取っていた奴に、俺は言った。
······そうか。そういうことか。
そして俺はしゃがみ、金の床に手を当てる。
「······これが、お前の“代償“か」
「――っ!?」
その瞬間、左手を中心に波紋が広がるように、この部屋を彩る金が、命を失くした灰へと姿を変えていく。
「なんだ······それは······。や、やめろ······!」
初めて完全な焦りを見せたハーウェイルは、すかさず残る足元の金から槍を作り出し俺を攻撃。だが、灰を巻き上げた、刺のように突き刺さる全てのそれもやがて灰に変わる。
「そんな······馬鹿な······」
もしかしたら奴には、部分的に俺の姿さえあれば俺を殺す術があったのかもしれない。例えば、毒や麻痺など。だが、
それも······もう関係ない······。
「やはり俺は、導かれていたということか」
あの日、犯人を知らせるために導かれていたのではないとしたら“これ“以外になかった。
全ての共通点を考え出した時、マリアンヌの無意識の言動は、俺がこれから対敵する者を追い込む――虚構を破壊するものだと気付いた。そうした時、彼女に導かれたのが“俺が奴を目撃するため“でないのなら、あのラプスロッドで俺が影から目撃した別のものは一つしかなかった。
「やはりお前も······命を代償にする【職業】か」
ラプスロッドで俺が見たのはハーウェイルの人身購入。
「金が灰に還るなど······あってなるものか······」
そして、奴の買った人間の行き場所は“この広間“しかない。
一体、どれほどの命を宿した金なのだろうか······。
スキルは天井まで届き、灰を降らせた。
これはただの灰なのだろうか。
魂は解放されるのだろうか。
――そんなことが頭を過った。
リリィのあの、変わり果てた母親に縋る姿を見ただけに尚更そう思った。恐らく、歴代の【神官】等が作り上げてきた全ての命がここにあったのだろうが。
「こんな馬鹿なこと······あっていいはずがない······!」
焦燥のハーウェイルは、ローブに灰を積もらせ、自分の両足だけで呆然と立っていた。やがて『天上の間』の金は全て灰になり、その金が剥がれた裏からは、石造りの、ただの古びた神殿が顔を出していた。
「俺は何故、二ヶ月彷徨っていたのか······ようやく分かった」
この時のため、このスキルを使うためだろう。
それ以外になかった。
スキル【死神の手】:手で触れた者を中心に対象を灰にする。
最後に『初心者の森』の奥深くの地で出会った瀕死の男。
彼を殺した時、手に入れたスキルだった。
「大きな力には代償が伴う。俺には命が。医者には眠りが。そしてお前には――“この場所に金が必要“なんだろう? 違うか?」
「くっ······!」
俺にとって、マリアンヌの言動は全てが“導き“だった。救われたからそう思うだけではなく、世界を司る因果のようなものと言えた。
最初は“生への導き“を。
次の村は“隠匿への導き“を。
ダクニスでは“野望への導き“を。
リズの時は“故人への導き“を
探偵の時は“真実への導き“を
孤児院からは“帰る場所への導き“を
そしてラプスロッドでは“終わりへの導き“を彼女は示していた。これ等がスキルなのかどうかは俺には分からないが、事実その度に、側にあったのは確かだった。
「お前には、あの気持ち悪い目玉の“神“がついているが、俺には――いや、彼女には“本物の神“がついているのかもしれない。こんなのが偶然なものか。······さて、どうする? ハーウェイル。金が無くとも少しは戦えるのだろう? あの熱槍ぐらいは使えるはずだ。だから、最後のお前の答えを聞かせろ」
歯軋りが聞こえそうなほど、悔しさを露にするハーウェイルは返事をすることなく、真っ白な槍を構えると、そのまま無鉄砲に叫びながら向かってきた。通常の――人が走る速さだった。
「そうか······それが答えか。残念だ」
俺は【透過】を完全に解いた。
そして、奴の熱槍を頬に掠めながら避けると、
「もう【神官】は必要ない。安らかに眠れ――ハーウェイル」
鎌を振り上げ、奴の身体から、二度と蘇生出来ぬ程の血を撒き散らした。