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令嬢と女子高生の強制交換留学  作者: 木白
プロローグ side カトレア
4/20

取り乱すくらい許してほしい

いよいよ答えが見つかるのか


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 フロア中に響き渡る絶叫に、なんだなんだと声のした部屋の方へ不振な視線を寄せる。

 パタパタと看護婦が駆けつけ「どうしました?!」と、部屋のドアを開ける。


「なんなの?!だれなの?!一体これはどういうことなの?!」


 患者が、ベットの上で取り乱していた。


「これは夢よ……夢に違いないわ……」


 ぶつぶつとつぶやく患者の姿に、一瞬とまどい固まっていると


「なんだいなんだい?どうしたんだい?」


 と背後からにょっきっと人が覗き込む。

 あの大絶叫を聞きつけたのか、それとも看護師から連絡が来たのか、部屋に駆けつけてきた担当医に、患者の状況を困ったように説明する。


「あ、先生、すみません、急に取り乱したみたいで」


「何かあったらナースコールを押すように言ったんだけどな」


「ナースコール押すどころじゃないみたいですね」


 職業柄、2人は冷静だ。

 2人の姿に気づくこともなく、鏡に向かってなおもぶつぶつと「違うわ、こんなこと、絶対にありえないですもの」とつぶやく患者に、「どうしたんだい?」「大丈夫ですか?落ち着いてください」と声をかけながら近づく。


 彼女は、自分に近づいてくる2人を完全に無視し、わなわなと震えながら鏡を凝視している。


「私の顔が……私の顔がっ……!」


「顔が……?」


「地味ーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」


 彼女は絶叫をあげ気を失ってしまった。









 ひどい夢をみたわ


 何もかも奇妙な世界で目が覚める


 何が起きているのがちっともわからなくて、少し心細い


 それに、体中が痛い


 でも、私は私


 それだけは確か


 そう私はカトレア ヴィエンヌ


 誇り気高き、侯爵家の娘


 揺るぎない事実


 なのに、なのに……


 鏡に映る姿は……






 私じゃない……!!!!






 全身から汗が噴き出しているのがわかった。

 最悪の目覚め。


 夢でよかった……。

 自分が自分でないとは、なんて恐ろしいのかしら。

 夢の中の鏡に映っていたのは、なんともさえない顔の地味な女だった。

 歳はおそらく同じかそれよりも幼い。

 使用人によくいそうな、特徴もなにもない幸の薄い顔。


 あれが私ですって?はっ!ありえない!ありえなさすぎですわ!

 耐えらない!

 夢ですら、耐えられない!

 誇り気高き、侯爵令嬢なのよ!こんな屈辱的なこと、あってたまるもんですか!


 ふぅ……


 こんな夢見の悪いときは、香りのいいお茶でも飲むに限るわね。

 マーサにお茶を……


 ふと顔をあげて気が付く。


 『私の』部屋じゃない。


 『あの』部屋にいる。


 一瞬、意識を手放しそうになるも、ぐっと堪える。


 まだ、私を苦しめるというの?

 悪夢にもほどがあるわ。

 いっそもう一度意識を失えば、この忌々しい悪夢から覚めるのかもしれない。

 でも、何度目が覚めても、またこの部屋にいる……。

 見覚えがないこの部屋は、私を混乱に陥れる。

 私の身に一体何があったのかがわからない。毎回頭を殴られたように思い知らされる。


 何とも言えない心細さからか、目がじんわりと潤ってくる。


「やぁ、起きたかい?」


 不意に聞こえた声に顔をあげるとコバヤシと名乗った男がいた。

 誇り気高き、侯爵令嬢の涙を、庶民なんかに見せてたまるものですか。

 さっきの心細さはどこにいったのか、キッと、コバヤシをにらみつける。

 コバヤシは遠慮するでもなく、ずかずかとベットに近づいた。


「鏡を見て、気を失っていたんだよ。何か、思い出したのかな?お話しはできそうかな?」


「えぇ……できますわ」


 さっきの取り乱していた姿はどこへやら、ずいぶんと冷静だ。


「そうか、よかった。一時的な記憶障害だと思うのだけれど、すこしずつ状況を整理していこうね。まず、君の名前を教えてくれるかな?」


 あたり前のことを聞かれ、当たり前に答える。


 私は、


「カトレア ヴィエンヌ」


「えーっ……と。うん。そうか。」


 コバヤシは名前を聞いただけで、戸惑いを見せたものの、質問を続ける。


「歳は?」


 そして今度は私が眉をひそめる。


「コバヤシ、レディーに歳を訪ねるのような不躾なことはおやめなさい。状況整理するに必要なことだとしても、訪ね方というものがあるでしょ。今回は特別にこたえてあげます。私は16ですわ。」


「失礼しました。では、事故に合ったときのことを覚えているのかな?」


「いいえ。そもそも階段から落ちた記憶すらありません」


「ふーむ……そしたら、君のご両親は何をしている方かな?」


 何をしているかですって?

 王都に住みながら、ヴィエンヌ家を知らないなんて、ありえない。


「コバヤシ、あなたは外国の方故に、無知なのでしょうけど、私のお父様はヴィエンヌ侯爵で、この国の大臣として責務を果たしているのですよ。お母様は、社交界の華と呼ばれ、貴族会で知らないものはいませんわ。お母様の身に着けたもの、訪れた場所、口にしたもの、全てが社交界の憧れとして浸透しますのよ。庶民とは言えども、この国では常識ですから覚えておきなさい」


「そうなんだね、ご忠告ありがとう。それでご兄弟はいるのかな?」


 コバヤシは淡々と質問を続ける。


「お兄様は私の1つ上で、シュルベール学園6年生。次期国王様になられる、第一王子アベル様の御側でお仕えしていますわ」


「ほうほう、で、君は?」


「カトレア ヴィエンヌと先ほども伝えしたのを、聞いていませんでしたの?コバヤシ、その耳はおかざりなの?」


「あ、うん。ごめんね。名前以外で覚えていることを聞きたかったんだ?」


「私はヴィエンヌ侯爵家の娘。シュルベール学園5年で、学年一どころか、学園一、いえ、この国一、ダンスも、マナーも誰よりも美しく、淑女として相応しい、皆の憧れのまとですわ。もちろん、第一王子アベル様の婚約者候補ですのよ」


「なるほどねー」


 侯爵令嬢と聞いてもなおも、敬う気を一切見せないコバヤシは、手元にある紙に何か書き留めている。


「ちなみになんだけど、厨二病って知ってる?」


「……チュウニビョー?」


「うん、ありがとう!よくわかったよ!!」


「ちょっ、おまちなさい!コバヤシ!」


 さわやかな顔で立ち去ろうとするコバヤシ。

 直観的に、とてつもなく不躾なことを聞かれたのだと感じ、帰すものかとぴしゃりと引き留める。


「んー?」


 とぼけた顔でコバヤシが振り向く。


「あなた、状況を整理していこうと言いながら、何一つ整理されていないですわ!」


「ごめんごめん。僕の中ではだいぶ整理されたんだけどね」


「コバヤシの中で整理されようが、私にとってはどうだっていいのです」


「ひどいなー」


「ひどくありません!答えなさい!コバヤシ!『私』は『誰』なの?」


質問され続けていた私は、ようやくコバヤシに問う。

コバヤシは、少し間をあけてから答えた。





「君は、川本桜だよ」





ズーンと後頭部を殴られたようなショックが襲う。

なんとなく想像はしていた。

それは最悪の事態。

『私』が『私』でないということ。

そんなことがあるわけがないと思いながらも、コバヤシとの質疑応答で、ずっと気づいていた違和感。



『私』から発せられる声は、




『私』のものではない……。




あぁ……そうなのね……。



やっぱりあの、鏡の向こうにいた地味女が、私じゃない私なのね。

気が遠くなりそうだけれども、何度も気を失うわけにはいかない。

でも、やっぱり心が折れそうだった。


ちなみにカトレアを話を聞いていた看護師さんの気持ちは『あ、察っし……』だそうです。

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