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第3話   ~剣術等々いろいろ指南~



 場所を移して訓練場。

 室内に、砂地を引いただけでギミック等々なし、簡素で殺風景極まりないのが、剣術訓練場の趣である。打ち込み案山子が欲しくなれば、自分で持ってきましょうねという空気。

 これはどこの国でもこんなものであって、別にセプトリア王国が銭に豊かでないからとか、そういうわけではない。


 セプトリア王国の兵士達、この国の安寧を守るために武の道を志した者達も、朝早くから修練に臨んでおり、ユース達が訪れる頃には既に一汗かいた後といった空気。

 最近は平和なセプトリア王国だが、平和()けせずに向上に時と労力を割く兵士達の姿は、シリカも見ていて気持ちがいい。彼女も武人なので。


「そんなわけだから皆の者、今日はエレム王国の騎士様にご指南頂く貴重な機会である。努めて励んで頂ければと」


 一度ハルマが一同を集め、事情を説明すれば、訓練場において立場が上でありそうな中年男が、部下に言いつけ他の兵も呼んで来いと命じる。

 ほどなく時間も経たず、ユース達が準備を進めている間に、わらわら手の空いていた王都の兵らが訓練場に集まってきた。


 天下のエレム王国騎士団の騎士様が、ご指南してくれるという話は、それだけ魅力的な響きなのだ。

 一方でユースは、なんで俺こんな年上の人達にすげぇもん見る目で見られてんだろう、って、妙なプレッシャーを感じている。


「頑張ってね、ユース。あんたなら大丈夫よ」

「俺、指南役なんてやったことないんだけど……」


「アルミナどのは傭兵のようだが、剣を扱われるのですかな?」

「んや、私は銃使いですし。まだまだ未熟だし、皆さんにお話できることなんて無いですよ」

「ほう、そうですか。――おーい、銃士集合。こちらのお嬢さんは、銃を扱われるようだ」

「えっ、マジですか。私もですか」


 完全にユースを見守るモードに入りかけていたアルミナだったが、ハルマに聞かれて口を滑らせたのが運のつき。セプトリア王国では銃士より、弓を扱う射手が多いのだが、少数派にあたる銃士達がわらわらと集まってきて、アルミナを取り囲むような形になってしまった。

 単に女に群がったおっさん集団みたいな光景。そうじゃないけど。

 アルミナは可愛いから、目を癒されている男は多いかもしれないが。


「アルミナどのは、あちらでみなに銃の手ほどきをして貰ってもよいですかな」

「わ、私が手ほどきっていうのもなぁ……後輩に教えることはありましたけど、年上の銃士さんに手ほどきなんておこがましいといいますか……」

「行ってこい、うちのスナイパー」


 流石にアルミナも気が引けているようだが、彼女の手腕をよく知っているシリカがぽんと背中を叩き、やってきなさいと後押しする。心配しなくてもアルミナなら上手くやれると、シリカには確信がある。


「うぅ、わかりました……ハルマさん、練習用の銃とかクレーとかあります?」

「クレーは訓練場裏の倉庫に山ほど。使いに命じてバンバン持って来させるから、気にせずお使い下さいませ」


 そう言って、近場の部下から練習用の銃を受け取ったハルマは、それをアルミナに渡してくれた。

 手渡されたそれを、がちゃごちょいじって何やら調べるアルミナは、それがコルク弾を発射する銃であることを確かめながら、言われた区画に向かっていく。

 銃士達もぞろぞろとその後ろをついていく。後方の気配にアルミナは恐縮気味。


「あー……ちょっと試し撃ちさせて貰っていいですか? 弾が5つぐらいあれば助かるんですが」

「はい」


 銃士組の一人から弾を受け取り、アルミナは初めて手にする練習用の銃に弾を込める。

 祖国の練習用の銃とは、仕様もまったく違う銃ながら、装填する仕草に全く淀みが無い。ちょっといじくっただけで仕様を概ね理解し、使い方も聞かずに扱える二十歳のアルミナがどれだけ凄いのか、見た目にはなかなかわかりにくいところである。


 その後、訓練場の端にかけられた的に向けて、3発ほどバンバンバン。

 一発目は的の上にはずれ、首をかしげたアルミナの二発目のコルク弾は、的の右側に逸れる。三発目が的の左下の端にようやく当たった程度であり、アルミナの行動を見守る銃士達も、案外たいしたことはないのかな? なんて思いかけてしまう。


 いやいや、空気抵抗も実弾と全く違うコルク弾を撃つ銃、それも愛用の銃と全く仕様の違う銃を初めて手にして、初手から上手いこといくわけがないっていう。五発ぶんの銃弾を預かったのは、銃を眺めただけではわからない、銃弾軌道の癖を見極めるため。


 三発の試し撃ちである程度の手応えを掴んだアルミナは、四発目のコルク弾を的の中心に的中させた。おお、と周りが驚く中、アルミナだけは何かしら疑問が残ったのか、唇をもにょもにょさせながら五発目を発射。

 それは的の中心よりも少し下方に当たったが、その結果を見てアルミナが、まあまあこんなものでいいかとうなずいた。何を考えてるのか周りにはさっぱり。


「三発貸して下さい。今度は全部真ん中狙いますから」

「ん……はい」


 さっきまでの恐縮気味の彼女はどこへ行ったやら。"弾3つ"ではなく"三発"と発する口といい、その眼といい、完全にスナイパーモードに入っている。

 雰囲気の変容に少し驚きながら弾を渡す銃士だが、笑顔なくそれを受け取ったアルミナが銃に弾を装填、発射を三度繰り返す。


 結果は宣言どおり。出会って2分の銃を、必中弾三発を導くほど手なずけてしまったアルミナには、試し撃ちだけ見て彼女を侮りかけていた銃士達も、驚きのあまり歓声すら出なかった。


「……ふうっ。緊張した」


 銃士達を振り向くアルミナの、初見の銃をまあまあ扱えそうでほっとした顔。それにあどけなさを感じつつも、銃士達は見事な結果に思わずの拍手を捧げていた。

 てれてれと気恥ずかしそうなアルミナだが、これが先ほど一瞬だけ真剣なスナイパーと化していた彼女と、同一人物とは思えない。落差ありすぎ、今は普通の女の子。


「えーと……指南と言いましても、私から教えられることなんてよくわかりませんし……

 なんかこう、銃絡みのことで上手くいかないなぁとか、悩みみたいなものとかありますか? 走りながらだとなかなか的に当てるのが難しいとか、動く的を目で追いにくいとか、こう、そういった?」


 初対面の人に何かを教えろと言われても、何からどう話せばいいのやら。まずは質問タイムから。

 凡例が既にそこそこ高等な話だが、それは彼女のレベルがそういう境地だから。シリカやユースと共に戦場を駆け、空を舞う魔物を撃ち落とし、獣のような速度で地を駆ける魔物の急所を的確に撃ち抜いてきたアルミナは、動かない的に弾を当てるなんて、出来て当然の銃士である。


「俺、未だに走りながら的に当てるのが得意じゃなくて、何かコツみたいなものがあれば……」

「はい、わかりました。他の方々は何かありますか?」

「銃のメンテナンスについてなどの質問も受け付けてくれますかい?」

「大丈夫ですよ、私そっちの方が得意ですし。あ、でも銃の仕様は確かめさせて下さいね?」


 思いついた者達から相談を一つ一つ受け、ちょっと溜めて一気に処理する構えをアルミナは見せている。間もなくある程度の悩みごとを集めきってからアルミナは動き出し、それぞれの相談に対してアドバイスを授ける時間が始まっていくというわけだ。

 アルミナは基礎から地道に腕を磨いてきたこともあり、浅い部分でつまづいた者に、突破口を与える教え方には秀でている方だ。これは才能だけで上手くなった者――つまり凡人がなかなか出来ないことをあっさり出来たせいで、出来ない者が出来るようになる方法を考案できない者――といった、天才肌には無い強みだろう。


 結論から言うと、この後アルミナが色々教え込んだ末、昨日までには出来なかったことが今日出来た者が、そこそこの数生じたものである。誇張なく、仮にアルミナがこの国に一年滞在して、銃士達にみっちりあれこれ教え込めば、この国の銃士のレベルも格段に上がると思われる。

 二十歳でそんな境地に達しているアルミナもそうだが、そんな彼女を擁する騎士団のレベルもやはり高いんだなと、セプトリア王国の面々も思うばかりだった。こんなアルミナが訓練の最後、自分なんてまだまだですなんて言っている時点で、なお。


 






 さて、ユース達の方はいかがなものか。


 とりあえず、今はシリカが訓練場の長を相手に、軽く木剣を打ち合っている。

 あまり互いの体に木剣を当てるつもりのない、互いの太刀筋を語り合うだけのものだが、武器同士の当たりが強くて衝突音も激しく、素人目には真剣にやり合っているようにしか見えない。

 二人とも、全く本気ではないのだけど。


「いやはや……これは凄いですなぁ……」

「そ、そうですか? 御仁の太刀筋も、私の知らない動きが多くて、学ばせて頂く部分も多いですよ……」


 二人は一度離れると、感情豊かな表情と声で語り合う。真剣勝負の合間では、この顔は不可能だろう。


 エレム王国騎士団の中でも、若くして何気に屈指の実力者であるシリカの太刀筋に、訓練場の長も身震いする想いを抑えられない。

 異国の上層兵にお褒め頂いたシリカははにかむような表情だが、彼女も彼女で初めて見る型に刺激を受け、感銘を受けているのが本音である。


「一度、本気で行っても構いませんかな?」

「……お望みとあれば」


 二人の目つきが変わった。

 女性のシリカ、生傷跡の多い中年兵。この二人が本気でぶつかり合えば、どちらかが痛い目を見ることで勝敗がつくことになる。

 その提案した側が、勝てば女の肌に傷をつけかねない男の方。これが何を意味するのかは、シリカにだけはわかりづらい。彼は、本気同士でぶつかり合えば、結果がどうなるか薄々わかっているのだ。


 わかっていながら、負けてでも、痛い目を見てでも学び取りたい。部下の前で敗北する恥も、今の彼にとっては恐れるべきことではない。

 年をとってなお、そうした気概を失わぬ人物だから、彼はこの訓練場の長を任されている。


「では、参りますぞ……!」

「恐悦……!」


 びしりと一度、堅固な構えを取った訓練場の長が、ざりと地面を引っかく足元の音と共に、全身の残影を引いた。矢のようにシリカへと迫った男が、射程距離内にシリカを捉えた瞬間に、振り抜く木剣の速度も凄まじい。女だろうと容赦ない、直撃が骨折を促さん木剣のフルスイングである。


 そこにシリカはいなかったのだ。本当に、木剣を振り抜き始めた瞬間には、そこにいたのに。

 近しく対峙した男の目にも捉えきれぬ速度で身をひねり、地を蹴り、人間の視界の盲点に滑り込んだシリカは、まるで真正面から向かってきたはずの相手をすり抜けたかのように、数瞬後には彼の背後に背を向ける形で回っている。


 当てられなかったと実感するのと、革鎧の奥の腹に鈍い衝撃を自覚したのが、彼にとってはほぼ同時のことだった。あの交錯の一瞬で、シリカが振り抜いた木剣が、男の腹部を叩いていったからだ。

 痛みにうずくまるようなことはなかった。あの一瞬で、シリカが当てていった木剣の当たりは、極めて弱いものだったから。

 無傷で敵の攻撃を回避し、背後に回り、その際に当てていった一撃を、怪我なく加減したものにしていくというシリカの木剣は、じんじんする腹の痛み以上に、男の心に痛みをもたらしたはずだ。


 薄々察してはいたけれど、次元が全く違っていたと言える。長い時間をかけて培ってきた力が通用しなかった痛みが心に芽生える一方で、屈辱といった負の感情が芽生えないのも、強い心の持ち主であるこの男の強みだろう。

 仮に実戦で、シリカのような敵と対峙していたら、真っ二つにされて無念の死を遂げていたわけだ。生きて敗北を噛み締め、その先にあるさらなる高みを目指せる幸福がここにあると、武人の彼はすぐに悟れる。この達観の速さも、彼が人を導く側に立てる所以の一つである。


「……御見逸れしました。噂に違わぬ強さを拝見させて頂きましたぞ」

「恐れ入ります」


 右手で握手を求める訓練場の長に、シリカは恭しいまでの敬意を込めた眼差しで、両手でその右手を握りに行く。決して勝者側が、優越に浸る謙虚を見せるそれではない。

 交錯したあの一瞬、これまでに培ってきた強さの全力を投じ、その先にある向こう数年の自らの向上を夢見た太刀筋は、シリカから見て魂が震えるほど気高く映ったのだ。


 これは、全力を以って対峙した二人の間でしか通じ合えない、無二の境地の対話とも言える。

 勝ってなお、破った相手に、立ち会う前よりも大いなる敬意を抱かずにはいられないシリカなのは、愛国者の掲げる剣の重さに、改めてその気高さを学ばせて貰った想いが大きいからだ。


「エレム王国の方々には力で遠く及びませんが、我らがセプトリア王国の勇士達も、気概だけは負けておらぬつもりですよ」


 武人両名の通じ合う様を、シリカと代わりたいぐらいの心地で眺めていたユースに、隣のハルマが察したかのように言葉を添えてきた。

 今の光景を目に焼き付けんとするユースに、己が国の心強き志を推すハルマ。これだけで話の通じる相手であると、ユースもシリカと同等の境地にいる者だと、そう読みきっての発言だ。


「さて、お次はユースどのにも。若い衆に、手ほどきしてやって下さいませ」

「頑張ります……!」


 素が出た。普通はこういう時、頼まれる側として、お任せ下さいとでも言った方が、締まりで出るであろうのに。こういう時は格好つけてもいいのである。

 シリカ達の打ち合いを見て、良い意味でテンションの上がってしまったユースは、先輩に何かを頼まれた時の返答をつい返してしまった。

 きっと、模範回答ではない。ただし意志力のある、張りのある声であり、ハルマにとっては頼もしく聞こえる発声だったので問題はない。


「希望者を募れば引く手数多になってしまうだろうなぁ……よし、そこの。まずは貴公から、ユーステット様とお手合わせしてみよ」

「お、俺ですか……? わかりました……」


 ユースと手合わせしてみたい人は手~挙げて、の流れになると、希望者が殺到してしまうであろうことを見越したハルマは、ユースと同い年くらいの若い兵を招いてきた。

 身内にも愛される若者なのか、頑張れよと同僚に体を叩かれて、押し出されるようにして、彼は緊張気味に歩いてくる。ユースも木剣を手にしてそれと対峙する形になり、加えて左腕に木製の軽い小盾を装備する。


 右手に剣を、左腕に盾を。騎士剣一本を両手持ちで戦うシリカと異なり、これがユースの戦闘スタイルだ。


「よ、よろしくお願いします……!」

「こちらこそ……!」


 ひと休みしつつ、ユースを見守るシリカも、微笑ましい気分になれる光景だ。真面目者同士、似たもの同士の匂いがぷんぷんするなぁとか、ユースちょっと緊張してるなぁとか。


 地力のあるユースだから、多少緊張して普段どおりの実力を発揮できなくても、それでも上手くはやれるだろうなとも。くそ強いシリカさんではあるが、そんな彼女の目線で見ても、ユースって結構やる方なので。


「おー、やっておるか~」


 ところがここで、ちょっとしたイベント発生。さあ始めましょう、と踏み出す一瞬前だったユースらも含め、場全体の空気が一度止まる来訪者の登場だ。


「おや、ナナリー様。お早いご来場ですね」

「見たくてたまらんかったからのう。仕事ほっぽりだしてきた!」

「ははは、程々に」


 気持ちいいぐらい無邪気な笑顔で、サボりを口にするナナリー女王の態度にもハルマは寛容。彼女の側近として同伴したニトロは溜め息顔。

 ハルマと目を合わせ、あんまりうちの女王様を甘やかさないで下さいよという目を浮かべるニトロには、ハルマも苦笑し小さく頷いておく。わかったわかった、確かに甘やかしすぎたかもな、と。


「にしても、いいところに来られましたな。これからユーステットどのが、うちの若い衆と手合わせするところですよ」

「なぬぬ、本当か。いやぁ、急いで来た甲斐があったわい」


 えー、女王様の前でこれから色々披露しなきゃならないなんてと、ユースの表情が隠しきれないほど強張った。

 これは緊張する。エレム王国騎士団の代表といいますか、そういう立場でナナリー女王の御前、下手なものは見せられないではないかとプレッシャーがきつい。


 ああ緊張してるな、これは過剰に肩に力が入りそうだぞと、ユースをよく知るシリカは苦笑い。普通に剣を扱うだけで、誰に見せても恥ずかしくない強さを見せるであろうユースだけど、これは少し本来未満のユースになるかなぁとも見える。ちょっと残念。


「では二人とも、始めてくれたまえ。ユーステットどの、よろしくお願い致します」

「……はいっ」

「は、はい……! 改めて、よろしくお願いします……!」


 ユースも緊張するだろうけど、彼と対峙する若い兵も同じような心地だろう。

 何せ向こうは、自国の女王様の前である。無様を晒すことは出来まいと、木剣を握る手にも、過剰な力が入っていることは見て取れる。彼の場合は負けて元々かなという先入観があるぶん、その面では気持ちが楽かもしれないが。


「行きます……!」


 よく練習された、素早い脚遣いで、若い兵がユースに接近する。

 身構えるユースは、ナナリー女王が見ていることなど一度頭から完全に締め出し、眼前の相手の動きを一切見逃さぬよう、全神経を集中させていた。

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