9、森と鎖鎌
街の結界の外。森の手前で俺は懐中時計を見る。
あと40分程だった。
職業が【死神】の割りに、俺は神にでも祈る気持ちで森に入った。
鬱蒼とした森。白い満月が木々の隙間から道を照らしていた。
やはり、人はいないか······。
初心者の森とはいえ、あくまで武器を試したり襲ってこない魔物をその試しにする程度。況してや夜。人の気配が感じられなかった。
路地裏で誰かを誘うか······? いや、こんな夜じゃ······。
焦りのあまりいよいよ無謀なことを考え始めていた。それに街での殺人は御法度。それこそ自分が首を差し出す羽目になる。それは避けたい。
それからも森を歩く。
だが、人は見つからなかった。
懐中時計は残り15分を指していた。
······くそっ。
俺はもう諦めが過っていた。――が、その時だった。
ん、あれは······?
鬱蒼とした森が晴れた広い空間。
月明かりが煌々と入り、足元の草を鮮明に照らすほどだった。
そして、そこの中心にある大木。その手前。
そこに、俺の求めるモノがあった。
汚れのない鎖鎌を傍に落としたまま、うつ伏せで倒れる人間。
俺は急いでそれに駆け寄った。武器を持っていない人間ならば警戒されないだろうと思い、ひとまず俺はその草に倒れる者の元へ。だが、その者へ顔を寄せた俺はすぐに絶望へ突き落とされる。
彼は、既に死んでいた。
背中の傷から血を漏らし、半口を開けていた。止まったように開いたままの目。その白目には蟻が歩いていた。念のため脈を確認したが、温みはあるもののどこにも見当たらなかった。鼓動も止まっていた。
俺は草に座り込み、項垂れた。
もう、間に合わないな······。
風が吹き、森が、草がさざめいた。
「············ふっ、ふふっ、はははっ」
俺は自分でもなんで笑ったか分からなかった。だがすぐに分かった。涙がこぼれていた。人は絶望に陥ると、人は無理を悟ると、こうなるのだと初めて知った。俺の心には諦めと恐怖だけがあった。
あと10分足らずで、俺は······一気に10年死ぬ。
実感はない。そんなものが本当に減るのかなんて。でも、神が授けたこの力。それで回るこの世界。真実以外の他に思えなかった。
「······ははっ、あはっ、はははっ!」
俺はとんでもない呪いを受けたもんだ。
皆のようにもっとマシな人生を送れると思ってた。
だが違う。俺はハズレくじを引いた。いや、産まれた瞬間からこうなる運命だったのかもしれない。あと半年早く産まれただけでこうはならなかったのだから。
もうどうでもよくなった。何もかもが。
人のことも。自分のことも。人生そのものが。
「ははっ、はーはっはははっ! くっくっくっ、ははっ! あーはっはっはっはっ!」
腹を抱えて、もう笑うしか出来なかった。
感情の整理が追い付かなかった。
俺は······どうしたらいい?
月明かりの下、死体を前に、滴がこぼれた。
その時だった。
「うっ!」
俺はいきなり右から強い衝撃を受けた。
草の上へと俺は滑るように、引き摺るように倒れ込む。
意識が飛びそうだった。焦点が合わなかった。口の中で血の味がした。頭蓋がハンマーで割られたような錯覚を起こした。
何が起きたか分からぬ俺は呻き、しばらく地に伏せていた。
すると、草を踏む分ける足音だけが聞こえた。
「死体の前で笑ってるとか、お前やべぇ奴だな」
大声で馬鹿にするようなような野太い声。
男がさらに近くへ来るのがわかった。
俺は咄嗟に死ぬ――殺されると思った。だがそれと同時に、吐きそうなほど揺れる頭の中で何かを思い出そうとしていた。近々感じたであろう、込み上げるようなこの不快感を。
そして、俺はなんとか顔を上げた時、全てを思い出す。
「あぁ? お前、イルフェースか?」
そこには鎧を来て、肩に剣を乗せたガルバスがいた。




