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第66話  ~ハルマの後任者~



 セプトリア王都を、リープ率いる魔物の群れが襲撃したあの時から、ちょうど二日ぶんの時が経った。


 魔物達に荒らされた街は、兵も大工も総動員で復興作業にあたり、普段は商人や買い物客が闊歩する町並みも、その作業員や物資、資材の往来で満たされてしまう。

 普段どおりに街を歩きたい大人達、街を駆け回りたい子供達には肩身が狭く、夏も近付き暑くなってきた日中、汗だく男達で町並みが占められる光景は、戦後の暑苦しい風景だ。


 王都内の医療所は、どこもかしこも慌ただしい。

 魔物達の迎撃にあたり、負傷したセプトリア兵の治療に忙しく、患者数も多いから、医者も治癒魔法の使い手も、人手がとにかく足りていない。

 王都に比較的近い町や村から、医者や治癒魔法の使い手を数名派遣して貰い、そうして人手を補填してなお、ようやく足りるかどうかという程である。

 傷が深い者には命に関わらないよう、あるいは後遺症を残さないよう優先的に人手が割かれ、そのぶん傷が浅い者にはあまり手が回らない。それで苦痛の時間が長引く軽傷者にはつらい環境だ。


 また、魔物達の進撃によって破壊された関所は、特に復旧が急がれる。

 いわば人里を守る最大の砦が半壊状態にある今、もしも今魔物ないし侵略者の侵攻があれば、街を守る守備力が極めて低い状態で迎え撃たなくてはならなくなる。

 二日前に攻め込まれたばかりだから次は当分ないだろう、という理屈は存在しない。災害に周期など無いのだ。

 大量の資材と人手を割いて、関所の胸壁の補修が迅速に進められる中、そのぶん街の復興にあてられる人材の数にも影響し、王都内の復興は捗らない。


 魔物達に住む場所を壊された人々に、一時的に住む場所を用意するのも王国の仕事である。

 この配慮は、どこの国でも保障してやっていることではない。国民第一の思想を持つ、セプトリア王国特有の慣わしである。

 被災者のリストを立て、都内の空家の数と照合し、可能な限りは被災前の収入や職場への距離など、様々な情報を合わせて、その人々に一時的住居を用意する。

 人によっては、王都外の町村にて一時疎開めいた移住を強いることもある。

 その人々を、当の町村へと護送するためにも人手が要り、銭もそのぶんかかってくる。

 不幸によって住む場所を奪われた人々に、暫くの新天地にての職を与えるための斡旋など、これ以降にもすべき仕事はまだまだ残っている。


 戦後とはこういうものだ。戦火に巻き込まれなかった者とて、ここからが本当の戦いである者は多い。

 だが、救いもある。


 破壊された街の痛みを振り払うように、働く男達が活気に満ちた声を発し合い、暗くならずに前向きな労働姿勢を見せていることが一つ。

 関所の補修に勤しむ男達に、何の縁もないはずの街娘が差し入れを持って来てくれたりと、苦しい状況下で力を合わせる人々の姿が自然発生する。

 医療所を奔走して肩こりに疲れ果てた老いた医者には、息子ぐらいの年の軽傷兵が肩を揉んでくれる。怪我人はじっとしておれ、と躍起になる医者だが、大丈夫ですからと微笑む軽傷兵は譲らない。

 胸壁の補修が終わるまでは、外からの守備力が薄くなった王都内を巡回する兵も緊張感を増すのだが、そんな時こそ気を張り詰めすぎないようにと、無償で街の真ん中で芸を披露する芸者もいる。

 王都内の家を失い、王都を離れた町村への移動を強いられた人々も、文句一つ言わないのだ。むしろ恭しく、新しい住み家を用意してくれる国に恭しく感謝の意を述べ、この国に生まれてよかったと救いある言葉を兵士達に向けてくれる者すらいる。王都を守りきれなかった兵士達には胸が痛む言葉でもあるが、命を懸けて戦った者達をなじらない人々の心遣いが、よりいっそう兵士達に復興を早めようという活力をもたらしてくれる。


 セプトリア王国の強みはきっと、住まう人々の気位の高さにある。

 平穏なる国を約束し、もしもそれが脅かされても、傷ついた人々に救いをもたらそうとする国の意向を理解し、感謝することが出来る人々で満ち溢れている。

 だから、苦しい時にもお互い様だと自然に思える。主に肉体労働者によって進められる復興作業に、普段はそれに携わらない人々すら無償で手を貸すのは、そうした風土が為す貴き国風である。


 国や社会を成すものとは、良き指導者もそうではあるが、やはりそこに所属する数多の人々に相違ない。

 ある日の災いに見舞われた時にこそ、それは最も表面化するものであり、今のセプトリア王国の明確な前進ある王都風景が、セプトリア王国に暮らす民の気品を証明していると言える。

 だからこそセプトリア王国は、代々名君が王を務めてきているのだろう。逆説的に聞こえようとも、きっとそれが真理である。

 力強く国を支えてくれる国民の姿を身近に感じられる主君は、その安寧のために心血を注ぎたくなるからだ。

 

 良き君主。

 そしてそれが導いてくれる平和な日々への感謝の想いを忘れず、王を敬う国民達。

 その気骨が王に王たる自覚を促し、より良政あらんと奮起する君主の姿を確立させる。

 そうした好循環があって成るセプトリア王国だからこそ、独立して間もなく苦しい現代にある小国であってなお、力強く存続していけるのかもしれない。











「改めてご挨拶申し上げます、ナナリー様」

「うむ、重畳。

 ダウィラスよ、突然の就任に戸惑うこともあるやもしれぬが、妾の片腕として力を貸してくれ給え」


 さて、あらゆる場所が多忙に追われる王都内だが、王室内においても大きな転機を迎えてきた。

 長らくナナリーの側近、参謀を務めたハルマがいなくなり、今朝、それに代わる人物が指名された。


 それが今、謁見の間でナナリーに挨拶している、緋色の貴族服に身を包むこの男。

 灰色の髪をびしっと整え、文句もつけようのない姿勢で一礼する、目つきの鋭いこの男の名は、ダウィラス=セッティマンという。


「おぬしの父上は、妾の父上を大臣として長らく支えてくれた。

 何の因果か、父上の一人娘である妾に、ウィーク老のご子息であるおぬしが手添えすることになったのう」

「父上のことはお気になさらず。

 私としても、父上は我が国のためにすべてを尽くした尊敬すべき父ですが、父の功績と私には何の因果関係もありません。

 血筋のことなどお構いなく、私に至らぬことがあれば何なりとお申し付け下さいませ」


 そしてダウィラスは、現在アルバーシティにて町長を務める、ウィーク老の長男だ。

 かのウィークは、先代国王つまりナナリーの父のそばにて大臣を務め上げた人物であり、年老いた今は王室から距離を置く形で、セプトリア王国第二の都とされるアルバーシティの長を務めている。

 つまりあの御大老は、セプトリア王国史の中においても偉大なる人物であり、その長男であるダウィラスもまた、若き頃からここセプトリアの王都にて、王政に関わり発言権を持ってきた男である。


 親の七光りでの王室仕えと呼ばれることを嫌ったか、若い頃からダウィラスは積極的に動く人物で、非常に厳格かつ責任感の強い男だった。

 きつい目つきもその勤務姿勢と性格が培ったようなものであり、いかなる時も失敗無く職務を進めてきたこの男は、父の名を語らずとも国内で高く評価されている人物である。

 そのぶん、気の抜けた部下や兵を叱責する声も強く、時には正論で以って年上にも食ってかかることが多々。

 特に現在40歳を目の前に迎え、人生経験も豊富かつ最も働き盛りな彼のバイタリティは、人生の中でも最盛期を向かえている。


 仕事は完璧にこなすが、周りにも厳しい怖い人。城内におけるダウィラスに対する評価はそんなところ。

 一方で、偉大なる父の名を借りずとも、仕事が完璧な人物と評されるぐらいには、彼は優秀なのである。

 優秀なのはいいけれど、温厚なウィーク様のように柔らかい一面も欲しいなぁ、とぼやかれるところまでセット。なお、本人の前でそれを口にすると、そら恐ろしい目で睨まれる。


「ダウィラスは、ニトロとも縁があったな?

 ほれ、ニトロ、挨拶せい。今日からは席を共にすることも増えるぞ」

「あ、はい……

 ダウィラス様、こ、今後とも、よろしくお願いします……」

「こちらこそ、今後ともよろしくお願い致します」


 ダウィラスに歩み寄り、握手の手を差し出すニトロだが、ちょっと腰が引け気味だ。

 昔から城暮らしのニトロだから、ダウィラスのこともよく知っている。

 この人が誰かをもの凄い剣幕で叱っている姿を、何度も何度も見てきた記憶がある。

 幼い頃からダウィラスという大人は怖いものだと見てきたから、ニトロ自身が大人になった今も、ダウィラスが怖い人だというイメージは全く拭えない。



 確かに口の端を上げ、微笑みかけて握手を返してくれたダウィラスだが、目力が強い人だから笑顔にも人を和ませる類の色がない。頼もしい大人の笑顔というやつではあるが。

 加えてダウィラス、背がかなり高い。ただでさえ貫禄のある風格なのに、顔を見ようとすれば見上げなくてはならないから、風格もそのぶん上乗せされてしまう。

 それを見上げるようにして近しく見るニトロは、直視するのに耐えかねて目線を伏せるほど。

 これが尖った大人の貫禄というやつか。大物というものは、対峙しただけで未熟者を竦ませるものらしい。


「ダウィラス、ダウィラス、あんまり睨んでやらんでくれ。

 ニトロも気の弱い方ではないが、おぬしの眼力の前では虎でもおれぬ」

「ふむ……別に睨んだつもりはないのですが……」


 握手を解いて息をつくダウィラスだが、まあまあ本人にも自覚はあるのかもしれない。

 ナナリーの方を向き直ってすぐ、ちらとニトロの方を一瞥するが、本来衛兵として常に堂々としているニトロも少し肩が縮まっているし、いつものことだと嘆息すら吐かない。

 こう見えて既婚者で、妻にも優しいよく出来た大人なのだが、職場では恐れられる人物として認識されて長過ぎる。本人も、あまり今さら気にしていない。


「――さて、ニトロ。一度、席をはずしてくれるかのう。

 ダウィラスに、改めて問いたいことがあるのじゃ。一対一でな」

「あ……はい、かしこまりました」


 助かった、と思った顔色すら少し見せてしまい、それに無自覚なままニトロはナナリーに一礼し、やや足早に謁見の間から退場する。

 ダウィラスのことは普通に尊敬しているニトロだが、怖いものは怖いのだ。

 ニトロの逃げっぷりを見届けたナナリーは、やれやれと苦笑気味に肩をすくめ、ダウィラスを自分に一歩近付くよう手招きする。


 改めて膝をつこうとしたダウィラスに、よい、とナナリーは一言を添えた。

 玉座に座る女王と、立ち姿の大臣が対峙する一幕となる。


「さて、ダウィラス。

 おぬしは今の地位に招かれる前より、政に関わる一人の男として、父上や妾を長らく支えてきてくれた。

 こうして一対一で語らう機会には恵まれてこなかったが、今改めてこれまでのおぬしの功績に対して礼を言う」

「勿体ないお言葉です。

 私めのこれまでの労など、女王たるナナリー様が背負われる数々に比べれば、瑣末なものに過ぎません」


 元よりナナリーからも、先代国王からも、同僚や年上からすらも評価の高かったダウィラスに、ナナリーはそれを伝えている。

 彼が大臣職に任命されたことを聞き、不適切な人選だと唱える者は城内に一人もいない。

 王が下す賛辞としては最大級のもの、それを向けられてなお、王の立場を最も重んじた返答を淀みなく、それも心からの声で発するダウィラスは、賛辞されたことに対する驕りすら垣間見せない。忠臣の鑑である。


「しかし優秀なおぬしなれど、新たなる官職に就くとなれば、今後はこれからと比べて勝手も違おう。

 ゆえに妾は、大臣の初心たる今のおぬしに、いくつか問いかけてみたい。

 今の地位に就いたおぬしとして、妾の問いに今後を見据えた上で答えられるか」

「はい、何なりと」


 これは試験のようなものだ。

 就任は既に済んでいるから順序は逆だが、ダウィラスが大臣として相応しい人物であるかどうかを、ナナリーはいくつかの問いかけで確かめようとしている。

 その地位に相応しくない回答が来る人物ではないと、概ね信頼しているから大臣に指名したのだが、これから最も近しく仕える男の器というものを、一度改めて見定めておきたいのかもしれない。


「一つ。

 おぬしはハルマから王都復興の仕事について引継ぎをしたと思うが、その内容にはもう目を通しておるな?」

「勿論です」


「引き継いだものについて、足りぬことは閃くか」


 ダウィラスはハルマの地位を引き継ぐ立場であったため、辞任を言い放つ前にハルマが背負っていた仕事を、殆どそのまま引き継ぐ形になっている。

 任命されたのが今朝、続けざまに回ってきた大量の書類、与えられた仕事。

 それを把握しているかどうかを確かめつつ、ナナリーは、引き継いだ以上の仕事を自分から考えて出来るかとダウィラスに問うている。

 引き継いだ仕事だけを無思考でやるだけの人間では、今後も自分で仕事を見つけてやってくれる大臣として頼りない。


「ハルマの復興見立ては予算面でも綿密に計算されていますが、切り詰め過ぎていて少々余裕が無い。

 あれでは何か予定外のことが起こった際に、あっという間に予算の算段が狂ってくる。

 もっとも、恐らくあいつが就任している限りでなら、何かあるたび臨機応変に対応するつもりだったのであろうと推察できますが」


 参謀としてのハルマは、とにかく国庫に対して節制家だった。

 予算案は最低限きちきちで立て、不測の事態で予算が狂った際、それで初めて修正案を出す、という段取りを組む。

 わかりやすく言えば、ちょっとの不測の事態であっさりと予定が崩れるから、修正案を出す頻度も高めであり、彼の仕事は増えやすかったのである。

 きっちりこなす彼なので誰も文句は言わなかったが、自分で自分の仕事を増えやすくするというやり方と言えば少々効率を疑われるやり方である。国庫に対しては極限まで優しいのだが。


 ちなみにダウィラスがハルマを呼び捨てなのは、彼の方が年上だから。

 参謀職にある彼と、仕事で会話する際にはハルマ様と呼んでいたダウィラスだが、プライベートでハルマと語らう時には、親しみを込めて呼び捨てていた間柄である。

 別に、辞めた奴だからもう呼び捨てでいいという発想ではない。


「つまりおぬしは、もう少し予算を割くべきと?」

「いえ、ハフトの都とシェバの町に懇ろな商会がありますので、そちらと提携する形で資金を確保しましょう。

 元より今晩辺り、使者を遣わせるつもりでありまして、それについて許可を頂こうとは思っていたところです」


「懇ろというのは、おぬしが個人的に、ということか?」

「おそらくは、快い返答が得られる見込みです。

 勿論その後、向こうにも見返りは必要になりますが、それは得たものに対してマイナスとは致しません」

「ふむ……」

「詳しい話は追って……いえ、今夜にでも改めてお話し致しましょう。

 ナナリー様の認可を得ずしてお話を進めることはありませんので、ご安心を」


 ダウィラスは元々人脈の多い男で、俗に言えばパトロンとなってくれる相手にも事欠いていない。

 勿論それに協力を仰げば、相応の報酬を返さなければならない部分もあるが、それは何も金銭に限らない。

 相手方が喜ぶこと、つまり流通の範囲を広げさせることに協力的になるだとか、一部の借金返済を待つだとか、物資や金銭でなくとも相手を満足させられる手段はいくらでもあるのだ。

 ダウィラスはそうして、ナナリーならびに国庫に頼ることなく、王都復興のための資金や人手を水増しすると、そう提案して見せている。


 この自信に満ちた態度、もう成功までのビジョンは完成されているのだろう。

 ハルマと少々やり方は違うが、彼にあってハルマには無い持ち味というものもあり、それを活かして大臣の仕事を為そうというダウィラスは、既に今の地位に自覚を持っている証拠。


「わかった。

 では、もう一つ。

 妾はアルバーシティの風営法改正について、ハルマとはよく対立していた経緯を持つ。

 それに関して、おぬしの率直な意見を聞かせて貰いたい」


 参謀職に在任していた時のハルマは、ナナリーの風営法改正案についてずっと反対を押し通していた。

 すべての決定権を持つナナリーとて、流石に参謀にある立場の者から、絶対ダメですと常日頃から言われては、敢行するのも少々考えもの。

 人が代わった今になり、それについてどう思うかと、ハルマとの"差"を確かめるかのような問いだ。


「結論から申し上げるならば、現時点ではまだ踏み込むべきではありません。

 かのアルバーシティは現在父上がお治めになっておりますが、そちらを通して私の耳にも、アルバーシティの風土というものは耳に入ってきます。

 唐突な法改正は、恐らくあちらの空気にひどく影響を与え、それは経済面にも大きな打撃を与えかねません」


「……ハルマはこう、風俗については元々理解のある口じゃったから、恐らく私情もあっての反対ではあったと妾も推察しておるのじゃが」

「そういう所はあったでしょうね」

「それを抜きにしても、おぬしはハルマと意見が一致するか?」


 ハルマも一応、ナナリーには、風営法改正がいかなる影響をアルバーシティに及ぼすのかを、私情抜きの観点から説いたことがある。

 ただ、論述というのはいかに論理的であろうとも、その者の根底にある価値観、目的あってのものになりがちなものであって、公平に物事を判断すべき立場のものは、論ずる者の思想の偏りも多少は意識しなくてはならない。

 喧嘩する両者は、第三者に状況を説明する時、自分に有利なことしか言わないが、それを例にとればわかりやすいだろうか。

 あるいは国政にあたって、議会で論説する者同士、自分達の草案を通すためなら、そのデメリットも相手方から指摘されるまで自分の口からは発しない、その方が例として近いだろうか。


 ハルマは元々アルバー帝都の下町生まれだから、アルバーシティの風土には、甘さがあっても仕方ない。

 一方で、ダウィラスは特にアルバーシティに思い入れがあるわけではないから、ハルマと同じことを言ったとしても、違う観点からの答えであるとなる。


「経済界は、あまねく人々が金を使うことによって動きます。

 アルバーシティの歓楽街は、庶民の金の使い道としてあまりに有力で、今と比べて規制をかけるような法改正を唐突に行なえば、貨幣の流れが大きく遮られることが予想されましょう。

 きっとそれは、ナナリー様の予想を上回っております。

 かの歓楽街で働く女性や経営者、そうした人々を圧迫するようなことあらば、それは恐らくアルバーシティの金銭の流れ、ひいては国全体に対しても大き過ぎる影響を与えることになるでしょう」


「むう……妾の見通しは甘いと言うか」

「ああした職種に理解し難いお気持ちはわかります。私も本来の価値観で言えばそちら側です。

 しかし、庶民には庶民の世界と生活があり、それに大きな改変をもたらすことは、ただならぬ不満を抱えさせ、流通を滞らせかねないことでもあると、ご理解頂きたく存じます」


 ナナリーも、風俗に対する個人的な感情だけで、法改正を草案しているわけではない。完全に無いのかと言われれば、そうではないかもしれないが。

 ただ、ああした職種には倫理的な話も関わってくるし、清純なる国を目指そうとすれば、多少は縛りを利かせて御したいと思うのも、女王としての立場からの素直な発想である。

 15歳からの女性が、酔っ払いや節操の無い大人を接待し、それで間違いがあったらその女性の人生はどうなるんだと、王として心配するのは割と自然なことだ。ナナリーは女性だから尚更に。


 でも、世の中というのは難しいものなのである。

 周りがそれは要らないと叫んだって、それは俺達にとっては必要なんだと言う者だって必ずいる。

 アルバーシティにおけるそうした世界は、同じ街に過ごす人々にすら疑問符を持たれることだって確かにあるが、客や経営者や従業員を含め、それを無くさないで欲しいと思う者達も非常に多いのだ。

 その比率が、後者が無視できない数であった時、それは民主的に見ても"必要"なのである。

 だからアルバーシティを治めているダウィラスの父、ウィークも、そちらに対して過剰な干渉をしていないという実状もある。


「……まあ、わかった。

 それに関しては妾も、現時点では固執しておらぬしな」

「差し出がましい言をお詫び致します」

「よいよい。首を縦に振るだけの大臣ならその方が要らぬ」


 就任したての頃であるため、ダウィラスもまだ侘びが早い。

 それでも時が経つにつれ、増長とは違う意味で、彼は女王に対して意見を発する人物になっていきそうだ。


 ナナリーの言うとおり、それが出来ない大臣なら、別にその役職は必要ない。主君の言葉を肯定するだけの人間など、側近としてはいてもいなくても一緒である。対話する価値が無い。

 一方で、口答えするからには間違ったことを言ってはならないから、王の側近、参謀や大臣というのは相当に聡明でなければ務まらないのである。


「それでは最後にもう一つ。

 ハルマは自らその地位を捨て、このセプトリア城を去った。

 奴のことをおぬしはどう思うか、率直な想いを聞かせて欲しい」


 ここまでの問い二つに、ハルマの名が含まれていたことに続き、今度はハルマそのものを主題とした問いだ。

 前任者、それも女王ナナリーに、はっきり反抗して去っていったのがハルマ。

 それに対して"どう思うか"という主君の問い、これは気を付けて返事すべきものだろう。大臣職に就任して、ダウィラスに与えられた最初の試練と言えるかもしれない。


「私的に言えば、私は彼のことを友人だと思っていた(・・・・・)んですがね。

 そんな私をして、去るにあたり一言の挨拶もせずにいなくなってくれたことには少々……いや、それなりに腹立たしく感じております」

「…………」


「公的に言えば、彼はこのセプトリア王国に忠誠を誓い、アルバー帝国より気化してきた身。

 そんな彼が王国に背いたとされる行為、私には肯定出来ません。それに尽きます」

「……うむ」


 ナナリーは、少し溜飲の下がった面持ちでうなずいた。

 デリケートな問いに対する返答として、ダウィラスはナナリーにとって満足のいく回答を示せたようだ。


 ダウィラスが、元よりハルマと親交が深かったことはナナリーも知っている。

 そのダウィラスがハルマを友人だと"思っていた"と、過去形で言ったことは、彼がハルマとの縁を切ったことを暗喩する言い回し。それはつまり、女王に背いた人物となど縁は持たぬ、という、忠臣としての姿勢を表すに充分な宣言だ。

 それでいて、公的にと前置きをして述べた後半部分は、あくまで自身の立ち位置としてハルマを批判する言葉。

 ハルマをきっぱりと批判しつつ、それはあくまで自分の役職視点からのものだと言う主張を含めている。

 いなくなった人間を、私情で軽々しく批判するような人間は、それはそれで信頼し難いものだ。そういう人間は、人が見ていないところでその人を悪く言うことの出来る人間ということだから。


 私的には、交友関係を裏切られたことに対する正当な幻滅。

 大臣としてハルマを批難する言葉には、敢えて公的な立場から言わせて貰えば、という前置きを添える。

 公私ともに含んだその回答が、彼の人間性とスタンスの両方をナナリーに表明する結果となり、忠臣として女王の言葉に従い続ける誓いをも暗喩する。

 これは、そういう回答だ。


「試すようなことをしてすまなかった。

 良き回答を聞くことが出来たと思う。今後、おぬしを頼りにしたくなると思うほどにな」

「恐れ入ります」


「おぬしを大臣(ここ)に招いたことは正しかったように思う。

 是非ともその力で以って、幼き妾を今後とも支えて貰いたい」

「はい」


 ハルマが欠け、ダウィラスが加わり、この日より始まる新体制。

 セプトリア王国は独立以来の数年目にして、早くも変革の時を迎えていた。

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