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01 その後の英雄たち

よろしくおねがいします。

「一緒に来ていただけませんか? 景守かげもりさん」


 このあばら家において、不釣り合いなほど上等に着飾った女性は、身を乗り出し再度そう願った。


「何度言われても出来ない相談だ、わるいな」

「そうですか……」


 この女性、上部涼子うわべりょうこは、高校時代のクラスメイトだ、と言っても、俺達が高校生だったのは、もう二十年も前の事だが。


「仕方ないですね、また来ます」

「放っといてはくれないのか? 無駄足になるだけだぞ」

「そうもいきません、それに、個人的にも景守さんには戻って来てほしいです、あの景守勇かげもりいさむが、こんなにカッコよくなっていたなんて、きっとみんなも驚きますよ?」

「ふん、そりゃどうも」


 微妙な社交辞令を交わし、上部涼子は席を立つ。


「では、ごちそうさまでした、桃のコンポート、すごく美味しかったです」

「お粗末さま」


 俺が苗木から育てた桃だ、夏場に収穫したものを瓶詰めにしておいた、ここでは桃自体がとても貴重なもので、これほどのものを真冬に食べられるのは、相当な贅沢になる。


「景守さんって何でも出来るんですね」

「そんなことはない」


 苦労した、この地の農家に師事し、その農家の師匠と共に二人三脚で新種を開発し、長い時間をかけ、やっとここまでの食べられる桃にしたのだ。


「でも、お野菜も作っておられるのでしょう? 景守さんの作る野菜はおいしいと、街でも評判でしたよ」

「街で、ね」


 街から離れて、こんな山の中に一人暮らす俺を、変わり者だと噂しているのは知っているが。


 俺は、お帰りになられる・・・・・・・・上部涼子に対し、どうぞお通り下さいと、ログハウスの玄関扉を開いた。


 凍てつく外気が一気に流れ込んでくる。


「この地方って結構雪が積もるんですね、故郷の日本を思い出します」

「ああ、本格的に吹雪く前にキルラの街へ降りたほうが良い」

「お心遣い痛み入ります」


 他人行儀な奴だ、それも当然か、俺もこいつも歳を取った、もう三十七歳だ、若いときのように馴れ合うことなど無い。


 それにしても、また随分とデカイ馬車で来たな。


「リョウコ様」

「街へ戻ります」

「ハッ!」


 二十名もの護衛の騎士を従えて、立派な大名行列だよ、しかもこの騎士ども、雪の中をずっと直立不動で待機していたとはな。


 俺だったら、部下も温かい家に入れてやる、しかし、涼子はそんなこと気にもとめない。


 ――メガミ機関。


 涼子が所属している組織だ、過去には俺もそこに居た。


 俺達は、クラス転移でこの異世界に来た元日本人、転移時に現れた女神と名乗る人物により、総勢四十名いるクラスメイト全員に、ギフトという能力が与えられている。


 ギフトの能力は個々人で違う、そして威力は絶大だ、この中世のような異世界において、俺達転移者は圧倒的な戦力を有していた。


 そのギフトを使い、魔王を打ち倒したのが十五年前、当時魔王を討伐するために立ち上げた、クラスメイトからなる組織、それがメガミ機関だ。


 世界を救ったメガミ機関の権威は大きく、このクルード王国の王族も逆らうことは出来ない、実質、国すらも言いなりになっているのが現状だ。


 十五年もの間、英雄と囃し立てられ、王族をも従える生活を送れば、部下のことなど眼中から消えてしまうのかもしれんな。

 

 まあ、部外者の俺が口出しすることでもない。


「あれがイサム……憑依マスターか」

「ああ、噂通りの大男だな」


 声の方を見やると、無駄口を叩いていた騎士はスッと姿勢を正す、その中から、身なりの良い騎士が近づいて来る、この部隊の隊長か。


「イサム殿、では我らはこれにて失礼します」

「ああ」

「何か入用でしたらお申し付け下さい、王都までの馬車もご用意できます」

「やめてくれ、もう話は済んでいる」

「ハッ、これは出過ぎたことを、申し訳ございません」


 なぜお前が交渉する? おちょくっているのかコイツは? 


 だが、多少ナメられても仕方ない、俺もメガミ機関の一員だったとはいえ、随分昔に組織を抜けたのだ、裏切り者、臆病者と蔑まれることもあるだろう。



 涼子の一団を見送り、家に入る、このログハウスも俺が建てたものだ、もう十年以上ここに住んでいる。


 ふむ、下がった室温が戻ってないな、暖炉の火が消えているようだ。


 薪入れラックに掛かっている赤いミトン・・・・・を手に取る。


 この片方しかないミトンも俺の手製だ、炎を操るトカゲ型の精霊、サラマンダーを模して縫ったものだが、何度見ても締まらない顔をしている。


 どうも俺が縫うと、愛嬌のある顔になっちまうんだよな。


「なあ相棒?」

『ナンダト! オレハイケメンダ! オレハイケメンダ!』


 サラマンダーミトンは甲高い声で喋りだす……ま、俺の腹話術だけど。


 いい歳したオッサンが何をやっているんだと、たまに虚しく感じることもあるが、この家には俺一人しか居ないからな、そこまで気にならん。


 一人暮らしを始めた当初は、人恋しい時もあったが、さすがに十年以上も経つとどうでもよくなる。


 仮に話し相手ができたとしても、上部涼子だけは勘弁だが。


「さて」


 右手にはめたミトンで、薪を一つ掴み取る、丁度サラマンダーミトンの口に咥える形だ。


 ただミトンで掴んでいるだけだが、すぐさま薪が燻りだす、すると次には、ボウと、薪は自然発火したように炎に包まれた。


「よし」


 しっかり薪に火が移ったことを確認し、暖炉へと投入する。


 空いている左手でミトンを掴んで外す、熱くはない、あくまで燃えたのは薪だけで、ミトンには焦げた跡も残っていない。  


 これが俺のギフトの力だ。


 能力は偶像憑依、特定のモデルに似せて製作した縫い物に、そのモデルの能力を憑依させる。


 このミトンの場合は、炎の精霊、サラマンダーの力を付与してある、それで薪に火をつけた。


 虫から動物、魔物や精霊、それぞれに似せて縫えば、様々な力を縫い物に憑依させることが出来る。


 俺が縫い上げたものでないとダメだし、それほど大した出力は出ないが、まあ、便利ではある、一人暮らしにはもってこいだ。



 さて、暖炉に火も入れたし片付けも済んだ、一息入れるか。


 さっきのサラマンダーミトンを再び装着し、水を張った鍋底に手を当てる、すると瞬く間に水は沸騰した。


 この能力が便利な理由はまだある、火も熱も発するサラマンダーミトンだが、人間が装着している間しか効力を発揮しない、つまりそのへんに放置しておいても、火事になる心配がない。


 さらに、複数作成して、俺以外の人間に譲渡することも出来る、魔王と戦っていた時分には、ストーンゴーレムを模したダウンジャケットをクラスメイトに配り、その身を守っていたもんだ。


 例えば、大量に作成して売りさばくことも可能だ、欲する組織や国はゴマンとあるだろう、その場合、英雄の力がいくらで売れるか、途方もない財を築くことも容易い。


 もちろん、そんな危険な真似はしない、転移者の力はイレギュラーだ、安易に扱って良いものではない、別に罰則があるわけじゃないが、俺はそう自分に戒めている。

 

 沸いた熱湯をポットへ移し、カップを用意する、挽いた豆をドリップし、薄いコーヒーを淹れる。


 最近、健康にも気を使うようになった、おっさんは胃腸をいたわるものなのだ、濃いと刺激が強すぎるからな。


 暖炉前にある、小さな丸テーブルまでコーヒーを運び、ロッキングチェアに腰掛ける、冬の間はここが俺の定位置だ。


 ふぅと一息つき、背もたれに体を預け、早速コーヒーに手を伸ばす。


 ……少し豆を煎りすぎたか、まあ、こういう変化も楽しみの一つだ。


「アイツ、また来るとか言ってたな」


 窓の外はだいぶ吹雪いている、無事、キルラに戻れただろうか?


 上部涼子に会うのは、実に十数年ぶりの事だった、懐かしいな、メガミ機関のことも忘れかけていたと言うのに。


 魔王と戦っていた当時を思い出す、高校時代の級友であり、戦友でもある、クラスメイトの面々が脳裏に浮かぶ。


 もう奴らとも同じだけ会っていない、みな歳を取ったのだろうな、おっさんおばさんになって、結婚してガキをもった奴も居るかもしれない。


 メガミ機関を逃げるように脱退した俺には、そんな彼らの近況も分からずじまいだ。


「メガミ機関か……」


 俺が機関を抜けた理由、それは、クラスメイトと一緒に居るのが怖くなったからだ。


 魔物の軍勢を率い、人間の生活圏を脅かす魔王、それを討伐するために俺達は女神に召喚された。


 クラスメイトは全部で四十名、魔王との戦いは熾烈を極めたが、誰一人欠けることもなく、俺達は勝利を収めた。


 その時、倒れた魔王は一つの神器を残した、覇者の王冠といい、魔王が片時も離さなかった宝だ。


 俺達は戦利品の一つとして、覇者の王冠を王都へ持ち帰った。


 その後、王冠の研究が進むと、実は凄まじい力があることが判明した、それを手にした者は、大衆を意のままに操ることが出来るという。


 魔王自らが生み出した魔物の軍勢、その全てを御するのに、王冠は必要不可欠なものだったようだ。


 俺達は悩んだ、覇者の王冠を戴いた者は第二の魔王になりかねない、しかし、心正しきものが使えば、まだ民として成熟していない民衆を、正しい方向へ導くことが出来る。


 今思えば、そんなものに答えなど出るはずはないのだが、覇者の王冠の扱いをどうするのか、俺達は毎日のように議論を重ねた。


 そのような恐ろしい神器は、永久に封印すべきだという者。


 逆に、その力で世界を意のままに操り、統一した平和を目指そうという者。 


 真っ二つに割れた意見は平行線を辿り、その結果、メガミ機関の中で二つの派閥が出来上がった、四十人いるクラスメイトが、丁度半分づつに別れた形だ。


 そしていつしか、覇者の王冠の使用を推進する改革派は、英雄同盟と名乗り、メガミ機関を去っていった。


 それからというもの、王都に保管されている覇者の王冠を奪取しようと、英雄同盟の連中が襲撃してくるようになる。


 以降、メガミ機関と英雄同盟は頻繁に衝突するようになり、俺は仲間同士で争う日々に嫌気が差し、メガミ機関を抜け、この田舎へと落ち延びてきたわけだ。


 現在、覇者の王冠はメガミ機関が保管しているが、十五年経った今でも、英雄同盟との争いは続いているという。


 俺がメガミ機関を抜けたのは十年以上も昔の話だ、しかし上部涼子は、今になって俺を迎えに来やがった。


 それが何を意味するのか、どうせ碌な事ではない、涼子は上手いことを言っていたが、そんなものに協力など出来ん。


 これは魔王の呪いなのか。


 共に学び、共に戦った仲間たち、それが今では、憎しみを持って争っている。



 飲み干したコーヒーカップの横には、今は毛糸玉が幾つか置いてある。


 小さく爆ぜる薪の音を聞きながら、俺は毛糸のセーターを編んでいた。


 いつもは裁縫をしているのだが、たまには毛糸で小物を作ったりもしている、これだって、ちゃんと生物の形にすれば偶像憑依の力は発現する、糸を使った縫い物ならギフト効果が現れるのだ。


 女神からギフトを貰った当時は、なぜ俺が裁縫系の能力なのだと悲観したものだ、それまで縫い物などやったこともなかったし、興味もなかった。


 今でも完成した物はどこか不格好な所もあるが、仕事はだいぶ早くなった、このセーターなら一週間もあれば完成する、他の縫い物と平行してもだ。


 まあ、でかい図体したおっさんが、ちまちま毛糸のセーターを編んでいる姿は、第三者から見たらアレかも知れんが。


 ロッキングチェアに揺られ編み物をしていると、時が経つのも忘れる、時折、室内の温度が下がったことに気が付いて、初めて暖炉に薪をくべ直すほどだ。


 するとその時、コンコンと、外の吹雪の音にかき消されてしまいそうなほどの、か細いノックの音が鳴った気がした。


 ドアが軋む音を聞き違えたか? いや、もしかしたら、上部涼子が忘れ物でもして、取りに戻ってきたのかもしれない、一応様子を見に出てみるか。


 また部屋の温度が下がるなと思いつつ、玄関のドアを開ける。


 すると、予想外のものが俺を出迎えた、小汚いガキが突っ立っている。


 ――バタン。


 俺は何も見なかった事にして、ドアを閉め、再び椅子に腰掛けた。


 もう外は薄暗くなっており、雪の勢いも増している、こんな時分にガキが一人、ドアの前に居るなんて不自然だ。


 おそらく物乞いだろう、裏に大人が潜んでいて、子供を使って施しを受けようという輩だ。


 ただの物乞いならまだマシなほうで、最悪、野盗かもしれん、ガキに釣られて家を出た所を、待ち構えていた野盗が襲う、そういう物騒なことも、この異世界では珍しくない。 


 まあ、俺もこんな所で暮らしてはいるが、一応は世界を救った英雄の端くれだ、野盗ごときに遅れを取ることもないがな。


「…………」


 いやおかしい、野盗だとしてもだ、こんな吹雪く日に出歩くわけがない。


 だとしたらあのガキは何だ? 幻覚でも見たか? まさか幽霊というわけでもあるまい。


 嫌な胸騒ぎに背中を押され、席を立つ、そして再び玄関扉を開けてみる。


 やはりそこにガキはいた、しかし、さっきまで立っていたガキは、うつ伏せに倒れ込んでいる。


 倒れているガキの上には、早くも雪が積もり始めていた。

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