伊勢海シーバスフィッシングがまさかの勘違いスピンオフ~生臭いまま鮮やかに、可愛らしくも嫌らしくて恥ずかしい、えらく疲れるエロショートミステリックラブコメディになりました~《語彙推理風短編官能小噺》
岩壁の岬に建つ神社、その崖下の磯辺で寄り添う男と女。
釣りデートを楽しむ様に見えたが、どうも事情は少し違うようだ。
「あそこ、見やん? まあるいボンボラあいておるやんか。そんボラに竿ソシてひっかけて欲しいんやに。」
波打ち際に座る女が、指差した後に手を合せた。海中に何か見つけたらしい。
「鰡か。この時期は大物だけど、俺のはスズキ用の超硬竿だから大丈夫、任せな」
自慢げな男はさっそく竿を伸ばし、獲物を釣りに掛かる。
「えっ、なんでウチの苗字しってるん?」
俗に言う伊勢海シーバスガイド妖女伝説……とはちょっと違うようだが。
暫く経ってもアタリの来ない煮え切らぬ男に、白けていた女も業を煮やしたか、ついにもの申した。
「やけどなぁ、そないぶ厚いんつけたらさ、竿のチョンチョンもボラもよう見えやんやん? モジイたらアカンの?」
「え、何て?」
女は黙って指二本の丸を二つ、自分の両目に重ねた。
「ああ、これ? 偏光グラス。磯釣り用。反射光を防ぐんだ」
男は少し傾いていた黒眼鏡を、空いていた右の人差指で、得意げに上げた。
「ふーん、そうなんや、カッコエエな」
片やご機嫌をとった女のご機嫌は、傾いたままのようだ。
もう二人、お社の陰から眼下の蜜月を眺める姿もあった。
浅黄袴の男が、生垣の穴から下を覗いている。
「彼もたぶん関東ですね。話が通じていません。ナンパかな?」
その顔の真下に屈んで同じく様子を覗う、緋袴の女が答えた。
「ふふっ、どうでしょう。でも、三重の女の子はやんやんなんにと、カイラシやに?」
男は何を思ったか、話の箍を一つ外してしまう。
「聞く人によっては、例のエロい話ですね」
「え、エライ? まさかお風邪でも!」
一つ聞き違えた女は慌てて後ろの上へ、くるりと振り返った。
――ち、近い! ぜぜ、ゼロ距離ぃ!!――
細やかな白肌と大きな黒目の無垢な乙女に、予期せず額まで合せられた初心な男は、全身を固めることしか出来なかったようだ。
「はっ! ごご、ごめんなさい!」
遅ればせながらもその距離に気づいた上ずり声の乙女の顔がまたくるり、下向きに戻ったその瞬間、一束に結われた長い黒髪が跳ねて扇となり、男の鼻を掠めた。
ひらり舞う 艶やかな 御髪の背
香りたつ 虹扇の 微風に
擽られた 夜陰の 恋心
――い、いま何が? やっべ心臓とまんね!――
そんな後ろの胸の高鳴りに、気付かぬ前の戸惑い顔だが、その頬を染めた恥らいの緋色も、後ろには見えない。
「ヤラシイです。ごめんなさい」
――な、なんだと? 心が読めるのか? 後ろが見えている?!――
「は、話はすれ違っても心は通じ合うことも、も、あるかも、も、もうお務めに戻りませんと!」
急に踵を返す巫女の言葉に男は眉をひそめるもその下の目はつい、急く背姿の頬に奪われる。
「……そうだな。嫌らしいよな、俺。……嫌われたよな」
色恋と方言にまだ疎い、関東禰宜のそれもまた、その身の袴と同じ色かも知れない。
三日月にしなる竿、弾ける水面が返す陽をさらに乱す。
「でっか! トドやん! やけど次こそウチのブレスレット、釣ってくれやん?」
「えっ?」
男は慌てて色眼鏡を外した。
女の指の示す先には、透き通った浅瀬に沈む、微かな白金の光の輪。
晩秋の昼下り。
男らはどうやらまとめて大きな鰡に、釣られてしまったようだ。
完