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第68話  ~セプトリア王国は好きですか~



「アルミナさん、どうですか?」

「もうそろそろだねぇ。

 ふつふつ来てるし、そろそろ沸くね」


 翌日もユース達、騎士団五名は、セプトリア王都の復興お手伝いに励んでいた。

 昨日と同じくユースとシリカが王都東の関所へ、チータが廃屋崩しに勤しむ中、ルザニアとアルミナは王都南の関所を訪れている。

 王都の外から関所を抜けてすぐの所は、馬車などの往来も多いため広場のように(ひら)けているのだが、その真ん中で陣取っている女性らの中心にアルミナとルザニアがいる。


 青空の下、広場の真ん中には、作り据えの石かまどがセットされており、その上にでバカでかい鍋が、沸騰した濁り湯をぼこぼこ泡立てている。

 その鍋の大きさといったら、大人がぼちゃんと入ってしまえるぐらいの大きさだ。

 たとえばこれでパスタを茹でようとでもしようものなら、何十人前ぶん一度に茹でられるか計測不能である。


「よーし、いい具合!

 ルザニアちゃん麺持ってきて!」

「もう持ってきて……うわ、暑……っ!?」


 言わば、魔女が怪しい薬を作るための大がめのような、そんな鍋。

 その横には、階段状の踏み台があり、そのてっぺんからアルミナが鍋の中で沸騰する湯を見ていたのだが、言われたとおりパスタを抱えて(・・・)持ってきたルザニアもびっくりだ。


 大量の湯を沸騰させるための火、その火力も相応に強いのだが、そのすぐそばで鍋の中身を覗き込んでいたアルミナの立ち位置があまりにも暑すぎる。熱気で火傷しそうなほど。

 よく見ればアルミナは既に汗だくである。夏が近付き暑くなり始めたこの季節、普通に汗をかいているのかと思っていたらとんでもない。


「あの、アルミナさん、代わりませんか……?」

「いいのいいの、汗をかくのはダイエット効果も抜群!

 貸して貸して!」


 息をするだけでも喉と鼻が焼けそうな、大火のすぐそば斜め上、超熱気。

 そこでルザニアから、腕いっぱいに担がれて持ってこられた麺の束を受け取るアルミナは、麺を縛る薄い紙をちぎりながら、ぽんぽん鍋の中に放り込んでいく。

 一束一人前、それを連続して何束もざくざく放り込んでいくのだ。

 例え話ではなく、数十人前ぶんの麺を、大きな鍋で以って一気に茹で上げにかかっている。


「お姉さん達、水がめ持って来てくださーい! すぐ上がりますよ!

 ルザニアちゃんも引き上げ(ざる)持って来て! スピード勝負だよ!」


 アルミナの号令に合わせ、三人押し相当の大きな台車を、今回の炊き出しに協力する女性陣が押してくる。

 台車の上にはこれまた大きな壷、中身は大量の水。

 明らかに重く、女の細腕では勿論、男でも一人では運べないようなものだから台車で押してきたようで。


 アルミナはルザニアから、釣竿のように長い柄の先に、大きめ(ざる)を取り付けたような竹製の器具を受け取る。

 中に放り込んだあの白い麺は、沸騰した湯の中に放り込んだら、ものの数十秒で茹で上がるのだ。

 持って来てくれたルザニアの手際はよく、茹で上がるまでの時間に余裕があるアルミナは、それで大鍋の中身をかき混ぜて、麺がほぐれているかを手応えで確かめる。


 水の抵抗もあり、笊で湯をかき混ぜるだけでも筋力が必要、しかも熱気で超暑い。

 陽炎の中でてらんてらんに汗だくのアルミナを見上げるルザニアは、倒れやしないかとはらはらする。あそこでくらついて足でも滑らせ、鍋の中にぼちゃんしたら死ぬ。


「よーし、行きますよー! 皆さん離れてて下さいねー!」

 ルザニアちゃんも念のため距離とっといて!」


 茹で上がった麺を、アルミナは柄つきの笊でざばぁと持ち上げ、宙でぱんぱんと上下に振ってまず湯切り。

 それを、鍋のそばに置かれた壷の中へ放り込む。麺に絡んだ熱湯が飛び散るので人は離れている。

 氷水の中に放り込まれた麺は急速に冷やされていく形で、その間にもアルミナはまた笊で麺を湯の中から引き上げ、湯切りしながらまた壷の中へ。

 大鍋に入っている麺の量は相当に多い。一回の引き上げで全部上がるわけがない。


「――はいオッケーです!

 次の容れ物持って来て下さい! ルザニアちゃんも、次の麺持って来て!」

「わかりました……!」


 女性の腕にはけっこうな重労働だろう。アルミナの息はもう上がり始めている。

 彼女の姿もゆらめくぐらいの熱気の中だから、息をするのも大変なはずだ。

 発する声は大きくて、元気いっぱいの彼女の様相を失っていないが、楽なはずもない彼女の力に少しでもなりたいルザニアは、腕いっぱいに麺を抱えて素早く持ってくる。


 ルザニアから受け取った麺を、またてきぱきと大量に鍋の中に放り込むアルミナ。

 茹で上がった麺の入った壷は、台車ごと女性陣がよそにどけ、離れた場所にてその女性陣が、笊ですくってまた別の氷水の満ちた壷に浸け、がしゃがしゃ混ぜて一気に冷やしていく。

 代わってアルミナのそばにはまた別の、氷水に満ちた壷が、台車に乗って持ってこられる。

 鍋に沈めた麺が茹で上がるまで待ったアルミナは、食べられる手応えになるや否や、新しい氷水入りの壷へと放り込んでいく。


 これを五度繰り返し、実に恐らく百人前以上の麺を、大きな壷五つぶん茹で上げたところで、ようやくアルミナが踏み台から降りてきた。

 鍋をずっと加熱し続けていた炎を消し、はふぅと息を吐いたアルミナに、ルザニアがよく冷えたタオルを持って来てくれる。


「お疲れ様です、アルミナさん。本当にお疲れ様ですよ……」

「ふぃー……ありがと、ルザニアちゃん♪」


 肩で息をするほど疲れたアルミナを見るのは、実はルザニアも初めてだ。

 冷えたタオルで汗だくの顔を拭き、腕を拭いたアルミナは、元よりの炎天下で暑い中、またも汗が流れることも気にせず、関所の方へと歩いていく。

 そちらでは現在、魔物に破壊された関所を補修する大工やセプトリア兵が、さっきまでのアルミナにも負けないぐらいの汗を流し、肉体労働に勤しんでいる。


「みなさーん、お昼ごはんの時間ですよー!

 適度に仕事を切り上げたら、好きな時に食べに来て下さいねー!」

 食べ放題ですから遠慮せず、ガンガン食べて下さいよー!

 ぜ~ったい無くならないぐらい山ほど作ってますから!」


「おー、助かるぜ! ありがとよ!」

「おぅお前ら、適当な所で仕事切り上げてメシにすんぞ!

 せっかくの炊き出し、麺が延びちまう前に食えよ!」


 一日も早く関所の復旧を、と、日夜一生懸命に働く労働者のため、今日のルザニアとアルミナは、街の人々の協力を得て、ここでの炊き出しに訪れていた。

 大隊級の集団での野営経験もある、アルミナの傭兵流炊き出しは非常にシンプルだ。

 バカみたいな鍋に大量の麺を突っ込んで茹で、上げて、冷やして、はいどうぞ。以上。


 関所の復旧作業には、言うまでもなく何十人もの人が携わっているのだが、これら皆様に昼食を振る舞おうとしたら、それぐらいシンプルなやり方でないと時間が足りない。

 おかげでものの数分間で、三日分ぐらいの汗を流したアルミナは、ルザニアに渡された水を飲みながら、ついさっきまで乗っていた踏み台の段差に座ってひと休みである。


「アルミナさんもお腹すきましたよね?

 はい、どうぞ」

「わ、ありがとルザニアちゃん。いただきまーす♪」


 アルミナが茹で、協力者の女性陣が氷水で冷やした冷や麺を、ルザニアが器に入れて休むアルミナの元へと持って来てくれた。

 器はもう一つあって、こちらは黒くも少し透明性のあるつゆ(・・)が水面を揺らしている。

 この日のためにルザニアが自分で作ったつゆであり、冷やした麺をこれに浸けて食べるのだ。


「ルザニアちゃん、つゆめっちゃくちゃ美味しいよ~! 絶品!」

「えへへ、よかった……上手く作れてたみたいですね」


 炎天下かつ、ひと仕事終えたあとでまだ体の熱いアルミナには、よく冷えたこの冷や麺は本当に美味しい。

 ルザニアが作った麺つゆも上出来だ。シリカに協力を得て昨夜一生懸命調合したそうだが、料理の達人様の助けありとはいえ、ちゃんと自力で作れたルザニアの腕もなかなかのものである。


 褒めて貰えるし、大好きな先輩が無邪気な笑顔で舌鼓を打つ姿を目の前に見られるし、ルザニアは幸せいっぱい、作ってよかったの想いで胸いっぱい。

 照れ照れに頬を染め、アルミナのそばで地べたにしゃなりと座り、美味しそうに麺をすするアルミナの顔を覗くように見上げながら、微笑むルザニアはまるで幼な妻のよう。

 後輩女子からのアルミナの好かれっぷりは相変わらずである。


「よぉ、お嬢!

 炊き出しありがとよ! 美味いぜ、コレ!」

「あややっ、レイトンさんじゃないですか。

 今日はこちらでお仕事だったんですね~。復興経過は順調ですか?」

「よっこらせ、っと。

 セプトリア兵様の協力もあって、作業は極めてスムーズよ。助かってる」


 そうしてのどかな昼食タイムを過ごす二人のそばへ、上半身裸で汗びっしょりの筋肉だるまが話しかけてきて、あぐら座りで地べたに腰かける。

 関所の修理を手がける大工の中で、棟梁の補佐を務めるそこそこ偉い中年男性だ。

 アルミナとは以前から知り合いらしい。名乗っていないのに相手の名前をアルミナが知っている。


「暑いな~。

 ありがとよ、この季節に冷や麺はありがてぇわ」

「へへ~、ナイスチョイスでしょ。

 エプラックさん汗びっしょり過ぎ、乳首透けてる」

「マジで暑い。

 この季節に大工業たまんねぇわ、早く秋にならねぇかなぁ」


 また一人、タンクトップ姿の大工がやってきて、アルミナに近い場所の地べたに片膝立てで座る。

 アルミナとは以前から知り合いらしい。名乗っていないのに相手の名前をアルミナが知っている。


「おう、また会ったな。二日ぶり」

「あ、お久しぶりですファベルさん。

 市場の特売セール以来ですね。あの後奥さんには言い訳できました?」

「めちゃめちゃ(なじ)られたわ。見えてたオチだ」

「あはは、ファベルさんそんなに強面なのに、奥さんには弱いんですもんねぇ」


 また一人、かなり背が高くて目つきの悪い中年男性が近づいてきて、アルミナのそばにあぐら座りとなる。

 このファベルという男、先日市場での特売セールに行ったはいいものの、着いた頃にはもう売り切れており、戦利品もなく手ぶらで帰った彼は、女房にかなり怒られたという話だそうで。

 アルミナとは以前から知り合いらしい。名乗っていないのに相手の名前をアルミナが知っている。


 いつの間にやら男三人がアルミナを囲むように座り、ルザニアを含めれば五人で作る人の輪の完成だ。

 この大工三名、ルザニアは初めて見る人たちばかりである。

 つくづくルザニアは疑問なのだが、アルミナは王都に知り合いが多すぎる。どこに行っても誰かに声をかけられる。

 いったいどこで知り合って、どうやってこんなにすぐ仲良くなってしまうのか、ルザニアはアルミナ先輩のことが時々よくわからなくなってしまう。


「この麺つゆ、ルザニアちゃんのお手製なんですよ? 美味しいでしょ」

「おー、マジか!

 手作りでこんな旨いもん作れんのか、すげぇな」

「料理の出来る女っつーのはいいよなぁ。

 俺の女房、メシ不精で買い置きばっかしやがるからなぁ。共働きだから仕方ねーけど」


「あっ、陰口だ。

 今度ファベルさんの奥さんに言いつけてやろっと」

「待てっ! やめろ、死ぬ!」

「ぷっ、死ぬんだ」

「あいつは怒らせたらマジでヤバい。お前は知らねぇんだ」

「あはは、マジですか。信じられないですよ、あんな清楚で綺麗な奥さんなのに」

「怒らせるとこえぇぞ~。

 うちの長男へのしつけっぷり見てると、いつあの激しい気性がこっちに向くかってヒヤヒヤすんだからよ」


「奥さんすごくいい人なのになぁ。ねぇエプラックさん」

「言ってることに筋が通っててしっかり者だよな。コイツいい奥さん貰ったって皆言ってるぜ?」


「結婚は人生の墓場よ。大いなる幸せには大いなる苦難を伴うとも言うしな」

「あははは、レイトンさん深すぎてウケる。

 でも結婚を夢見るうら若きお嬢を前にして、あんまり夢を壊すようなことは言わないで?」

「おぉスマンスマン」


 どうやらアルミナ、ファベルという男の妻の顔まで知っているらしい。

 しかもこうして笑い話の種にする辺り、その奥さんとも親交がありそうだ。どこの誰とも知らない人のことを、こんなふうに話の種にすることは難しかろうはずだから。

 いったいこの先輩、何人友達作ったら気が済むんだろうって、ふとルザニアも唖然としそうになる。

 そもそもにして、炊き出しをしたいと言い出したアルミナに、協力してくれる女性陣があんなにいたわけで、とにかくアルミナの周りを巻き込む求心力は凄まじい。


 だが、厳密にはそれは発想が逆な話である。

 アルミナはこの王都に、この国に、親しい人、好きになれた人がたくさんいる。

 好きな人のためだったら、無償の炊き出しもご奉仕も何ら苦ではない。むしろ進んでやるぐらい。

 そんな彼女だから周りに好かれるのであって、彼女が周りを動かす力を最初から持っているわけではなく、好きな人に尽くしたい彼女だから周りが彼女を慕うのだ。それが求心力に結びついているだけ。


 他人の良い所を自分から探せる人間は、他人のことが好きになれる。

 好きになった人のためなら人はいくらでも頑張れる。モチベーションは自分から作り出すものだ。

 これは、ユースもシリカもアルミナ自身も、無自覚と言えるほど当たり前のようにやっていることである。


 そうした先輩達の、人に好かれる表面だけ見ているルザニアが、その本質に気付くまではまだ時間がかかるかもしれない。

 だけどいつかそれに気付けるなら、それは彼女にも何か意味をもたらすかもしれない。

 アルミナ達と行動を共にするようになって日の浅いルザニアだが、後輩として先輩から感じ取れるものとは、武器の扱いの上手さや強さ、それだけではないという話である。






「へ~、また増税ですか」

「ここんとこ、ちょっと多いんだよなぁ。

 まあ、他の国と比較した時、元々この国の税金は割安な方だったけどな。

 少し前より税率が上がってきて、まあまあ他の国のそれと並びかけてきたってとこでもあるが」


 満足いくだけ昼食を取り終えた後も、仕事再開までの少しの間ながら、アルミナとルザニアと大工三人のお喋りは続いていた。

 完遂の急がれる関所復旧作業だが、あまり根を詰めて進めても不健康だ。食後の短時間ぐらいは、作業場全体の空気としても、暗黙のうちの休憩時間である。


「セプトリア王国の税金って、一部を除いて累進課税制でしたっけ?」

「おー、騎士様は博識だな。一部を除いて、っていうのも含めて」


「ルザニアちゃん勉強家だよねぇ。私達には関係ない話なのに」

「シリカさんが色々教えてくれるんですよ。勉強家と言うよりも、私は教えられているだけというか」


 個人の収入に合わせてその者の課税額を決める累進課税制度だが、セプトリア王国は昔から、収入に対して税金額を定める、税率というものがやや低い。国民の財布に優しい国だ。

 一部を除いて、というのは、村や住民から殆ど税金を取らない仕組みにしている場所、トージュの村のような場所も存在するからである。


 ちなみに、やや長期間とはいえ派兵される形でセプトリア王国を訪れているユース達は、税金なんか求められてもいないし払っていない。

 アルミナが言う、私達には関係ない話なのに、というのは、税金とは無縁の生活をしているのに、そんなことよくちゃんと勉強してるよねという意味である。


「しかしアレだな……独立記念日の前月に増税っつーのは不細工だよな。

 祭にもカネはかかるだろうし、理解は出来るんだが」

「今までこんなことはなかったんだがなぁ。

 最近は騎士様の活躍のおかげもあって、色んなことが上手くいってるらしいって話も聞いてるけど、順調に物事が進めば進むほどカネもかかってくるってことなのかね」


「なんか一度に興味深いワードがいっぱい出ましたね。

 来月に独立記念日があるのは知ってましたけど、お祭りでもやるんですか?」

「おぉ、セプトリア王国一番のお祭りだぜ?

 そりゃあ華やかなもんよ、大国エレム様やルオス様ほどじゃあねえかもしれねぇが、セプトリア王国がアルバー帝国から独立した記念日だからな。

 今じゃ冬の建国記念祭にも勝る、この国一番の一大イベントだよ」

「へ~、そうなんだ。楽しみになってきた」


 セプトリア王国がアルバー帝国との戦争に勝利し、独立宣言したのは数年前だから、その独立記念日というのは比較的新しい記念日なのだろう。

 それが定められて以来、毎年盛大にお祭りを開く程度には、その日はセプトリア王国にとって特別な日ということだ。

 単に鮮度という言葉だけで持ち上げられているわけではあるまい。大工のレイトンが言ったとおり、国がお祭りを主催するには、それなりにお金もかかるのだ。他ならぬ国家自体が、その日を強く重んじている。


「それで、えっと、なんとなく話の流れから察するに、去年まではこういう時に増税はなかったと」


「お祭りを開くとなりゃあ、そこで遊ぶ奴らだって小遣いが要るだろ?

 それを、お祭りの前月から増税なんてされちゃあ、いざお祭りだって時に使えるカネが減っちまう。

 そういう面も加味して、仮に増税があったって、こういう時期ではなかったんだがなぁ」


 アルミナの問いに答えるレイトンは、なんだかちょっと遠い目だ。

 あまりお国のことを悪く言いたくはないけど、という態度がほのかに表れている。


「やっぱハルマ様がいなくなったのが影響してんのかねぇ」

「そんな気するよな。

 あの人の性格上、仮にナナリー様が増税案を打ち出しても、せめてこんな時期ではなく独立記念日が過ぎてから、とか交渉してくれそうだもんよ」

「今回の増税、上げ幅もけっこうデケぇしな。

 ハルマ様がいなくなって王室は新体制になったっていうが、早くも影響が出てきた印象が強ぇ」


 エプラック、ファベル、レイトンと、大工三人の間でも、あまり上機嫌じゃない会話が重なる。

 王室での出来事など、そうそういちいち民まで知らされることは案外少ないのだが、ハルマがいなくなったことは下町的にも大きな出来事であったようで、こうして庶民も知るところになっているようだ。


「……参謀様が代わられてから一週間で、庶民にまで政策方針の転換が目に見えるほど現れるって、王室の動きは早いんですね」

「よその国ではどうなんだろうな?」

「いやぁ……体制が変わっても、ここまで早く政治方針が転換されることは少ない方かなと……」


 私は勉強家なんかじゃありませんよと先ほど言ったルザニアだが、なんのなんの、彼女は勉強家である。

 祖国や隣国のことのみならず、世界いろいろな国のやり方や歴史を、趣味に近い感覚で勉強する子だ。彼女の中ではそういうのが、普通にそこそこ楽しいらしい。


 そんなルザニアの見識の限りでは、王室の要人が一人代わったぐらいで、短期間に庶民が認識するレベルまで急激に政治方針が変わる例は、そこまで多くないのではと思う。

 急激な方針転換そのものはあるが、ちょっと速すぎる、早すぎるかな、と。

 庶民と王室の距離は、思いのほか近い部分もあるが、実際のところは遠いのが殆どだ。

 あちらで定められた政治方針が、国民に変化を感じさせるまではタイムラグがあるのが常であり、それを踏まえると大工連中にまで大きな変化が感じられていること自体、変化の早さを物語っている。


「ハルマ様の後任のダウィラス様の影響なんかね?」

「あるいはハルマ様がいなくなったことで、ナナリー様が今までと違うことやりだしてるのかもな?」

「うーん、私もハルマ様の不在による影響はあるのかな、とは想像するけど……」


 ゴシップと推測を軽い口で話すのも庶民の権利だ。

 大工達と気軽な口調、一方でちょっと神妙な空気も漂うが、ハルマが去って以降なんらかの動きを見せつつある為政者の動向を、アルミナも想い描いて口にする。

 やがてはいつかこの国から帰国するアルミナながら、いる間はセプトリア王国に対してまるで祖国のように、他人事思考で臨まないからこの国の人達にもよく馴染むのかもしれない。


「ともかく、俺達のような年のいった大人連中はいいが、一部の奴らは首をかしげてるよ。

 独立記念日を前にして小遣いを減らされたくない、稼ぎのまだ少ない若い衆もそうだが、特に持ち金が明日の運命にも関わる商人連中なんかは尚更だろうよ」

「今回の増税も、とどのつまりは独立記念祭の資金徴収みたいなもんだしな。

 ちっとワガママに聞こえるかもしれねぇが、俺らの金吸い取って開くお祭りだったら、まあ楽しませて貰う以上文句は言えねぇけど、ちょっと違うんじゃねえのって思うんだけどなぁ」

「まだ幼いナナリー様に、先代国王(プレアデス)様と同じものを求めるのも酷かもしれねえけどな。

 でもやっぱ最近の庶民の感想として言わせて貰うと、良い国作りに金が必要なのは理解するけど、ちょっと今回の増税に関しては疑問を感じるってとこかねぇ」


「ん~む……」


 アルミナの、セプトリア王国に対するイメージがちょっと傷つく。

 そりゃあどんな良い国でも、民から一切不満の漏れない国なんてないし、庶民間の気軽な語らいの中では、お上の苦労などお構いなしに心無い批難が飛ぶこともあろう。

 大多数に対する良政を敷いても、価値観の違うごく一部からは反発が起こるということも珍しくない。

 国民全員が全く一同、満足して幸せになれる理想郷なんて無いのはアルミナだってわかっているのだ。


 余談だが、アルミナは祖国エレム王国のことは世界一大好きで素晴らしい国家だと思っているが、時々王都で庶民に対し、政策案募集なんぞやり始めるあの過剰に民主的な体制は、正直どうなんだと思っている。この辺り、アルミナとシリカはばちっと意見が合うのだが。

 要はどんなに上手にやっている国だって、多少は粗があるという話だ。上述の祖国の掲げた方針に疑問を抱くアルミナだが、他に山ほど魅力があるから問題視していないだけであって。


「なんだか新体制、皆さんにとっては不安の方が大きい感じですか?」

「今までさんざんいいようにしてもらってきてるぶん、あんまり文句言っちゃいけねぇとも思ってるけどな。

 でも、若い衆はどうかねぇ。あるいは、若くなくても商人連中とかさ」

「金持ちじゃない立場から言わせて貰うと、やっぱ税やらカネのかかることには敏感になっちまうよ」


「まーそうですよねぇ」


 アルミナのイメージが傷ついたというのは、レイトンらの言うことに共感を覚えるからだ。

 確かに急な増税は、事情はあるんだろうなとは思いつつも、民の反感を買いやすい。当たり前すぎる話。

 考えなしにやっているわけではない、と頭ではわかっていても、そんなわかりやすい形で庶民に不安を落とす、そういうセプトリア王国のイメージは、少なくともアルミナの中にはなかったのである。


 私が夢見すぎだったのかなぁ、と、自分に対しても疑問を持つアルミナではあるが、それが正しいのかどうかは難しいところである。

 少なくとも、もっと長くセプトリア王国と付き合ってきた大工達が、現に今不満を述べているのだから。

 アルミナが自分の無知を疑う以前に、有知の者達が実際に疑問符を持っているのだから。


「――っと、そろそろ休憩も上がりにすっか。

 あんまり無駄口叩いてちゃあ仕事に遅れが出る」

「そうだな。よっこらしょ、っと」

「じゃあな、お嬢。

 炊き出し上手かったぜ、ありがとよ」


「は~い。喜んで貰えたなら何よりです」

「皆様、お仕事頑張って下さいね」


 話が一区切りついたところで、大工達は再び作業場に戻っていく。

 アルミナも、これから大鍋やかまどを片付けて、炊き出し風景を綺麗にすれば後は帰るだけだ。

 さ、始めよっか、というアルミナの一声に始まり、片付けを始めるアルミナとルザニアは、炊き出しの協力者となってくれた女性達と楽しくお喋りしながら手を進めていく。


 明るく、元気にいつもどおり、お片付けに臨むアルミナが、胸の奥にこびりついた違和感を、顔に一切出さない辺り、彼女は抱えるものを外に出さないよう演じられる方だ。

 さっきの大工達との話、話が一区切りついたところで終わったが、逆に言えば最後の締めに使われた言葉が、あの話における結論めいたものということである。


 新体制に移行したセプトリア王国の政治方針は、少なくとも庶民らの一部に不安を覚えさせている。

 すっかりセプトリア王国に馴染んだアルミナだからこそ、異国での出来事だとはもう思えない。

 まるで祖国が暗礁に乗り上げたような、言葉にしづらい不安のようなものを感じてしまう程度には、アルミナはもうセプトリア王国に愛着を持ち、この国のことが好きになっているのである。


 誰かを、何かを好きになれることは、その人をも幸せにする間違いなく素敵なこと。

 一方で、同じだけ、その人を悩ませることが多くなるのもまた事実である。

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