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第54話  ~魔物退治は難しい~


 騎士や国に仕える兵士、あるいは傭兵などに任せられる仕事の中で、魔物討伐という任務はありふれたものだ。

 多くの場合、その仕事の内容は極めてシンプルな内容になる。

 人に危害を加える魔物とやらを討ち果たせばいい、最大目標は一匹残らず駆逐すること。

 魔物の強さや数が問題になって、難易度そのものは上下が激しいが、内容と理念はだいたいそうシンプルに纏められる。


 ただ、ごく一部だが、そう簡単に話が済まない類の魔物だっている。

 オークと呼ばれる魔物は、まさにそんな一種にあたる種属である。


「オーク狩りって、そんなに大変なんすか?

 そんなに強い魔物じゃないって聞いてますけど」

「うーん、説明するのが難しいんだけどなぁ。

 別に極端に強い魔物じゃないし、単に討伐するだけでいいなら、難しいほうじゃないんだけどさ」


 セプトリアの王都を朝から出発し、北西へと進む馬車に乗るユース達。

 身内五人に加え、今日はカナリアもご一緒である。せっかくだから、現地実戦の騎士様の姿でも見て、よければお手伝いしておいでと、ハルマに勧められて来たそうだ。

 やや堕落気味のアルバー兵、それに属するカナリアにはさほど実戦での戦闘経験が無く、今回の同行にはちょっと緊張気味、しかし幾分かわくわくする想いも擁してついてきたようだ。


 魔物討伐任務に、実戦慣れしていない女の子が同行するというのは少々ユース達にも荷物になりそうだが、恐らく任務の内容も鑑みて、問題にはならないだろうと見込まれている。

 最悪ちょっと予想外なことが起こっても、こっちには大抵のことは何とでもしてくれるシリカがいるのだ。強力な保険があると、ちょっとした冒険にも心強い。


「ユース、説明してあげてよ。

 私自信ない、こういうのあんたの方が得意」

「えらく素直に丸投げしてきやがって」

「隊長のあんたが、初めて一緒にお仕事にする相手に説明役をするっていうのもいいと思う」


 勝手のわからない相手に上手に説明できるかどうか、それにユースがチャレンジする機会になっているのも確か。

 アルミナの言う理由は後付けのようだが、ある意味ユースにとってはいいパスを貰ったかもしれない。


「えーっとな……

 今回のお仕事は、サブアの村っていう村を、オークの群れが計二回襲撃してきたことに端を発するんだ。

 先月に一回、今月にも一回。どっちも幸いにも死傷者は出なかったみたいだけど、怪我人は多かったみたいだし、農作物もひどく荒らされたらしい」

「魔物による人里の襲撃ってやつっすね。村にも警備兵様はいたんじゃないんすか?」

「だからどっちも、本質的にはちゃんと撃退は出来てるんだけどな。死傷者ゼロは撃退成功だよ。

 ただ、やっぱり被害は小さくない」


 どんな人里にも、必ずそこを守るための自警組織は存在する。

 野盗や魔物から人里を守る防衛力は不可欠であるし、セプトリア王国も国土内に存在する町村や都には、あまねく兵を遣わせている。

 加えて各町村にも、自分で来襲者を撃退しようと武器を取る農夫は必ずいるもので、両者が力を合わせて敵襲を迎えるというのが、概ねどこでも成立している自衛力の基礎である。


 余談ではあるが、たとえば武器の扱いにおいて筋のいい若い農夫がいたりすると、兵士として働いてみないかとスカウトされる場合もあるそうで。これは本当に余談。


「それから調査が入ったんだけど、オークは今、サブアの村から近いイユリ荒原の一角に陣取ってるらしい。

 これをこっちから攻め込んで、もう二度と人里に悪さしないようにするのが、今回の俺達の仕事なんだ」

「それだけ聞いたら結構シンプルに聞こえるんすけど……何か、厄介な事情があるんすか?」

「相手がオークってだけで凄く話が複雑になるんだ。

 ある意味では、山賊退治よりもずっと面倒な戦い方をしなきゃいけない」


 オークというのは、人型で二足歩行、ただし頭は豚の顔を持つという、人と豚を足した獣人とでも呼べそうな魔物である。

 腕力は人間より秀で、脂肪も多く人間よりも寒冷地での活動能力に優れ、体力もある魔物として知られている。

 ものによっては魔法も使うし、何より自分達で木や石、動物の角や牙を削って作った武器――槍や弓などを活用する知能も持ち合わせており、人間とは違う言葉、鳴き声を介して連携を取ったりもする。

 ある種、身体能力で人間を上回る上に知能も高いという、それだけでも厄介さは窺える魔物であろう。


 ただ、アルミナもちらっと言いかけたが、オークは魔物全体で言えばそこまで脅威的な魔物ではない。

 もっと強い魔物なら腐るほどいる。ユース達が今までに戦ってきた凶悪な魔物達と比べれば、一枚も二枚も、あるいは何枚も劣るような魔物と言えよう。油断していい相手でもないが。

 だからその討伐における面倒さの所以は、オークという魔物の強さだとか、そこではない。


「オークっていうのは頭がいい魔物で、加えて行動原理というか……感情あるのがわかりやすいっていうのかな。

 まあ色々はしょるけど……たとえば、身内の同属が殺されたりしたら、ちゃんと復讐心を抱く魔物なんだよ」


「ちなみにそれって、魔物の中では珍しい方なんすか?」

「少ない方かな。

 身内がやられて、仇討ちっていう概念をはっきり持って動くような魔物はそんなに多くないと思うよ。

 歴史上では、身内をドラゴンに食われたオークが、徒党を組んででもそのドラゴンを追い詰めて、殆ど全滅しながらも討ち取って雄叫びを上げてたっていうケースもあったそうだし。

 普段はオーク、自分達より強いドラゴンからは逃げ回ってるぐらいなのにさ」

「パネェっすね……知能が高いっつーか、根性が据わってるって印象の方が強いっすわ」


 たとえば野生の猫が、子供を犬に食われたとしたって、猫数匹で徒党を組んでその犬に復讐しに行くだとか、そんなケースはなかなかあるまい。

 動物も魔物も、家族愛があろうがなかろうが、仇討ちという概念で動くケースは多い方ではないのだ。

 そういう理念で命すら懸けられる動物、その最たるものはむしろ"人間"であり、復讐という概念を持つオークという魔物は、ある意味非常に人間的な"感情を持つ"魔物として名を馳せている。


「んで、仇討ち概念のあるオークだけど、これを討伐しようとした時に、一匹でも討ち漏らすとどうなるかは想像つくんじゃないか?」

「あー、なるほど。そのオークが、あたしらに復讐する魔物になりかねないってことっすね」

「矛先が俺達に向くならまだいいけどな。

 オークの憎しみの対象が、何の罪もない人達に向いたら、俺達の手も届かないところで復讐が起こる」

「え? あたしらに復讐しに来るっていう話じゃないんすか?」


「たとえば俺達、同種の魔物を見比べて、どれとどれが違うかって区別つかないだろ。

 目の前に人が十人並んでたら、顔を見れば全部別人だってわかるけどさ。

 目の前にオークが十匹並んでたら全部同じに見えると思わないか? 多少は個体差あるだろうけど」

「自信ないっす」

「オークから見た俺達も同じだよ。

 俺達がオークの身内を殺したとして、向こうは、顔を見ても個人差を区別できるわけじゃない"人間"を復讐の対象として覚える。人間の、年齢とか性別の違いも、オークにはわかるとは限らないよ。

 だから、俺達とは全く関係なく、オークを撃退できる力があるかどうかもわからない人達に、オークの復讐の意識が向くことも全然ありえる」

「あ、あー……理不尽なように聞こえたけど、そう言われると納得できる気もするっす……」


 ライオンだって、モテるやつとモテないやつがいるように、動物も魔物も他種族から全部同じに見えたって、種族間ではちゃんと個性を見分けていると思しき事象は多々。

 オークにも確かに個体差――たとえば耳の形であったり、鼻の大きさであったり――はあるし、きっとオーク達の間では、ちゃんと互いを見分ける何かがあるだろう。

 それが人間から見て簡単にはわからないのと同じで、オークが人間の個体差を見分けることを期待するのは、無理がある話なのだ。


「つーことは、あたしらは絶対に何があっても、オークを一匹残らず掃伐しなきゃいけないってことっすよね」

「そうだけど、そうじゃない。それ、基本的に無理なことだからさ」

「えっ、なんでっすか?」


「確かにオークは集団生活する傾向にあるけど、一箇所に全部その群れが集まるとは限らない。

 人間だって、あの村この村で、友達同士が別々の集団で過ごすことはあるだろ?

 オークは村みたいな集まりを作って定住することは確かに殆どないけど、ひとつの集合を見つけたからって、仲間意識を持ち合うオークすべてがそこに集まってるとは限らない。

 イユリ荒原の一角にオークの群れを確認できたのは確かでも、離れた場所にそれに仲間意識を持つオークの集まりが、まだいる可能性もある。

 だから、仮に今日攻め込むオークの群生地で、すべてのオークを討伐できたとしたって、それがオーク達の復讐してくる可能性をゼロに出来る根拠にはならないんだ。

 俺達が仕留めたオークの死体を、もしも離れた場所で行動していた身内が見つけたら、匂いで人間の仕業だってわかるだろうしな。オークって鼻が利くから」


 こんなに喋るユースは珍しい。こんなに長々と纏めて喋れること自体が珍しい。

 何気に騎士としての勉強は山ほどしてきたユースだけは、話せるだけの、説明できる知識はあるのだ。

 加えて仕事の虫の彼だから、仕事に関して喋らせると案外想像以上にやってくれる。


「……それじゃ、オークの完全殲滅は無理ってことなんすか?」

「本来そういうのって、もっともっと人手を使ってやるものなんだよ。

 時間をかけて入念に調査して、生息地を全部把握して、出来ればその数もちゃんと把握して、あとは一匹たりとも逃がさないように陣形を組んで……だからまあ、本気でそれをやろうとしたら、軍を動かすような規模と指揮で初めて成功のビジョンが出てくる、かな」


「ハルマ様っつーか、セプトリア王国も随分無茶なフリしてくるっすね。

 あたしら六人っすよ? そんなの100パー無理でしょ」

「でも、少数のオークを狩るために大隊やら連隊やらの大規模な隊を編成したり、その下準備に長い時間をかけて調査したりとか、そんなことするお金も時間も、だいたいの国には無いよ」

「まー、それはわかる気もするっすけど……」


 大量の兵を動かそうとすれば、けっこう洒落にならない額のお金がかかる。兵糧からしてまず凄い。

 調査時間やそれに割く人材の確保、その辺りまで計算すると、もっともっともっと。

 負傷する兵も出れば、アフターケアによってまた出費。

 戦争やら挙兵やらって、兵や民が意識する以上に金がかかるものであるのが忘れられがちだ。


 ハルマはユースにオーク狩りを依頼する際、本来ならばもっとこちらでサポートがあるべきなのですが……と、謝罪も含めての依頼だったのだが、ユースは別に何とも思ってない。

 それが普通だから。もしもオークが、総数何百とかいう巨大集団であったとかなら話も変わるが、現時点でさほど大勢力だとも確認されていないオークへの対処に、いきなり適切らしき準備と人員を割く国は、金銭感覚がむしろおかしい。


 仮にセプトリア王国が、オーク狩りに国力を挙げての対策を講じようとすることがあるとしたら、ユース達が赴く今回の件で、国が動かなければならないレベルの脅威度をオークらが持つと判断された、その後である。

 大きな蜂の巣が発見されたって、まずは民間人が対処するか、役所が対処するのが普通というもの。

 何十個もバカでかい蜂の巣が群生していたら、役所よりも大きな組織が動く可能性もあるかもね、という話と同じ。

 今回は、オーク達の集団に初めて接触する役目をユース達が担った形であって、それは初回調査の役割も兼ねており、むしろそれが本筋と考えてもいい。


「要するに、全滅させられる可能性はほぼ薄いんでしょ?

 しかも、今回の出撃でオークを中途半端に殺しても、それはそれで向こうが復讐心持っちゃうんすよね?」

「そうだよ。だからめんどくさい。

 だからもう、結論言っちゃうけどさ。俺達は今回、オークを一匹も殺さないのが逆に望ましい」


 ウソでしょ、という顔でカナリアがアルミナの顔を見る。

 ふへ、という渇いた笑顔が返ってきた。ウソじゃないよ、ユースの言うとおりだよ、という顔である。


 カナリアはシリカの方を見る。生温かい笑顔でうなずかれた。

 チータの方を見る。無表情で目だけ合わされた。

 ルザニアの方を見る。むしろこちらも不安そうな顔をしておられる。


 ユースら五人、オーク狩りがなぜ面倒なのかを最初から共有しているのである。

 ユースがカナリアに語ってくれたことは、何一つ嘘もなく誇張もない。


「あのー、じゃああたしらそこに行って何するんすか?

 相手を殺さないように、調査だけして帰る感じなんすかね?」

「それでもいいってハルマ様も言ってはくれてるんだけど……

 行く以上は、ちょっとは成果上げてから帰りたいしな。またオークの人里襲撃が再発しても嫌だし」

「いやあのホント、後ろ向きなことばっか言っちゃよくないのはわかってるんすけど……

 それって、あたしらに出来ることがあるとは思えないんすよね……」


 カナリアの想像力では、何をしに行くのかがわからない。

 てっきり、サブアの村を襲った魔物の討伐に行くのだと思っていたら、むしろオークを殺すなと言う。

 これではもはや、オーク"狩り"という言葉の使い方も、正しいのかどうかわからない。


 オーク"討伐"だとか、オーク"殲滅"だとか、もっと露骨にオーク殺害を匂わせる言葉の使い方をしていない辺りは、まだ少し本質を意識した言葉の使い方ではあるのだが。

 "狩り"という単語には、盗賊狩りという使い方をするように、鎮圧や制圧の意味も確かにあるので。


「まー、何て言えばいいのかな……

 そうだなぁ、カナリアにわかりやすいような言い方を敢えて使うとしたら……」


 一言で総括するのは難しいのかもしれない。でも、とりあえずそれっぽい言葉を探そうとはする。


「ナメられないようにしに行く、とでも言えばいいのかな。そんな感じ」


 だいたい合ってる。ユースらしくない言葉の使い方だが。


「……ユースさんからすると、あたしってそういう言い方がわかりやすそうなキャラっすか?」

「えっ、違……いや、その……」


「こいつホントデリカシーないわ~。

 カナリアちゃん、女の子なのにね~」

「そうっすよ、まったく。ユースさんがあたしのことどう見てるのかよくわかりましたわ」

「うわ、ごめんごめん! そ、そういうつもりじゃなくって……!」


 アルミナがカナリアと肩を組み、二人してユースをからかえば、あっという間にユースがお仕事頭を失う。

 アルミナはカナリアを慰めるような声色ながら、細くした目でユースをからかう表情。

 それにはユースも多少反撃できるかもしれないが、ぷくっとふくれっ面になったカナリアがそばにいては、まずそちらへの弁解が優先されて、しかもユースには反論の余地がない。


「もーいいっすよ、自分でもガサツなのはわかってるし。

 面と向かって言われるとは思わなかったっすけどね」

「いや、あの、ホントごめんって……俺が悪かったって……」

「し~らない、おっこら~せた~♪」


 別にカナリアも本気で拗ねているわけではなく、今の発言は表情を崩して、そんなに謝ってくれなくてもいいよの顔に変えている。

 ユースが汗だくになって本気で焦り出したので、ちょっといたずらめいてふくれっ面を作っただけだったカナリアも、あんまりふざけちゃ良くないなと気を改めたのだ。

 カナリアと肩を組んだまま、ユースを指差してにひにひ笑うアルミナも、隣に本気で怒っている人がいる時に出すような声は出していない。


 でも、とりあえず今日のユースは、カナリアに対して頭を上げづらそうである。

 すっかり参って弱気な顔になってしまったユースを、第三者視点から眺めるシリカは、はぁと溜め息を

ついていた。


 別にデリカシーの無さだとかに呆れていたわけじゃない。

 女らしさに欠けると自覚しているシリカは、過去にユースがカナリアに対する態度と同じものを、自分に対して見せてくれた記憶が無いことが気になってしまっただけ。

 やっぱり自分はユースにとって"女性"じゃないのかな、なんて思ってしまうと、シリカのテンションはすごく下がるのである。











 さて一行、まずはサブアの村へ行き、村に駐在する兵士様や村人に話を聞いて、ちょっとした情報を得る。

 その日は宿に泊まり、一休みしてから翌朝村を出発。

 オークが潜伏するという、イユリ荒原へと馬車で向かい、適度な所で馬車を降りて御者にさよならすると、引き返していく馬車を尻目に荒原歩きのスタートである。


 イユリ荒原はさほど大きな荒原ではないが、やはりぽつんとその中を歩いていると広く感じる。

 ころんころんした石が多く、砂地も目立つが、草木もまあまあある、人によっては草原認定してもいいぐらいの環境だ。

 晩春の晴天の日差しは緑の大地を照り返し、景色は正直目に優しい。

 恐らく荒原と名付けられているのも、遠い昔に名付けられた時には、もっと緑が少なかっただけなのだろうとも思える。

 所々に大岩や小高い丘も見え、それもここが大昔に荒原と名付けられた根拠の一つでもありそうだ。


「お弁当持ってきてたら全然ピクニック出来るよね」


「アルミナさん、あんまり緊張感のないことを仰るものでは……」

「ついにアルミナがルザニアにも叱られる時が来た」

「えー、今のダメ? 緊張感をほぐすための小粋なジョークって認定してよ」


 どうだか、って思うぐらい、アルミナの表情は普段と何も変わらない。

 確かに荒原という割には、緑原の色合いは落ち着く景色だし、風も心地いいから発想はわかる。

 銃を握って今から何をするのかと考えたら、なかなか出る発言ではないが。オークは結構近いはずである。


「つーかアルミナさん、今から戦うって時によくそんなリラックスしてられるっすよね。

 あたしけっこう緊張してるんすけど……」

「魔物と戦うのは初めて? それとも久しぶり?

 心配ないない、あたし達がついてるよ、何にも心配いらないよ♪」


 カナリアの肩をもみもみしながら、力抜いてと優しい笑顔で言ってくれるアルミナだが、初めての魔物狩りの戦場に立つカナリアの緊張は、そう簡単に晴れないだろう。

 自信と頼もしさに満ちた笑顔は、不思議とカナリアにいくらかの安心感をもたらしてくれるが、それでもゼロにはなるまい。


「慣れ、なんすかねぇ……あたし、何回こういう機会を経験したって、アルミナさんみたいにリラックス出来る自分が将来いるとは思えないっすけど」

「どうだろうね、性格の問題もあると思うけど」


「おいアルミナ、どこ行くんだよ。あんまり離れると危ないぞ」

「ごめんごめん、ちょっとカナリアちゃんとお話があるの。

 離れたりはぐれたりはしないからちょっと待ってて」


 六人で固まり気味になって歩いていたユース達だが、アルミナがカナリアの手を引いて、ちょっと離れた場所を歩くようになる。

 距離は大きく離していないが、アルミナとカナリアの会話が聞こえにくくなるぐらいの距離感が出来、そのままユース達四人と、アルミナとカナリアの二人が並行して目的地点へと歩くような形になった。


「……私は今回の任務、普段よりも気がラクなんだよね。ちょっとシチュエーションが特殊だから。

 私が緊張してないように見えるのは、特例みたいなもんだから気にしなくていいよ」

「そうなんすか?」

「だって今日は不殺生任務だもん。だいぶ気がラクだよ」


 ユース達から離れたアルミナは、ひそひそ声でカナリアに話しかける。

 どうも今からする話を、距離を作ったことも合わせてユース達には効いて欲しくないような態度であり、カナリアの返事声もやや抑え気味になる。


「アルミナさんは、魔物でも命を取るのはためらうとか、そういうタイプだったりするんすか?」

「……あんまりそういう質問は、するもんじゃないと思うけどなぁ。答えにくいよぉ」


 ちょっとアルミナが苦い顔をする。

 笑顔の色を残してはいるが、カナリアが、あれ、まずいこと言ったかなと少し戸惑うぐらいには、明らかな表情の変化である。


「……そうだな、カナリアちゃんはこんな話を聞いたことある?

 銃はとは、引き金を引き、弾を撃ち敵の命を奪う武器であり、その手が殺生に手を染めている実感を薄めることもある武器、っていう俗説」

「聞いたことあるっすね、弓もそうなんでしょ?

 アルバーの兵団でも、初めて弓や銃を扱う兵士には、必ずそれを……」

「それ、ウソだから。絶対に断言できるよ、大ウソだから」


 カナリアが語る途中で、顔の前で手を左右に振るアルミナが俗説を否定する。

 アルミナはこの俗説を好ましく思っていない。絶対、銃を扱ったことの無い奴が作った俗説だって思っている。


「銃弾ってこんな小さいやつだよ。

 剣で与える傷なんかよりもずっと小さな傷しか作れない。

 これで相手の命を奪おうと思ったら、どこを狙えば一番いい?」

「どこを、っすか……?

 そりゃあ……心臓とか、頭とか……?」

「相手の命を奪おうとすれば脳天が一番いい。

 まずは相手の動きを止めようとするなら、脚もいいけど目を撃ち抜くのが一番いい。

 頭は相手の防御が堅い場所なのが殆どだから、あるいは喉を撃ち抜くのがその次にいい。

 心臓はその次かな。これ、狙撃手の基本ね」


 実際、そうである。襲いかかってくる魔物は、仕留めなくてはこちらが殺されるのだ。

 被弾させて敵の命を終わらせるには、どこに当てればいいのかは自ずと定まってくる。

 その狙いどころというのはだいたい、えげつなさを思わせる場所になりがちだ。


「んでさ。頭を撃ち抜かれた魔物って、どんな死体になると思う?

 頭に穴だけ開いて、パタンって倒れてくれるだけだと思う?」

「…………もしかして、グロい話なんすかね」

「私、そういうの何度も見てきてるんだよ。

 初めてジャッカルの頭を銃弾で撃ち抜いた日は、晩ご飯食べられなかったもん」


 銃弾とは、被弾対象に弾の径の形に風穴を開けるだけのものではない。

 着弾すれば肌を貫き、骨を砕き、余ったエネルギーは皮膚の内側のものを吹っ飛ばす。

 狼の頭を銃弾で撃ち抜いた時、いったい何が飛び散るのかを想像してみれば、ぞっとするような光景が頭に描かれるはずだ。血が飛散するだけで終わるわけがない。


 一緒に戦うユースや同僚、自分のことを、魔物から守るために銃を扱うのだとすれば、一発で仕留めた方がいいに決まっている。

 一発で即死させられる銃弾というものは、悲惨な光景を及ぼす場所を狙わないと難しいのだ。


「確かに剣なんかは、肉や骨を断つ手応えが直接手に伝わるだろうし、それと比べればその手で銃身と引き金にしか触れない銃は、殺生の実感を得ないものだって想像される理屈はわかるよ。

 でも、それって本当にそうだと思う?

 頭を撃ち抜かれたジャッカルがのけ反って倒れて、中身を散らかして痙攣する姿を見たことある?

 一撃で仕留められず、パニクった自分の銃弾を何発も体に浴びて、歩けなくなって、憎しみに満ちた目で睨みつけてくる魔物の涙を見たことある?

 自分が撃ち抜いて動きが止まった魔物を、他の誰かが仕留めてくれた時、それが自分の功績なのだとしたら殺したのは自分だって思い知る時の悪寒、感じたことある?」


「…………」


「私は銃を持って戦う自分を、今はもう誇れるようになってる。

 ユースが危ないところを助けてあげられたら嬉しいし、会心の狙撃にはガッツポーズすることも今はある。

 それでも、自分の放った銃弾で、惨たらしい死体に変わった魔物の姿を見ること自体を、成功の象徴みたいに嬉しい光景だって思える神経は持てないな」


 カナリアはアルミナに、魔物とて殺生は好まないですかと尋ねた。それに対する答えがこれだ。

 銃士は敵の命を奪ってなんぼである。それが与えられた使命というものだ。

 敵の動きを封じるに仕事を留めても、その敵を味方が仕留めることの助けになるなら、命を奪う共犯には変わりあるまい。殺生に携わっている事実から逃げ道などない。


 カナリアの問いにうんと答えることは、銃士としての自らの使命を否定するのと同じことであり、出来ない。

 その一方で、銃士としてではなく人としてのアルミナという彼女をして、今まで死体に変えてきた魔物達の姿の記憶が、問いにいいえと答えるのを難しくさせるほどに壮絶。


 戦場初心者は、経験者に話を聞いてみたいということもあるだろう。

 しかし、だからといって軽率な問いを投げかけるのも、求道者に対しての無礼となることがあるということだ。


「だから、さ」

「ふぇ、っ?」

「殺すなって言われてる任務は、私にとってはすごく気が楽だよ。

 相手の足元を狙って動きを止めればいいんでしょ?

 魔法を使おうとしている相手を牽制して、邪魔してあげるだけでいいんでしょ?

 武器を撃ち抜いて、その手から吹っ飛ばして無力化させてあげればいいんでしょ?

 普段は見なきゃいけないもの、今日は見なくていいんだもん」


 陰惨な話を続けた空気を打破するかのように、カナリアと肩を組み、リラックスした横顔を間近に見せてくれるアルミナが、緊張していないというふうに見えた根拠を口にする。


 三年以上も銃士をやっている熟練の狙撃手が、今さら魔物とて命を奪うのは嫌だなんて、甘い博愛精神と共に引き金を引くわけがない。

 魔物に命を奪われて、無残な死体にされた人間の姿だって見てきているのだ。

 アルミナには、短いようで若きには濃すぎた三年以上の傭兵人生の中で、自分なりに築き上げてきた銃や戦場との付き合い方というものがある。

 これは、まだ本物の戦場に立ったことのないカナリアには見えない世界だ。


「……今の話、ユースやルザニアちゃんには内緒だよ?

 二人ともああ見えて、緊張してるからさ。根拠つきで肩の力抜いてる私のことべらべら喋っちゃ、いい想いもしないかもしんないからさ」

「あ、そっか……わかりました、言わないようにするっすね」


 元々気軽な口で臨戦の空気を緩和することも多いアルミナだが、それは軽口に留めておくぐらいが丁度いい。

 理屈込みで、周りよりも肩の力が抜けていることをわざわざ自慢しては、気重な人にしてみれば良くない想いをすることもあろう。

 こっちはこんなに緊張してるのにお前は何なんだ、というやつ。ユースもルザニアも他人にそんなことを感じる性格の持ち主ではないが、親しい仲にも気遣いというものはある。


「おーい、アルミナ。そろそろだぞ、こっち来いよ」

「あ、はいよーん。ちょうどこっちもお話終わりましたーん。

 行くよ、カナリアちゃんっ!」

「……うっす!」


 ユースの呼ぶ声に応じ、アルミナが叩いてくれた背に応える形で、カナリアも気合の一声を発する。

 漠然と、年上で傭兵生活も長いというだけで、アルミナのことを先人なりに一目置いていたカナリアだが、今の話を聞いてより幾許か、彼女のキャリアというものに触れられただろう。


「もっかい言うぞ、カナリアちゃん。

 私やユース、シリカさんもチータもルザニアちゃんもついてるからね。

 大船に乗ったつもりで初陣に臨みましょうぜー!」


 それが今日は、味方なのだ。心強い。

 初めて魔物退治の舞台に立つ少女にとって、これは例えようもなく大きな支えである。


 ひと固まりになって前進する六人の前方は、丘を下るような形でゆるやかな斜面が続いている。

 その遥か前に、ごつごつした岩が緑原の真ん中に大きな頭を出す小地帯がある。

 そこにひしめく魔物の影を視認した時、一同の意識は草原歩きの心地から、敵地に踏み込んだ挑戦者の意識へと塗り替えられる。


「あれが、オークっすね……!」

(はや)るなよ、カナリア。ユースの指示に従うんだぞ」


 緊張を高めて拳を握り締めるカナリアの肩を叩き、そう声をかけるのはシリカだ。

 先走った行動をとらないようにと警告する傍ら、隊長はお前だ、指示を出すんだぞと示唆するその言葉に、鞘から剣を抜いたユースにも真意は伝わっている。


「……ちょっとだけ隊列を変えます。

 ルザニア、俺と一緒に前衛を張ってくれ。チータとアルミナは俺達から離れて、あとは自己判断で頼む。

 シリカさんは……特に、カナリアをお願いします」

「え……っ、わ、わかりました……!」

「はいよー!」

「ん」

「わかった。後ろは気にせず、前のことに集中してくるんだぞ」


「あたしは……?」

「来たオークだけ対処してくれればいい。どこにいてもいい、でも俺達から離れすぎないでくれ。

 あとは、みんなで絶対なんとかしてみせるから」

「りょ、了解っす……!」


 予定と違う指示に戸惑ったのはルザニアのみで、あとはみな慣れた動きを為すだけの指令に知れた返答だ。

 初めてのことばかりのカナリアが、ユースの言葉に了解を発したちょうどそのタイミングで、前方にひしめく魔物の群れがこちらに気付いたのか、動きが怪しくなってくる。


 まだ距離はある。だが、少しずつその大きな体躯がこちらに迫ってくる。

 ぱっと見て数十匹。そのうち十数匹がこちらへと、どすどすと足音を立てて迫ってくる光景は、カナリアの心臓を騒がせる。

 大人ほどの背丈ででっぷりと太った、腕も脚も太いオークの体がいくつも迫ってくる光景は、距離のある場所から見ても迫力がある。


 カナリアが混ざっていることを意識するユース。

 普段はこんなことは言わないけれど、さあ行くぞということを強調するために、この一瞬で思いついた言葉を口にするため、息を吸う。

 行くぞの一言のみで、戦闘開始を合図してもいいが、不慣れな少女の奮起を促す強調文句になるならいいと思い。


「――行くぞ!

 エレム王国騎士団第14小隊、出撃!」


 誇り高き騎士団の名、今は自分が率いる小隊の名を口にし、その中にカナリアも確かに含めての一声だ。

 鼻息を荒くして接近するオーク達を前にした、ルザニアの心にその言葉は火をつける。

 これも隊長たる者なら、為せればよしの器の片鱗である。


 イユリ荒原に潜伏するオーク狩り、改め、オーク"制圧"。

 注文のつけられた魔物退治という複雑な任務に臨むユース達は、武器を構えて魔物の群れを迎え撃つ。

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