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第44話  ~場末の狂宴~



「はいよ~、皆様注目~。始めますぞ~」


 夕暮れ時のトージュの村、この村最大の酒場の宴会場に、ユースら四人と村人の大人達十数名が集っている。

 村最大の酒場と言っても、王都あたりで旅人が集う中くらいの酒場とどっこいの大きさで、客観的に言えばそんなに大きな建物ではないが。

 辺境の村の酒場なんてそんなものである。外観はぼろっちく、内装もお世辞にも綺麗とは言い難く、木製のテーブルや椅子もシミだらけ、床もちょっとぬるつく。

 はっきり言って客観的な話をすると、汚い店だと断言してもいいかもしれない。


 こういう小汚い酒場風景を、味があっていいと思えるかどうかは人次第。


「えー、酒に吊られてノコノコ集まってきた愚民の皆様。まずは私に感謝の言葉は?」

「どーも! ゴチになりやす!」

「刺身が楽しみっすわ!」


「ふふふ、よろしい。あ、魚を釣ってきて下さったのは、こちらの若きエレム王国騎士団の皆様ですよ。

 はいユースどのもアルミナどのも起立。カナリアも」

「ヒュー!」

「ピーピー!」


 この宴会の席の食べ物、飲み物は、ハルマとユース達が提供したものが主軸である。

 ユース達がたんまり釣ってきた魚は捌かれてテーブルに並び、もちろん酒場のおやじさんが作ってくれた他の料理も添えられて、用意された肴とメインディッシュは豪華なものである。

 そして酒も、ハルマが一日遅れで輸送してくるように命じた大量の酒、王都の銘酒が各種取り揃えられており、飲み物にも事欠かない状態である。

 これらの酒代はハルマが全部持ってくれている。つまりは食べ物も飲み物も、大半はハルマの財布とユースらの釣り上げてくれた食料でまかなっているわけで、この宴会にただ酒で参加できる村人達には有難い話である。


 ハルマは私に感謝しろよと、無論冗談で賞賛を求めているが、普通に参加者は感謝しておられる。

 そしてユースらを、魚を釣ってきてくれた若者として紹介すれば、ユース達にも感謝の歓声や指笛が飛ぶ。

 ユースもアルミナもカナリアも照れる。同時に、自分達が釣ってきた魚で村人の皆様が喜んでくれていることに、三人の表情も思わず綻ぶというものだ。


「さてさて、そうは言っても今日は無礼講!

 エレムの騎士様、王都の参謀、そんな地位の垣根は一切関係ナシ!

 年上なのは皆様の方、立場の差などそれで相殺です!

 酔って笑って悪口言って、本能のままこの場を楽しみましょう!」


「うおおおおおおおおおお!!」

「うおおおおおおおおおお!!」


「セクハラ禁止ですよ」


「うおおおおおおおおおお!!」

「うおおおおおおおおおお!!」


 まだ始まってもいないのにみんな酔ってるんじゃないかってぐらい、野太いおっさんの声が重奏する歓声が凄まじい。

 というか、最初からもう酔っていらっしゃるのだろう。事情を明かすと、ここに集まってくる中年から高年のおっさんおばさんどもは、真昼から酒を呑んだくれているような奴らばかりである。

 念のため、アルミナやカナリアにセクハラはしちゃダメですよと釘を刺すハルマの声が、途切れない歓声でかき消されかけているのは、おそらくおっさんどもの確信犯的犯行だ。


「それでは、セプトリア王国の中にあるここトージュの村、その永き繁栄を望み、乾杯!」

「かんぱ……」

「うおおおおおおおおおお!!」

「乾杯ィィィィィ!!」


 狂気だ。ユースらもそれなりに大きな声でご唱和しようとしたのだが、周りのフライング酔っ払いどもの雄叫びのような乾杯声と歓声に呑まれて、最後まで言うことすらままならない。

 山中の山賊の宴会でも、ここまで行儀悪くはないと思われる。言葉は悪いが、社会から脱落した経験を持つ大人達が集まるトージュの村、絵に描いたような民度の低さ。


「すごいねー」

「すごいなー」

「みんな頭おかしいっすねー」


 乾杯してから十秒。

 いきなり腹芸を始める奴はいるわ、お前のことが前から気に入らなかったんだと隣の男に喧嘩を売り出す奴はいるわ、一気飲みして速攻で椅子からすべり落ちて尻を床に打つ奴はいるわ、最初っからメチャクチャだ。

 そんな場の真ん中で、極めて冷静な頭で淡々と感想を交換するユース達の落ち着きぶりも、何かにいろいろ慣れすぎてて達観の域に達している。


 流石にここまでひどくはないにせよ、ユースとアルミナは荒っぽい武人や傭兵が集まる宴会の場に経験が多いから、酒の場でのハチャメチャは見慣れている。

 色町務めのカナリアは、えげつない酔い方をした酔っ払いの相手をした経験は多い。

 二十歳そこらでも触れてきた世界が濃いせいで、三人ともちょっとやそっとのことでは動じないようだ。











 さて、一時間後。


「おや、ユースどの。風に当たりにでも?」

「やー、逃げてきました。おっさんにキスされそうになったんで」


 店の外で煙管(キセル)を吹かせて一服していたハルマのもとへ、混沌とした酒場から逃亡してきたユースが渇いた笑いで訪れる。

 別に当のおっさん、そっちの趣味があるわけではないのだが、酔い過ぎてわけのわからん行動に出ているのだろう。酔っ払いの行動に理屈や理念などない。


「楽しんでます?」

「びっくりする部分の方が多いですけどね。そういう意味では超面白いですけど」

「ユースどのは武人宴会に慣れておられそうですが、それでも驚かされますか?」

「店内の真ん中で立ち小便する人初めて見ましたよ。周りも見てて誰も止めないし」

「ああ、さっきの爆笑はそのくだりですかね」

「いやホント、他人の小便見て何がそんなに笑えるんだって、俺にはまったく理解できない」


 連中、酔い過ぎて笑いの基準もすっかりおかしくなっているらしい。

 当の場において一人だけ笑えず引いていたユースは浮いていたが、大丈夫、彼が間違いなく正常である。


「異世界に飛ばされた気分ですよ。こんな世界もあるんですねぇ」

「普通はドン引きして逃げる人が大多数ですがね。ユースどのは器が大きいですな」

「そう言って貰えていいものなんですかね。

 言ったって、酔いが過ぎたら誰でも常識はずれなことは……」


「ありゃ、ユースさんとハルマ様、いないと思ったらこんなとこにいたんすね」

「おおカナリア、お前も逃げてきたか?」

「ちょっと休憩っすわー。いったんどこかで小休止入れないと、あいつら何言ってるかわかんねーっすもん」


 カナリアも出てきた。色町で酔っ払いの接客をすることが多い彼女は、その経験を生かして店内の狂人どもの話を聞き、酒を注ぎ、接待めいたことをして楽しんでいたようだが、流石に一回休憩したくなったようだ。


「ハゲ頭にモミジ型の髪残した爺さんわかります?

 あの人大工やってるらしいんすけど、若い衆の腰が弱くてなっとらんって話を、十分で五十回ぐらい

 言ってきますからね。ループし過ぎて逆に面白くなってきますけど」

「あー、モミ爺か。あの人は酒癖が悪いからなぁ」

「いやいや、ここに来た奴ら全員酒癖悪いっしょ。

 他にもねー、かんざし五本差してる婆さんいるでしょ。あの人が若い頃思い出したのか、脱ぎだして

 ストリップショーやり始めてましたよ。卵投げられてましたけど」

「そいつ殺してこい、私が許可する」

「ケツひっぱたいてきましたよ」

「グッジョブ」


 ビシッと親指を立て合うハルマとカナリア。楽しそうで何より。


「ユースさんは平気なんすか?

 こんな場、由緒正しい騎士様には逃げたくなるような空間かなとも思ったっすけど」

「俺そんな、各式高い騎士様とかじゃないってば。

 田舎育ちの騎士団歴も浅い……」


「こらぁー! 食べ物を粗末にしない!

 踏んだのも含めて拾ってでも食べなさい! ほら、今すぐ!」


「あっ、アルミナが暴れている」

「あの人すごいっすよ、あの分別のなくなった酔っ払いどもと、ほぼシラフで対等に渡り合ってるっすからね」


 ユースとカナリアがお喋りしていると、店内からアルミナの怒号が聞こえてきて笑ってしまう。

 アルミナは酒に強い方で、たくさん飲んでも理性を失わないタイプなので、酔った勢いで気が強くなるだとかそういうことはない。要するに、素面(しらふ)のテンションで年上を叱っている。


「ほらっ、あなたさっきミートボール拾って食べてたでしょ!

 拾い食いぐらい平気でしょ! ほらさっさと!」

「勘弁してくれよ~、もう腹いっぱい……」

「ダ~メ~で~す~! 命ですよ! 釣られて食べられる魚を食べもせずに捨てるなんて最低です!

 ほら、テーブルひっくり返したのはあなたでしょ! 責任取りなさい!」


「すげえなぁ、あいつ。理屈はわかるけど俺あそこまで年上に言えねーわ」

「最初っからずっとあんな感じっすよ、アルミナさん。ホント気ぃ強いっすよね」


 話を聞くに、暴れた酔っ払いがテーブルをひっくり返してしまい、残っていた刺身を汚い床に落としてしまったとか、そんなところだろう。

 お魚さんも生き物だ。それを釣ってきてこの場の肴にしたというのに、粗末な扱いで落として食べず、あとは掃除してごみ箱にポイなんてアルミナは許せないのだろう。

 酒が回って気が大きくなっているはずのおっさんが、たじろぐぐらいの剣幕で説教し、拾ってでも食べろと言ってのけるアルミナの怒気は、店の外まで届いてくる。

 無茶を言っているあの口ぶりがどこまで本気かわからないが、とにかくぶち切れているのは間違いない。


「アルミナあんまり本気で怒ったりはしないけど、許せないことに直面したら止まらないからなー」

「単なる気性の荒さじゃないのはわかるけど、怒らせちゃダメな人なのはわかっ……」


「お尻さわるなー!!」


 どんがらがっしゃん。

 隙を見てアルミナにセクハラしたおっさんが、回し蹴りで吹っ飛ばされて棚にでも突っ込んだ音だろう。

 ついでに歓声も上がっている。見事な反撃であったことが想像できる。


「あいつ一人にしとくの可哀想だな」

「っすね。戻りますか」

「さーて、飲むぞ飲むぞー」


 苦笑するユースとカナリア、敢えて空気を読まずに陽気な声で二人の背を押すハルマ、三人で店の中へと帰っていく。

 たった数分場を離れただけだというのに、店内の風景が変わりすぎ。

 倒れたテーブルが3つ、逆さまになった椅子4つ、倒れたおっさん3名増。

 その場の真ん中で鼻息を荒くして仁王立ちしているのがアルミナである。無性に強そう。


「ちょっとユースどこ行ってたのよー! 私一人じゃこの場収めらんないわよー!」

「いやー、無理に収める必要ねえだろ。つーか何人いても無理だろ」


 ああ見えて、この空間で孤軍奮闘していたアルミナには負担があったようで、戻るや否や軽くお小言も頂いた。

 やっぱこんな場所で一人にしちゃ気の毒だよな、と反省すらして、ユースはアルミナのそばに位置を移す。

 そうすればアルミナも、ぷんぷん怒ったままの顔でありながら、どこかほっとした表情を垣間見せる。


「めんどくさいことは飲んで忘れるわよ! はいユース、一気飲み!」

「お前酔ってる?」

「酔ってまーす!」


 酔ってない。あんたも飲みなさい、とばかりに突き出してきたジョッキの中には、水がたっぷり入っていた。

 風に当たりたくなるほど疲れたなら、ちょっと水でも飲んでおきなさいという気遣いしか見えない。

 ありがたくユースはそれを飲み干して、はあと息をつくと、そばに転がっていた椅子の中でも綺麗な方のものを持って来て、アルミナに差し出す。


「さっき私お尻触られたんだけどー! ユースっ、あんた今日は私のボディガードよ!

 しっかり私のこと守ってよねっ!」

「聞こえてたよ、撃退した音も聞こえたぞ。アレ何、回し蹴り?」

「掌底」

「ああ、だからあの人まだ起きて来られないんだ」


 棚に突っ込んで倒れたおっさんが、むぐ~むぐ~言いながら起きてこないおっさんが、恐らくアルミナのお尻を触った犯人なのだろう。

 飲みすぎて一度倒れるとなかなか起き上がれないものだが、アルミナの痛打を顎にくらったダメージも響いているはず。彼はもう今日、一度寝て目覚めるまで立ち上がる気配なし。


「アルミナさん、もしかして結構ケンカ強いっすか?」

「ケンカっていうか、シリカさんに護身術教えて貰ってたからね。

 魔物相手には使い物にならないけど、対人程度にならまあまあ使えるかもしんない」

「へー、そうなんすか。今度どんなのか、あたしにも見せて貰えません?」

「カナリアちゃん体術派だったっけ。参考になるかな? まあ機会があれば――」


 まともに立っているテーブルも少なくなってきて、広い空間で椅子に座って語らうこの場は、切り株の上に腰かけての野営雑談に近い雰囲気になっている。

 まったく酒場らしくない。それでも平静と変わらずの弾み口を回すアルミナとカナリア、その隣に付き添うユースも、何の違和感もなく聞き手としてお喋りの場に混ざっている。


 普通の人なら逃げだすような場ながら、何ぞたいしたものかと普通に過ごすユース達の姿を、他の酔っ払いと語らいながらハルマは横目で見守っている。

 楽しんでくれているようで何より、と。






 先述のとおり、トージュの村は、過去の人生で大きな失敗をし、社会復帰が難しくなった者達が過ごす村である。

 税は格安、土地代もかからない、医者や村を守る兵の派遣も為される、元手少なく国民として扱ってくれる好待遇が約束された村とはいえ、明るく過ごせる者ばかりではない。


 命に勝って大切なものなど他にはないとよく言われる。

 だが一方で、命だけある希望なき人生になど、命を大切にする意義を見出せないという思想は、決して本質から逸脱したものではない。

 誰だって望みどおりの生き方をしたい。あるいは、いつかは望みどおりの生き方が出来るようになると、希望を失わない人生を歩みたい。

 それが叶わぬとなった時、人は自らその命を絶ってしまうことだってある。


 よく誤解されるが、今がつらいからというだけで自殺するという人はそう多くない。

 つらい今の境遇が、その後変化を迎えぬだろうと見越してしまった時、苦痛の継続と未来への絶望により、生存し続けることを拒んで自らの命を絶つことの方がよほど多い。


 大金持ちになれずとも、商人として一定の成功を収め、独り立ちして生きていきたいと慎ましやかな夢を抱いて続けながら、それすら叶わず破産して、土を這う生活を強いられた元商人。

 出来心での窃盗で罪人となり、失職して次の働き口を見つけることも出来ず、一度きりの過ちを悔いても悔いきれず、この村に流れ着くしか選択肢がなくなった若者。

 賭け事に熱くなりすぎて、妻や子供にも逃げられ財産も使い果たし、仕事すらまともにこなせないようになってここへと来るしかなくなった老人。

 働きもせず親の扶養の下ですねをかじり続け、それが亡くなったが矢先人生に行き詰まり、こうした村でしか生きるすべを失った中年女性。


 トージュの村の最南端には、大きな墓石が立っている。

 幸福の航路に乗れず、落ちて沈み、行き着く先がこの村となった者達の中には、自殺を選んだ者だって多かったのだろう。

 こんなはずじゃなかった、もう目の前には暗い未来しかない、そう信じ込んでしまい、この村で自ら命を絶っていった者達の魂を痛むその墓石は、トージュの村の暗い側面の象徴でもある。


 それでもこの村の人口が、増えるのは嘆かわしいにせよ、ゼロにならないのは何故だろう。

 人生の終着点をこの村としつつも、その中でも生きていく選択肢を取った者達がいるからだ。

 生きている大人達には、それまでの人生で作り上げてきた人生観が、数十年分の人生の結晶が必ずある。

 名も知らぬ、二度と顔を合わせぬであろう通行人を含めて、すべての人に言えることだ。


「最近嫁がガキを生みやがってよー。

 食い扶持が増えて生活もあがったりだぜ。将来のことなんて考えてるヒマねえよ、畑耕すので必死だわ」


 若い頃、女遊びに呆けて全財産を失い、この村に流れ着いた39歳の現農夫の言葉だ。

 村に来てからは汚い女ばかりで、女遊びをする気にもなれず、ぐちぐち言いながらも畑を耕す毎日だったが、来村8年目にして妻を選んで、婚姻を結んだのは何の心情の変化か。

 昔、金をはたいて遊んだ美女とは到底かけ離れた、顔立ちも良くない性格もすれた女性だったが、ケンカする日も多いながら、子までもうけて今は仲良くやっている。

 昔よりも苦労しているだろう。だが、希望を失いこの村に来たばかりの頃よりも、彼はずっと口数も増え、覚えたノウハウを活かして農作業に励んでいる。


「若い頃は若さに任せて、随分と軽率な稼ぎ方をしていたからねぇ。

 だから私は今、苦労してるんだと思うよ」


 二十代の頃は絶世の美女と持て囃され、色町で引く手数多だった女性も今は62歳。

 若い頃はよかったものの、当時の高慢な態度は老いて美貌を失った頃、誰の手も借りられない三十代四十代に繋がり、やがてはお金も職も失って、この村に辿り着いたという経緯がある。

 煙草を吸いながら遠い過去を思い出す目には、昔はよかったと惜しむ感情よりも、楽することばかり考えて間違った生き方をしてしまったことへの、後悔の色の方が表れている。

 それでも今は、いちから覚えた料理の腕を活かして、農作業に勤しむ農夫に炊き出しを行なうなどして、この村で昔よりも愛される大奥になりつつある。

 きっと今なら、彼女が老いて亡くなった時、少なくない人が彼女の死を悼んでくれるだろう。


「いいかガキども! 世の中カネだ、カネが全てだ!

 カネさえあれば何でも出来る! カネさえあれば、失わずに済むものだってたくさんあるんだよ!」


 その昔、金貸しを営んでいたこの男は、暴利がたたって恨みを買い、仕事場に火をつけられ全財産を失った。

 彼には商才が無かったのだ。だから自分が生きていくために、貸す金にひどい利息をつけないと、自分が生きていくためのお金を稼ぐことが出来なかった。

 その末にすべてを失って、この村に辿り着いた彼は、税の安いこの村で少しずつ貯金を積み、この村でもまた金貸しをやっている。

 どうせ貸す相手も利息を払えるような奴らじゃないから、昔のような暴利は無くなっている。

 放火に遭って性格はすれてしまったが、元は根がいい奴なのか、酒が買いたいんだとねだってくるクソじじいに渋い顔しつつも金を貸し、数週間後にそろそろ返せとケンカするところまで日常茶飯事。

 酒でも呑まなきゃやってられないこの村に来て、そういう奴らの気持ちもわかるからと、甘さを捨てきれない金貸しをやっている彼は、それなりに自分の立ち位置に、長生きすべき意義を感じている。


「どうだい、俺の料理は。これでもアルバーシティじゃ繁盛した店抱えてたんだぜ?

 俺みたいな料理人を酒場にお抱えに出来て、この村の連中は幸せもんだぜ、かっかっか」


 この酒場の店主も、めちゃくちゃに汚された店の中で自分も酒を飲み、宴会に参加している。

 過去の栄光としか言いようのないその昔話も事実で、彼が故郷のアルバーシティで構えた料亭は、それなりに客を集めていた。

 向かいにもっと腕のいい料理人が店を構えたことや、弟子が食中毒を出して店の信用に致命的なダメージを与えたなどの不幸さえなければ、その店も潰れることはなく、彼はこの村に来ることもなかったかもしれない。

 店が破産に追い込まれた時、過去の失敗も反省せず彼をなじった馬鹿弟子を半殺しにしてしまい、咎を背負ってこの村に流れ着いた彼は、現在こうしてこの酒場で料理を振る舞っている。

 荒っぽくて気が短い彼だが、ユース達が釣ってきた魚を捌いて刺身にし、醤油に調味料を混ぜて良き漬け皿を作ってくれたりと、料理人としての腕は確かなのだ。

 運が違えばあったはずの成功、それが今ないことを寂しがることを口にする彼ながらも、自分の料理を旨そうに食べてくれる村人達の姿が、彼の生き甲斐になっている。


「決して今の境遇を自慢できるような人はこの村にはいないでしょうけど――まあ、人生っていうのは、人の数だけ色々あるってことですよ。

 決して皮肉ではなく、人生を力強く生きていくためには、いくらかの図太さっていうやつも必要なんじゃないかなって私は思いますね」


 寝小便はするわ胃の中のものは吐くわで、周りの迷惑など全く顧みないような酔っ払いどもを見届けながら、ハルマはユースにぽつりと言ってくれた。

 底辺に追い込まれればプライドもへったくれもなし、けだもののように奔放に生きてもよしと言うわけでは決してないだろうが、厚顔無恥に酔う村人の姿からは説得力も感じられる。

 人間、希望を見出しにくい中に生きていれば、わざと壊れてしまいたい時だってあろう。酒に任せてでもだ。

 倫理的には迷惑でしかないその行動も、自殺者の絶えないこの村の風土の中にあって、こうして自己嫌悪すらせず醜態を晒す者達が生を選ぶために必要な、現実逃避の手段なら。

 それで自殺を選ばなかった"国民"が、畑を耕し税を納めることにより、セプトリア王国に利を生んで、その国に暮らす人々の幾許かの支えになっているのも事実である。


 人は生きてこそだ。自分を幸せにするためにも、他者を幸せにするためにも、それが必要な前提である。

 だけど、生きていくことはそれだけで難しい。自分の望んだ成功を得られるとは限らぬのは当然、理不尽な不幸に見舞われてすべてを奪われることもある。

 そうして未来に向けての希望を失えば、どうして前向きに生きる道を選択できようか。

 そんな時、無理にでも希望を作らねば、自分の喉元に刃や縄をかけてしまうのもありふれた話である。


 好きでどん底に落ちてきた者なんて一人もいないのだ。

 その当たり前を見失ってしまった人に限って、自分より社会的地位の低い者をわざわざ探し、根拠無く、心無く罵倒する。

 社会の底辺と呼ばれてしまう者達が集うトージュの村の宴会は、客観的に見ても汚らしく、醜い。

 その醜さの中には、今はもう光を失ってしまったものだけれど、くすんだ人生の輝きというものがある。


 人の数だけ人生あり。

 "人間"社会とは、そうしたものもすべて含めて構成されるものであり、小奇麗なものばかりでは決してない。











「はー、楽しかったね、何だかんだで」

「お前足元大丈夫か? ふらついてないか?」

「大丈夫っちゃ大丈夫だけど、流石に疲れたなー。ちょっと休みたい」


 夜も遅く、宴会の場を離れたユースとアルミナは、宿への道を歩いていた。

 接待する中で自分も注がれた酒をけっこう飲んでいたカナリアは、途中で体力を失ってしまったようで寝てしまい、ハルマが先に背負って帰った。

 それで今は二人きり。別にアルミナ、足元が覚束ないほど酔っているわけではないが、飲んで体を動かしてでは、流石に疲れが脳と体に表れて、歩き方に元気がない。歩みの遅さが如実である。


 休みたいのはユースもちょっと同じで、近場の広場にあった木製の長椅子に二人で腰かける。

 形のいびつな、丸太を適当に彫っただけの座り椅子だ。座り心地のいいものではないが、疲れた体にはこんな椅子でも、非常に良い休息点になる。


「はぁ……もうここで寝たい」

「お疲れモードだなぁ。宿、すぐそこだぞ?」

「ユースがここまで布団持って来てくれたら最高」

「確かに寝たい時に、一秒も譲らずそこですぐ寝るのは一番気持ちいい」

「だから学校での居眠りとかは、普通に寝るより一番気持ちいい」


「そんな例えがすぐ出るんならアタマ大丈夫そうだな」

「私は酔ってても頭の回転早いのだぞ~」

「否定しねえよ、お前ほんとよく出来た奴だと思う」

「あはは、やめてよ照れるじゃん。

 ユースそんな()(ちょく)に私のこと褒めたことあったっけ?」

「無いかもな。凄い奴だなって思うことはけっこう普段からあるんだけど」


 普段は言わないことも、ついついユースの口から溢れてしまう。

 酒のせいもあるのだろう。酔うと本音がぽろっと出てしまうのは、良い意味でも悪い意味でもよくある話である。


「……ユースの中では、私っていう奴はけっこう評価高い?」

「そりゃ高いよ、めっちゃくちゃ。俺には無いものいっぱい持ってるじゃん。

 同い年でこんな出来た奴、お前以外に見たことないよ」

「……私、料理も出来ないしがさつだし、女子力低いよ?」

「えっ、お前そんなこと気にしてたの?」

「も~、あんた私のことなんだと思ってるの?

 私だって女だぞ、そういうの気にするぞ」


「………………あ、うん、まあ、そうだな」

「ちょっと何、その間。私のこと女であることすら忘れてた感じ間だったぞ」

「いや、あの、ほら……ずーっと一緒にいるからさ。

 友達として見てるとそういう意識も薄れていくっていうか」

「知ってる~。

 最近ユース、私とカップル扱いされたって全然動じないもんねぇ。昔と全然違う」


 ユースとアルミナは恋人関係にないながら、仲が良すぎる掛け合いもあって、初見の人にはとっくに付き合っているカップルに見えることが多々ある。

 出会って間もなくの頃のナナリーに、お二人はカップルじゃろ的なことを言われ、いや付き合ってるわけじゃないですよと返したら、ええ嘘、そうは見えないと驚かれたのも記憶に新しい。


「昔と違うって?」

「ほら、初めてそういうの言われた時のこと覚えてる?

 市場のおじさんに、仲のいいカップルだなって言われた時、あんた顔真っ赤にして否定してたじゃん。

 あの初々しさが最近なくなったなあっていうのを私は言いたい」

「あ~……確かにあったなぁ、そんなこと。アレ何年前? 三年前ぐらい?」

「そんぐらいになるんじゃない? あれ以降も同じようなことが何度もあって、今じゃユースもひらひら~っと軽く否定する程度になっちゃってさ」

「まあ、慣れたしなぁ……」


 その三年間で、何度あったことか。

 多すぎるからユースも、一番最初の時のことを忘れてしまうのである。


「別にあんたなら何言ってきても私は許しちゃうだろうけどさ。

 流石に私が女であることまで忘れられちゃ、ちょっと私もう~んって気分になっちゃうぞ?」

「そうは言うけど今思い出したけど、その最初の時だってアルミナはケロっとして否定してただろ。

 お前こそ、俺のことなんか男としてみてないだろ、あの淡々とした否定っぷり」

「え~」

「……何がえ~だよ」

「あの時私が、内心では結構どきどきしてたのあんた知らないんだ。

 まあ隠し通したのは私だけど」


「…………」

「…………」


 沈黙が流れた。ちょっとユースには予想外すぎた言葉だったようだ。

 そんなユースの無言に合わせ、アルミナも無言になり、ただし真っ直ぐユースの目を見つめてくる。


「……あのさ、アルミナ」

「なに」

「それ、今になってから明かすようなことか?」


「女子アピールしてますけど、何か。

 あんた私のこと、ホントなんだと思ってる? ずっと仲良くしてる男と、ある日いきなりカップル

 みたいだねって言われた私が、本気でなんにも思わない奴だと思ってる?

 あんただって、私とカップルみたいだって言われて顔赤くしてたじゃん」

「いや、まあ……それは今思い出したけど……」

「あの頃はあんたにとっての私はまだ、ちゃんと女の子認識あったんでしょ?」


「そんなこと言うけど、アルミナだって俺のことなんか……」

「私はずうっとあんたのことは、男として意識してる。

 ただの親しいだけの友達だとも思ってない。強くて、頼もしくて、かっこいい男性だと思ってる」


 酔っているのだろうか。いや、アルミナは酔いに任せて大事なことを言うような奴じゃない。

 真っ直ぐな瞳に込めた真剣な想いには、酒には任せず胸の内を明かす、とうに酔いの覚めた彼女の精神がありありと表れている。


 思わずユースもたじろぐように、目線を下に落としてアルミナと目を合わせることから逃げてしまう。

 目線を下ろせばアルミナの首の下が、視界の真ん中に収まってくる。

 そこはすなわち、目の前の人が女性である事を、最もわかりやすく表す二つの膨らみがある場所だ。


「ねえ、ユース」

「……なに」

「私、あんたの友達でいられて嬉しいよ。すごく幸せなことだと思ってる。

 でも、あんたは私の事どう思ってる?」


「……………………そりゃあ、ともだ……」

「意味、わかってくれるよね?」


 間を稼いでから、ユースが返事しようと目線を上げれば、再びアルミナと目が合う。

 そこにあったのは、意志力の強い彼女の眼でありながらも、何か特別な正解を求めるかのような、すがる色をも携えたアルミナの瞳。


「……あんたにとっては私は友達でしかない? 一人の女性としては、見られない?」


 不安げなアルミナの声が、ユースの胸をばくりと一度叩き鳴らした。

 初めて見るアルミナの表情に言葉を失ったユースの胸は、一度の爆音の直後、とくとくと強く、早く打ち続け、その鼓動のリズムはアルミナの柔らかな胸の奥でのリズムと、驚くほど一致して共振する。


 真夜中のトージュの村。ただでさえ日中でも人通りの少ない農村だ。

 誰一人そばにいない夜空の下、たった二人だけの世界であるかのように、ユースとアルミナは時が止まったかのように目を合わせたまま動かない。


 アルミナは、確たる強い意志を持って動かず。

 ユースはその瞳に魅入られたかのように、動けなかった。

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