第83話 ~アルミナVSラポーダ~
オークロードが武器として扱う、大鹿の角を削って作られた杖は頑丈だ。
そうでなければすぐにでも決着がついていたであろうだけに、やはり武器の強度というものは戦場においてつくづく重要だ。
既に練達の剣士の域に入るルザニアの騎士剣を、オークロードはその杖で、見事に凌ぎきっていた。
首元狙いの斬り払いを杖で叩き上げ、それと同時に一歩退がった矢先、杖先でルザニアの頭を突き抜く一撃の返答。
これをかがんでかわしたルザニアによる、太ももを両断する騎士剣の一撃も、後方に跳んだオークロードは機敏に回避する。
互いが射程距離内からはずれ合った矢先、すぐに前へと踏み出したルザニアが、腰元から肩までを斜めに切り裂く騎士剣を振り上げれば、一振りの杖でそれを横に殴り飛ばしてオークロードが凌ぐ。
左方向へと剣をはじかれたルザニアだが、その勢いのまま身をきゅるりと回した彼女は、一回転するまま今度は逆方向からオークロードへ、その腹部を断裂する騎士剣を振るっている。
そんな間髪入れずの攻撃すら、オークロードは後方に跳ぶと同時、振り上げた杖でルザニアの剣を殴り上げてくる。
ユースやシリカが得意とするこの回転斬り、見て学んできたそれを披露してなお、ルザニアの攻撃は届かない。
次の一手に踏み込もうとした矢先、オークロードの目が光るかの光景に続き、杖を振り抜いたオークロードが多量の岩石弾丸を放ってくる。
拳大の岩石を、銃を十丁同時発砲するかのような勢いで、ルザニアに向けて放ってくるのだ。
しゃがんでもかわせない前方広角砲撃に、ルザニアは大きく横に跳び逃げる形を強いられ、宙に残った逃げ脚に岩石のひとつをかすらせつつ、ルザニアはほぼ横倒れの全身を地面へと転がらせる。
転がる勢いのまますぐに膝立ちまで持っていき、向く方向もオークロードの方へと改めている速さは秀逸だが、続けざまに中腰のルザニアに向け、オークロードは同じように岩石弾丸を多数放ってくる。
逃げは一度でいい。ルザニアは一気にオークロードの方向へ、高さを確保した跳躍で迫った。
ルザニアの頭から膝まで、全身くまなく打ちのめすはずだった岩石弾丸の数々を飛び越えたルザニアは、放物線を描いてオークロードのすぐ前の地点へと落下する勢い。
両手で握った騎士剣を振り上げたルザニアと、杖を構えたオークロードの目が合ったのは一瞬で、次の瞬間には勢いよく振り下ろされたルザニアの剣が、オークロードの眼前に構えられた杖と激突する。
「んっ、ぐっ……!」
「フギッ、ガ……!」
強撃と全力防御の衝突は、双方にかかる反動と衝撃も凄まじい。
表面上は無傷、両者とも腕の中身はみちみちと血管が切れそうなほど痺れる。
得物同士をぶつけ合った直後、ルザニアとオークロードが三秒間びたりと動きを止めたのは、それだけの衝撃が双方の腕に利いているからだ。むしろ武器を手放さないよう、よく踏ん張っていると言っていいほど。
「――ブガアッ!」
「くう、っ……!」
均衡を先に破ったのはオークロード、杖を前に押してルザニアを後方にたじろがせる。
ぐるんと杖を回してその先をルザニアに向け、喉を突くような一撃を差し向けてくるが、ルザニアはそれをかがんで回避する。その矢先に敵の足首を狙った剣の一振り。
退がってかわすオークロードだが、僅か一歩ぶんの後退にして最小限の動きだ。
突き出していた杖は同時に引き寄せてあり、両手持ちの杖をさながら鎚のように振り下ろして、ルザニアの脳天を叩き割ろうとしてくるのだ。
低姿勢から最小限の回避など難しいルザニアは、自ら敵を射程範囲内近くに捉えた間合いを捨て、大きく後方に跳び退いて逃れるしかない。
棍のように先端の大きな杖が地面を殴りつけ、固い地面の土と砂をはじけさせる光景からも、当たっていたら命はなかっただろう。
離れたルザニアは体勢を立て直さない。低姿勢のまま着地している。
膝を曲げているのだ。そのまま急転換する勢いで前方へ突っ込むため。
矢のように発進するルザニアと、杖を引いてオーガロードが構えるのがほぼ同時。
敵の側面を駆け抜けるようにして進むルザニア、振るう騎士剣はオークロードの右腕を狙っており、しかし構えた杖とともに身をひねったオークロードは、がきんとその剣を打ち返す。
オークロードから見て側面方向、離れた位置にて踏み止まったルザニアだが、殆ど背面をこちらに見せたままオークロードへと地を蹴る。全身を振り返らせるのは身が浮いてから。
振り返ると同時に薙いだ騎士剣の先はオークロードの脚に向いており、振り抜く杖でルザニアを殴り返そうとしたオークロードと、武器が上下に交錯する。
敵を捉えたのは剣の方だ。身を沈めて、頭上をオークロードの杖が通過する形にかわしたルザニアに対し、脚を逃がせなかったオークロードの大腿を、すっとルザニアの剣先が鮮やかに通過する。
熱を思うほどの痛みにオークロードが表情をしかめ、しかしそれでも杖を振り抜いた。離れていない位置にまだルザニアがいるのだ。
下方から上方へと振り抜かれたオークロードの杖は、鋭い風切り音を鳴らす。当たっていない。
素早く跳び退いたルザニアは既にオークロードの射程圏外に逃れ、すぐさまオークロードに向き直って構えている。
「ブッ、フグッ……! ムグウッ……!」
「…………」
適度な距離を保って双方構えるが、勝負は概ね決している。
ルザニアは無傷だ。対するオーガロードは大腿部を深く傷つけられ、右脚が小さく震えている。芯の傷ついたあの右脚で、オークの重い体重を支えるのは苦しいはず。
元気な体でルザニアに傷ひとつつけることが出来なかったのに、脚を傷つけられて動きを悪くし、それでなお戦い続けて勝利を得られる理屈は相当に薄いはずだ。
オークロードも自覚があるのか、苦痛とは異なる意味で眉間に皺を寄せ、苦々しげにルザニアを睨んでいる。
それでもオークロードは、継戦の意志を表すかの如く、一歩前へと踏み出して距離を縮めてきた。
嫌な顔をしたのはルザニアだ。絶対におかしい。逃げないのがおかしい。
明らかにこのオーク達は、普通の魔物達とは一線を画した、戦う理由を胸にここを訪れている。
死の可能性が濃くなってきた時、魔物が取る一手は逃げをおいて他にないはずなのに、まだ戦おうとするオークロードの、オーク達の動きは異常なのだ。
「く……」
ルザニアは賭けに出ようとする。
飛び道具を持つオークロードを前にして、鞘に剣を収めようとする。
武器を手にせず魔導士と対峙することの恐ろしさは相当なもので、躊躇いだってある。鞘の口に剣先を近づけ、躊躇するように手を止めるルザニアの行動には、オークロードも不審を抱いて脚を止めている。
いや、そうじゃない。やるならば、もっと。
意を決したように目を光らせたルザニアの顔は、オークロードの杖を構える手にぐっと力を込めさせたが、ルザニアの決意の正体は攻撃性ではない。
「ムグ……!?」
「ルザニアさん!?」
戦場に、からんからんと金属の転がる音が鳴った瞬間に、声を上げたのはカナリアだ。小さく呻いたのはオークロードもそう。
ルザニアはオークロードの側面方向に剣を投げ、自分の手の届かない場所まで剣を捨てたのだ。
目で追ったオークロードが動揺するのも当然で、丸腰になった強敵の姿を改めて見るオークロードの表情は、魔物ながらも驚きの感情がわかるほど動いた。
「……私達に、あなた達と戦う理由はありません!
引き下がって下さい! どうか、お願いします!」
やや近い場所にいたセプトリア兵らも驚くような大声を上げるルザニアには、当然カナリアとアルミナも絶句する想い。
魔物達に人間の、どんな言葉が通じるというのか。戦意が無いことはルザニアも、行動で以って極力表現しているつもりだろう。
ルザニアの発した言葉の意味を理解せず、己のそばに落ちた剣とルザニアを交互に見比べるオークロードの姿、あれを見て話が通じたとは到底思えまい。
「――ブガアッ!」
「ああもうっ、何してんすかあっ!」
丸腰のルザニアを見受け、駆け迫ってくるオークが一体いるのも当然の話だ。
はっとして振り返るルザニアの眼前に割り込んだカナリアが、ルザニアを襲わんとするオークへと一気に接近する。
自分を殴り飛ばそうとする棍棒をかがんでかわし、同時に放った水面蹴りをオークの踵に引っ掛けると、右足を叩かれて重心のぶれたオークの左脚に飛びついたカナリアは、そのままその太ももを持ち上げながら突進する。
バランスを崩しかけたオークをタックルで押し倒したカナリアが、そのまま頭をオークの腹に押し付けたまま地面を押し、前回りするような形でオークの上半身に背中を乗せにいく。
自分の肩甲骨の辺りがオークの胸に乗るのと同時、地面を両肘で殴るかのように振り下ろせば、オークの両肩にルザニアの両肘が力強く突き刺さる。
すぐに立ち上がったカナリアは、ただちにルザニアの元へと駆け寄ろうとするが、別のオークがカナリアに駆け迫ってきて、望む位置取りを取れない。
石斧を降り降ろしてくる一撃を横っ跳びにかわし、回し蹴りで顎を殴り飛ばす一撃を放ったが、それを腕でガードされて致命傷に至らず。
自分とルザニアの間にオークが入った形になり、手ぶらのルザニアを守りに行く位置取りが取れなくなる。
「――ルガアッ!」
「ぁ……」
杖を一振りしたオークロードが、無数の岩石弾丸を発射した光景に、カナリアもアルミナも顔を真っ青にした。
身を縮め、胸と顔を両腕で守ろうとしたルザニアも、終わりを覚悟してぎゅっと目を閉じている。
だが、オークロードの放った、いくつもの拳大の岩石は、がすがすと地面を傷つける音だけを立て、ルザニアにかすり傷ひとつつけなかった。
「ムグ、ヌ……!?」
一番驚かされていたのは、ルザニアに襲いかかろうとしていたまた別のオークだ。
その進軍路に、オークロードが放った岩石がオークの足を止めさせ、強い眼差しで配下を睨み付けるオークロードの目は、まるでルザニアへの攻撃を禁止するかのよう。
その場から下がれ、と言わんばかりに、オークロードが杖を一振りすると、戸惑っていたオークがルザニアから距離を取る。
それどころか、カナリアと対峙していた斧持ちのオークまでもが、訝しげな表情とともにオークロードの方へと駆けていく。
群れを統率するオークロードは、オーク達をある程度服従させる手段と権威を持つと言うが、それによって一部のオークがルザニアとカナリアに危害を与えぬ振る舞いに以降したことに、カナリアが最も驚いている。
「…………」
「……こ、この戦いに、意味なんか無いはずです!
どうか、撤退して下さい! これ以上はもう……!」
じいっと自分を睨みつけてくるオークロードに、目を開けたルザニアは少し身を乗り出して、胸に手を当て大きな声で発した。
死ぬかと思ったような瞬間が少し前にあったのだ。やや震えた声、張りの強さは虚勢のようなもの。
決して言葉の意味はわかっていないであろうに、オークロードは必死に何かを訴えかけるルザニアの表情を、動かず見つめて何かを感じ取ろうとするかのよう。
しばしば周囲に目をやって、ルザニアに視線を向けているオーク達数体に、まだ手を出すなと釘を刺すような動きも見せている。
「ダメなんだって、ルザニアちゃん……!
気持ちはわかるような気もするけど、でも……!」
戦場に響いている発砲音に混ざり、思わずアルミナは口走っていた。
魔物との対話は不可能じゃない。リープが魔物を従えているように。知能の低くないオークゆえに、人類とのコミュニケーションは期待できない話ではない。確かにそうだ。
だが、ほんの短い時間でそれを期待するのは厳しすぎる。
今は幸いにもオークロードがこちらに興味を持ってくれている、ルザニアが剣を捨てたことも如何ほどかの価値を持っている、だがこの後は。
エビルアープのラポーダが、オークロードと戦うルザニアに近付かぬよう、銃弾で以って奴の動きを制し続けてきたアルミナだが、彼女は厳しい現実というものを知っている立場だ。
こういう時、最も最善の結果に落ち着いたとしても、結局最後は殴り合いになる。
魔物達には言語が通じない。ここから何かをわかり合うには、まだまだ要素が足りな過ぎる。
「――キイッ!」
「あ゛あっ、こいつっ……!」
そして、ラポーダにはそんなこと関係ない。こいつはオークの配下ではないのだ。
丸腰になったルザニアを狩りたくてしょうがないのだ。オークロードと戦っていたルザニアの横殴りをずっと狙っていた時もありつつ、期をしくじれば反撃の恐れがあったので積極的でなかったが、素手のルザニアとなれば障害は何一つない。
アルミナの銃弾を素早くかわし、その足は一気にルザニアへと向かった。矢のような速度。
「ひ……!?」
「ム゛ゥ……!」
恐ろしい速度で向かってくる猿の魔物にルザニアが悲鳴を上げて振り向いた瞬間、オークロードは杖を振るって岩石弾丸を放っていた。
狙いはなんとラポーダだ。様子見を終えてもいないうちに、横槍を入れてくる流れ者に不快感をあらわにしたオークロードの表情は、配下のオーク達にとって怖い顔ですらある。
しかしその岩石弾丸をも悠々とかわしたラポーダは、跳躍一度で放物線を描き、ルザニアへと一気に跳びかかってくる。止まらない。
思わずラポーダから逃れる方向へと跳び退いたルザニアは、思いっきりかぶりつかれる危機こそ回避したが、目の前に着地したばかりのラポーダの姿あり。
逃げ道は無い。一歩進んで手を伸ばせば届く位置にいるルザニアに、ラポーダが触れるまで一秒かからない。
「このおっ!」
「ニギ……!?」
そんなラポーダに思いっきりぶつかっていったのがアルミナだ。
自分よりも小柄な猿に組み付いて、地面を転がり何度も身を打ちつける。
転がる中でも暴れるラポーダの抵抗もあり、止まりかけた所からも一転二転する中、アルミナの全身は固い地面に痛めつけられる。
「キキイッ、キーッ!」
「んぐっ、痛っ、くうっ……あが、っ……!?」
なんとか上を取ろうとしたアルミナは、ラポーダの後頭部の毛を引き、握った銃身をラポーダの胸から上に強く押し当て、必死に必死に抵抗する。
いちいち痛いことをしてくるアルミナに怒りを溜めつつ、力強く暴れるラポーダの方が、アルミナよりも筋力に優れている。
抵抗むなしくラポーダの拳がアルミナの脇腹を殴りつけた瞬間、力を奪われたアルミナはラポーダに強く押しやられ、強く地面に背中から転がり倒されたアルミナに、ラポーダが跨るようにしてのしかかる。
「このっ、バカっ、どけえっ……!」
「グギ……!? ギイイッ……!」
「いぎぅ……っ!」
銃を手放さないアルミナが、その銃身でラポーダの側頭部を殴りつけたが、怯ませられたのは一瞬だ。
余計に怒りを目に宿したラポーダは、銃を握るアルミナの右手に目をつけ、その握り拳をアルミナの右肩に振り下ろしてきた。
硬い猿の握り拳はまるで石のようで、それが肩肉に突き刺さる痛みには、アルミナも銃を握っていた手の力が失われ、ばたついていた中で手放した銃は彼女から離れて地面に転がってしまう。
さらにラポーダが右手でアルミナの襟元をぐいと引き下げ、左手でアルミナの顎を押し上げてきた。
アルミナの首元の素肌があらわになり、大口を開いたラポーダがそこに食いつこうとしているのだ。
殴り上げられるような勢いで、仰向け倒れのまま上を向かされたアルミナの目には、そんなラポーダの牙が光るさまも見えている。ぞっとする光景だ。
「ん、がっ……!」
「ハガ……!?」
決死の想いでアルミナは、左手をラポーダの口の中に突っ込んだ。
一気にアルミナの喉元を食い千切る勢いで頭を振り下ろしていたラポーダに、正面きって口の中まで突入するアルミナの手は、汚い舌に触れつつ喉にまで指がかかりそう。
吐き気を覚えつつ口を閉じようとしたラポーダの歯がアルミナの手首を傷つけるが、痛みに両目を閉じつつもアルミナは手を引いたりなんかしない。
触りたくすらない魔物の舌を全力で掴み、握り拳を相手の口でばたつかせ、押しては引いてはラポーダに口を開くよう強要する。
「ベハッ……!」
「っ、どけバカあっ!!」
「ゲフッ、ガ……!?」
たまらず口を開いて首を振ったラポーダが咳き込む中、アルミナは涎まみれの左手をラポーダの胸に、右手をラポーダの左肩に。
さらにラポーダに乗られたお腹を思いっきり振り上げると、相手の体を押し上げ、しかし右手は引き、自分の頭の上の方向へとラポーダを引っ張り込む。
無防備に引きずり込まれたラポーダは、アルミナ頭上の地面へと頭から突っ込む形になり、硬い地面に脳天から叩きつけられたあと背中から倒れる形になる。
目の前に火花が飛んだだろう、だが転がってすぐラポーダは起き上がり、アルミナの方を向いていた。
アルミナも早かった。少し離れた位置に転がされた銃に手をかけ、胸を下にして寝そべったままの体勢ながら、銃口をラポーダの方へと向けている。
至近距離、絶対に狙いをはずす間合いじゃない。
発砲音が鳴り響くも、それが当たらず空を切ったのは、咄嗟にラポーダが横っ跳びにそれをかわしたからだ。
「んの、クソ猿めえっ!」
「キギ、っ……!」
組み合いばたつくアルミナとラポーダに接近済みだったカナリアが、ラポーダ目がけて鋭いハイキックを放っていた。
頭を打った直後でちかついていた目でなお、それを見受けていたラポーダは、大きくさらに側面方向へと跳ぶ形で凌いでいた。
同時にアルミナやカナリアから距離を取り、ルザニアに接近する方向へと移動しているのだ。
「ヒガ……!?」
だが、ここからの動きを考える思考も唐突に途絶えた。
高く跳躍した後、着地寸前のラポーダの側頭部に穴が開き、その中身を銃弾が貫いたからだ。
左手で銃身を支えて右の引き金指を引いたアルミナは、肘で体を支えて腹ばいより上体を少し起こした体勢のまま、体と銃口の向く先をひねり、ラポーダ目がけて発砲していたのだ。
どんな体勢だろうが相手が動く的であろうが、アルミナにとっては関係ない。
着地寸前、全身が定まった放物線を描いたゴール直前にあったラポーダは、宙にあったまま頭を撃ち抜かれ、着地姿勢もままならずに崩れ落ちる。
「終わり……!」
逃がした、とラポーダを恨めしげな目で追っていたカナリアも、発砲音と着弾光景に驚くが、すぐさま身を立て直し、右脚は正座の形、立て膝の左脚で左腕を乗せて銃を構えたアルミナが、とどめのもう一発を発射済み。
思わずアルミナを睨み返そうとしていたラポーダの額に突き刺さった銃弾は、魔物の上半身がのけ反るほどのパワーで頭を押し出し、ラポーダが大きく吹き飛ばされて背中から地面に倒れる姿を叶える。
両手を広げて仰向けに倒れたラポーダの体は痙攣しているが、じきに全く動かなくなるだろう。
すぐに立ち上がってルザニアの方へと駆け寄っていくアルミナがすでに一瞥もしない中、ラポーダは空を見上げた視界を霞ませていく一方で、やがては意識を完全に失った。
「あ、あの、アルミナさん……」
「相手見て!! 死ぬから!!」
鉄火場をくぐり抜けた直後だけあって、アルミナの怒鳴り声に近い声は大きかった。
というか、ちょっとルザニアに対して怒ってもいるのだが、それはまた後の話である。
ルザニアのすぐそばに位置を移したアルミナは、いつでも銃口をオークロードに向けられる構えだ。
だが、向けていない。
アルミナは、一度周囲を見渡した。
オーク達は動きを見せていない。オークロードに制されてから動かないままだ。
それどころか、まだ戦える状態にあった少数のオーク達のうち、セプトリア兵らと交戦していたオーク達までもが、少し前線から数歩ぶん退いて、攻め気を一度ひそめている。
オーク達は相変わらず人類側を睨みつけているが、一方でちらちらと、遠くからでもオークロードを見ているふしもある。
戦いをやめる判断、あるいは撤退を考え始めた動きではなさそうだが、先ほどまでのように死をも恐れずに攻め立てていた様相とは全く異なっている。
「……あー、もう! 知らない!」
腹をくくったアルミナが、自分のかなり後方まで銃を投げ捨てた。
近隣のセプトリア兵も驚いただろう。丸腰の女二人が、並んでオークロードと睨み合っているのだ。
兵士達数名がアルミナ達の方へと距離を詰め、もしも二人に襲撃がかけられた時に備えようとする動きを見せるのだが、それにすらアルミナが振り返り、首を振る仕草にいっそう驚かされる。
自分達を保護しようとしてくれる兵士様に、胸の前にバツを作って首を振るアルミナの真意は何か。
戸惑いながら接近の足を止める兵士達をよそに、アルミナは改めてオークロードを見据えると、ふぅーっと荒っぽい息を長めに吐く。
「私達に、あなた達と戦う理由なんてない!
帰って頂戴! この戦いは、何かが間違ってる!」
そう発する中でアルミナは、ラポーダを指差す仕草を一度見せた。
元々おかしいと思っていたのだ。人里を、それも要塞じみた胸壁を構える王都になんか、死の危険をも恐れず襲撃してくるオークではない。そんな魔物ではないはずなのだ。
はっきりと、セプトリア王国に悪意を差し向ける魔物使いの手先であるとわかっているラポーダの存在は、アルミナに姦計を意識させるには充分だった。
実際あのラポーダは、オーク達を制するオークロードの指示を無視した挙動からも、厳密にはオーク達の身内でないことが明らかである。
「……フン」
何か伝わったのだろうか。オークロードはアルミナの指差した方向、亡骸と化した猿を見受けて鼻息を鳴らす。
そして、自分のそばに転がったルザニアの騎士剣を拾うと、それをルザニアの方へと投げ返してきた。
人を狙った投げっぷりではなく、ちょうどルザニアの目の前で剣が落ちて転がる、そんな下手投げ。
捨てた剣を返されたルザニアが、アルミナもが驚く中、オークロードの眼差しはルザニアだけに向いている。
「…………」
「あ……」
くい、と顎を上げたオークロードの仕草は、剣を拾えと言わんばかりの行動だ。
魔物からの、言葉なき、しかし少なくともコミュニケーションを求めた挙動に違いない。
面食らった顔ではありながら、ルザニアが剣を拾い上げたその時に、オークロードは再び交戦の意志を表明するかの如く杖を構える。
「……結局、戦うしかないんじゃん」
配下のオーク達は動かない。動こうとした者は、オークロードに睨まれる。
ルザニアをはっきり睨み付けるオークロードの目が、先ほどまでの殺意に満ちたものとは色を変えているようにはアルミナにも見えたが、交戦の意志はうかがえてしまう。
吐き捨てるように言ったアルミナの言葉は、どちらかと言えばルザニアに向けたものだろう。
「アルミナさん……」
「……行っといで! 満足いくまで、徹底的に!」
ものっすごく強く背中を叩かれた。
オークロードがルザニアとの戦いを望んでいて、それが一騎打ちこそ望ましいのは、アルミナだってわかる。
後ろ歩きでルザニアの後方へと進んでいき、その場を離れるアルミナは、特殊な交渉を試みたルザニアにすべてを委ねていた。
充分離れたところでしっかり、先ほど投げ捨てた銃を拾っている辺りがちゃっかりしているが。
「…………」
「……やるしかないんですね」
ルザニアは構えた。
多くのオーク達が戦況を見守る中、そしてセプトリア兵らに見守られる中。
その真正面には、敵意をむき出しにして、一人でも多くの人間を殺そうとした魔物とは表情を変えた、まるで戦の中に意味を見出さんとする求道者のような、そんなオークロードが杖を構える姿がある。
不思議なもので、忌避感の無い戦いだ。
分かり合えた気がしたのは驕りだろうか。だが、どのみち心が通じ合ったかは、双方同士の感情の一方通行だ。
それが正しかったかどうかを語るのは、最後は結果をおいて他にない。
「――行きます!」
「フガアッ……!」
一声と共に駆けだすルザニアと、その声に呼応するように吠えたオークロード。
ルザニアとオークロードの最後の一騎打ちはこうして始まったのだった。
決着は、アルミナらが想定したよりも少し長く、しかし間もなく訪れた。
傷ついたオークロードと無傷のルザニアだ。実力を単に比較しても、きっと後者の方が上回っている。
人類にとって嫌な結果になる要素はなく、悪い結果を恐れたのはオークロードを慕うオーク達の方だった。
しかしこの戦いは、双方どちらにとっても、最悪の結果にはならなかったのだ。
多数のオーク達が重傷を負い、免れなかった死体も発生している。
人類にも多くの負傷者は生じたが、死者は無し。兵力の差、団結力は大きかった。
そしてオーク達にとって一番嫌だった結末、長の命を奪われて、もはややぶれかぶれで復讐に臨まなくてはならなかった展開すらも、ルザニアとオークロードの最終決戦においては訪れなかったのである。
西の関所の戦いは、はっきりとこの上なく、人類の勝利で締め括られた。
敗北した陣営の長が、切り傷を増やした体でよろめきつつ、同胞に撤退を促して草原に去っていく姿を最後に、セプトリア王都の西関所に歓喜の声が大きく上がっていた。




