表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/100

第29話  ~虎の穴へようこそ~



 昼食を食べたユースとアルミナは、家を出発し、セプトリア城に向かっていった。

 昨日約束したとおり、ナナリー女王様とのご対面に伺うためだ。

 本当に何の深い意味もなく、ナナリーとのお話相手になるためだけの訪問であり、それでもそれを女王様がお望みのことには違いないので、仕事と言えば仕事とも言える。

 見方によっては女王様を接待するようなもので、ユースは行く前から既に緊張気味だったが、お喋り上手なアルミナも同行していることだし、二人で上手くやるだろう。


 そんなわけで、常に後輩ユースのことを心配しがちなシリカも今日は、離れた場所で頑張っている誰かさんを過度にすることなく、自分のやるべきことに専念するのみ。

 この日はもう一人の後輩に、剣の稽古をつけて欲しいと頼まれているのだ。

 ユース達に少し遅れる形で家を出たシリカは、ルザニアを連れて、城の離れにあるセプトリア兵の訓練場の方向へと出発する。


 王都を守る兵士様に、エレム王国の騎士として剣術を指南するため訪れることは多かったため、共用訓練場への足取りは慣れたものだ。

 だが、今日は行き先が少し違う。その広い共用訓練場の端を歩いて通過し、さらにその建物の奥に進み、廊下を抜け、やがて辿り着いた大きめの両開きの扉を開く。


 そこには共用訓練場ほどではないにせよ、やや広く、砂地を敷いた殺風景な一室があった。

 子供が数人ではしゃいでも不自由しなさそうな程度に広く、奥にご立派な椅子が3つほど並んでいるのが特徴的である。


「ここは……?」

「国王様の前での御前試合をする時などに使われる、言わば決闘場のような場所だそうだ。

 最近はあまり使われることがないそうだし、せっかくだから使って下さいとハルマ様に勧められたよ」

「こんな場所、余所者……と言ってはなんですけど、私達が使ってもいいんでしょうか?」

「許可は頂いてるよ。ここなら二人だけで、みっちり稽古できるだろ?」


 二人だけで使うには贅沢なほどの広さをルザニアが見回す後ろで、シリカがこの部屋の入り口を静かに閉める。

 これで誰も邪魔者の入らない二人きりである。もう一度言う、二人きりである。


 要するに、ここで何が起こっても、誰も止めに入る者はいないということである。


「こっちに木剣なども揃えてあるみたいだが……ルザニアは普段どおりの尺のものでいいな?」

「はい」


 部屋の隅には武器と防具が据え置いてあり、あまりこの場所が使われていないことを物語るように、武具をかける棚が埃をかぶっている。

 それでも木剣や革鎧、盾や薄手兜は埃をかぶっておらず、手入れされているのは見てとれる。

 使用者に恵まれない武具も、定期的に誰かが手入れしているということだろう。この国の兵士様の意識高さは、こういった些細な際にも垣間見える。


 さて、シリカもルザニアも普段自分が愛用している騎士剣と、同じ尺の木剣を手に取るが。


「ルザニア、防具はつけなくていいのか? 痛くしない保証は出来ないぞ」

「大丈夫です。私は戦場でも防具を殆ど身につけませんし、稽古や訓練の際にも身につけるものは変えません」


 ルザニアが騎士としての有事の際、防具を殆ど装備しないのは身軽さを優先してのことだ。

 騎士剣だってそんなに軽くない、金属製の防具なんて見た目以上に重い。無い方が確かに速く動ける。

 ルザニアの戦い方というのは、敵の攻撃を受けないことが大前提で、攻撃性に重視をおいたものであって、だったら身重になる防具なんか初めからいらないという理屈なのである。


 シリカもルザニアもそうだが、どうせそんなに屈強な体をしていないし、体重も軽い。

 防具をつけていようが、敵の攻撃を受けようものなら、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられてそこそこ致命的となる見込みが高い。

 祖国での騎士としての二人は、人間相手なら拳一発で全身ばきばきにしてしまう怪力魔物との交戦も

多かったため、せいぜいの防具ではたいして意味がなかったのである。


「お前がいいならそれでいいが……けっこう私は容赦なくいくかもしれないぞ?」

「大丈夫です、ばちばち来て下さい。一本を取られる敗北の重みは、打ち込まれる痛みとともに覚えよと私も教えられてきましたので」


 ちょっとルザニアを心配しつつ、シリカは持参してきた薄手の金属胸当てを正す。

 実はこれ、かなり薄くて軽い。銃弾ぐらいは防げるが、これ越しに殴られたら殆ど衝撃は殺せない。防具としての実用性はかなり乏しい方。

 シリカが愛用しているこの胸当ては、大き過ぎる胸が戦場で揺れないように固定するためのものでしかなく、防具として採用している意味合いは殆どないのである。


「ちなみに、ルザニアの見習い騎士時代の上官は誰?」

「法騎士エミュ……あ、いや、今の聖騎士エミュー様ですね」

「あー、なるほど。確かに仰りそうだ」


 まだ十代である女の子に、随分と容赦の無い教えを説く師匠がいるんだなと思って、それが誰か尋ねてみたシリカは、答えを聞いて苦笑せずにいられなかった。

 薙刀を得意武器とする、やたらめっぽう強い騎士団の有名人様である。武道に厳しく、後輩への剣術指南がかなり過酷な人としても有名だ。


「けっこう打ち込まれた?」

「はい、めっためたに。痛いのが嫌なら荷物まとめて帰れの人ですからね」


 怖い怖い先輩の思い出話をする割に、ルザニアも懐かしむような柔らかい表情であるのは、訓練時は厳しくとも非番の時を含めて良き上官であったと、エミューなる人物を想っている証拠だろう。

 同時にその表情からは、13歳から16歳までの見習い騎士時代、エミュー様にびしばししごかれてきたから、今日シリカさんにきつくしごかれてもきっと耐えきれますよという自信も窺える。


「そうか……じゃあ、私もそれなりの態度でいくよ。厳しいけど、ついてこいよ?」

「はいっ!」


 シリカさん、まだ笑顔。

 成長を望む後輩を前に、その大願が形になっていくといいな、と心から想い、応援する、優しい優しいお姉さんの笑顔である。

 素でその表情だからこそ余計に、この後鬼になるシリカさんの姿なんて、今からではルザニアには想像できやしない。

 想像力だけできっと厳しいんだろうなと覚悟は決めているが、果たしてその想像力で足りているのかどうか。


 個別指導風の決闘場にて、シリカとルザニアが距離を取って構え合う。

 ぴしっと構えて微動だにしないシリカの型は、向き合うルザニアも緊張する。

 剣豪はその構えの均整比だけでもその実力を醸し出すと言うが、まさにシリカはそのタイプ。


「さあ、始めるぞ! 私から一本を取る気概で、全力でかかって来い!」

「行きます!」


 大きな声を発する必要は無かったが、ルザニアは張りのある声で応えた。

 これも彼女なりの、先輩の胸を借りるこの場に懸ける想いの表し方。

 地を蹴り駆け迫る瞬足のルザニアの前、迎え撃つシリカが騎士剣を握る手に力を込めたこの瞬間が、シリカによる一対一の後輩指導の始まりである。


 さて、ルザニアはいつまで今のような顔をしていられるだろうか。

 舐めてるつもりはなくたって、見通しが甘かったということは往々にしてある話である。











 エレム王国騎士団を構成する騎士は、男女比率で言えば圧倒的に男性が多い。

 近年は、身近なところではシリカを筆頭とする、お強い女騎士様も増えてきたように、女性の騎士も少なくはなく、何十年も前と比べれば女性の騎士も増えてきた方である。

 そういう華が増えることは騎士団(の特に男連中)も歓迎なのだが、その一方で、女性の騎士に対する騎士団の扱いは、意外に慎重である。


 騎士団に入れば当然戦闘訓練を積むわけだが、それは痛みを無しに積めるものではない。

 男連中は、先輩騎士にビシバシしごかれてやがて強くなっていくわけだが、それと同じ事を、若くして入隊したばかりの女騎士の卵にやるのはまず例を見ない。


 男ですら、厳しい訓練に耐えかねて、やっぱり俺には僕には無理ですと去る者が少なくないのだ。

 騎士団に入門したばかりの若者なんて、覚悟してきたつもりでも甘かった、というのが珍しくもなんともない。

 入門してきたばかりの女騎士に、その子が果たして今後も騎士を続けてくれるかどうかわからないのに、体に傷やあざが出来るほど打ち込みをするのはやや酷である。


 女の子の体に傷が出来るのは、男のそれとはわけが違うのだ。

 訓練と称して怪我をさせ、一生体に残るかもしれない傷跡を負わせて、辞めるんだったら辞めてもいいよと突き放すのは、ひどい話に分類していい方だろう。

 確かに本人の意思での騎士団入りとはいえ、じゃあ腹は決まってるよなとサディズムを発揮するような不節操な輩は、そもそも騎士団においては指導者の立場に回されない。


 勿論、指導が不充分でその後輩の剣術がろくに培われず、いざ戦場に立った時に命に関わる大怪我をするのでは本末転倒、というのも事実。

 女であっても兵は兵、魔物や無法者は女だからって優しくしてくれない、甘く育て過ぎるのも良くない。

 ゆっくりゆっくり、痛みは教えどひどい怪我はさせないように育て、その上で騎士であることを続けてくれるなら、徐々に大成へ向けて指導も相応のものにしていく。

 それが騎士団の、若い女性騎士に対する暗黙のようなものである。

 若い女騎士への剣術指南と言うのは、意外と皆様気を遣っておられているのである。






 ところで、一際厳しい鬼教官と呼ばれる騎士エミュー様と呼ばれる人物だが、彼もその例外ではない。

 そりゃあ男に対しては容赦ない。彼の率いる隊に配属されたが最後、修羅の如く厳しい上官様に恐れを為し、泣きの異動を訴える若者が後を絶たないぐらいには。


 しかし彼も、自分が指導する対象に13歳の若い見習い女騎士が含まれた時には、それなりに配慮した上で指導し続けていたものだ。

 最初の一年はじっくりと素振りや体力作りを積み込ませ、そればかりじゃつまらないだろうから痛くない程度に木剣の打ち合いに付き合い、騎士としての下地と心根を養って。

 二年目からは少しずつ、甘さを指摘する木剣を彼女の体に打ち込み、痛みを覚えさせ、しかし怪我はさせず。

 痛いか、しかしこれが刃であればお前は死んでいたんだぞと強く説き。

 時が経つにつれ、訓練は過酷さを増し、しかしそれは騎士として生きる覚悟を強める彼女の、精神曲線を超過しないよう注意を払い。

 辞めたくなったらいつでも辞めろとは口で言いつつ、彼女が強い騎士になっていくことを心の奥では望み、そんな彼に育てられたからこそルザニアは辞めず、痛みに耐えてここまで強くなってきた。

 誇張なく、ルザニアの初代お師匠は名指導者である。


 鬼だ鬼だと騎士団の男連中に恐れられるルザニアの師匠だが、実は彼も男として、女のルザニアには鬼過ぎないようによく考えて育て続けてきたのである。

 だからルザニアは、知っているつもりでも、彼の本当の厳しさというものを実は知りきれていない。

 確かに貴女のお師匠様は超厳しい人ですよ、という話。

 だけどそれでも、世間がそのお師匠様をそう言うほど、貴女に対しては厳しくしてなかったんだよ、という話。


「う゛ぁ、っ……!」

「引きが浅い! 攻め気に溺れて守りが甘すぎる!」


 シリカに打ち込みにかかるも、かつんかつんと軽くいなされ、それでも躍起になって追撃しようとするルザニアの二の腕を、シリカの木剣がびしりと打ち据える。

 痛いどころじゃない。戦闘中に武器を落とすなときつく教えられているルザニアも、思わず木剣の柄を握る力を失わないことに全力を傾け、動きが一時完全に停止してしまう。

 間違いなく、加減されたエミューの指導的な打ち込みをよりも痛い。


「ひあ……!?」

「一撃打ち込まれただけでもう終わりか!? なぜ何もしない!」


 本当に、ほんの短時間動かなかっただけで、得物を握るルザニアの手を、シリカの木剣の切っ先が横殴りにしてくる。

 これで落とすなって言う方が無茶である。砂地を転がる木剣も目で追えず、ルザニアが背を丸めて胸の前に両手を握り締めるほど痛烈。


「もう終わりにするか?」

「っ……! いいえ、続けます!」


 シリカいわく、さっさと木剣を拾って構え直せと。

 痺れるほど鋭い声に背筋を凍らせつつ、駆け足で木剣を拾い上げたルザニアは、ぐるりと体を回してシリカに向き直る。さあ第二戦スタート。


「はあっ!」


 構えたシリカに矢のように迫るルザニアは、シリカの右肩狙いの木剣を振り下ろすフェイントを一瞬挟み、真の狙いは返す刃で薙ぎ払う一撃。

 フェイントに引っ掛からないと言うよりは、そのフェイントを目で追ってから構えた木剣でそれを防ぎ、後から動きだしたくせにルザニアの攻撃をきっちり捌くシリカ。

 さらに木剣がぶつかり合った瞬間に、引いて受け、しかし衝撃を流し気味にし、打ち返す方向に一気に力を切り返すシリカが、芯のぶれたルザニアの武器をはじき上げる結果を促す。


 攻め込んだ直後、またたく間に武器を手放させられたルザニアは、次にどうすればいいのかなんてわかるまい。

 丸腰の彼女が次の行動も選べないうちに、踏み込むシリカはルザニアの横を風のように素通りし、木剣の打撃を彼女に加えていく。

 しかも二発。腹と右太ももに一発ずつ。

 声も出せずに前のめりに崩れ、膝をつくルザニアの後方では、とうにシリカがルザニアに向き直り、丸めたルザニアの背中にゆっくりと歩み寄っている。


「立つか、やめるか。今すぐ選べ」

「はっ、く……! 続け、ますっ……!」


 腹を打たれた直後で息を詰まらせながら、ルザニアははじき飛ばされた武器をうつむきながらも探し、幸いにも近場に落ちていたそれへと駆け寄る。

 駆け寄ると言っても打たれた右足をややびっこ引いて、上半身も前のめりのまま。動きに格好をつけられるダメージではない。


「来るか? それとも、私から行くか?」

「……行きます!」


 苦しい息を吐いて、なんとか体を起こしたルザニアは、右足で強く地面を踏みしめる。

 痛みを耐えて前進に臨める程度には、やはり彼女もなかなかの根性だ。


 しかし、シリカに接近して攻撃を放っても、それらは全て余裕のある構えと打ち返しで阻まれる。

 上段への突き上げも、ボディへのけさ斬りも、脚を狙った薙ぎ払いも、何一つシリカには通用しない。

 シリカが何発かのルザニアの攻撃を見届けた後、自分のタイミングで好きなように、ルザニアの体を打ち据える木剣をぶち込むだけである。


「やせ我慢の域を逸してない! 痛みに気をとられて注意が散漫すぎる!」

「ふっ、ぐ……は、はいっ……!」


 ふくらはぎの裏を打たれるという、普通ではあり得ない場所を武器に捉えられる屈辱に耐え、片膝を崩しながらルザニアは顔を上げる。

 力の差があり過ぎているのを、見せ付けられても屈しない。


「やけになっている! 一撃一撃を大事にせずに、剣が高められると思うな!」

「うぅ……は、いっ……!」


 何とか一矢報いたく、シリカに必死の一撃を繰り出すも、遮二無二放つそれは初動前からシリカの木剣の切っ先に突き上げられ、攻撃の形にすらならずに武器をはじき飛ばされる。

 体は打たれなかったから痛みはなかったが、心の方にダメージが大きい。いくら経験の差があるとは言っても、これまで長い時間をかけて培ってきたはずの技が、攻撃する形にすら移れず無力化されるなんて。


 そろそろじわじわシリカの体から発する覇気が色濃くなってきて、丸腰で彼女と向き合うルザニアは、まるで尻尾を巻いて逃げるかのような足取りで木剣を拾いに行く。

 振り返るのも早い、痛む脚を無視して急ぎ、思わず膝が崩れかけるほど向き直りも焦る。

 今のシリカさんが魔物より怖くなってきた表れだ。実際、だいたいの魔物より強い人だが。


「……来ないのなら、こっちから行くぞ」

「は……」


 無意識に腰が引けていたルザニアに、攻め気が欠けていると見てシリカが迫れば、それはもう地獄の始まり。

 振り下ろされた木剣を防ぐため、構えようとしたところだったが、それが防ぐ位置まで上がるより先にシリカの木剣は軌道を二度折り、今からがら空きになるルザニアの脇腹に入った。

 もうどこから何が飛んできて、何が起こったのかもルザニアにはわからない。痛みだけがある。


「来ないのか。私はここにいるんだぞ」

「はがっ、あっ……! う゛っ、ああっ……!」


 脇腹の痛みにうずくまりかけたルザニアの喉元を掴んで、ぐいっと立たせるシリカはルザニアの至近距離。

 ここで何もしないんだったらもう攻めようもあるまい。そう示されている。

 ちょっと涙目になりかけながらも、ルザニアはシリカの手を強引に振り払い、一歩退がってシリカの脚を狙い、木剣を薙ぎ払う。


 シリカは跳ぶ、ルザニアを飛び越える勢いで。腰の下を狙われた木剣を飛越するのみに留まらず、くいっと首を引いて空中で回り、ルザニアの肩を握って距離を作り過ぎず、彼女のすぐ後ろに着地。

 素早いバックステップでルザニアの背中に自分の背中を合わせ、その瞬間に体をひねる回転を加え、肘打ちの要領で背後から二の腕でルザニアの肩甲骨を押し出す。

 接してからのそれで何故こんなに重いのかも謎なほど、凄まじい勢いで後方から押されたルザニアが、為すすべなく前のめりに転ばされるのが直後に続く。


 砂地に胸から打ちつけられ、着いた両手も砂粒でひしりと痛む。

 既に全身を何度か打たれているルザニアは、ふるふると体を震わせてなかなか立ち上がれない。

 精神的なものもあるが、奮起しようとする心に体がついていかない。


「……終わりにするか?」

「うっ、ぐ……げほっ……! まだ、まだっ……!」


 まだ五分も経っていないのに終わりにさせられてたまるものか。

 必死でルザニアは立ち上がり、またシリカに向き直って構える。痛む体のせいもあって構えが不完全。


「構えてない!」


 その隙を許してくれないのがシリカである。

 もはやルザニアも反応できない接近速度で眼前に迫り、目にも留まらぬ速さで三発打ち込んできた。

 肩口に突き、腰の上に横からの打ち、さらに接近するままルザニアの横を素通りし、去り際に背中へ一撃。


 三発ぶんの痛みの源を視認すら出来なかったルザニアは、苦痛への悲鳴すら発せず、目を白黒させるまま前のめりに膝をつく。

 一本を取られる重みは痛みで以って覚えよ、とはよく言ったものである。痛みしか、今の彼女に認識できる情報は無かったのだから。


「…………」


 振り向くシリカは一度沈黙する。何も言葉を発しない。

 目の前には、うずくまって体をがくがくと震えさせるルザニアがいる。


「ルザニア」


 名を呼べば、ルザニアがどんな反応を見せるか。

 内心では実は、そろそろやめた方がいいのかな、なんて考え始めているシリカは今、それを確かめている。


 何の反応もなければ、短い時間だったがやめにしようとシリカは思っていた。

 しかし、ルザニアが小さくなったままながら、振り向いて、ふぅふぅと荒い息を吐きながらシリカに強い眼差しを返してくるのだから別ルート。

 この子、まだ折れきっていない。いつしか涙ぼろっぼろだが。

 それでも、まだやりますというのをその表情で物語っている。


「……立て」

「っ、くう……はっ、はいっ……!」


 続行である。後輩がやるって言うのなら付き合うのが先輩のお仕事。

 シリカがルザニアを直接マンツーマンで指導するのは、ちゃんと本格的にやるのは今日が初めてであり、シリカもどの程度までルザニアが耐えられるのかを計りながらやっている。


 良くも悪くも、ルザニアのメンタルは、シリカの愛弟子二人にも負けず劣らず折れにくいようだ。

 普段は後輩だから主張が少ない一方、実は何気にかなりの負けず嫌いというところもあるのだが。


「涙を拭け。それじゃあ私の動きを見落とすぞ」

「うっ、ぐすっ……! すみまっ、せんっ……!」


 小奇麗な服も砂まみれ、木剣を握り続けて汗まみれの指先で目元を拭ったルザニアは、やられっぱなしの汚れた顔である。元が可愛いから褪せないが、そのぶんかえって痛々しい。

 泣いているのは悔しいから。シリカから一本取れる想定はしていなかったし、打ちのめされることははっきり想定内であったものの、ここまで何も出来ない無力感を味わわされては流石につらい。


「悔しいって思えるうちは、諦めずに前に進める。ちゃんと、ついてくるんだぞ」

「はい、っ……!」


 発破をかける、優しさとも解釈し得る言葉を発しつつも、表情そのものは厳しく指導する剣豪のそれだから、そうだと解釈するのは傍目からは難しい。

 それでもルザニアが心を折らず、まだまだやれる、やりたいと思える心を肯定し、それが立ち上がる彼女を促しているのだから、それもまた成長を促す魔法の言葉である。

 構えの半端なルザニアが、シリカの言葉にもう一度胸を起こし、幾許か彼女本来の構えを取り戻す姿に、シリカもこの若き後輩の想いに応えたい想いが強くなる。


 強くなりたい。

 シリカだってそう強く望み続けてきて、今の力があり、それでも彼女の中ではまだ足りない。

 もっと、もっと、と思う。

 だからひたむきな後輩には、感情移入し過ぎるほど共感を覚え、手を引いてあげたくなるのもシリカである。


「……来るか?」

「はいっ……! 行きます……!」

「よし、かかって来い!」


 再び前進するルザニアを、シリカが迎え撃つ。


 繰り返されるのはシリカがルザニアの攻撃を無力化し、一方的に体を打ち据える光景のみ。

 その都度繰り返される、怒号にも近いシリカの指導声。はっきり言って見た目には、嗜虐性すら疑うほどの光景である。


 これが果たして、ルザニアに得るものをもたらすものであるのかは、今の時点ではわからない。

 ただ、今までと同じ日々を繰り返すだけでは頭打ちで、ユースやシリカに追いつく速度を早められなかったルザニアにとって、新しい何かがもたらされることには、何かしらの意味を持つはずだ。

 それが良いものか、それとも具体的には新たなトラウマを後輩が得るだけの悪いものか。

 前者でありますようにと心の奥底で臆病に祈っているのは、実はシリカの方なのだが。




 そんなこんなで、こんな地獄のような一対一が、多少の休憩を挟みつつも、この後三時間続いたのであった。十分未満であれだけあって、である。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。この場合、虎子とは未だ叶わぬ強き自分を指し、確かにそのためには試練も必要、それに例えられるのが虎穴。


 冷静に考えて、虎の穴ってすっごく危険な場所である。当たり前のこと。











 誰かさんの名誉のために言っておくと、シリカは男社会の育ちである。

 若い時から同い年はおろか、近いぐらいの年上には完全無敗の、剣術の才覚に秀でた女の子だったのだ。

 だから先述のような、普通の女の子の見習い騎士にされるような配慮は、シリカはかなり特例的ではあるが、殆どされてこなかったのである。

 もう12歳の時に、私は一生騎士として生きていくんだと強く決心していたシリカちゃんという女の子は、見習い騎士として騎士団に入門して早々、男とほぼ変わらぬ扱いでめったくそにしごかれてきた。

 それで時々、先輩にも一矢報いてやり返す実力があったんだから凄まじい話である。


 だから指導者側に回って日の浅かった頃のシリカは、後輩への指導がまるで男の上官のそれ。

 その矛先は、一番弟子の若かりし頃のユースに最も向き、ユースはまさしく被害者代表である。


 ユースはシリカのことをすごく尊敬して、いつでも後ろをついてくる後輩だったから、シリカからすれば可愛くてたまらなかったものである。

 だから、ユースが戦場で命を落とすようなことになるのは絶対に嫌だったし、だからこそ少しでも早くユースが強くなってくれるよう、厳しくがんがん鍛え込んでいたというのは事実。

 そんなユースと全く同じ理屈で、当時はアルミナもシリカさんに、がっつり痛く指導されていたものだ。


 それははっきり、若さゆえの不器用というやつ。不器用すぎて美談にしづらいが。

 要するに好きであればあるほどに、自分の命を守れる力をつけさせるため、シリカも戦闘訓練が厳しいものになっていたという理屈である。誠に難儀な話。


 おかげ様でユースもアルミナも、今じゃ年の程とはかけ離れているほどに強くなった。

 それはそれで、今となってはよかったねでもいいのだが、たまに当時のあれこれを思い出して、ユースとアルミナがトラウマに苦笑いをすることもある。

 何せ今より容赦ない力加減で二人を木剣で滅多打ちにしていたし、倒れても髪を掴んで立たせるし、根性の塊みたいなものであるあの二人が、完全に立ち上がれなくなるまで打ちのめし、少し休んだらさあ再開。

 そしてまた、ぎったんぎったんに。ぞっとする話である。

 シリカも今はもう反省しているが、やっぱり今より若い頃のシリカって、愛情ありしゆえと前置きを置いてなお、やりすぎな人だったのである。


 そんな過程を経て、昔よりも随分丸くなったシリカなので、ルザニアに対する指導は、遺憾ながらこれでも優しくなった方である。

 ひくつく後輩が地に屈する姿を見て、もうやめておくべきかと悩むことが、まず以前は無かった。

 ルザニアの悔しそうな想いを汲み取って発破をかけたようなことも、以前は全く無かった。

 痛みで覚えさせると言っても、ほぼ容赦なしでユースとアルミナを叩きのめしていた当時と比べれば、加減もまだ利かせている方。

 強くなって欲しい、戦場で命を落として欲しくない、だから容赦なく鍛える、という、脳味噌筋肉に任せて鬼と化していた過去を改め、自分のやり方が正しいのかを逐一考えながらやっているのが今のシリカである。


 年長者で、一番強くて、経験豊富なシリカでも、まだまだ若くて悩みは尽きないということ。

 最近ルザニアという後輩の出来たユースが、彼女の指導の仕方に色々頭を悩ませているようだが、いくつも年上のシリカが似たような悩みを抱えて、今日はルザニアと接していたのである。

 そつなく仕事をこなす、容姿端麗のよく出来た大人と傍目から見えたって、その人の中ではその人たるため、人知れず胸の内に苦悩を抱えているというのはよくある話である。

 決して、断じて、シリカのみに限った話ではない。


「……ただいまー」

「あっ、帰ってきた。――おかえりなさーい、シリカさん」


 シリカさんご帰宅。

 ぱたぱたと玄関まで迎えに来たアルミナだが、目の前にあったのは想定外のような、そうでもないような。


「ありゃー」

「うん、何も言わないで」


 ルザニアはシリカにおんぶされて帰ってきた。

 後からシリカが話してくれたことだが、特訓をお開きにしてさあ家に帰ろうかという段階になって、糸の切れたルザニアは脚ががっくがくで、休んでも殆どまともに歩けなかったらしい。

 ヘトヘトのズタボロで目も虚ろだったし、シリカがおんぶしてあげようとしても抵抗しなかったそうだ。

 ルザニアの性格上、先輩にそこまでして頂くなんて、と絶対に遠慮するはずなのだが、それもしなかったっていうんだから、もう自発的に行動あるいは発言する気力も体力も無かったのだろう。


 家に帰るまでの道のりの中で、いつの間にかルザニアは寝てしまったらしく、今はシリカの背中ですぅすぅと寝息を立てている。

 落ちるように眠ったのか、眠るように落ちたのか判別がつかないが。


「……ルザニアちゃーん?」

「すぅ……すぅ……………………くすん……」

「ありゃー」

「やめて、何も言わないで」


 どんな夢を見ているのかは知らないが、ちょっと鼻をすすって泣いている模様。

 いじめられたから泣いているとかいうそれではなく、恐らく今日シリカに付き合って貰った特訓の中で、思っていたほどのことも遥かに下回る自分でしかなかったことに対する、悔しさが起因になっているのだろう。


 傍目からは、しごき過ぎて泣かせてしまったようにしか見えないのが、シリカを針のむしろにしていそう。

 実際訓練場からの、ズタボロのルザニアをおんぶして帰る道、周囲の目がシリカにとってはちくちく痛かったものである。


 居間を通ってルザニアの自室に彼女を寝かしに行くシリカだが、その姿をユースに見られた時もたいへん気まずそうなお顔。

 何を考えているのか手に取るようにわかるユースは、生温かく苦笑いして見送るだけに留めておく。


「……なぁ、ユース」

「あ、はい」

「私って、やっぱり怖い先輩なのかなぁ」


 ほらやっぱり。

 目が覚めた時のルザニアに嫌われていないかとか、今からそんなことを凄く気にしていらっしゃる。


「昔は怖かったですよ」

「昔はねー」

「はい、ごめんなさい」


 シリカもあんまり元気のない笑顔で、まあなんとしおらしいことか。

 ここまでくるとユースもアルミナも、この人4つも年上の人だっけと可笑しくなってくる。


「大丈夫でしょ、ルザニアちゃんも騎士ですよ」

「少なくとも俺達は、シリカさんがどうして厳しく俺達を指導するのかもわかってますから」

「ありがと」


 理解者がいるって本当に嬉しい。

 ちょっとだけ笑顔に元気を取り戻したシリカは、ユースとアルミナの、気にしなくたって大丈夫ですよの笑顔に見送られ、ルザニアの部屋へと歩いていく。


 とどのつまりは、後輩に慰めて貰った形である。まったくこれでは、どちらが年上だかわからない。

 人生何度目だかわからぬが、私は本当にいい後輩に恵まれているんだな、と改めて感じるシリカは、自室のベッドに寝かせたルザニアの寝顔を、頬を優しく撫でていた。


「……お疲れ様。頑張れよ、私なんかいなくたって、お前はきっと強くなれるんだからさ」


 寝息を立てるルザニアに、無駄に卑屈な言葉を添えて密かなエールを贈る。

 自己評価の低さが目立つユースだが、彼の育ての師匠はこの人である。妙なところで師弟はしばしば似る。

 もしもこういうところまでルザニアに継承されると、色々歯がゆいことになりそうな話である。


「なんか卑屈な言葉が聞こえたんですけど、まさか寝てる相手にそんなこと言ってるんですか?」

「うぐ……ほっといてくれ」


 この日ずーっと自室で読書を嗜んでいたマイペース野郎が、わざわざそれを言うためだけにやってきて、ドアの向こうから声を発してきた。

 あれもいい後輩で気も利く奴なのだが、こういう底意地の悪さはどうにかならないものかと、シリカも時々頭を悩ませている。


 それでも、そんなチータを含めて、後輩みんな可愛くて仕方ないシリカの最大の課題が何かと言われれば、結局の所"子離れ"の一言に尽きるような気がしなくもない。

 ユースが最近、師匠であるシリカからの親離れを目指して頑張っているのに、シリカがこれではなんとやら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ