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第67話  ~復興支援という名の遊び~



「さて、そろそろ参りましょう。

 皆様方、避難はもうお済みでしょうか?」


 王都を魔物達が襲撃したあの日からちょうど一週間。


 そんなある日、魔物の放つ火に焼かれ、崩れかけの焦げた家の周りからやや離れた場所、チータがそれを真正面に見据える位置に立っている。

 それと同じぐらい距離を取り、人がすっぽり隠れられるぐらいの大きな盾を構えたセプトリア兵の皆様が、廃屋一週間目の元民家を取り囲んでいる。離れ気味に包囲しているかのような陣形だ。


 そしてチータの隣には、彼が全身を隠せるほどの、地面に据え置いた盾状の壁がセットされている。

 これからあの廃屋を破壊するのだ。破片が飛ぶ可能性もあるこの状況、それは保険のようなもの。


「では、開門!」


 大きな声と共に、杖を振るったチータの魔法が発動する。

 次の瞬間、崩れかけの廃屋のいたる箇所にて小爆発が発生する。

 土台の部分、中枢を担う大黒柱、屋根と壁の接合部分など、廃屋の各点でバランスよく発生した小爆発が、崩れかけの廃屋に致命傷を与え、間もなくしてがらがらと崩れ落ちていく。


 結果、家の形をしていたものはぺしゃんこに。

 立体的な形状をしていたそれは、瓦礫と木片の集合体となり、もくもくと粉塵が巻き起こる。

 しばらく経ってあの粉塵が晴れれば、あとはその残骸を片付けていきましょうと言えるだけの状態に

なるだろう。


「お見事ですな、チータどの。

 一発とは御見逸れ致します」

「ちゃんとこの家を建てた大工様が、工程資料を残しておいてくれたおかげですよ。

 形はわかっても内装を覗きに行けない以上、どこを爆破すれば綺麗に崩せるかもわかりませんからね」


 セプトリア兵の一人、そこそこ部下も持つ上司役の人物がチータに歩み寄って賞賛の言葉を述べる。

 いい仕事をしたばかりのチータ、胸を張ってもいい場面だが返答は謙虚なものだ。割と本音である。


 魔物達に傷つけられ、もう住居として使い物にならなくなった民家などは、一度壊してゼロにしてから建て直した方が早いものが多い。無理に修復しても、家の寿命そのものは短くなりがちだ。

 そうした都合から、廃屋化した家は一度ぶっ壊してしまうに限るのだが、一度取り潰さないと扱いが難しい。

 立ち残っている家をそのまま分解していこうとすると、柱を抜いたり壁を壊したり、そうした途端に別の壁や柱、屋根が崩れてきたりする。非常に危ない。

 なので廃屋の取り壊しには、魔法を使って爆撃し、一度ぺしゃんこにしてやって、破片の集合体と化したそれを片付ける、という形を取るのが基本である。


「てっきり大掛かりな大爆発でも起こして、一気にぶっ壊すものだと思ったんですけど違うんですね」

「バカ、そんなことしたら壊した家の破片が飛び散って危ないだろ。

 廃屋の取り壊しっていうのは、ああして建物の重心やら……まあ、急所とでも言うのかな。

 それらを同時に小爆破させることで崩れ落ちさせるのが、解体屋の基本だよ」


 チータの仕事ぶりを見ていたセプトリア兵の一人、若くてまだ未成年と思しき若者が、先輩にそんな世間話を振っていた。

 余談だが、世の中には建物をこうして破壊することに特別秀でた魔法使いもおり、そうした者達は解体魔導士と呼ばれたり呼ばれなかったりする。


 解体魔導士を専門職としているわけではないチータなので、今破壊した廃屋だって、外から見てどこを爆破すれば崩れるか、なんてのはわからない。本職の解体魔導士様は、だいたい外見だけでわかるそうだが。

 その適切爆破点を探すにために、崩れかけの建物に入って調べるなんてことも出来ない。危険すぎる。

 チータが先ほど言ったとおり、この元民家を建築した大工様が、ちゃんと建築時の資料を残していてくれたことが、チータがこの仕事をスムーズかつ安全に進められた一番の要因でもあるだろう。


「数分経てば粉塵も収まるでしょうしね。あとはよろしくお願いします」

「かしこまりました。

 チータどのはお休みになられて行かないので?」

「まだまだこういう家、あるそうですのでね。

 次に向かいますよ。では」


 そう言ってチータは、仕事したがらない本来の性分とは真逆に、さっさとその場を去って次の場所へ行く。

 魔物に壊され、駄目になった家屋はここだけに留まらない。

 概ねここまでの一週間で、取り壊し予定の廃屋のすべてを聞き知り把握したチータは、一昨日ほどからこうした仕事に前向きに取り組み続けている。


 魔法を使った仕事は、魔導士としての実践的な修練を積むためのいい機会でもある。

 だからというのみではないが、ここ最近のチータは無表情の裏、実に活き活きと、無償の復興作業の手伝いに勤しみ続けていた。











 一方、同じ頃。


「おーい、資材足りねえぞ!

 下段の補充に力を入れ過ぎじゃねえか!?」

「大事なんだからしょうがねえだろ!

 文句言うな、てめぇで取りに来い!」

「チッ……!

 こらァ若造ども! 何ぼさっとしてやがる! 石材じゃんじゃん持って上がってこいや!」


 セプトリア王都の西の関所では、百人にも届こうかという人員が稼動され、魔物達に破壊された関所の復旧作業が進められていた。

 血の気の多い大工連中は、まるで喧嘩でもするかのような乱暴な言葉遣いで連携を取り合い、下っ端の若い衆をこき使い、迅速に関所の修理を進めていく。

 一日でも早く守備力を取り戻して頂きたいこの関所、国の協力も得て資材もかき集められ、惜しみない労力と物資が注がれての復旧作業である。


「よっ、と。

 この木材、どこに持って行けばいいですか?」

「ああ、そいつぁ内壁二階の3区……あの辺ですね。

 その辺りまで持っていったら、あとはそこの連中に聞いてくだせぇや」

「わかりました」


 そんな復旧作業員に、由緒正しき大国の騎士様が混じっている。

 丸太のような木材を担ぎ上げ、行き交う人にぶつけないよう注意しながら、軽快な足取りで指示された場所まで運んでいくユースは、線が細いように見えてなかなか力持ちだ。

 右肩の上に乗せ、両腕をがっちり巻き付けないと運べないような太い木材は、凡人なら二人がかりで運ぶぐらいがちょうどいいのだが、ユースはそれを担いで階段も一段飛ばしで駆け上がっていく。

 肉体労働はスピーディさが命。本職でもないくせにユースはその辺りが妙によくわかっている。


「うんしょ、っと。

 すいません、この土嚢はどちらへ?」

「ぷっ……あ、ああ、それはあちらの壁面下部へ……」

「笑わないで下さいよぉ」

「いやいや、すんません。

 あんまりにも軽々しく担ぐんで、やっぱ騎士様すげぇなあって」


 シリカもいる。

 砂の入った袋、土嚢をひょいっと担ぎ上げて、涼しい顔で作業員に聞いてくる。

 土嚢がどれぐらいの重さって、シリカ自身の体重と同じぐらいだとでも思えばいい。シリカは平均的な身長の男性と同じだけの身長があるので、そんじょそこらの女の子よりは重いことも補足しておく。

 それを街娘と変わらぬ、あるいはそれと比較しても細くさえ見えるシリカが、軽々しく担ぎ上げるのだ。

 肉体労働が生業の力自慢の男とて、あるいはだからこそ、なんつー女性だと笑ってしまうのも仕方ない。


 そのくせ、後輩のユースには負けられないとばかりに、こちらも小走りめいた速さの足運びだ。仕事の速度を落とさない。

 一応、普段の騎士としての正装扱いなのか、腰を守る草摺(くさずり)はともかく、胸当ては装備してきたシリカである。そんな軽くもないものを装備した上で、それを普段着扱いしたような身の軽さ。

 外見がその基礎体力に追いついていない。逆は良くある話なのだが。


「騎士様ってすげぇなぁ……」

「シリカ様なんて、あの細い腕のどこにあんなパワー詰まってんだ……?」

「いやいや、ユーステット様も大概だよ……

 あんな重いモン運んで、走って、もう何時間経っ……」


「てめェら手が止まってんぞ!!

 人の仕事に見惚れる暇があったらそれ以上の仕事しやがれや!! てめェらが本職だろ!!」


 大工の見習い、若者達も、若い衆同士で無駄口叩いてしまうような見世物である。先輩に怒鳴られて頭を殴られたが、正直その先輩もシリカのことは一瞥してしまう。

 シリカはもう、土嚢を言われた場所に置いて、小走りで別の土嚢を取りに戻っている。

 走るフォームも綺麗で整然、たなびく髪は美しく優雅、若い衆が見惚れるのはわからんでもない。


「あっ」

「あっ」


 そんなシリカの元へ、ちょうどユースがやってきた。

 丸太を運ぶ作業に一定の見切りをつけたユースが、土嚢運びに仕事場を移してきたのだ。

 シリカを意識して来たわけではなく、たまたま選んだ場所がここだっただけのようだ。


「シリカさん、一度に何個運べます?」

「二個はきついな」

「ですよね。

 よかった、シリカさん二個いっぺんに運ぶとかやりそうですもん」

「お前の中での私が超人すぎる」


 シリカがユースの額をこつん。笑顔でのやりとりであり、女性扱いしないようなユースの発言も冗談として通じている。

 一見デリカシーの無い発言ではあるのだが、二人の間では普通のやりとりだ。

 今はシリカが乙女頭じゃなく騎士頭になっているせいか、むしろここでは褒められたかのように機嫌のいい顔である。


「けっこうありますね。

 二人で一気に運びますか」

「私の速度についてこられるか?」

「大丈夫ですよ、俺だって男ですもん」


「……くすっ」

「えっ、笑われた。なんで」

「いや、何でもない。

 ユースがそんな強気なこと言うのは珍しい気がした」

「俺は弱気で謙虚でなきゃいけないキャラなんでしょうか」


 これも笑い合ってのやりとり。仲睦まじい。

 俺だって男、という何気ないユースの言葉で、ちょっと性を意識してしまったシリカが、笑ったあの一瞬だけ女の顔になったのだが、垣間見せた瞬間が短すぎたのでユースも見逃してしまった。


「よし、競走しようか。

 私より一つでも多く運べるか?」

「やってみせますよ!」


 そうして二人とも、土嚢を担ぎ上げ、目で示し合った後よーいどん。

 運んでいくべき内壁下部、そこへと今度はそれなりに速い足で駆け、土嚢を置いたらまた取りに行く。


 担いで走ってまた運んで、置いたらまた土嚢を取りに行くの繰り返し。

 競い合う二人が、土嚢を担いで走る姿には、胸壁上部からそれを見下ろす大工達も、あんな重労働を遊びに出来る若者がいるんだなぁと関心するばかり。


 夏も近付き暑くなってきたこの季節、晴天の下でユースもシリカも汗を流し、息を切らすぐらいに走って、それでもなんだか楽しそう。

 そもそも二人の価値観で言えば、こういう力仕事、肉体労働はトレーニングの一貫ぐらいにすら考えてしまう。脳

 剣術は技術も重要だが、それを扱う基礎体力や筋力が下地にあるのであって、それを普段から充実させたいこの二人にとって、関所復旧の作業のお手伝いはそもそも前向きに取り組める。

 これで人助けにもなるらしいのだから、人の良い二人にとってはやりがいがあってしょうがない。


「ユース~、遅れてきてるぞ」

「も~、シリカさんスタミナおかしいですよ。

 全然スピード落ちないんだもんなぁ」


 何より二人ともそうだが、シリカにとってはユース、ユースにとってはシリカ、この人と一緒に何かをするというのは、何であっても無条件に楽しい。

 重い土嚢を担いで、走って、あんなに汗を散らして息を切らしていながら、何と活き活きしたものか。

 流石にパワーではユースが上で、土嚢を担ぎ上げる速度がシリカより少し速やかであるのがその証拠だが、走り出すとスピードの落ちないシリカが少し有利になる。これは騎士歴が4年長いシリカの利か。

 一方で、煽られて、なにくそとスピードを取り戻すユースの根性も特筆もの。シリカの言葉がユースにとっては特別なものであるというのも一因だろうが、それについてくる強い体を持っているのは無視しなくていい。


 あまりに二人とも楽しそうなので、周りの作業員も気を遣うかのように、二人の動線はぽっかり空けてある。

 実際そうしておいた方が、土嚢運搬が非常にスムーズに進むのだから、仕事の観点でも正解なのだ。

 互いを意識しながら夢中で汗を流す二人の世界は、傍から見ていても邪魔しちゃいけないと思うぐらい、二人だけの聖域になってしまっている。


「はぁはぁ……シリカさん、胸当て重くないんですか?」

「ん……これはハンデだよ、ハンデ。つけててもお前には負けない」

「くっそう、絶対に負けねぇ。

 負けても言い訳にはさせませんからね」

「はずさないよ。私が勝つんだから」


 必勝宣言してまた土嚢を担いで走るユースの後方、シリカは苦笑いであった。

 はずしたら胸が揺れるからはずせないんだよ、って。あいつ必死すぎてそれもわからなくなったか、って。

 出会った頃からずっと変わらず、ユースはいつまでも無垢である。ああいうところが、シリカの個人的な価値観において、可愛いって思えてしまう部分である。

 ああいう奴だから私は好きになったんだなあって、ユースに見られていない場所でシリカの表情が、騎士のそれから女性のそれに変わっている。


 ただし、これも短かった。一息吐いて、シリカは土嚢を担ぎ上げる。

 勝つよって言ってしまったので負けられない。走りだしたシリカが、土嚢を置いて帰ってくるユースとすれ違う速度はいっそう速く、げぇまたこの人スピードアップした、ってユースを焦らせる。




 土嚢運び対決は、最終的にだいたいイーブンの結果に落ち着いた。

 すべての土嚢(偶数だった)を運び終えた時、二人が運んだ土嚢の数は全く同じ。最後の土嚢を運んで置いたのが、少しだけユースの方が早かったので、細かい話をし始めたらユースの勝ちとでも言えばいいだろうか。

 ただ、胸当て一つぶんのハンデがあるような気がするユースとしては、三秒にも満たない誤差で勝っても勝ったとは言い辛くて、なんとなしに引き分けのような空気になっていた。

 シリカは負けたなぁと言ったのだが、ユースがそれを認めないんだからしょうがない。

 じゃあ私の勝ちでいい? とシリカが聞いてみたら、それも何だか……と言うユースが、シリカの笑いを誘っていた。


 剣の一騎打ちではシリカにまだ勝ちきらないユースだが、持っている体の強さで言えば、鉄人めいたシリカにも迫るものになってきているのだ。

 そういった日々の前進には無自覚で、尚も上を上をと目指すユースだからこそ、今の若さであんなにも強い彼に育った、と言ってもいいのかもしれない。






「――うし、今日はここまでにしましょうか!

 騎士様両名、ありがとうございました!」

「もういいんですか?」

「流石にこちらも騎士様に頼りっぱなしじゃあ立つ瀬なしですわ。

 今日のところはこちらの顔を立てると思って、ゆっくりお休みくだせぇや」


 時は過ぎて夕暮れ前。

 日が西の地平線にそろそろ近付き始めたという時間帯で、街では夕食の準備に取りかかる母親の姿が増えてきた頃合いだろう。

 季節も季節、夏が近付いた上で空模様がこうなので、数字に表す時刻の上では、それなりに遅くもなってきた時間帯である。


「それじゃあ、失礼します」

「はいよ! 今度はご奉仕して頂くためじゃなく、単に遊びにも来てくだせぇや!

 皆様と一杯やる機会でも得られりゃあ、俺も若い衆も喜びますからね!」


 関所の復旧に励む大工の親方に一礼し、ユースとシリカはその場を去る。

 二人とも、たくさん汗をかいた後だし、家に帰ったらまずひとっ風呂浴びたい心境だろう。

 特に女性のシリカなんかはそうだろうしと、ユースは帰ったら真っ先に風呂を沸かし、シリカに一番風呂を譲る算段を既に立てている。


「あ、そうだユース。

 悪いんだけど先に帰っててくれないか」

「ん、どこか寄り道ですか?」

「ちょっとシャプテ商会へな」


「シャプテ商会って、昔ハルマさんがお世話になってた商会でしたっけ?」

「ああ。何の用事かは聞いてないんだけど、今日辺りにでも来て欲しいって言われててさ」


 家へと真っ直ぐ帰る道のりの中、ふと思い出したようにシリカがそう言った。

 どうやら朝からわかっていた予定であろうのに、今の今までうっかり忘れていたということらしい。そんなにユースと一緒にお仕事に勤しめたのが楽しかったのだろうか。


「…………それとも、ユースも来るか?」

「いえいえ、先に帰ってお風呂沸かしておきますよ。

 帰ってきたらすぐに入れるようにして待ってますから」


「……そっか。じゃ、お願いしようかな」


 誘ってみたけど駄目でした。ユースと一緒にいられる時間を、ちょっとでも増やしてみたい誘惑に駆られたシリカだったのだが。

 最初に何も考えずに普通のとおり、先に帰っててくれないかと言ってしまったのは失敗だったのかもしれない。

 先に帰ってシリカさんのためにお風呂を用意しておきますよ、と言ってくれるユースの優しさは嬉しいが、出だしを誤り二人きりの時間を増やし損ねたシリカは、内心で肩を落としていた。顔には出さないが。


「じゃあ、伝言。

 最近みんなが夕食を作ってくれてばかりで、それは嬉しいんだけど、私もたまには台所に立っておきたい。

 今日はみんなの夕食も私が作るから、それだけみんなに伝えておいてくれ」

「わかりました。

 アルミナ喜びますよ、シリカさんの料理が一番好きだっていつも言ってますからね」


 道を違えるまでの数歩ぶんは、普段どおりに軽い会話を重ね、やがてとある十字路に差し掛かった所で、帰路の道向きにユース、寄り道向きにシリカが分かれていく。

 一人になったユースが、シリカさんが帰ってくるまでにお風呂を沸かしきらなきゃ、と早足になる一方で、シリカは深めに溜め息をついていた。


 今日は思い切って、ユースを誘ってみる積極性を試みてみたけど、付け焼刃の積極性がすぐに実を結ぶことはやっぱり無いんだな、と考えさせられる。

 今までのとおりじゃ駄目、もっともっと積極的にアプローチしていかなきゃ、いつか本当にアルミナに負けてしまうんじゃないかっていう危機感も持っている。


 明日からは、今日よりもっと。

 寄り道向かいの道を一人で歩くシリカは、胸のすぐ前に握り拳ふたつをぐっと握り締め、頑張るぞという決意を固めようと努めていた。

 最近、無自覚にではあるのだが、シリカはこうした騎士様らしくない仕草を、しばしば表に出すようになってきてしまっているようだ。











「どうも、聖騎士シリカ様。初対面ではありませんな」

「これはこれは。ザイン氏、貴方でしたか」


 さて、当の寄り道先へと到着したシリカ。

 シャプテ商会と呼ばれる、セプトリア王都に拠点を構える商会の本殿、シャプテ商館を訪れたシリカはまず、大旦那様の間へお進み下さいと言われて驚いた。

 大旦那様というのは大抵、その商会の元締めのことを呼ぶ敬称だ。仮にそうでなくたって、経済界に大きな影響力を持つ、とっても偉い人だということには違いない。


 そんな商人界隈の大物様が、直接会いに来て欲しいとシリカを求めていたわけだ。

 お偉い様との顔合わせには慣れているシリカでも、顔を合わせるまでは少々緊張したものである。


「私の顔に何かついていますかな?」

「いえ、本当にびっくりしたんですよ。

 貴方のことは、ハルマ様に紹介して頂いた仕立て屋のお一人だと思っていましたからね。

 まさか商会の大旦那様とは、流石に想像もしていなかったものですから」


 商館の最上階、元締め様の自室にて握手を交わす二人。

 畏敬の念を表すかのように少しだけ腰を曲げつつも、あまり過剰にへりくだっても相手がやりづらかろうと、内心で緊張しかけつつも朗らかな笑みを浮かべるシリカの前、ザインもにかっと笑顔を返してくる。

 人生経験豊富な商人様だ。自分の地位というものも鑑みて、シリカの姿勢や表情、それらすべてが考えあってのものであるとしっかり見抜いており、今一時の挨拶ひとつにも全力を尽くしてくれる騎士様に、返す笑顔にも経緯がこもるというものである。


 もう60歳を超えた御年ながら、薄くなった髪はともかく、ザインの顔はまだ若々しい。皺こそ目立つようになってきつつも、50歳ぐらいに見える、とお世辞抜きで言える程度には元気そう。

 恰幅のある腹は中年太りの賜物だが、背丈がそこそこあるせいもあって、むしろ線の太いシルエットに、頼もしき大商人の貫禄を水増しさせることに一役買っている。

 質素に見えても生地のいい一張羅、身なりはしっかりしつつも銭勘定に厳しい商人の生き様を表すかのような着こなしも、一見凡人に見えつつも、わかる人にはむしろいっそうの風格を思わせるもの、と言えるだろう。


「いやはや、顔を合わせるのは二度目ですが、いつ見てもお美しい。

 あの時、仕事でちょっと顔を合わせるだけであったのが、実に惜しいと思っていたんですよ。

 もう少し長く、そのお綺麗なお顔立ちを拝みたかったものですから」

「ふふ、恐れ入ります。

 騎士暮らしで己が女であることも忘れがちな最近、そういったお褒めの言葉は胸に沁み入ります」


 顔を褒めて貰えることの多いシリカだが、その都度即興で色々な返答を返している。

 今日は、ユースを異性として改めて意識した少し後だから、自分は女なんだ、うじうじしてないでその想いでもっとユースに攻めなきゃ、という意識が、即興の返答にうっすら表れているのかもしれない。


「あの衣装はお気に召しましたか?

 短い期間で作り上げたものですから、お気に召したのか不安でもありましたが」

「あ、はい……本当に、素晴らしいものを頂いたと心より思っていたのですが……」


 シリカとザインが前に顔を合わせた時というのは、舞踏会の当日朝のことだ。

 あの日、シリカ達がハルマに頂いた舞踏会用の衣装は、このシャプテ商会で作られたものである。

 シリカ達のスリーサイズなど、衣装製作に必要な情報を得たハルマは、ここシャプテ商会に衣装を作るように依頼したというわけだ。


 舞踏会当日の朝、ザインが商会の代表として直々にシリカ達にご挨拶し、衣装を渡した。

 それがシリカとザインの初対面である。着付けに時間もかかる、ザインは他の仕事も忙しかったということで、その日はすぐにザインも立ち去ってしまったのだが、短い対面でちゃんと互いの顔を覚えているあたり、シリカもザインも記憶力が良い。


「その、申し上げにくいのですけど……」

「いえいえ、もう聞き及んでおりますよ。お気になさらず。

 王都を守るための判断だったのでしょう? 目的を思えば、その心意気に感謝こそすれ、憤りなどありません」

「ですけど……あんな素晴らしいものを駄目にしてしまうなんて、申し訳ない気持ちでいっぱいですよ」


 シリカはばつが悪そうだ。

 というのも、あの日シリカは突然の魔物達の襲撃に素早く対応するため、着替える時間も惜しむ形で、自分の衣装を自分でびりびりに破いたのである。

 せっかくの頂き物をあんなふうに、というのは、やはりシリカからすれば気まずい気持ちの方が勝る。

 意図あってのことなのはわかっているから、とザインが窘めても、そう簡単にシリカも胸は晴れまい。


「ともかく、あの衣装は気に入って下さっていたんですね?」

「それは勿論です。

 私はあんなお綺麗な服を着るのは初めてでしたので……ちょっと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、違う世界に生まれ変われたような……そんな気分になれたぐらいですよ。本当に、です」

「ふふふ、作った甲斐があったというものですよ。

 お気に召したなら何よりだ。我々の商品をそうまで言って下さる方は、心より有難い顧客に他ならない」

「は、はぁ……」


 その衣装を自分で駄目にしてしまったんだけど……と、顔の晴れないシリカに対し、ザインはもう一度の握手を求めてくる。

 我々の生み出したものを愛してくれてありがとう、と言わんばかりの笑顔も添えてであるが、それを自分で破いたシリカからすれば、なんだか複雑、どういう顔をすればいいのかわからない。


「さて、本題です。

 明日の昼頃、シリカ様のご自宅に、先日お作りした衣装の複製品を郵送致します。

 以前はやむなくお破きになられたようですが、今度は大事にして頂けると幸いかな、と」

「え……!?」

「ああ、勿論お代は結構ですよ。

 送料もこちらで支払っておきますから、何も気にせずお受け取り下さいませ」


 急なことで、シリカも目を見開いて、上役様相手用ではない素の声が出てしまった。

 咳払いするかのように一度顎を引き、ううんと喉の奥を鳴らして冷静さを取り戻しながら、シリカはザインに言われたことを、頭の中で反芻する。


「い、いえ、でも……」

「あの衣装、気に入って頂けたのでしょう?」

「それは、まあ……」


「なればこそ、我々としてもお気に召されたその衣装は、シリカ様の手元にあって欲しいのです。

 いつか機会を得ることあらば、それを手に舞踏会など(ああした場)に臨まれるシリカ様がいて下されば、それを作った我々としても誇らしい限り。

 是非とも受け取って頂きたい。気が向くことあらば、また袖を通して頂きたいと、我ら一同の総意です」


 要するに、自分達の作った衣装を気に入ってくれたシリカに、新しく同じものをもう一度作ってあるから、それを受け取って欲しいという話のようだ。

 その発言に、シリカが衣装を自分で破いたことに対する、批難の想いが一切ないことが明らかだ。

 あったらもう一度作って受け取って下さいなんてあり得ない。


「それとも、押し売りが過ぎますかな?」

「い、いいえいいえ、そんな馬鹿な話……!

 ほ、本当によろしいのですか……!? あれがお安いものでないことは私にも……」

「ええ、手前味噌ですが逸品と自負しております。

 王都を守るために、お気に召した衣装をも捨て去り、命を懸けた戦場へと参じた貴女に対し、我々が形にして贈れるものとすれば、そうした逸品をして他にないとも言えるのです」


 商人は現実主義だ。賛辞や敬意、感謝の表明には、言葉や態度だけではなく、物資や権利、金銭などといった現実的かつ具体的なものを贈るのが、彼らの世界における筋である。

 ザインは、喜んで袖を通した衣装をも、大義のためならと迷わず捨て去ったシリカの心意気を賛辞し、さらには王都を危機から守り抜いてくれた騎士様へ感謝し、それをこうした形で表明しようとしてくれているのだ。


 理屈はわかる。シリカにもわかる。

 ザインは心から新しい服をシリカに贈ることを潔しとしており、ここはそれを受け取るのが正解であると。

 同時に、あんな晴れ姿を演じさせてくれた衣装が、思わぬ形でもう一度頂けることに、シリカの表情は隠せないぐらい明るみを帯びてくる。


「受け取って下さいますね?

 騎士様なら、庶民のこうしたささやかな想いも、理解して下さいますね?」

「っ、はいっ……!

 深きご配慮、こちらからこそ感謝するばかりです……!」

「ははは、お喜び頂けたならそれこそ我々としても嬉しい。

 ようやく笑って下さいましたな。貴女はやはり、そうしたお顔が最も美しいですよ」


 シリカの方から手を差し出し、握手を求める仕草には、はしゃぐ我が子を優しく見守るような微笑みでザインも応じていた。


 女の子として生きるべき青春時代をも、騎士として生きることに費やしてきたシリカは、女性としての喜びに対する耐性が無い。

 あんな綺麗な衣装をまた貰える、それだけで、お洒落な服を買ってもらえた思春期の少女のように、嬉しくって顔にまで出てしまうのだ。

 騎士としては達観していると言えるほど、その実年齢以上の気高さを既に持つシリカだが、その実女性しての心根は、育たぬままにして体だけ育ってきてしまったのである。

 そこだけ、幼い。実年齢より3つか4つぐらい若く見られがちのシリカの顔だが、それはそうした彼女の幼心の欠片が、顔立ちすらもそうさせてしまうのかもしれない。


「こうして貴女と縁を得られたのも、きっと何かの巡り合わせでしょう。

 よろしければ今後とも、貴女達とは良き関係でありたいと、シャプテ商会一同思っておりますよ」

「こちらこそ……!」


 嗚呼、そうではないが超簡単に篭絡できてしまったような気分、というのがザインの感想だ。

 こんなに喜ばれるとは思わなかった。こらえきれない笑顔で、今後とも仲良くして下さいと請うようなシリカの表情を見て、凛々しい騎士様も無邪気な面を持つんだなぁと、ザインも胸をくすぐられる。

 強くて頼もしく、既にセプトリア王国に大きく貢献してくれている騎士様、そうとしか聞いていなかったシリカと実際に一対一で話してみたザインは、百聞は一見に如かずとつくづく感じるばかり。

 これだから商会の元締めになって、別に人と話さなくても商会全体を動かせる立場になった後も、様々な商売相手と直接話すことはやめられない、というものだ。


 ハルマを介して繋がった、シリカとザインの新たな縁。

 こんな素敵な出会いがあったのも、異国を訪れたシリカ達に巡ってきた神の思し召しだ。

 人の輪は連鎖して、いくらでも広がっていく。広がれば広がるほど、本当の意味で、その人々の世界もまた広がっていく。

 これだから、人と話すことはやめられない。商人ザインだけの信念ではない、シリカも持つ信念である。

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