第33話 ~ハフトの都の熱い夜~
「ユース、入っていいか?」
「はいはい、ちょい待ち」
少し時間は前後するが、シリカ達をナナリーの部屋に迎えたニトロは、そちらを退室した足でユース達の部屋に向かっていた。
ドアをノックし、親しみ馴れた声を発するニトロに、返答してドアを開けてくれるユースの口調も気軽。もうすっかりお友達である。
「よ、ニトロ」
「うっす、チータ」
「あれ? 二人ってもうそんな親しげに喋る関係になってたっけ」
入室したニトロにチータが妙なほど軽々しいご挨拶で、対するニトロの反応にも親しさが滲み出ている。
チータとニトロが顔を合わせている所なんて殆ど見たことのないユースだから、二人がこんな普通に気軽な挨拶をし合う姿は意外である。
「チータは時々城に遊びに来るよ。その際、よく喋ってる。妹のイリスの話相手にもなって貰ってるしな」
「お前最近、随分ニトロと仲良く出来るようになれて嬉しそうだったけど、それって自分だけだと思ってたか?」
「むぐ。そういうわけじゃないけどさ」
別に本当にそうじゃないけど、なんだか出し抜かれたような気分。
ユースは最初にひと悶着あって、それから色々段階を踏んでの今だから、いつの間にやらニトロと関係の出来上がったチータの姿を見せられると、なんだか。
「へぇ、嬉しそうだったんだ。好意的に受け取っとくよ」
「こいつ新しい友達が出来ると露骨に日頃から機嫌よくなるからな。あまり友達いない奴説あり」
「お前ホント、俺をいじる時だけは三倍ぐらい饒舌になるよな」
「うちの部隊は常に隊長がおもちゃ、昔からそう」
「はいはい、そうですか」
ユースが所属する騎士団の部隊は、隊長がいじられ役になるジンクスでもあるのかもしれない。
シリカが隊長を務める小隊にユースが属していた時はその時で、ユースやアルミナはシリカにごろにゃんだが、シリカは年上ないし年が近い同僚、あとチータによくからかわれていたものであるし。
今はユースが隊長。アルミナもチータも、こぞって隊長を撫で回してくる風潮は確かに。
「でもまあ、俺がチータと最初から話しやすかったのは、ユースと親しくなれた後だからってのもあるよ。
やっぱり異国からのお客様だからな。ユースとの距離を詰めた第一歩がなかったら、こっちからじゃ軽々しく声をかけるのも難しかったわけだから。俺の立場上もな」
「そういう意味では、お前がニトロと親密になってくれたおかげで僕もやりやすかったとも言える。
いい仕事してくれてるよ、隊長さん」
「ん……そっか、まあ……いいようになったなら、嬉しいけど……」
「な、ニトロ。こいつ褒めたらすぐ機嫌よくするんだよ。扱いやす……わぷっ」
なんだか持ち上げられたらすぐ目を逸らし、照れを隠す素振りでいっぱいになり、ちょっと前までいじられていたことなんて忘れちゃうユースだから、確かに扱いやすいといえば扱いやすい。あるいはチョロい。
ほらこんな奴だよ、と、チータがそんなふうにユースのチョロさをいじってみせたら、今度は枕が飛んできた。
チータの顔面に優しくぼふん。投げる直前に、今から投げるぞとばかりにフリも利かせた枕一投だったし、基本的に突っ込みもやわい。
「図星か、チョロ助」
「キッ」
口でそう言って睨み付けるスタイル。うるさい、と言うのと同じ意味である。
「チータは魔導士だろ。だから時々、魔法を教えて貰ったりもしてる。
俺も自分で魔法学は勉強してるけど、やっぱり本職の人に教わると捗るよ」
「へぇ、そうなんだ。ニトロも魔法を? どんな?」
「まだ定義が決まってないけどな。ユースが盾の魔法を使うのとは逆で、俺の魔法は剣のだけど」
「ニトロはちょっと欲張りなところがあるからな。汎用性を求めすぎて、実現まで時間がかかっている段階だよ。
そのぶん形になりさえすれば、ユースの英雄の双腕と同じで幅広い活躍が見込めると思うけど」
ユースをつつき回す時にお喋りになると指摘されたばかりのチータだが、魔法絡みのことになってもよく喋る。
あるいは、人に何かを教える時もそう。そもそも、誰かに何かを教えるのは好きな方の性格。
無用な口を利きたがらない性分というだけで、意外と、あるいはやはり、チータもよく喋る口の持ち主である。
「魔法の名前は決まってる?」
「いや、まだ……なんかこう、ずっと使う魔法でありたいから、いい名前つけたいしさ。
そしたら色々考えちゃって、ずるずる決まらずそのまま行ってる」
「魔法に名前をつけると実現も早くなるんだがな、正しい意味での魔法学に倣っても」
「じゃあ、チータに魔法の名前をつけて貰ったらいいんじゃないか?
俺も英雄の双腕の魔法の名前は、チータにつけて貰ったんだよ」
「随分と気に入ってくれているようで何より。著作権よこせ」
「お前のこと報告書に悪く書かないからそれで実質払ってるよ」
「職権濫用、訴訟」
「うるせえクビにするぞ」
わざわざ互いの冗談に笑ったりしないが、その上で掛け合いをノータイムでやっていくんだから、息の合ったものである。
ユースとアルミナの会話もこんな感じだが、ユースとチータも性格は真逆ながらよく噛み合うから不思議。
「自分の魔法の名前は、自分でつけるのが一番いいんだけどな。
ユースはあの頃、時勢もあっていっぱいいっぱいだったから、僕がお節介を焼いたけど」
「俺は気に入ってるけどな。ホントは自分で考えた方がよかったんだ?」
「お前は人の話をよく聞いて、吸収しやすい性格してるから、他人に名前つけて貰った魔法でも自分で名付けたのと実質そう変わらないよ。
魔法っていうのは術者の精神、要するに性格もよく反映されるからな」
「ニトロはどういう魔法にしたいんだ? 定義を迷ってるって言うけど」
「そうだなぁ……なんかこう、ばちっと定まった言葉では言い表しにくいんだけど――」
あまり夜更かしを好む三人ではないが、話し始めればある程度は弾み、みんな自分の想定よりも少し夜更かしするような流れになっていく。会話が噛み合う相性良さの証拠である。
表情こそ不変一貫のチータを含めて、三人は護衛任務という中にありながらも、小旅行の夜と同じような安らいだ一夜を過ごしていたものだ。
故郷を全員違える上で、こうも親しく語り合える仲というのは、なかなかに貴重と言えよう。
部屋の隅に置かれた剣や盾、杖という名の武具。
願わくば、旅路の果てに王都まで帰り着いた時、あれを持ってくる必要もなかったと回想できる旅であることを望むばかりである。
戦う力は大切な人を守るための力。それは、行使すべき機会すら訪れぬのが最も幸いなのだ。
「――やっと来たか。ヴトラークの方はどうなってる?」
「はい、準備万端と。予定通りの突入でいいでしょうな」
その夜、ハフトの都の領地からやや離れた平原の一角には、無数の影がひしめいていた。
僅か数名の人間と、それを取り囲む人でない存在の影。それはまるで、山賊の親分のもとに集った野盗の集団の如く、長の周りに集まった悪意ある集団である。
「念のため、伝令してくれただろうな。今回の目的は、あくまでナナリー女王を仕留めることじゃねえぞ」
「一応伝えましたが……いいんですかい?
せっかく、王都を離れた女王に夜襲をかけられる好機だっていうのに」
「どうせ街にゃあ駐屯兵が山ほどいるんだよ。
女王が都入りした時点で、宿泊場所もそいつらには伝わってんだ。
事が始まれば守りも固くなるし、いくらこっちが兵力を揃えてるっつっても、押し切って仕留めるには駒の数も質も足りねえよ」
兵力、という言葉を使うに際し、周囲の人ならざる味方をぐるりと見回す声の主。
ぐるるとうなり声を漏らし、今にも出撃の合図あらんと殺気立つ獣達の姿には、闇の中の主に従う三下も少々怯え気味だ。
大掛かりな夜襲を前に、急遽得られた多数の"兵力"。
味方であるからいいものの、これがもしもそうでなかったら、凶暴なこいつらにこうも包囲されているこの状況は、一巻の終わりと言って差し支えない。
「あくまで狙いは、セプトリア王国に加担しているっていう、エレム王国騎士団の連中だ。
ちゃんとあいつらには伝えてきてんだろうな」
「ええ、まあ……デイビス様はともかく、ヴトラーク様はちょっとアレでしたが……」
「チッ、相変わらずかあいつは。まあいい、イカれてる奴に細かいこと求めてもしょうがねぇ」
「ちょっとー、エディ兄ぃ、まだー? そろそろ殺気立ってるこいつらなだめるのもしんどいんだけどー」
「どいつもこいつも……しゃあねぇ、どのみち頃合いだ。前倒しになるが行くか。
どうせヴトラークの奴も待ちきれずに先走るだろうし、その方が丁度いいかもしれねえな」
面倒がるような溜め息をはぁ~っと一つ挟んで、闇の中の親分はぎらりとその目を光らせた。
その手に握られた長尺の武器も、先端の刃の切っ先を月光に光らせ、そばにいる部下を殺気だけで恐れさせる。
「マルティア、わかってるな。ナナリー女王への復讐は後回しだ。俺達の狙いは……」
「ええ、あたし達の親父を死に追いやった、エレム王国騎士団の連中。
あたし達フラックオース一家を敵に回すとどうなるか、充分に思い知らせてやってから血の海に沈めてやるわ」
復讐に燃える、黒くはありつつも血染めにも見えよう憎悪を宿した瞳。
無数の魔物に囲まれ、それらを率いる二人の人間の姿はまるで魔そのものであり、付き従うだけの単なる人間の一人に過ぎぬ者の目には、ぞっとするほど恐ろしい。
「行くぞ! 討ち入りだ!」
首領格の勇ましい掛け声に応じ、マルティアと呼ばれた女性が鞭を振るえば、周囲の魔物達が雄叫びをあげる。
ここからでは人里まで届かない、平原に響いた悪意の轟き。その集合体の音源集団は、ユース達の寝休まったハフトの都へと、夜長に勢いよく進軍し始めた。
はじめ、その異変に気付いたのはニトロだった。
まさに真夜中、時を遡るよりも進めた方が、ずっと早くお日様に出会えそうなほどの夜更けに、ハフトの都に響き渡った緊急警鐘。
がおん、がおんと、焦燥感と抗戦の勇ましさを併せ持つような、激しく重い鐘の音は真夜中によく響き、一音が耳に入った瞬間に、衛兵たる彼はばちりと目を開け上半身を素早く起こしていた。
「――ユース!」
「っ、起きてる……!」
「チータは!?」
「……起きてるよ」
こんな時間に大きく鳴り、今も都に響き続ける鐘の音が意味することは一つしかない。
何かが関所を、人里囲いの壁や柵を越えて侵入し、ハフトの都を襲撃している一大事に他ならない。
祖国でも、魔物の急襲に警鐘を聞いたことの多かったユースとチータも既に目を覚ましており、片や乱暴に目をこすって気つけ始め、片や緊急事態をうざったそうに溜め息を一つ。
二人が目を覚ましていることを確かめるや否や、ニトロはベッドから飛び降りるような勢いで立ち、そのまま駆け足で隣の部屋へと向かわんとする。
ばたりと乱暴な音とともに部屋の扉を開け、主君ナナリーの部屋へと走ろうとしたニトロだが、その道半ばでちょうどこちらの部屋に来ようとしていたお方と鉢合わせ。
「シリカどの……!」
「……この警鐘は、緊急事態発生ということでいいんですね」
「ええ、ほぼ間違いなく……! ナナリー様は!?」
「アルミナもルザニアも目を覚まして、今ナナリー様を起こして貰っている所です。
急ぎましょう、取り急ぎ装備を整え、それなりの対応をしなければいけません」
「そうですね……!」
髪ははね、数秒前まで寝ていたのは間違いなかろうのに、少し目は細くしつつも目を覚ましたシリカの表情と発言は、極めてはきっとしたものだ。
歴戦の女傑の、緊急事態に対する反応と、頭の切り替えの速さに感嘆しつつ、急ぎ部屋に戻ったニトロは真っ先に、自分の装備を置いてあった場所まで駆け寄ろうとする。
「ニトロ……!」
「あ、ああ、助かる……!」
既に剣と盾を持って出られる様になったユースが、ニトロの装備のすぐ前で待っていてくれて、立ち返ったニトロに手渡してくれた。こちらも行動が早い。
ニトロが装備を整えている間に、ユースも草摺を装備してもう準備万端。目覚めてものの一分も経たぬうちに、臨戦態勢は整っている。
「ユース、最初は誰にする? 僕が行くか?」
「いや、俺が行く……!」
ニトロが武装完了するのとほぼ同時、チータとユースの間に交わされた短い会話。
緊急事態には慣れたものだ。訪れた突然の危機を前にして、二人は既に先を見据えている。
まさにその時だ。
「っ……! まったく、敵も手が早いな」
ユース達の泊まっている宿全体が、近場に響いた炸裂音とともに大きく揺れた。チータも少し、発する声が強くなる。
地震かと思えるほどの揺れであり、しかしながら縦揺れではなく過剰な横揺れ。大地よりの震動ではない。
これは、建物をそれなりの威力の何かが横殴りにしたことで発生する、建造物への攻撃による震動だ。
「悪いニトロ、先に行ってる……! 宿の外で待ってるから、ナナリー様を連れてすぐ来いよ!」
「ユース!?」
揺れもおさまらぬうちにユースが駆け出し、宿の出口へと直行だ。チータも然り。
ユースもチータも敢えて左手で左目を覆っての、宿の出口へと向かう全力疾走。
間もなく宿の扉が目に見えた瞬間、息を呑むような意識で勢いよくその扉を開いたユースは、その時初めて左目を覆った手を放した。
片目を隠していたのは正解だ。
宿から誰かが出てきた瞬間、その人影目がけて引き金を引いた銃声が、夜闇に大きく響き渡る。
右方向から聞こえると同時、寝起きと塞ぎで闇に慣れた左目を頼りに、暗い中飛来する銃弾を視認したユースは、耳と反射神経を頼りにその銃弾をはじき返して応じる。
「開門、火球魔法」
ユースがそれを為す姿を確認してから宿の外へと出たチータは、ユースの行動から敵の位置を概ね察し、視界が良くなった宿の外にて杖を一振りだ。
彼の振るった杖の前方、宙に赤い亀裂のようなものがぱきりと開き、そこから火の玉が発射され、銃声の音源へ真っ直ぐ飛ぶ。
それはユースを仕留めるはずだった銃弾をはじかれ、舌打ちしたばかりで闇の中に紛れていた男へと一直線。
「ぐギャ……っ!?」
火の玉を顔面に受けたその男は後方に倒れ、全身に燃え移る炎に悶えて地面を転げ回り、火に包まれた顔からは悲鳴も続かない。
ユース達はそんな男のことは知ったこっちゃない。目の前の光景を見る限り、それどころじゃない。
「想定を少し超えてるな」
「少しかな、これ……!」
夜闇の中でもその姿が確認しやすい、真っ赤な体毛が目立つ狼のような魔物が、火を吐き街を焼きながら駆け回っているではないか。何体もだ。
ヘルハウンドと呼ばれる狼の姿をした魔物。ただの狼とははっきりと異なり、火球を吐き、獲物を焼いたり火の手を広げたりする、人里を襲おうものなら極めて危険な魔物である。
それが、宿を出たばかりで、視界は宿出口前方しかないユースの狭い視野の中、セプトリアの駐屯兵数名と既に交戦しているのである。
夜の街を襲った魔物達、そんなあってはならない構図を理解するのに、これほどわかりやすい光景はない。
同時にそれは、この事態に陥っていることを否定させてくれない、悪夢の光景である。
「ユースっ!」
「アルミナ……!」
街を守る兵士様へ加勢したい想いを、やがて宿から出てくるであろうナナリーを無視しては動けない、そんな使命で苦しく封じていたユース。
待ち焦がれていた味方は、時間をかけずに宿から出てきてくれた。ルザニアも、ほぼ同時にそれに続く。
「シリカさんは……!?」
「ナナリー様と一緒にすぐ……」
「もう来ている。嫌な状況だな」
「な、何が起こっておる……!?」
尋ねたユース、答えようとしたアルミナ、答えるより早く来てくれたシリカ。
それに僅か遅れる形で、ニトロに手を引かれてナナリーも姿を見せる。
寝起きの彼女は言動こそパニックめいているが、きょろきょろしたりもせず、ユースだけを真っ直ぐ見て問うその姿は、突然のこの事態を前にしても冷静な方だ。
「わかりませんが、急襲です……!」
「ま、魔物か……! 関所を守る番の者達は無事なのじゃろうか……!?」
さほど意味を為さない返答をユースがしただけでも、その言葉と、今しがたヘルハウンドと交戦する兵の姿から状況を把握し、思考を広げるナナリーは落ち着いている。
魔物が都に侵入している時点で、それは関所を破っての突入に他あるまい。
これらの侵入を許してしまった兵士を責める意図は無く、むしろ破られた関所を守っていた者達を案じるナナリーの性格も、同時にこの時自然と表れている。
「シリカさん、ナナリー様を……」
「ああ、わかっている……! あとは少しでも状況の把握さえ出来れば……」
「問題ありません」
ユースとシリカが、省き気味の言葉で最速の作戦会議をしていると、ユースも気付かないうちに一度この場から姿を消していたチータが、すとんとユースの隣に着地してきた。
アルミナやシリカが宿から出てきた姿を見た瞬間、素早く魔法で高所へと跳び、帰りも早いチータの行動力は、普段の気ままな彼とは全く異なるものだ。
「連中、この街に火を放っているせいもあって、どこに魔物が集まっているのかも空から一目瞭然でしたよ。
ここから北東、あと東南東。魔物の密集地帯はその辺りというところでしょうか」
「……ニトロ、出撃してもいいか?」
「っ……そう、だな……! ナナリー様……」
「うむ、頼む……! 妾は自分の身ぐらい、自分で守れるぞ! ニトロも、駆けつけてくれた兵もおるしな!」
この突発的な危機でこそ、この素早い判断力は大きな武器。
街を襲う魔物達の掃伐に、ユース達も力を添えたい局面だ。ユースがニトロに出撃の是非を問うたのはその確認。
すなわち、魔物達の掃伐に駆けるユースは、ナナリーのそばを離れるということだ。許可が必要だ。
ニトロもナナリーも、望むところの回答だ。
ユース達に行くなと命じれば、確かにナナリーの身の安全はより確保されるだろう。
一方で、戦力として有能なユース達が魔物の掃伐に回れば、街の被害は少しでも抑えられる。
何を優先するのか。ナナリーとニトロは、自分達の命より、ハフトの都が僅かでも救われることを選んだ。
「ナナリー様! ご無事で!?」
「うむ! 皆の衆、集え! エレム王国の騎士様には妾の護衛をはずれ、街の守りに駆けて頂くよう命じた!」
一匹のヘルハウンドを仕留めた老獪なセプトリア兵の一人が、ナナリーの姿に声を発した姿に、ナナリーもまた命ずべきこととその根拠を言い並べる。
その兵に離れた位置から飛びかかろうと駆け出していた、もう一匹のヘルハウンドを、ナナリーの隣で銃の引き金を引いたアルミナが狙撃し、頭をぶち抜く光景も密かに続いている。
ハフトの都に駐屯する兵士らは、ナナリーの位置を把握しているのだ。
既にこの周囲で魔物達と交戦している兵がいた事実は、緊急事態にあたって女王様の安否を確かめるべく、駆けつけてくれた者達がいたという証明でもある。
やがてナナリーの周囲には、多数の兵士が集まって、ユース達がいなくても女王の命を守る厚い壁が形になるだろう。
有力なる戦士であるユース達が出撃しても問題ない、そんな布陣が完成するまで時間はかかるまい。
ユース達の出撃を先んじて許したナナリーとニトロの判断は、結果総取りに合理的な英断だ。
「……ユース、決められるか。迷うなら私が……」
「いえ、決めました……!」
急ぐべき局面、それでもシリカはほんの三秒だけ、ユースに決断を委ねるための時間を作ろうとした。
隊長はユースだ。この出撃が要される状況で、いかに出撃布陣を敷くか。決定権は本来ユースにある。
チータがくれた情報、魔物の集合地は北東と東南東。
こちらは五人。さあ、いかなるように出撃すべきか。
決めかねるならシリカが指示しようとした中、既に自分なりの結論を間に合わせているユースの態度は、かつての導かれるばかりの立場から逸しようとした、既に隊長たるそれである。
あまりにも唐突に訪れた苦難の中でも、采配という使命と素早く向き合い、最速の行動へと移らんとするユースの姿は、もうシリカの後輩でしかなかった彼とは変わり映えている。
ユースが短く口走る、出撃采配に四人がうなずき、夜のハフトの都へと散らばるように駆けだすまであと二秒。
その二秒間の中で、ユースは自分が初めて決めた采配を、これでいいのだろうかと不安を覚え、しかし心の奥に握り潰し、代わりに剣を持つ手の握力を強くすることで迷いを消す。
「――行くぞ!」
試練は前触れなく訪れた。
果たしてこの苦難を、ユース達は悔いを残さぬ形で乗り越えられるか否か。
それは全て、出撃采配を下したユースに懸かっている。それが隊長というものだ。




