03 可能性
「んゴっ!?」
う、ううん? なんだ、もう朝か、自分のいびきに起こされるとは。
昨夜は気づかないうちに、暖炉前のロッキングチェアに腰掛けたまま、寝入ってしまったようだ、ガキの服を繕うのに夜なべしていたからな。
ふう、相も変わらず俺のベッドにはリクが寝ている、早くどうにかしないと、俺の体が持たん。
どれ、様子を見に行くか、寝小便とかしていたらと思うと、気が重いわ。
「……ぉ、……ぅ」
ん? リクの寝ている部屋、まあ俺の寝室だが、中から声が聞こえてくる。
何をしているんだ? 俺はそっと扉を開けて、中の様子を伺ってみた。
「がー、たべちゃうぞー」
何やってんだ? あのガキ。
「きゃーやめてー、すりつぶさないでー」
すり潰すって、随分と過激だな。
どうも一人で遊んでいるようだ、よく見ると、その小さな手には、サラマンダーミトンが装着されていた。
人形遊びか、しかし、ギフト能力で作ったミトンは、たとえ子供であっても能力は発動する、普通に炎を出す、何百度という高熱を発する。
リクは、サラマンダーミトンをしっかりと手に装着し、巨大魔物に見立てて遊んでいた。
俺はドアを開け、寝室へと一歩を踏み込む。
「あっ」
俺に気がついたリクは、遊んでいるところを見られたことに対して照れたのか、それとも勝手にミトンを使ったことを咎められると思ったのか、素早くサラマンダーミトンを布団の中に隠した。
「おはよう、ございます」
「ああ、おはよう」
しっかり見ていたぞ、ガキが。
「時にリク、さっき手に嵌めていたやつはどうした」
「あっ、ごめんなさい、ぼく、かってに」
ほう、人様のものを勝手にいじくり回したという、自責の念はあるようだな?
「いや、良いんだ」
「えっ?」
「それはリクにプレゼントしようと思っていたやつだ、先に見つかっちまったがな」
実は、リクが手に嵌めていたサラマンダーミトンは、正確にはミトンではない、パペットだ、炎が出る能力付きのサラマンダーミトンともデザインが違う。
これを縫っていたおかげで、俺は今日も寝不足だ、朝になる前にリクの枕元に飾っておいたのだ、“先に見つかっちまった”とは、少しわざとらしかったか。
何か遊ぶものが必要だろうと思い、いくつかパペットを作っておいたんだ、俺がリクの遊び相手になるわけにもいかんからな。
正直、ガキなぞどう接していいか分からんのだ、玩具を与えておけば何とかなるだろうと、そんな発想からこしらえた。
能力の乗っていない、何の変哲もないパペットだ、本物のサラマンダーミトンを初めとする危険なものは、すでにリクの目の届かないところにしまってある。
もちろんリクのためじゃない、俺のためだ、間違ってこの家を燃やされたら洒落にならん。
「お友達もいるぞ?」
「え?」
「ほれ、こっちはウサギだ」
「わー」
俺は背中に隠しておいた、もうひとつの白いパペットを取り出した。
「ぼく、これもらっていいの?」
「ああ、リクのだゾ」
「わー、ありがとー」
よしよし成功だ、リクはパペットに夢中だ、まんまと作戦にハマりやがって、ちょろいもんだ。
「さらにだ、このウサギは面白いぞ? ここの額部分を押してみろ」
リクが言われた通りに額を押すと、ウサギパペットの目玉がでろんと飛び出てきた、それまで可愛らしかったウサギの顔が、一瞬でホラーに早変わりだ。
「あはは、どうだリク、面白いだろ? ……あれ?」
リクは渋い顔をしている、おかしいな、ウケると思ったんだが。
「あんま面白くなかったか? なんかスマンな、別のに作り直すわ」
「ううん、ぼく、これも大切にする」
「はは、そうか」
ちと失敗したが、でも分かったこともある、どうやらリクは、カッコイイもの、可愛いもの、ビックリする仕掛けがあるもの、その中では、可愛いものに一番興味を示す。
それなら楽ちんだ、俺の裁縫の技術が存分に活かせる、次はぬいぐるみでも作ってやるかな。
おっと、もちろんリクのためなんかじゃない、俺の時間を作るためだ。
「ほら、リクの服、ここに置くぞ」
破けた箇所もほつれも、すべて修復してある、小さな破れはまつり縫いで分からなくし、修復不可能なものは生地から仕立て直してある。
そんな新品のようになったリクの服を、ベッドの上に静かに置く。
「なおってる!」
一見したら、どこが破れていたか分からないほどだ、裁縫歴二十年は伊達じゃない、恐れ入ったか。
「すごい、まほうみたい」
ふふ、まあ確かに、魔王が消滅した今、魔法のような現象を起こせる者は、俺達転移者くらいのものだな。
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・
リクには早く元気になって、体力をつけてもらわねば困る、街まで送るにも、雪が残る中をその足で歩いて行くのだからな。
それにしても、六歳児というのはあんなに身長の低いものか、百十センチそこそこだ、足元に居られると視界に入らない、気をつけないと蹴飛ばしてしまいそうだ。
あれだけの低身長だと、俺の能力で作った縫い物の中に、すっぽりと入ってしまうんじゃないか?
俺のギフト能力、偶像憑依は万能ではない、能力が発揮される大きさに制限がある、さらに、二つ同時に装備できないという欠点もある。
大きさは、およそ百五十センチ四方が限界だ、そのため、魔王と戦っていた当時は、ジャケットやコートなどを作っていたが、全身を包むような装備は作れなかった。
二つ同時に装備できないため、上下で分けて仕立てる事もできない、結局全身装備は無理なのだ。
それがリクならば、全身を包む装備も可能だ、少し興味がある、英雄の血が騒ぐとでもいうか、ギフト能力の可能性を探ってみたくなる。
しかし魔王も居ない今、戦う力は不要だ、剣を弾くストーンゴーレムの堅牢さも、電撃を放つリッチの魔法発動体も、この時代には無用の長物だ。
過ぎたる力は災いの元となる、だが、少しものの見方を変えてみたらどうか? 例えば、身近な動物の能力を付与するとどうなる?
可愛らしく親しみのある動物といえば、まずは猫が挙げられるだろう、例えば、猫のきぐるみを作ったとして、その能力とはどれほどのものか。
愛玩動物の猫も、あれで優れたハンターだ、獲物を仕留めるための身体能力を有している、しなやかな体、外敵から身を守る毛皮、闇夜も見通す目、数え上げたらキリがない。
きぐるみで全身を包むということは、局地的に強化するのとは全く意味合いが異なる。
猫程度の大きさの体が、人間の子供まで巨大化するのだ、それはヒョウ辺りと同等の攻撃力を備えることになる。
危険だ、しかし、それについてはあまり問題視していない、攻撃能力は俺のさじ加減で調整出来るからだ。
例えば、爪や牙を取り付けなければ、その能力は発揮されない、敵を倒す武器を元々持っていないのだから、さらに、デフォルメするほどに全体的な能力も抑えることが出来る。
もちろん、あまりにデフォルメすると、それはもう猫ではなくなってしまうため、能力自体が乗らなくなるが、丁度いい塩梅に仕立てる事も可能なのだ。
やれそうな気がする、いや、もう俺は、きぐるみを作りたくてウズウズしている。
猫のきぐるみを作って、リクに着せること、ただ可愛くさせるのが目的ではない、あ、違う、可愛いなどという要素はどうでもいい。
全身を包むということは、より正確に猫の特性も発現出来るということ、猫は攻撃力や俊敏性、または索敵能力が優れているだけでなく、実は代謝も高い。
現在、衰弱から徐々に回復しているリクだが、猫の新陳代謝を加えれば、さらに復活が早くなる。
まだあるぞ、猫は基本的に陽気な生き物だ、まあ、単純にアホとも言えるが、猫じゃらしなどを目の前に垂らせば、ハンターの本能が刺激され、飛びつかずにはいられない。
リクは大人しい、なかなか口もきかん、しかしそんな一面をさらけ出したら、もっと腹を割って接してくるに違いない。
今までのジャケットやミトンなど、特定箇所だけに能力を付与する形では、そういったことは起こらなかった、しかし、全身きぐるみなら十分考えられる現象だ。
これは実験だ、俺の仮説は正しいのか、きぐるみはギフト能力の新たな境地を切り開くのか、単純な探究心からくるものだ、けしてリクのためではない、けして。
そうだ、ここまで無償でリクの面倒を見てやったのだ、せいぜいその身を実験に使わせてもらおう、ふっふっふ……。