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04 猫のきぐるみ

「よし、この生地にするか」


 膨大な量の生地の中から、きぐるみに適していそうな物を選ぶ、今回はこのフリース素材で良いだろう。


 ここは裁縫専用の倉庫だ、部屋一つを潰して作った、この倉庫には王都でしか手に入らない珍しい織物、行商人との交渉で定期的に補充する質の良い布地、その他にもキルラの街で手に入れるものも多い。


 キルラの街は田舎だが、麻、綿、羊毛、様々な生地が手に入る、周辺にそういった繊維を取り扱う農家が多い上に、キルラの街では繊維産業も盛んだ。


 もちろん偶然ではない、俺が王都を離れる際、この地を選んで移り住んだのだ、裁縫に関するものは俺の生命線でもあるからな。


 まあ、俺自身は、主に桃や野菜を街に卸している専業農家だが。


 なぜ裁縫系の仕事をしないのか、仕事から能力から、全てが裁縫では人生が窮屈だ。


 幸いにもこの田舎は、日本の関東のような気候でもある、見知った果物や野菜を育てて生きたいという欲求に、素直に従っているに過ぎない。


 まあ、農家も相当に大変だけどな、オーガやミノタウロスの力を憑依させたジャケットがあれば、どんなに大変な作業も余裕だなどと、若い時分の俺は思っていた。


 しかし、それだけではダメだったんだな、人外の能力を憑依させていようと素人には変わりない、色々と勉強になった、いや、今も勉強中だ。


 今年で三十七歳だが、日本の果樹農家から見ても、俺はまだまだハナタレの青二才さ、遠い昔に日本で食べたような、本当に果肉がきめ細かく香り高い桃など、一生をかけても作り出すことなど叶うまい。



 さっそく、猫のきぐるみ製作に取り掛かる、リクと一緒に過ごすのも後僅か、体力が戻れば家まで届ける事になる、急がなければ。


 リクが来てから今日で二日目だ、かなり元気になってはいるが、まだやせ細った手足は戻っていない、険しい雪道を下山し、街の中を連れ歩くには少々厳しい。


 リクは未だに実家のことを話さないが、身に付けている物からして、貧しい家庭でないのは明白だ、捨て子ではない。


 どうせガキのやることだ、親に怒られ、癇癪を起こして家を飛び出し、そのまま迷子にでもなったのだろう。


 戻れば両親に怒られると思って黙っているのだろうが、きっと今頃、親は息子が行方不明になって悲しみに暮れている、条件が整えば、すぐにでも親元へ届けてやるさ。


 街まで連れていけば、ダンマリを決め込んでいるリクも観念するだろう。


 しかし、それまでにだ、せっかくの人体実験の機会を逃す訳にはいかない、リクには俺のギフト能力の被験者になってもらう。


 ふふふ、猫のきぐるみの威力、存分に試させてもらうぞ。


 気合は充分だ、やはり興味のあることに対しては特別に仕事が早い、どうせ完成したきぐるみの顔は、すこしマヌケになるのだろうが、だからといって手を抜くことはない。


 デザインするのが多少苦手だろうと、仕事まで疎かにしたらただの粗悪品が出来上がるだけだ、それは女神に選ばれし裁縫能力の使い手として、プライドが許さない。


 ベビージャンプスーツの構造をベースに、パーツごとに次々と縫製してゆく、フード部分にあしらった顔の一部やシッポには綿も詰める、きぐるみなど縫ったことはないが、長年の勘で問題なく形になってゆく。


 そして、なんとか今日中に仕上がった、これほどのものを一日で仕上げるのは、さすがに初めてだ、やってみるものだな、さすがは俺だ。


 出来上がった猫のきぐるみは、グレーと白のハチワレだ、なかなかの脱力顔になってしまったが、きぐるみということを考慮すると、逆にマッチしているのかも知れん。


 採寸してはいないが、俺ほどになると見ただけで大体のサイズは分かる、特に、今回はきぐるみというだけありフリーサイズだ、ガキなら誰でも着れる。


 さっそくリクに着せてみよう。


「リク、これを着てみてくれ」

「うん、なにこれ服? ねこさんだ」


 ふふふ、まんまと気に入ったようだな、またおもちゃが貰えたと勘違いしているようだ、愚か者め。


 魔王を倒す手段として用いたギフト能力、それがこのきぐるみには込められている、ナメてもらっては困る。


「どこかキツイところはあるか?」

「ううん、ぶかぶかー」


 まあきぐるみだからな、ぶかぶかで合っている、どうやら丁度いいようだ。


「それで、着た感じはどうだ?」

「すごい、なんか、すごい」


 どうすごいのか言え、まったく、言葉足らずのガキが。


 しかし、ほんのりと頬が紅潮しているのを見ると、重点を置いた代謝機能も働いているようだ、ほかほかしている。


 今までのリクは口数も少なく、どこか暗い印象だった、迷子になってウチに転がり込む羽目になっているのだ、当然だ。


 その沈んだ気分も、猫の気ままな性格に当てられたら多少は和らぐだろう、しばらく放置しておくか。



 暖炉のあるリビングは、家で一番広い、そこにリクを放して様子を観察していたのだが、どうにも大人しい。


 もっと活発になることを予想して、棚の上から落ちそうなものなど、予め退けておいたというのに、ほとんど動かない。


「うーむ、どうやら見誤ったか」


 猫にも二種類ある、やたら遊びまくる猫とじっとしている猫だ、どうやらリクはじっとしているタイプだったようだ、性格が急変することなどないらしい。


 予想とは違ったが、猫の性格が乗り移って別人のようになる、などということは起きないようだ、なるほど、一つ判明したな。


「リク、おーい、リクー?」


 何をやっているんだあいつは?


 向こうを向いたまま、ずっと同じ体勢で動かない。


 回り込んでみると、何とも言えない表情で固まっていた、フードの猫の顔と合わせて、ダブルでマヌケだ。


「何をしている?」


 話しかけても反応はない、目は驚いたように見開き、そのくせ口はだらしなく半開きだ。


「どうした? 何を……うっ!?」


 こいつ、まさか。


 右手に何か握られている、するとやっぱりだ、ゆっくりその手を顔に近づけ、くんくんとにおい出した。


 すると、カカッと余計に目を見開き、「かはー」と口を開ける。


「なんて事を、ソレをこっちに渡しなさい」


 俺は強引に、リクの手からブツをもぎ取った、クシャクシャに丸められたソレを広げてみると、予想通り、俺の靴下だ。


 フレーメン反応か、クサイ臭いを嗅いだ時、猫はこんな顔をする。


 なんてやつだ、猫らしく遊ばないのかと思っていたら、隠れてこんなものを楽しんでいるとは、たのむから靴下を嗜むな。


 すると今度は、左手を顔に近づけだした。


「まさか!?」


 素早くぶん取る、見るとやはり、また俺の靴下だ、靴下を左右とも確保していたのか。


 リクを遊ばせるため、周囲の安全は確認したと思っていたが、とんだ伏兵がいたものだ、今後は気をつけなくては、リクが靴下ジャンキーになってしまう。


 それにしても、そんなにも靴下のニオイに中毒性があるのか? 試しに俺も嗅いでみた。


「うっ」


 こっこれは、無理だ、ただの有害ガスだ。



 速やかに危険物を処理した俺は、次の作戦に移ることにした、しかし、またリクの様子がおかしい。


「ん? どうした?」


 リクは部屋の隅をじっと見つめている。


「何かあるのか?」


 その場所を確認してみたが、何もない、しかし明らかに、リクは何かをロックオンしている。


 猫は虚空を眺めることが多々ある、それは人間に見えない光を感知しているとか、見えてはいけないものを見ているのだとか、色々と噂はあった。


 猫の能力を手に入れてはいるが、リクは人間だ、当然喋れるし、知能まで猫になったわけじゃない、ならば何が見えているのか聞けばいい。


 きぐるみの能力を試すハズが、猫の生態を解明するのにも役に立つとは、俺は意を決して、何が見えているのか聞いてみることにした。


「リク」

「……」

「リク?」

「……」


 なんだこの集中力は? そんなに部屋の隅から目を離すことが出来ないのか? 一瞬でも目を離すとヤバイ何かが、そこにあるとでもいうのか。


「まさか、幽……いやいやいや、まさかな、ははは」


 ふざけるのもそこまでだぞリク? そんな事で俺が動揺するとでも思っているのか。


 ま、まあいい、とりあえず、一点を見つめさせるために猫のきぐるみを作ったわけではない、本題へ入ろうか。


 リクの体の状態は全快とはいい難く、活発に動くことはまだ無理だ、しかしそろそろ、少しずつ体を動かすことも大切だ。


 俺は次の作戦を決行することにした。


 一メートルほどの竿に糸を結び、その先に毛糸玉をくくりつけた最終兵器、リク戦用ねこじゃらしだ。


 猫のきぐるみを着ているリクに対して、この兵器はあまりに凶悪だ、その狩猟本能を強制的に呼び覚まし、有無を言わさず虜にする。


 ふふ、部屋の隅を見続けるなどと、俺の精神を揺さぶる作戦のようだが、所詮はガキのすること、大人の力を思い知るが良い。


 一点を見つめるリクの目の前に、毛糸玉をぶら下げる、ひょこひょこと動かしてみる。


 ふふふ、どうだ、そろそろか? そろそろ猫ぱんちか?


「…………」


 おかしい、完全に視界に入っているはずだが、反応が無い。


 どうした、猫じゃらしだぞ、なぜじゃれつかない、これだってわざわざ作ったんだ、俺の仕事を無駄にするな。


 くそっ、なぜだ、予定と違うじゃないか、リクが猫じゃらしで遊ぶ姿を想像していたのに。


 目の前に毛糸玉をちらつかせても、リクはひょいと顔を横にずらして、また部屋の隅を見つめている。


 いや、だから、部屋の隅を見るなって、幽霊など居ない、やめてくれ。

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