第70話 ~これでも一応恋敵同士~
「あれー?
シリカさん、石鹸どこ入ったか知りません?」
「さっきルザニアが置き場に持っていったよ。
アルミナ、置きっぱなしにしてたと思われたんじゃないか?」
「えー、私ってそんなズボラだと思われてます?」
湯気の沸き立つ石造りの大浴場で、ポニーテールをほどいた亜麻色長髪のアルミナが、一糸纏わぬ姿できょろきょろと探し物中。
シリカに言われて大浴場の隅、大きめのテーブル状の物置きスペースにて、探し物を見つけたアルミナは、切り株状の椅子に座って体を洗うシリカの隣、自分も同型の椅子に腰かける。
セプトリア王都の公共浴場(もちろん有料)は、流石は王都のそれだというだけあって広い。
檜風呂やら岩風呂やらきっちり備えられており、安息日前の今日は盛況だ。
自宅の風呂では狭くて家族一緒に入るのは難しい、という親子の姿もちらほら見え、シリカとアルミナもそんな事情からこの公共浴場、言い換えれば銭湯に来た口である。
「ルザニアちゃんってけっこう長風呂ですよね。のぼせないのかな」
「冷水を沁みこませまくった手ぬぐいを頭に乗せてたけどな。
あれなら確かに、のぼせ防止にはなるけど」
「ははぁ、さては体重を気にしてるな。
汗いっぱいかいて、ちょっとでもっていう」
「そんな原始的な体重の絞り方するか?」
「シリカさん知りません? ルザニアちゃん、めっちゃめちゃ体重気にしますよ。
一日一回、絶対、必ず体重計ってますもん」
横並びに座った二人が、石鹸を沁み込ませた手ぬぐいで体を洗いながらの雑談だ。
二人して後ろから見ると、長い髪で背中を隠すほどであり、背後からは腕と肩、内股に座り開いた脚が見える程度。
シリカはお尻まで隠すほど髪が長くないせいもあって、椅子に接した柔らかいものがちょっとだけ見えるが。
「ああそうそう。シリカさん、また石鹸変えました?」
「変えたよ。わかる?」
「すっごい滑りが心地いいですもん。お肌に良さそう」
「フローラツリーの樹脂を含むらしい。
肌を痛めず、風通しのいい感触が売りだって(商人様が)仰るから買ってきた」
「ですよね、ですよね。泡の肌触り、すっごくいいですもん」
石鹸などはこちらで持参したものだ。
お住まいの風呂場にはまだ体積充分の石鹸があったはずなのだが、昨晩なぜか新しいものに変わって、古い石鹸は台所に移動していたのである。
つまり昨日、まだ石鹸が残っているのに、シリカが新しい石鹸を買ってきて風呂場に置いたということ。今日ここにあるのは、その新しい石鹸である。
武人肌の目立つシリカだが、お肌にいい石鹸が欲しくなって衝動買いする程度には、私生活においてはけっこう普通に普通のことをしているらしい。
「はーい、シリカさん。流してあげますよー」
「ありがとう。
でもそんな、従者みたいに尽くしてくれなくていいのに」
適度に体を磨いた二人は、かけ湯を沸かしてある大きな湯場に泡まみれの体で歩いていく。
アルミナが適温の湯を桶で汲み上げて、シリカの肩口からざばぁとかけてくれる。
別に自分でも出来るようなことでも、親しい誰かにやってもらえると温かみが違う。
「さ、今度はアルミナだぞ」
「えへへ~、ありがとうございます♪」
シリカの体が綺麗になったら、今度はシリカが桶で湯を汲んで、アルミナの体に絡みついた泡を洗い流す。
湯が体を流れ落ちていく体のくすぐられ具合と、大好きな先輩と体を洗いっこする楽しさで、アルミナの顔は超にっこにこ。シリカもそんなアルミナを見てずっと笑顔である。
この二人のラブラブっぷりは傍から見て、一人の男を取り合っている女同士のそれとは思えまい。
「シリカさん、頭洗ってあげますよ」
「なんだなんだ、今日はべったりだな。お小遣いでも欲しいのか」
「こうやって媚びておくと、恋愛レースでも手加減して貰えるかもしれない」
「馬鹿なのかい」
「バカで~す」
かけ湯の湯場を離れて歩く中、こんな冗談すら交わし合うぐらいである。
劣勢認識のシリカはそうやって牽制をかけられると、少しだけうっとなってしまうが、流石に二人だけ、当時者おらずの場では強がる余裕もあって、アルミナの頭をくしゃくしゃっと撫でてやることが出来る。
二人の間ではもうとっくに、どっちが勝っても恨みっこなしの暗黙が出来上がっているのだ。
どうせ二人とも、何があってもこの可愛い後輩を、尊敬する先輩を、嫌いになったり憎んだりすることなんて出来ない自覚があるわけで。
「シリカさん、髪洗う時は青でしたっけ??」
「ああ、そうだよ」
「はーい、それではお待ち下さいねー……うりゃっ」
体を洗うための石鹸は白の石鹸、髪を洗うための石鹸は青。成分が違うらしい。
女性間では特に、体を洗うための石鹸と髪を洗う石鹸には言い方が違っていて、髪を洗うための石鹸に関してはもっとお洒落な呼び方があるのだが、野営暮らしも多くて男社会に慣れすぎた二人は、揃って"石鹸"呼びである。
ちなみにアルミナが髪を洗う時の石鹸はオレンジ、ルザニアが髪を洗う時の石鹸は黄緑色。
髪は女の命、シリカ達三名、こればっかりは共用ではなく、自分だけの石鹸を持っている。
「シリカさん髪の毛さらっさらだなぁ。
日頃のケア利いてますねぇ。普段からクセもないし」
「アルミナだって、いい髪してるじゃないか~。
張りがあってよく伸びて、私もたまにいいなぁって思うんだぞ~」
「そうですか?
私はこういう髪質だから、ポニーテールにせざるを得ない部分ありーのなんですけど」
「似合ってていいと思うけどな~」
赤石鹸から白い泡立てて、それでシリカの髪をわしゃわしゃと洗うアルミナは、先輩の髪の手触りにテンションが上がる。触っていて気持ちいいぐらいのさらさら髪だ。
切り株状の椅子に腰かけて、うつむく姿勢で目を閉じて頭を洗ってもらうシリカは、なんだか語尾が伸び気味。
この姿勢で話すと、気をつけないと流れ落ちた泡が口に入るので、それを気遣うせいか声が小さくなるとともに、それでも相手の言葉を届けたいせいもあって語尾が伸びる。
「確かに言われてみると、シリカさんはこの髪質では、ポニーテール出来そうにないですもんねぇ」
「だろ~?
女の子らしい髪型してるアルミナみて、いいなぁって思うことはたまにあったんだぞ~」
「ウエーブかけやすいでしょうから、そうしてツインテールとかには出来そうですけどね」
「それは無いな~。
自分で見ても、笑ってしまうだろうな~」
「そうかなぁ?
ぶっちゃけシリカさん、着るもの次第じゃどんな髪型でも似合いそうですけどねぇ」
しゃがんで後ろからシリカの頭をわしゃわしゃと洗うアルミナだが、脳裏には舞踏会でのシリカの姿が描かれている。
騎士らしい格好をしていれば、括らぬストレートヘアのシリカの髪型が一番見慣れているのだが、ドレスに身を包んで女性らしい格好をした時のシリカなら、もっと髪をいじってもいいと思う。
ツインテールは極端でも、ドレスに身を包んだシリカが髪をツイストティアラに纏めていれば、どこぞのお姫様よろしく、もっとお綺麗になっていた可能性がぷんぷんする。
自分に向く向かないを決め付けて、お洒落に踏み込めないシリカを見ていると、この人本当に勿体ないことしてるなぁとアルミナは常々思うのである。
あんまり綺麗になられると、ユースの目を持っていかれてしまうのもわかっているのだが、それとこれとは話が別。今より綺麗になった先輩を見たい感情の方が、アルミナの中では圧倒的に勝つ。
「私いま、全力で塩送ってる自覚ありますけど、もっとお洒落しないんですか?」
「そうは言われてもなぁ……」
「シリカさん、私から見たらどっからどうみても女性なんですよ?」
「ん~……」
シリカが返答に困ってしまい、ちょっとの間の沈黙が流れる。
わっしゃわっしゃと指先でシリカの髪を洗う、アルミナの手元の音だけが流れる。
沈黙が沈黙のままなのは、アルミナが急に黙ってしまったせいでもあるが。
「……アルミナ?」
十秒近く、何も言わなくなってしまったアルミナに、シリカもつい話しかけてしまう。
お喋りな彼女が、十秒何も言わなくなると、それだけでもどうしたんだろうと思うのだ。
その時アルミナは、前かがみになっているシリカの横から、彼女の体をまじまじ見つめていたのである。
どこを特にかって、内股の膝の上に両手を置いたシリカ、その腕では横から隠しきれない大きな胸元。
「やっぱり思うんですけどねぇ」
「え……ひやんっ!?」
「こ~んなおっきいの二つも持ってて、女らしくないとかイヤミかって思う時もあるんですよねぇ」
揉んできやがった。
髪を泡だらけにして、流れ落ちてくる泡が入らないよう目を閉じてうつむいていたシリカ。
その背後から、脇の下から手を差し込んで抱きついてくるようにしたアルミナが、両手いっぱいにシリカの胸を包み込む。
その両手でも収まりきらない大きな胸だから、アルミナの主張する声もちょっと強くなる。
「なっ、何して……ひゃ、ちょ、アルミナっ……!?」
「くそ~、何だこの幸せな感触わっ!
こんないいもの持ってるくせにっ! な~にが自信ないだっ! 贅沢なっ!」
「や、やめろアルミナっ、やめてっ、ひぅ……っ!」
抵抗するように身をよじるシリカだが、目は開けられないし、動きも小さい。
視界が無いからアルミナを乱暴に振りほどけない。力ずくならアルミナを振り飛ばすことも出来るシリカだが、裸のアルミナを乱暴に吹っ飛ばすと、転ばせて頭を打たせてしまうかもしれない。
そういうシリカの優しすぎる性格につけこむ形だが、とにかくアルミナはシリカの胸元を蹂躙し続けられる。
「え~ちょっと何コレ、ホント何……やめられないんですけど」
「ま、待って待ってアルミナっ……!
ちょ、本当にやめ、ひゃっ、や……は、離し……」
けっこうしばらく続いた。
ちょっといたずらしてやめるつもりだったアルミナだが、何だか揉んでるうちにやめられなくなったらしい。
確かにそれ、揉んでると幸せな気分になるけど、女が女のそれを揉んでそうであるかは一般には不明。
手放してもしばらく手元に感触が残る、そんな柔らかさに迫真の感動を覚えつつ、下心抜きでずうっとふにふにもみもみするアルミナの攻撃に、シリカは顔を真っ赤にしてもじもじ身をひねっていた。
「なぁチータ、ちょうどこの裏でうちの身内が暴れてんだけど……」
「聞けばわかる。あいつはアホだ」
壁一枚隔てた場所には男湯があって、奇しくもちょうどアルミナがシリカを玩具にしているその至近距離、ユースとチータがそこにいた。
仮にこの壁が一瞬で消えたら、よく見える場所で真正面、シリカ&アホとユース&チータが向き合う位置取りである。
「うちのかつての鬼隊長も、こんな喘ぎ声出すことがあるんだねぇ」
「…………」
「何か言え童貞」
「うるさいなっ、お前もそうだろ」
「僕は違うぞ」
「えっ」
高い壁の最上部は阻まれきっていないため、向こうからの声が筒抜けなのが良くない。
裏返った声で悲鳴を上げるシリカの声が、男湯連中の煩悩をびしばし刺激してくるのだ。
正直、桶を積んででも壁の上部から向こうを覗いてみたいと思う奴もいるだろう。実行する奴がいたらアルミナ以上のアホだが。
湯気のせいでなく顔を真っ赤にしたユースが、切り株状の椅子に股を閉じて座っている姿を見るチータは、こいつにはさぞかし刺激の強い音声だろうなと思っている。
「いだーっ!?!?!?」
「お、さてはルザニアだな」
絶叫するアルミナの声がする直前、平手で背中を痛烈に叩くような激しい音がした。
チータが予想したとおり、シリカの裏声を聞いて駆けつけたルザニアが、アルミナの背中をばっしーんと平叩きにしたのだろう。
暴力的な性格をしたルザニアではないが、あの子はこういう不埒なことには耐性が無い。
被害者でもないのに顔を真っ赤にして、何やってるんですかと言葉にも出来ず、アルミナをしばいたことが容易に想像できる。
その後、ざばあと大量の水が流れるような音がした。それは恐らく、シリカが頭の泡を洗い流した音。
さらにその後、岩石で人の頭を殴るような豪快な鈍い音がした。男湯にも届くぐらいのやつ。
これがシリカの拳骨による音だと想像できたのは、恐らくユースとチータだけだろう。
一般人には、シリカの女手拳が人の頭をぶん殴って、こんな大きな音が出るとは想像できまい。
「んーっ、今日も楽しかったっ……!」
銭湯から上がり、みんなで一緒に帰って、夕食を食べて、雑談して、夜も更けてもうおやすみの時間。
自室に戻ってきたアルミナは、ばふんとベッドの上に仰向けになり、太ももだけを閉じた大の字に寝そべって天井を見上げる。
天井光景が瞳に映るが、今日一日の楽しかった思い出を振り返る彼女の目には、想い馳せる今日一日の光景記憶が映るかのようで、実像として見えている天井はキャンパス代わりである。
頭にでっかいたんこぶを頂いてしまったが、今はもうさすらなくてもいいぐらいに痛みも引いているし、こぶがじりじりする感覚は、拳骨前のことを思い出すきっかけになる。
悪ふざけが過ぎていたのは自覚しているが、胸を揉みしだかれた時のシリカの女らしい声は、アルミナですらなかなか聞いたことのない、女としての彼女の高い声だった。
きっかけは下品だが、大好きな先輩の、滅多に見られない姿を拝めたことは、今日の思い出としてアルミナの中で大きな存在感を発している。
「…………」
しかし、思い返せば思い返すにつれ、そのまま目を閉じ眠りにつけそうだったアルミナも、なんだか表情が無色になってくる。
むくりと上体だけ起こし、ベッドに座る形になったアルミナは、無表情のまましばらく静止。
頭の中では、今日シリカの胸を両手で包んだ時の記憶が蘇っている。
誰も見ていない一人の部屋で、アルミナは自分の手をおわん型にして、ぽふぽふ自分の胸に当ててみる。
うむ、物足りない。あの人が大きいのであって自分が普通ぐらい、という、客観的な正しい観点も持ってはいるのだが、これにはちょっとアルミナの表情が曇る。
「むぅ~……揉んだら大きくなるって言うけどなぁ……」
自分でふにふに揉んでみる。
むず痒いので長続きしないのだが、実は今日に限らず、気が向いた時にちょくちょくやっている。
迷信だろうなとは思いつつ、大きくなるなら嬉しいなってアルミナは、常日頃から思っているのである。
端的に言えばアルミナの価値観をして、シリカのあれはちょっと羨ましい。
立ち上がったアルミナは、部屋の隅に立ててあるスタンドミラーの前へ。
その前で体をひねったり、体ごと横に向けてみたり、鏡に背を向けて振り返ってみたりして、自分の全体像を改めて見直す。
「……むぐぐ。やっぱりシリカさんは違うなぁ」
今日は銭湯で久しぶりに丸裸のシリカを見たが、相変わらず完璧なプロポーションであった。
それこそ、女性のアルミナが見てもそう思うぐらいに。
贅沢なバストに引き締まったウエストに形のいいお尻、その曲線美は形容し難いほど美しく、背丈に相応しく長い手足は、極限まで鍛えられた上で絞られていて細い。
おまけに顔まで他でなかなか拝めないぐらいの美人で、金の髪はきめ細かく絹のよう。
欠点はどこだ。なんにも無い。
ありえない仮定だが、もしもシリカの裸を絵に描いて売ったら、そりゃまあ煩悩的な意味での需要もあるにはあるだろうけど、単に芸術品としての意味での半端無い高値がつくだろう。アルミナにはそう思える。
シリカと比べて自分の体を見たアルミナの感想としては、貧相だとしか思えない。
標準程度の胸はあるし、へそを出したお腹も多少はくびれを持ち、余計なお肉はついていない。
手足も銃を使ったり戦場を駆けたりしてきた経験から力があって、細く引き締まっていて見栄えも良い。
アルミナ単体で見れば、充分男の目を惹ける体をしてはいるのだが、比べる相手があまりにも悪いだけである。
しかし、あんな"理想形"が常にそばにいるようでは、やっぱり女としてちょっと劣等感に近い想いを抱いたりしてしまうのも、アルミナなりの女心というやつだ。
「……まあ、現状維持は出来てるみたいだけど」
お腹をつまんで肉が増えていないかを確認したり、親指と中指の先を繋げて作った輪で腕をしごくようにして、太くなっていないかを確認したり。
体型をキープ出来ていることを神経質に確かめながら、とりあえずの所ほっとする。
昔から、よく食べてもよく運動するアルミナは、太ったりすることが一度もなく、自分の体重を意識することは多少あっても、そこまで気にはしてこなかった方である。
最近は、今までどおりにやっていれば大丈夫だって頭でわかっているのに、前より気になってしょうがない。
やっぱり特定の、振り向いて欲しい男性が一人、はっきりいるかいないかでは、意識も変わってくるということなのだろう。
以前よりも自分の体型を気にするようになってくると、まして最高の手本がいつもそばにいるだけに、どうにか向上したいなぁと思ったりもするわけだ。
身長や手足の長さなんてのはどうしようもないけれど、胸とお尻を大きくは出来ないかなぁと、スタンドミラーの前で自分の胸を見下ろして、また自分でふにふに揉んでみる。
やっぱりむず痒い。今回はシリカと比べて小さい自分の胸、という意識が殊更強いせいか、むずむずしつつもそのまま揉み続けてみる。揉んだら大きくなるらしいので。
「っ……な、何してんだろ、私……」
何秒か自分の胸を揉み続けていると、いつの間にか目も細くなってきてしまっていたのだが、ふっと前を見たらそんな顔した自分が鏡に映って見えてしまう。
自分の胸を揉みながら、ちょっと酔いどれたような顔つきになっている自分を見れば我にも返るというものだ。
なんてやらしいことしてんだ、と、急激に恥ずかしくなってしまったアルミナは顔を赤くして、胸を張って体を逸らすように天井を見上げがち、その両手で口を塞ぎながら鼻で深呼吸する。
他人の胸はノリノリで揉むくせに、自分の胸を揉む自分は不埒っていう理屈も変だが。
「……あーダメだ、もやつく、コレ絶対すぐ寝れない。
シリカさんとこ遊びにいこ」
なんだか胸の奥がぐちゃぐちゃになってしまったアルミナは、自室を出てシリカの部屋へと向かっていく。
祖国でシリカと同居していた頃からそうだが、しばしばアルミナは寝る前ぐらいの時間帯に、シリカの部屋に遊びに行くことがあった。
傭兵に、実戦に不慣れな頃は、夜通し相談に乗って貰ったこともあったし、そうでなくなった後もシリカと夜話する習慣が続き、楽しくお喋りしてからおやすみなさい、ということが多々あったわけだ。
さんざんシリカと自分の体の違いに悩んでおきながら、それでもやついた心を解消するために、気分転換に話す相手にシリカを選ぶんだから、アルミナにとってのシリカってそういう人なのである。
一緒にいられるとそれだけで楽しい、話を聞いて貰えると嬉しい、優しい言葉を向けられるとたまらなく幸せ。
恋敵同士になった今でもそれが変わらないっていうんだから、アルミナのシリカへのなつきぶりは、きっとあと百年生きたってずっと変わらないんだろう。
「シリカさ~ん、まだ起きてますか~?」
シリカの部屋のドアをノックしてそう呼びかける。
夜なので声は抑え気味、ノック音もどこか控えめ。
隣の部屋には早寝のルザニアがいるのだ。万一ルザニアが就寝済みでも、ノック音で起こすなんてことは相当にないとは思いつつ、意識すると行動もそれなりに控えめなものになる。
「シリカさ~ん? 入りますよ~?」
「……………………はぇっ!? あ、アルミナ!?
待……ちょっ、ちょっと待――」
一回目のノックとアルミナの呼び声には、確かに返答が無かったのだ。
室内のシリカは、何か別のことに集中していて、アルミナの一度目の呼びかけを聞き落としたのかもしれない。
ノックや呼び声はあくまで礼儀、とうに親しみまくっているシリカの部屋には、別にノック無しでも入れる関係にあるアルミナは、シリカの慌てた反応より先に扉を開いてしまう。
「って……」
時間が止まった。
舞踏会の時に着ていたドレスの換え、それを身に纏ったシリカが、スタンドミラーの前に立っていた。
しかも今日アルミナに勧められたからなのか、髪をツインテールに結っている。
正直アルミナは、シリカさんの部屋にシリカさんじゃない人がいるような気がした。
その顔が、みるみるうちに赤染めになっていく様を見ているにつれ、ああシリカさんかとようやくわかったぐらいである。
少しでも女性らしい格好とやらに慣れていこうと、極端ながらもドレスを着てみたり、髪を結んでみたり、ここ最近の夜に一人でこっそりやっていたことを見られたシリカは、口をはくはくさせて硬直している。
「えーと……すいません、なんでもありません。おやすみなさい」
見ちゃいけないものを見たような気がしたアルミナは、部屋の敷居を跨がずにそのまま後退し、ばたんとドアを閉めて自室の方へ。
早歩きで廊下を歩いて、素早く自分の部屋に駆け込んで、明かりを消してベッドに潜り込む。
今日はもう何もしてはいけない。寝てしまった方がいい。それが絶対に正解。
が、アルミナが布団に潜り込んでから数十秒後、ノックなしでアルミナの部屋に入ってくる誰かさん。
ドアの方に背を向けて、体を丸くして目を閉じながら、アルミナは誰が来たかをわかっている。
動かない。もう寝てますよアピール。
つかつか歩み寄ってきた、ドレスを脱いで普段着に変わった侵入者さんは、アルミナがかぶっていた布団をばさりとめくってきた。
アルミナはやっぱり動かない。もう寝てますってばの構え。
「アルミナ」
「すやすや」
「アルミナ」
「……すやすや」
口ですやすやとはっきり発音するアルミナは、寝てるフリですけどもう寝てるということで見逃してください、のアピールに切り替えている。
自分で言ってて可笑しくなってきて、アルミナもちょっと笑ってしまいそうだが、アルミナの肩を持って仰向けに転がしたシリカは、寝たふりしないでと懇願するようにアルミナを揺さぶる。
「アルミナ~」
「すやすやすや……っ、わひゃ!?」
寝たふりを貫いていたアルミナも、びっくりして裏返った声を出してしまった。
シリカが体全体でのしかかるように、上から覆いかぶさってきたからだ。
重くない乗り方をされているので苦しくもなんともないが、シリカにこんなことされるとはあまりにも予想外だったので驚いた。
「……誰にも言わないって約束して」
上からアルミナを抱きしめるように覆いかぶさって、アルミナの耳元でシリカはそう言った。
抱きしめると言ったって、抱擁じゃなくて捕獲のそれだが。
一方でその声は弱々しく、触れずともシリカの顔が熱く赤くなっていることが容易に想像できる声色であって、羞恥で消えちゃいたいほどの想いであることは察しがつく。
「あ、あははははは……どうしよっかなぁ?」
ちょっと意地悪言ってみたくなったアルミナ。
さぞかし誰にも言って欲しくなさそうなので、勿論言いふらすつもりはないけれど、ちょっとぐらいは遊びたい。
「……約束してくれないと、お前を殺して私も死ぬ」
「ハイ約束します、わかってます、わかってますから」
全身ぷるぷる震えさせて、搾り出すような声のシリカが言ったのは、もう何とか精一杯アルミナの遊び心に付き合おうとした冗談だ。
アルミナだったら、こういう時に人の秘密をばらすような子じゃないと、シリカも頭ではわかっている。
だからアルミナのどうしよっかなぁ発言も冗談なのはわかっているし、冗談には冗談で返すのが定例。
もちろんそれはアルミナにも伝わっていて、アルミナもそれに対する約束返答は笑い声含みで返した。
本当、相当、見られたくなかったんだなぁと思う。
ごめんごめん、見ちゃった私が悪かったわよ、とでも言わんばかりに、まるで妹をあやすようにアルミナは、シリカの頭を撫でていた。どっちが年上だろう。
「……絶対、誰にも内緒だぞ」
「はいはい」
体を起こして離れてくれたシリカと、その下のアルミナ。
暗い部屋でながら目を合わせあう二人は、最後にそれだけ言い交わして、シリカが自室へと帰っていく運びとなった。
向き合ったシリカの顔が、暗い中でもわかるほど乙女のそれだったので、アルミナは滅多に見れないものを見られたことで充分満足。
一方シリカは、大炎上した顔色のまま部屋へと足早に帰り、ばふんとベッドに倒れこむと、顔を枕にうずめてぎゅーっとその枕を抱きしめるばかりであった。
楽しくお風呂でシリカと戯れ、寝る前にはシリカとの濃密な新しい思い出を得てこれから就寝。
今日はいい夢が見られそうだなぁと上機嫌だったのがアルミナである。
反面シリカは、うつ伏せで寝転がったベッドの上で、ばふばふ両脚をばたつかせてベッドを叩くほど悶えていた。




