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02 厄介な訪問者

 見た感じ、小学校低学年、いや、まだその前くらいか?


 初め男か女か分からなかったが、こいつは男だ、ショートカットに痩せっぽち、髪の毛は光の加減で緑色にも見える、少し珍しいな。


「う……ん」


 気持ちよさそうにヒトのベッドで寝てやがる、こっちはお前のせいで徹夜だったってのに、まったく傍迷惑なガキだ。


「…………」


 なんだ? よく見たら薄目を開けているぞ、起きたのか?


「おう、おはよう」

「……」


 なんだコイツ、口がきけないのか? いや、そんなハズはない、さっき意味不明な寝言を呟いていた。


 まあいい、ただのガキだ。


「お前、名前は?」

「……」


 余計ベッドへ潜り込んでしまった、随分警戒しているようだ、コイツの方から家に訪ねてきたくせに、名前も言えんのか、クソムカつくガキだ。


 悪いが、俺はガキが嫌いだ、俺自身結婚もしていないし、よそのガキの面倒を見る義理もない、知らないガキが野垂れ死んでいようと、正直どうでもいい。


 ん? 何やら布団に潜ってもぞもぞしている、自分の着ているものが変わっていることに、戸惑っているのか?


「それは俺のシャツだ、安心しろ、お前の服は洗濯して、向こうにある」


 まだキョドっている、何も覚えていないのか? 泥だらけのまま家に上げる訳にはいかないから、着ているものを洗濯してやったんじゃないか。


 わざわざ風呂にも入れてやった、朦朧としているようだったが、意識はあったはずだ、まさかまるきり覚えていないとは。


 風呂に入れるのに結構苦労したんだがな、湯船に沈まないように支えたりして。


 世話が焼ける、これだからガキは好かん。


「ほれ、ホットミルクだ、飲めるか?」


 風呂で見た感じ、栄養状態はあまり良くなさそうだった、どうやら最近、ろくな物を食べていなかったようだ、衰弱した状態では事が運ばん、取り敢えず栄養を取らせる。


 ガキはおずおずと手を伸ばす。


「しっかり両手で持って、ゆっくり飲め」


 ダメか、コップを持つ手が震えている、衰弱して力がうまく入らないのだ、仕方ないからコップの下を支えてやる、ベッドにこぼされたらかなわん。


「おいしい」


 そりゃ美味いだろうよ、サラマンダーミトンを使って、この場で適温まで温め直したんだ、蜂蜜だってたっぷり入っている。


 それに、やっぱり喋れるじゃないか、名前くらい言えってんだ。


「って、オイ!」


 ホットミルクを飲み干したガキは、力無くグッタリとしてしまった。


 どっか悪いのか? まさか死んだのか? ガキのことなんてよくわからん、すぐに首筋に手を当ててみる。


 脈は正常だ、規則正しく息もしている、どうやら何とも無いようだ。


「ふう、また寝ただけか、驚かせやがって」


 大分疲れが溜まっていたようだな、安心したためか、また眠っちまった。


 なぜあんな時間に家の玄関先にいたのか、色々と事情も聞きたいが、まあ仕方ない、今は寝かせておくか。



「酷いな」


 洗面台の鏡に写った目元には、深いクマができていた。


 そのクマを洗い流すように、ざぶざぶと顔を洗う。


「ふー、眠っ」


 ああ、髭が少し伸びてるな、昨日、上部涼子うわべりょうこが訪問して来るのに、こんな無精髭で出迎えたのか。


 ダメだな、長く人と会っていないと、こういうところに気が回らなくなる。


「でもあいつ、カッコイイとか言ってなかったか?」


 顎に手を当てて、右に左にと顔を向ける。


「ふーむ」


 まあ確かに、ただ背の高い、色白な奴だった頃に比べれば、大分印象は変わった気がする。


 しかし、イケメンのようなシュッとした感じではない、どちらかと言えばワイルドな、渋いオッサンって感じか。


 俺って、歳取ったほうが映える顔つきだったのかもな。


「ふっふっふ」


 カッコイイと言われて悪い気はしない、言われてみれば無精髭もいい感じだ、少し髭を伸ばすのもアリか?


 いや、ダメだダメだ、綺麗にしておかなくては、あのガキを怖がらせてしまう、こんな大男が髭面をしていたら、まんま熊だ。


 これから色々と事情を聞かなくてはならない、家があるなら帰さないと、それなのに怖がらせてる場合か。


 まずは心の緊張を解いて情報を引き出さなくては、俺の家にいつまでも居座られたら、かなわん。


 ついでに髪の毛も切っとくか、短髪だから、全体を同じ長さに切って、あとは裾を揃えればいい、簡単なもんだ。



「こいつは、かなり降ったな」


 玄関を出たら銀世界、ならまだしも、ただの白い壁になっていた。


「これは参った、あのガキにかかりきりで、雪のことを忘れてたわ」


 本当なら、もっと早く雪対策をしなければならなかったが、こっちもそれどころではなかった。


 取り敢えず玄関先だけでも雪をかく、雪の壁が退かされると、徐々に外の景色も見えてくる、家の周りは屋根から落ちた雪で壁のようになっているが、実際の積雪は一メートルほどのようだ。


 それでもここに移り住んでから、こんなに積もったのは初めてだ。


 もし昨夜、ガキが訪ねてきたのに気が付かなかったら、今頃あいつは、この分厚い雪の下敷きになっていたことだろう、想像するだけでも、恐ろしいな。


 玄関先の雪を退かすだけでも重労働だ、何かしらの能力を使ったほうが良かったか?


 まあ、いちいち縫い物そうびを持ちに行くほどではない、とりあえずこんなもんでいいだろう、まだ家の周りも屋根の上にも、膨大な雪が積もっているが、頑丈だけが取り柄のログハウスだ、問題はない。


 正直、面倒くさいというのが本音だ、このログハウスは大きい、初めは広い一室だったのが、増築を重ねた今では4LDKだ。


「しかしこの有様では、数日間は家から出られないな」


 蓄えは十分にある、生活するには何も問題はない、しかし気になることは、やはりあのガキだ。


「まだ寝ているのか」


 早々に雪かきを切り上げて、寝室に居るガキの様子を覗く。


 随分長く寝入っている、まさか本当に死んだりしていないだろうな? そういうのはマジで勘弁してほしい、後処理が面倒くさい。


 俺も少し仮眠をとることにした、リビングのソファに横になる、ガキに寝室のベッドを占有されているから仕方ない。



「うう? うおっ!?」


 目が覚めると、ガキが目の前に突っ立っていた、俺を起こすでもなく、静かに佇んでいる。


 着ているシャツはまるでワンピースのようだ、身長が百九十センチある俺のシャツでは仕方ない、ガキは胸元を掴んで下にずり落ちないようにしている。


「起きて大丈夫なのか?」

「……おはようございます」


 ほう、わりと礼儀正しいな、ふらついている所を見ると、あまり大丈夫そうではないが、それに目が少し赤いか? 泣いていたのか。


 それは良いが、いい加減名前を教えてもらわないと、どこの誰やらも分からないままでは、家に送り帰すこともできん。


「それで、名前は?」

「……」


 何故か名前を言いたがらない、それだと困るんだが?


「お前の名……、あ、いや」


 しまった、一方的だったな、ガキだと思ってナメすぎていた、俺が悪い。


「俺の名前はイサムって言うんだ」


 最初に俺の方から名乗るべきだった、礼儀とかそういう話ではなく、このガキの警戒心を解くためにも必要だった。


 俺も随分と自分本位になっちまったな、昔からだが、ここで一人で暮らすうちに、より悪くなった。


「イサム……」

「ああ、よろしくな、それで、えーと?」

「ぼく、リク、ろくさい」

「リクか、いい名前だ」


 リクは少し怪訝な表情をしたが、すぐにはにかんだ。


「すぐにメシにするからな、少し待ってろ」

「あっ」


 リクは今気がついたかのように、自分の腹に手を当てる、腹が減っていることに気が付かなかったのか、あまりにものを食べないと、空腹も分からなくなるらしいからな。


 すぐ出来て体が温まるもの、とりあえずホワイトシチューを作った、野菜やベーコンも多めだ。


 ふむ、リクが食事している様子も観察してみたが、六歳児にしては行儀が良い、限界まで腹が減っているはずだ、もっとかっこむのを予想して、あまり熱すぎない温度にしてあったのだが。


 今は衰弱しているので元気が無いだけか? ま、大人しいのは今だけで、そのうちわがまま言い出すかも知れんな、普通に。


 それにしても、ニンジンだけはしっかりと残しやがったな。



 食事が終わって、リクにはまた休んでいるようにと、俺の部屋へ戻した。


 さっき、どこから来たのか聞いてみたが、どうにも要領がつかめない、まだ衰弱しているガキに対して、頭ごなしに聞き出すのも違うと思う。


 しかしそんな中でも、リクはキルラの街から来た事は分かった、キルラはこの山の麓にある街で、大人の足でおよそ三十分の場所にある。


 リクはこの寒空の下、ずっとキルラを彷徨っていたという。


 例えば、この異世界では、口減らしに子供を捨てることもある、修道院の前に置いて行くならまだマシで、隣町の道端や、酷いと森の中へ捨てるケースもある、残念なことだがな。


 しかし、どうもリクの話す様子からすると、それらとは違う気がする、やはり迷子か? 初めからそんな印象を受けてはいたが。


 リビングで色々と考えを巡らせていると、再びリクが現れた。


 ふむ、体力的にはまだ寝ていた方が良いが、気力はだいぶ回復したようだな。


 少しモジモジしたリクは、スッと、何かを差し出した。


「くれるのか?」


 そう問うと、コクリと頷く。


 何だこりゃ? ああ、四つ葉のクローバーか、いつの間に取ってきたんだ。


 そういやこの異世界でも、四つ葉のクローバーには色々と縁起の良い逸話があったな。


 日本じゃ運気が上がると言われていたが、この異世界では少し違う、四つ葉のクローバーを相手に渡すことで、それは親愛とか感謝といった意味合いが生まれるとか。


 よく知らんが、とにかく縁起物だ。


 まあ、異世界で四葉は珍しいものではない、この寒い季節でも、ウチの畑の脇に腐るほど生えている、ただの雑草だ。


 それでも、せっかくくれたんだ、丁寧に受け取って「ありがとう」と言えば、リクは少し照れたように喜んだ。


 単純だな。



 家に戻りたくないのか、リクは素性を話さない、しかしそういう訳にはいかん、どこから来たのか、何か手がかりを探さなくては。


 再びリクが寝入ったのを確認し、俺はリクの着ていたものを調べることにした。


「まだ半乾きだ」


 冬だから洗濯物がなかなか乾かない、暖炉の近くへ持って行くか? 俺の服だけなら寒い部屋に放置しておくが、リクの服はこれ一つしか無いからな。


 この家に来るまでに、藪で引っ掻いたりしたのだろう、リクの服はボロボロだった、しかし、元々の生地は上等なものだ。


 盗んだようには見えない、しっかり上下とも揃いでコーディネートされている、下着だってぴったりサイズの柔らかい綿だ、もし盗んだのなら、そういった所はおざなりになるはずだ。


 どこか良いところのお坊ちゃんなのか? しかしそれなら、一人で雪の中を、街から離れたこんな場所まで彷徨って来たのもおかしい。


 そういえば、確かリクはポシェットを持っていたな、その中に何か手がかりがあるかもしれない、さっそく調べてみよう。


 洗濯物の近くに放置してあったはずのポシェットは、机の上に移動していた、リクが来ていじったのか、まあいい。


 黙って開けてしまうのは少々気が引けたが、どうせ相手はガキだしどうでも良い、散らかさないように、静かに弄ってみる。


「ん? これは」


 リクのポシェットの中には、身元が分かりそうなものは何も入っていなかった、小銭すら無い、しかし代わりに、沢山の四つ葉のクローバーが詰め込まれていた。


 なぜこんなにも大量の、って、あれ? さっき俺にくれた四葉も、ここから取り出したやつじゃないか?


 だからポシェットが移動していたんだ、なんだ、そうだったのか、ヘンに喜んで損した。


 いや待て、そもそも、なぜこんなに沢山持ち歩いているんだ、リクは俺の家へ来るまでどこに居た? 街で彷徨っていたと言っていた。


 だとしたら、四葉のクローバーの使い道は一つだ。


 きっとそうだ、なぜリクが街を彷徨っていたのかはまだ分からん、しかし、一人で途方にくれていたのは確かだろう。


 この四つ葉のクローバーは、俺のためだけに取ってきたものではなく、出会った人々全員に差し出していたのだ。


 親愛と感謝の印を渡しながら、助けを求めていたんだ。


 それなのに、みんなに無視されて、結局行き着いた場所が、こんな人里離れた俺の家だったわけか。


 …………。


 どうしてリクがそんな目に合わなくてはいけないんだ、見てくれだって悪くない、性格もいい子じゃないか、それでも誰にも助けられなかったというのか?


 そう言えば今朝のリクは、眠っていたとき何か寝言を言っていたと思ったが、うなされているようでもあった。


 いったい、どんな事情を抱えているんだ、あんなに小さな子が。


 ……はぁ、なんか、無下に追い出せなくなってしまった、あの無垢な目で見られちまうと、どうもな。


 まったく、思ったより厄介なものを拾っちまったのかもしれんな。

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