第28話 ~ルザニアのちょっとしたわがまま~
「ごちそうさまでしたー! シリカさん、今日も美味しかったですよー!」
「お粗末様」
「アルミナ、食器置いとけよ。今日は俺が洗い物するから」
「そう? そんじゃお願いしよっかな、ありがと。
シリカさん、お風呂沸かしてありますけどお先に入りません?」
「いいよ、先に入っておいで。私は寝る前に入ろうかなって思ってる」
「わかりました~。それじゃ、お先に失礼します」
夕暮れ頃に、ユースとルザニアが裏庭で短時間の剣術鍛錬をしているところにシリカが帰ってきて。
それでひとまず今日の鍛錬はお開きとなり、家に入ってみんなで夕食。
今日の夕食を手がけたのはシリカ、めちゃくそに料理上手な人なので出来はお察し、あるいはアルミナの仰るとおりというところ。
ひと汗かいた直後のユースとルザニアには、ただでさえ上等な料理が余計に美味しく感じられて、なんとも至福の夕食時であっただろう。
「ユースさん、お手伝いしますよ」
「ああ、ありがとルザニア。助かるよ」
みんなの食器を台所に運び、洗い物に移ろうとしたユースの行動に、後輩のルザニアが追随する。
後輩根性が長く抜けきらないユースは、洗い物やら掃除やらの雑務に未だ積極的で、今は後輩がいるという事も忘れがち。
好きなようにさせていたら、後輩にやらせておけばいいような仕事も、さくさく取っていくタイプである。
後輩なんだから雑務は自分がやらなきゃ、という精神を地で持つルザニアも、積極的に動いてお手伝いを申し出なきゃ、立場なりの仕事も取られるのでよく動く。
「あの、ユースさん」
「ん?」
「ユースさんに剣を教えたお師匠様って、誰と誰と誰なんですか? シリカさんは知ってるんですが」
かちゃかちゃと一緒に食器を洗いながら、ルザニアがユースに話しかけてきた。
女の子とどういう話をすればいいのかあまりわからず、相手が女性だと口数が少なくなりがちのユースだが、こういう話題なら返事も簡単だ。
「騎士団入りする前は田舎の剣術道場の師範様で、騎士見習い時代はラヴォアス上騎士様だよ。あとはシリカさんの隊に入って、それきりかな」
「ラヴォアス様ってあの、すっごく厳しいって噂の?」
「あー、俺はよくわかんないけどそうらしいな。それはよく聞く」
騎士団入りして以降のユースを指導した先輩騎士は、ラヴォアスという名の騎士様とシリカの二人。
どっちも指導対象が血へど吐くぐらい厳しい人なので、ユースの感覚は麻痺してしまっている。
厳しいのを厳しいと感じない麻痺の仕方じゃなく、他の師匠がどうなのかをあまり知らないだけでもあるが。
「そっか……ユースさんってすごく強いなって思ってたんですけど、なんか納得しちゃう気がします」
「すごく強……んー、あー、俺はそう、なのかな……まあ、そう言って貰えると嬉しいけど……」
洗い物で手が塞がっているから出来ないが、そうじゃなければ頬でもかいていそうな照れっぷり。
今では同僚にも、他国のお方にもその実力が評価されているユースだが、彼は戦い方が地味、言い換えれば玄人目にしか強さがわかりにくく、世間的には評価が低かった時期がそこそこ長い。
こうしてストレートに褒めて貰えることが少なかったため、慣れていなくてリアクションもどうすればいいのかわからないようだ。
一方で、努めて堪えて平静を保とうとしていながら、嬉しそうなのは表情筋からルザニアにも見てとれるものであり、評した方もなんだか嬉しくなる口元のゆるみっぷりである。
「ラヴォアス様って、どんなご指導して下さったんですか?」
「あんまり具体的には思い出せないなぁ……打たれて覚えろ、恐れず踏み出せが信条の人だから、毎日ボコボコにされてた記憶しかないというか……」
面白いエピソードの一つでも見つけられたらな、と、後輩を楽しませる語りも試みたいユースだが、盛るにも困るような過去しかないので、なかなか気の利いたことは言えそうにない。
師匠がシリカに変わってもそんな感じなのである。そんな師にしか当たっていないユースって、運命的には体が哀れで、だけどそれで今の強さが得られたと思えば、結果論では幸運だったと言えるところだろうか。
「ルザニアの、騎士見習い時代のお師匠様はどうだったんだ? 優しい人だった?」
「法騎士エミュ……あ、いや、今の聖騎士エミュー様でしたね」
「げっ、すげぇ名前出てきた」
自分から上手に話すのは得意でないユースは、こうして相手の話を聞く流れに逃げる方が上手い。
一番最近のルザニアの剣の師匠はもう他界しているので、今もご存命であられると見た"騎士見習い時代の"師匠を聞く辺りは、ユースも的確に気を遣っている。
「エミュー様ってそんなに有名なんですか? お優しい方だったんですけど」
「剣術指導がめちゃくそに厳しいことでも有名だよ。
っていうか俺も一回だけお話したことあるんだけど、なーんか滲み出る鬼教官のオーラが凄くて無性に怖かった記憶がある」
「あー、確かになんか溢れ出る覇気みたいなのはありま……あっ、今のは絶対エミュー様に内緒ですよ」
「ほら、ルザニアもエミュー様のこと怖いんじゃん」
「そ、それはまあ、その……色々ありましたからねぇ……」
今の程度の陰口にもならない陰口もどきさえ、自分が言っていたと当のお師匠様に告げ口されるのは怖いと。
ユースを含む多くの騎士の耳に届いているとおり、そのエミュー様とやらは後輩に怖がられるほど、お厳しい人であるのがほぼ証明されている。
遠い目で苦笑いするルザニアの脳裏には、びしばしにしごかれた過去が蘇っているに違いない。
「立てなくなるまでしごかれるとかした?」
「そこまでは……あ、今思い出したけど、立てなくなるほどきつい一撃と言えば……」
「ちょっと待て、俺もなんか思い出した。やめて」
二人とも、同じ事を思い出している。
ユースとルザニアが、互いの名を初めて知り合っての初対決の日のことを。
ユースがルザニアの腹に木剣をぶち込んで、ルザニアが倒れてびっくんびくんしていた時のことを。
「いや、気にしてませんよ?」
「やっぱアレか。ごめんって」
「いえいえ、真剣勝負だったんですからそんな」
「でも掘り返してくるってことはなんか恨み節ある?」
「ないですってば~」
本当に無い。過ぎた話だし、今となってはいい思い出だ。
そもそも当時ですら、ユースは我に返ってやべぇと思ったが、単なる真剣勝負の結果だからルザニアは気になどしていなかったのだし。
「そのうち俺があの日の借りを返されて、すんげえ痛い目見たりするのかなぁ」
「いや、まあ、いつかはユースさんから一本取りたいとは思ってますけど、それは別に当時の仕返しとかそういうのは一切なくてですね」
「でもせっかくだから、やれる日が来たら思いっきり?」
「……それもいいかも」
「こえ~」
互いの性格はそろそろわかっているし、100パーセント冗談の復讐劇妄想を笑いの種にして、二人は明るく共同作業。
五人分の食器洗いなんてすぐ終わる。これぐらいの会話の中で、洗い物を終えた二人はそれらを棚に片付けて、和気藹々と過ごしていた。
そんな二人の姿を、新聞に目を通しながら見守るシリカも微笑ましい。
後輩同士が仲良くやっている姿、特にユースが後輩と親しく過ごしている姿は、殆ど親心に近い感情もユースに抱くシリカからすれば、見ていて心が安らぐものである。
その一方で、後輩の女の子にすっかり懐かれているユースを見ていると、なんだか無性にそわそわしそうになったりもするが。
「シリカさん、お茶淹れましょうか?」
「ん……あー……お願い、しようかな」
ちょっと上の空になりかけていた。先輩のお茶を気遣ったユースの言葉にも、ちょっと反応が遅れてしまう。
戦場では、背中にも目がついてるんじゃないかってぐらい、どこで何があってもすぐ気付く勘と視野を持つシリカなのに。よっぽど何かを気にしていたようで。
「シリカさん、なんか目が遠くないです?」
「そうかな……いや、別に大丈夫だと思うよ?」
ユースも普段と違うシリカの姿に疑問を感じて尋ねてみるほどで、シリカは内心を悟られないよう平静を装った返答。
上手にやれている方ではないが、ユースが鈍いので多少ヘタでも誤魔化しきれている。
それはそれで、シリカからすると余計に複雑だったりもするけれど。
ユースが淹れてくれたお茶は美味しかった。
騎士として大成して欲しいと思っている後輩が、やたらと家庭的なスキルばかりも上達していく様を見届けるシリカは、そういう意味で小さく笑みをこぼしていた。
遠目にそのシリカの表情を見て、あぁ多分美味しく淹れられたんだな、なんて手応えを感じているユースが、どれだけシリカにべったり懐ききっているのか、案外当のシリカが一番わかっていないのである。
わかっていないから、何やら色々余裕がない。
部屋に戻る前に、一言二言楽しげにお喋りするユースとルザニアの姿を見るだけでも、なんだかシリカはそわそわしていた始末である。
夜、寝る前の時間帯。
シリカは自室にて、報告書を作っていた。現在、隊の隊長であるユースがどのような活躍をしているのかを、本土の騎士団に報告するための書類である。
アルバーシティでの大きな任務を預かった先月のように、わかりやすい任務がある時は報告書を作るのが簡単なのだが、最近はあまり仕事が寄越されないから書くことに困り気味。
シリカ目線で、今日で一番ユースに関して印象強いことは何かと言われれば、お茶の淹れ方がいつの間にかやたら上手くなっていたことぐらいである。温度やら葉の残し方やらが絶妙だった。
そんな日記にでも書いておけと言われそうなことを報告書に書くなんてバカはしないが、なまじそれが一番強く記憶に残っているから、ノイズになって他のことを探すのに一手間挟まるのも事実。
少々考えはしつつも、そのうち上手に報告書を纏めるシリカだから、今さら苦になる仕事でもないが。
最終的には恐らく、ユースがルザニアに剣技指導をしていることは今日聞き及べたため、近いうちにその指導が如何な次第であったかを見て、改めて報告しますと濁した文章を作ることになるだろう。
書くことに悩む時の逃げ方も心得ているぐらいには、シリカも報告書は書き慣れているのである。
「……すいません、シリカさん。入ってもいいですか?」
「ん、ルザニアか? いいよ、入っておいで」
ほどほどに切り上げて寝ようかな、なんて思っていた、お風呂上がりしばらくのシリカの元に、やや意外な夜の来訪者が訪れた。
ノックして、おずおずとした声を発する最年少の後輩に、シリカが優しい声をかけると、上品なゆっくりとしたドアの開き方でルザニアが入室してくる。
「すいません、夜分遅くに……」
「いいよ、別に寝ていたわけでもないんだから。どうした?」
「あの……えぇと、その……シリカさんに、申し上げたいことが、ありまして……」
なんだか神妙な顔でそんなことを言い出すルザニアには、ちょっとシリカも身構えそうになる。
そんな緊張した面持ちで、いったい何を言い出すんだろうと。
剣のこと? 何かお悩み相談? あるいはたいしたことではないけど、先輩相手だから緊張しているだけ?
まさかユースのことじゃないよな、今日は随分と仲良くしてたし……なんて考えた瞬間に、ちょっとシリカの心臓がことこと跳ねたのはここだけの話。
「あ、あのっ、最近お忙しいようですが……わがままなんですけど、明日……私に稽古をつけて貰えませんか?」
別にまったくそんなことはなかった。杞憂に終わってほっとするシリカの心境なんてルザニアは知らない。
「最近はユースに稽古をつけて貰うことが多いみたいだけど……敢えて私なのかな。何か考えがありそうだな」
「はい、実は……」
悩ましげな顔で打ち明け始める後輩を前にして、シリカは話を聞く顔と耳になって、静かにルザニアの悩みに耳を傾ける。
切り替えは早い。シリカも先輩歴は長く、悩める後輩を前にすれば、ちょっと前の気の惑いなんて消し飛んで、後輩と向き合うことで頭がいっぱいになる。
結局自分の恋心やら何やらよりも、シリカの中ではいかに後輩を良き道に導けるかの方が、それ以上にずっと大事なのである。
そんな彼女だから、色事にはさっぱり経験を積まないままここまで来たとも言えるかもしれないが。
「――事情はわかった。ユースに少しでも、早く追いつきたいと」
「ユースさんのご指導に不満があるとかじゃないんです。でも、それだけじゃあの人と私の間にある力の差は、何年経っても縮まらないようにしか思えないんです」
ルザニアの話してくれたことを要約すると、まあまあだいたいそんなところである。
ユースは現状ルザニアより強くて、しかも今も強くなるために前進し続けるルザニアと同じで、彼も彼で現在進行形で成長中。
具体的にどうユースが日々強くなっているかはルザニアの目で判別できないが、剣術の虫で日々鍛錬のユースを見ていて、そうだろうなと思うのは自然な発想でもあろう。
そんなユースに少しでも追いつこうと、自分の前進をユースの前進よりも速いものにしようと思ったら、今までと同じ事の繰り返しじゃ足りないとルザニアは感じたようだ。
それで、ユースを鍛え上げたお師匠様の一人、シリカにご指南を申し出たというところである。
「焦ることはないと思うけどな。自分では実感が無いかもしれないが、ルザニアだってこの二ヶ月で、前よりは良くなっている部分もある。
ユースも前に進んでいて、ルザニアも前に進んでいる。二人の差を縮めることに、焦って躍起になることはないと思うけど」
「わかっては、いるんですが……」
「うん、それもわかる。比較を抜きにして、少しでも早く強くなりたい、というのは私達の性だよな」
ユースとの力の差を意識する必要はないが、自身の成長を望む姿勢そのものはよし。
そういう含みを共に含んだシリカの言葉は、ルザニアには理解者のそれと映って嬉しいだろう。年の離れた大先輩に相談した甲斐があったというものだ。
「明日はユース達はナナリー女王様とお話しに行くそうだし、私達は私達でやろうか?
私もお前との一対一の鍛錬は初めてになるし、手探りになりそうだから力になれるかはわからないけど」
「いえいえ、そんな……! よろしくお願いします、恐れ入ります……!」
深々と頭を下げて、了承に強い感謝を捧げてくるルザニアを見ると、なんだかシリカも苦笑い。
そんなにアテにされると、期待に応えてちゃんと何かを得させてあげないとって思うのだ。
剣術指導には慣れているシリカだが、相手次第でやるべきことも教える言葉も変わるしで、けっこうやる前は緊張するのである。
「それじゃあ、明日はそういう段取りでいこう。ナナリー様から任務を預けられることも無いだろうし、きっと明日は時間がたくさん取れる。
今日はもう寝なさい。元気な体で、明日はじっくりやろうな」
「はいっ!」
嬉しそうにもう一度会釈して部屋を去るルザニアを、シリカは優しい笑顔で見送った。
ドアが向こう側から閉まる。ルザニアの目にはシリカの姿が映らなくなる。
シリカは改めて報告書に目を向ける。書きかけの報告書の文字列の中には、ユースの名も含まれている。
「……さ、どうしよ」
実はかなり困った。後輩に剣技指導するのはかなり久しぶりだ。
アルミナには今さら接近戦のあれこれを手ほどきする必要はない。彼女には護身術に活かせる体術や、稀に使う銃剣の扱い方なども教えてきたが、アルミナが充分に成長した最近はさっぱりご無沙汰だ。
ユースにあれこれ教えることも最近は無い。ユースに剣術の何やらを教えようとしたところで、実戦形式で木剣を差し向け合って、互いに勝手に学ぶだけである。普通にいい勝負になるし、教えるうんぬんの
次元じゃない。
ルザニアへの指導は最近ずっとユースに任せている。後輩に剣を教える仕事を、わざわざユースから取ることは敢えて避けてきた。
そんなわけで久しぶりに、後輩にマンツーマンで剣を教えることになるわけだが、シリカにはかねてからの悩みが一つある。
素でいくと、だいぶ厳しい指導者である自覚がある。長らく自分では気付いていなかったのだが、最近やっと気付いたことである。
シリカに剣を教えたお師匠様も非常に厳しい人だったから、シリカの中では長いこと、剣術指導なんてのはびっしばしに厳しいものであって当たり前だったのだ。
色々経験するうちに、それって世間的にはかなりやばいぐらいハードなんだと、遅ればせながら自覚したのが比較的最近のこと。
それに気付く前のシリカは、ユースやアルミナを相当にきつくしごき上げてきた。
そのせいもあってユースとアルミナが、ふとした時にトラウマを思い出して苦笑いするのを、意外なほどシリカは気にしているのである。
大事で愛しい後輩だし、厳しくしたのも敢えてだし、嫌われたってあの二人が強くなってくれればいいという覚悟あってのことだったが、だから気にするなと言われてもちょっと難しいぐらいには、ある意味シリカも気が小さいのかもしれない。
ユースとアルミナのことを好きになり過ぎているというのもあるが。
そんななので、明日ルザニアとどう接しようかはかなり悩ましい。
今までどおりの厳しい自分でいいのか、それとも新しい指導方法を模索していくべきか。
優しく後輩に教えて上手にやる人は、この世の中にいっぱいいるのである。
後輩が快く成長していくのは望ましいこと、しかし甘く育てて実にもならぬのでは本末転倒。
このバランスが非常に難しいのは事実である。未完成の後輩を戦場に送り出すと、その後輩の命をも危ぶめかねないのが騎士という仕事なだけに、他の仕事以上にそれはデリケートだ。
「う~ん……本当、どうしよう……」
独り言が出るぐらいには、シリカも随分悩み込む。
後輩を育てるのが先輩だが、その過程で、試され、育てられるのは先輩の方も同じというのが、世の不思議かつ真理である。
ユースも最近色々と考えながら、ルザニアへの剣技指導にも望んでいるようだが、彼の場合はそもそも経験が浅いから、今は手探りながらもがむしゃらで済んでいる方。
経験豊富になり、ある程度のノウハウを掴みつつも、失敗の記憶も多くなってきたシリカぐらいのキャリアの方が、最高の正解への道のりは近く、そのぶん悩みも多くなる。
何歳になっても楽な仕事なんてない。
最年長でもシリカはまだまだ二十代。後輩四人に強く尊敬されているシリカでありながらも、彼女は彼女で色々と大変なのである。




