第27話 ~最近随分懐かれた~
セプトリア王都、城の離れにある訓練場には、毎日セプトリア城に仕える兵らが集まっている。
平穏なる日にも、時間を得られれば修練を積み、有事の際にはその腕が役に立つよう、上達と腕のなまらずを兼ねた鍛錬を重ねるセプトリア王都の兵は、実に勤勉なものである。
アルバーシティの兵も、この実直さを一厘でも見習えばいいのに、と時々ハルマがぼやくそうだが、言いたくなるのもうなずける話である。
セプトリア兵だけが集う、ある意味でこの国の武の聖域たらしめられたこの訓練場だが、昨今はここに異国の騎士様がよく混ざっている。
エレム王国から来訪した騎士ユーステット、騎士ルザニア、あと付き添いでよくついてくる傭兵銃士アルミナ。
本来はセプトリア兵以外は禁制空間とされるこの場所に、この三名は日々快く歓迎され、今日もこの場所で武器を手に体を動かしている。
「くが、っ……!」
騎士ルザニア。
今、3つほど年上の男と木剣を握って対峙し、一本打ち込めば勝負ありの手合いを終えたところ。
三度四度の木剣の打ち合わせの末、ルザニアの得物が革鎧を身に付けた相手の横っ腹に一撃を叩き込み、背を丸めて苦しむ彼から一本を取った直後である。
「右肩動かしちゃダメだよ! ――そうそうその調子! いくよっ!」
「っ……! ――当たった!」
「いいじゃんいいじゃん、コツ掴めてきてる! 今のを忘れないうちにもう一回!」
銃士アルミナ。
年下の気弱そうな少年銃士に大声をかけながら、狙撃用のクレーを投げ、未熟な若者を個人指導中。
走りながら的に銃弾を当てるのが上手くいかないと悩む彼に、極意を教え、実践形式で成功の味を覚えさせているところである。
今まで何度やっても出来なかった、走りながら宙を舞うクレーに銃弾を当てるという業に成功した彼は、昨日まで自信なさげだった目を輝かせて、アルミナに導かれるまま訓練に前向きに臨めている。
「ぬがっ……!」
「この……っ、ぐわっ!?」
「うぐ、っ……!」
そして、騎士ユーステット。
三十代の、セプトリア王国兵の中でも手練の方、三名を同時に相手取り、包囲された形から訓練を始めた彼が今、勝利の形でふぅと息をついたところ。
連携のとれた、ほぼ完全同時の多方向からの攻めに、ユースは身をひねり、かがみ、盾を構え、迫った三人ぶんの武器を、回避し防御し身をかわした。
それに際して彼が振るう木剣の三発は、一人の死角から脇腹を叩き、目で追ってきた一人の胸を突き、ユースを完全に見失った一人の太ももの裏に叩き込まれる。
痛みに動きが止まった三人から軽く飛んで距離を取り、安全圏にて構えるユースだが、一本勝負ありを三人ぶん一気に取ったユースは、そこで初めて武器を下ろすのである。
「いてて……すげぇな、女の子とは思えないほど重い一撃だったよ……」
「恐縮です……そ、それより大丈夫でした?」
「どう、自信ついてきた?」
「はい……! なんだか、僕にもやれそうな気がしてきました……!」
「くぅ~、流石エレムの騎士様ですなぁ……三人がかりでも歯が立たぬとは」
「いやあの、正直、運と張りが良かっただけの部分もありますから……恐れ入ります」
褒められて恐縮しつつ、打ち込んだ相手の心配をするルザニア。
成功に目を輝かせる年下の少年の姿を、まるで自分のことのように喜ぶアルミナ。
惜しみない賞賛に事実含みの謙遜をしつつ、やっぱりお褒め頂いて嬉しいのか照れているユース。
三人とも強い、あるいは指導者として優秀。
身内同士で腕を高めあっていたセプトリア兵らにとって、この三人との手合い、あるいはご指導を授かることは、おおいなる刺激になっている。
時間があれば訓練場にて、うちの兵にご鞭撻頂ければと頼まれているユース達は、暇が出来るたびこの場所を訪れ、歓迎される毎日が続いていた。
異国を訪れた騎士としての仕事を、望まれたとおりに遂行し、成功しているということだ。
連日これの繰り返しでありながら、毎日なんらかの手応えを得ているユース達は、退屈することもなく、しかし真剣に、一方で快く、セプトリア王国での日々を過ごしていた。
「おーい、邪魔するぞぅ」
「うぉ……!? これは、ナナリー女王様!」
今日は普段と違う一幕があった。
汗臭い訓練場には似合わないほど、綺麗な王族の着こなしで訪れた、小さな小さな女王様。
10歳にも満たぬとしか思えぬ幼い体、女王じゃなく王女つまりお姫様では? と見紛われやすいセプトリア王国の主君の登場には、兵士一同肩を縮めて振り返っての一礼だ。
「あーよいよい皆の衆、リラックスしててよい。それよりユースどのー!」
「はいっ!?」
ユースを発見するや否や、ドレスのスカートをつまんで持ち上げ、ぱたぱた駆け寄ってくるナナリーには、その姿を見た瞬間から恐縮していたユースが更に縮み上がる。
なんだかぷんすこしていらっしゃる顔だ。え、俺もしかして何か粗相したっけ、と焦る。
「たまには遊びに来て下さいと申し上げたじゃろー! ずっと待っておるのにいつ来て下さるのじゃー!」
「あー、あー、えと……それは、あのぅ……」
「はいはいナナリー様、落ち着いて下さいね」
「みゃっ!? これっ、ニトロっ!」
ユースの目の前で立ち止まったナナリーは、頬を膨らませ気味にユースを見上げていたのだが、彼女に付き添ってここまで来たニトロに、両脇からひょいと持ち上げられて体全部を浮かされる。
小さな妹を軽々と持ち上げるかのようにして、ユースから離れる方向に後ずさるニトロにより、ナナリーとユースに距離が出来る。目線の高さは等しくなった。
「ユース、気にしなくていいからな。ナナリー様はお前とお喋りすることを口実に、仕事をサボりたいだけだから」
「違うぞっ、ニトロっ! 妾は普通にユースどのらと……」
「たとえそうでも、会ってお話できれば仕事に手をつけないでしょ」
「否定はせんけどなっ! それより下ろせっ、なんだか屈辱的なのじゃ!」
浮かせられて手足をばたばたさせるナナリーに溜め息をつきながら、ニトロは優しくナナリーを砂地の上に立たせる。
ほどよい距離感でユースを見つめるナナリーは、詰め寄ってくることはしないものの、ユースの顔を見上げた目をじっとりとさせる。
「シリカどのはよく会いに来てくれるんじゃぞ~? ユースどのも来てくれたっていいじゃないか」
「あの、すみません、本当……そのうち、そのうち行きますので……」
「そのうちっていつですかの?」
「えーと、その……」
「今のうちに約束を……」
「やめましょう、ユースも困ってますから」
ひと月近く前、フラックオース組の頭目を撃破し、アルバーシティで続いていた人攫い事件にピリオドを打ったユース達。おかげで随分とナナリーに気に入られてしまったらしい。
大いなる成功の立役者というだけでもそうだが、何よりアルバーシティからセプトリア王都に帰り着いた時、ユースの傷が完治していなかったのも大きかったのかもしれない。
胸に大きな斜め傷、首元に噛み千切られかけた傷、そんな死ぬ寸前の大怪我をしてまで、この国に根付いていた病巣を断つために戦い抜いたユース、というのが、誰の目にもわかりやすかったのである。
セプトリア王国に授かった仕事に命懸けで臨みました、という強烈なアピールになった形であり、それが意図してやったことではないから尚更に、ナナリーから強い敬意を頂いてしまったというわけだ。
すっかりユース達のことが好きになってしまったナナリーは、ここ最近、ユースらとお喋りする時間をやたらとせがむようになった。
好きになれた相手とは、もっともっとお話したいと思うものである。
一方で、ユースも長々とナナリー女王様とお話するなんて畏れ多いものだから、かえって最近はナナリーにご挨拶に行くのすら躊躇っている。
ちょっと前は、朝のご挨拶に伺うぐらいはそれなりの頻度でやっていたのに、今は会いに行くと捕まって長時間お喋りを強いられるため、むしろナナリーからユースは距離を取りつつある。
対面を望まれているのは光栄なことだが、何せ相手は一国の女王様。
見た目には無邪気に幼い風体のナナリーとはいえ、ユースは相手の立場を忘れられる性格をしていないから、何分もナナリーとお話しろと言われたら息苦しい。
「シリカさんってナナリー様にもよく会いに言ってるんですか?」
「うむ、昨日も来てくれたぞ。毎日楽しいお話をお聞かせ下さるし、退屈しているわけでは決してないのじゃが、妾はユースどのやアルミナどのからも色んなお話を聞きたいのじゃ」
普通にナナリーに話しかけに行くアルミナのことを、ユースは凄いなって思うのだ。
相手は女王様だぞと。本当こいつ、誰とでも簡単に気兼ねなく話せるように奴だなって、ユースは思ってやまないものである。
「じゃからな? ユースどのも、たまには会いに来てくれんかの? アルミナどのも、出来ればな?」
「あはは、光栄です。それじゃあ明日、お伺いしてもいいですか? ユースと一緒に」
「おまっ」
「いいでしょ、たまにはお付き合いしなさいよ」
この強引さといい、牽引力も凄まじい。
もっとも、なかなか覚悟のつかないユースにきっかけを与えるという意味では、アルミナの発案はユースを助けているとも言える。自分が付き添うという、ユースにとっての好材料も付随してだ。
「よしよし、言質を取ったぞ。女王の妾との約束じゃぞ~」
「必ずお守りします。ね、ユース」
「あー……うん」
今からもう、明日が楽しみと言わんばかりに上機嫌になるナナリーの態度を見るに、やっぱりアルミナの積極的な姿勢が正解なんだろうなとはユースもわかる。
自覚もあるのだが、ユースは難題を前にした時、なかなか踏み込む勇気が持てないことがある。強い魔物に立ち向かうだとか、武の難題への挑戦だけは特例的に、がんがん前に出て行けるのだが。
そういうユースであるからして、アルミナのようにぐいぐい引っ張ってくれる相棒というのは、単なる戦場でのパートナーというだけでなく、あらゆる側面から見て相性がいいと言えよう。
「さあさ、ナナリー様、満足でしょ。行きますよ、仕事しますよ」
「うむうむ、今なら何でも頑張れるぞっ!」
いいことがあればやる気が出る。
行動原理まで子供っぽいナナリーは、やはりと言うか見た目どおり、幼子が大人に手を引いて貰うかのような形で、ニトロに連れられ訓練場を後にした。
この後はまた、訓練を再開したユース達が、セプトリア兵に剣や銃の手ほどきをしばらく続けるに至る。
長年シリカに教えを請うばかりで、人に剣術のあれこれを教えることなんて殆どなかったユースだから、指導手合いにはまだ慣れない。
相手が年上の兵士様であれば尚更だが、相手の剣筋に粗が見えても、こう改善した方がいいですよなんてのも言いづらい。それを出来るほど自分が上に立っているとは、ユースは性格上なかなか思えないのだ。
「もうちょっとこう、手首を――」
「こ、こうですか? ううん……」
「いやそこまで捻ると型が崩れるから……右肩を少し下げて、角度つけて……」
それでも、相手が年下の兵士だったら、まだいくらか言いやすい。
腰が浮いている、手首が遊んでいる、踏み込みの際に重心が偏りすぎている、などなど、一騎打ちしてわかった相手方の剣術の粗を、柔らかい言葉で説明するユースの姿もあった。
自分も剣を扱う身、その者にあった型というのがあるのも承知。
そんな相手の型をちゃんと見極め、どこがどうだから力を発揮しきれていないのかを見抜き、無理なく型を乱さぬままに改善する方法をよく考えて、説明する。
基礎のしっかり出来ているユースだから、他者の根本的な剣術の粗もちゃんとわかるし、思慮に富む性格とそれを形にできる説明力を持ち合わせているから、懇切丁寧な形で年下を指導することも出来る。
「あ、これなら動かしやすいかもです……! あれ、なんだか踏み出しやすくも……」
「多分その方がやりやすいんじゃないかな……ちょっと一回打ち合ってみようか。その型のまま、試してみよう」
自信なさげなユースだが、アドバイスは的確で、この後ユースとの木剣の打ち合いで、今まで一人では気付けなかったことに目を覚ます兵の姿があったものだ。
強いだけの奴は世の中に山ほどいる。
その強さを築く中で培ってきたものを、他者にも同じように分け与えてもよいとする者は少々限られる。
そして、それをちゃんとわかりやすい形にして、言葉で、仕草で、相手に伝えられる者は一気に減る。
それが指導者の資格ありし者のことであり、強さとその才覚を併せ持つ者は存外少ない。
ユースも今は自覚が無いが、彼はそうして武の道において、人を導くために必要なものを沢山持っている。
人のつまづく理由を見抜く目、それを説明する語彙力、相手が自分の説明を理解してくれるかどうかを反芻する慎重さ、その言葉遣いで相手が不快感を覚えないよう気遣う思慮深さ。
何よりも、他者の成長を喜ぶことが出来るその性分。これが指導者、人を導き、人の上に立つ者に、最も求められる最大の才能だ。
「良くなってきた……! その調子、もっと思い切りを持って踏み込んでこいっ!」
「はい!」
様になり始めている。来国して間もなくの頃、剣術指南と言っても何をどう教えればいいのか手探りであったユースとは、今のユースはまるで別人だ。
歳月がその人物の中に積み重ねてきたものは、きっかけさえ得られればいつだって花開き得るものである。
祖国を離れ、見上げられる騎士様として恐縮しながらも、その立場として為すべきことを為さんと歩き続けるユースは、新しい境地を拓き始めている。
今までユースは、多くの人に育てられ、今の力を形にしてきた。
だからユースは、自分をを導いてきてくれた数々の先人の顔を忘れたことはないし、それらに対する敬意と憧れを持ち続けている。
そんな憧れの人々に、ゆっくりと自分が近付きつつある現実に、ユースが一番無自覚なのである。
「シリカさん、まだ帰ってないんだ?」
「お城でしょ。もしかしたら、誰かと一杯ぐらいはやってるかもね」
「こう言うと失礼かもしれませんが、シリカさんって見た目以上に社交的ですよねぇ……」
訓練場での指南を終え、冬を越して春の近付いた夕暮れ空の下、家に帰り着いたユース達。
チータは自室で読書しているか、どこかにふらふら遊びに行っているだろうから気にならないが、最近シリカの帰りが遅くなりがちなことには、ルザニアにはちょっと意外さも感じている。
夕食前のこの時間帯には、食材などの買い物を済ませて家に帰っているシリカが、既に台所に立っているというのが今までの普通なのだが。
「ルザニアちゃんはあんまり知らないかもしれないけど、シリカさんってすっごい人付き合い大事にする人だよ。
最近何度もお城に行ってるのだって、兵士様や使用人の人たちとお喋りする機会を増やして、親睦を深めようとしてるわけだしさ」
「一杯どうですか、なんて言われたらシリカさんほぼ断らないもんな。いつも、すげぇ上手く相手と酒の席でお話して、いい具合に話纏めて悪酔いせずに帰ってくるしさ」
「シリカさんって何でも出来るんですね……」
「剣の道に秀でまくっただけの人だと思ってた? あの人オールマイティだよ?」
アルバーシティに赴く直前ぐらいから、少しずつそんな傾向はあったのだが、最近シリカは一人ででも城に赴いて、そこにおわす方々と親睦を深めることにお熱である。
城の方々と親しみが深くなった最近は、相手方に縁の深い商人様を紹介して貰ったりもして、セプトリア王都におけるシリカは、既にそれなりの見知り顔を連結方式に増やしている。
せっかく異国に訪れたのだ。彼女の中にも、エレム王国騎士団の名を背負っているという自覚はある。
同盟国の方々と、祖国を繋げる縁を少しでも多く築こうと、顔と人柄を一つでも多く知り覚えようと日々努めているのである。
天性の語り口で、誰との距離感もあっさり詰めてしまうアルミナとは別の意味でだが、シリカはシリカで人との対話能力にはかなり秀でている。
人の話をよく聞いて、相手の価値観を理解し、それに合わせて言葉を選び、相手を嫌な気分にさせないように腹を割って話す能力に長けているのだ。
この点においては、年上で人生経験が豊富であることも手伝って、シリカはアルミナよりも前を行っている。
そういうシリカに育てられたから、ユースが人の話をよく聞いて、相手のことを慮った話し方が出来るようになっているというのも、それを裏付ける証拠みたいなもかもしれない。
「シリカさんって、いかにも真面目で剣一筋、って感じに誤解されやすいよな。俺もぶっちゃけ、出会った頃はそんな感じに偏見抱いてたし」
「あはは、私もだよ。めちゃめちゃ品行方正な騎士様オーラあるのにね」
「そうなんだ……わ、私だけじゃなかったんだ、よかった」
「うん、でもシリカさんには報告しておくよ。ルザニアちゃんがシリカさんのこと堅物だと思ってたそうですよ、って」
「ええっ!? それはやめて下さいよ!?」
「違う違うルザニア、そういう時はな、そのこと告げ口したらアルミナも同じこと言ってたことバラしますよって脅し返せばいいんだよ」
「こらっ、ユース! ルザニアちゃんに入れ知恵するなっ! 私が不利になるっ!」
「自分からヒントあげたくせに何言ってんだお前」
「それに自分で気付くかどうかでルザニアちゃんが試されるのに~」
喋らせたら強すぎるアルミナがルザニアをからかうと、後輩のルザニアは手も足も出ない。
ユースがルザニアに助け舟を出すのは、年の差を埋めるハンデ返しである。
あと、ユースもたまにはアルミナを攻めてみたい。
「それより夕食どうするよ。シリカさんが帰ってきてから準備始める流れでいいのかな」
「そうね~、出来ればシリカさんが帰ってきた時、もうご飯できてますよ~ってのがいいんだけどな」
「もしかしたら今日は、どこかで食べて来るかもしれませんし、先に作っておくのは判断が難しいですよね」
「ああルザニアちゃん、それ考えなくていいよ」
「何飲んで帰ってきても、何食って帰ってきても、絶対家では飯作って食うんだよなあの人」
「そうなんですか?」
「シリカさんってね~、家族愛がすんごい強いと言うか何と言うか、家でみんなと食卓囲むのが大好きなのよ」
「腹いっぱいで帰ってきても、うちでみんなと食卓囲めるタイミング合ったら、ちょっとご飯減らしてでも絶対みんなと一緒に食うんだよな」
「みんなとテーブル囲んでる時、あの無条件に幸せそうな顔すごいよね」
「アレ見たら、お先に頂いてましたよが出来なくなるよな」
「……私の知らないシリカさんの一面って、実はかなり多かったりします?」
「多いと思うわよ。付き合いが長くなってくるといっぱいそういうの見えてくると思う」
「わかりやすいしな」
「普段は大人でかっこいい人に見えるかもしれないけど、案外あの人内面ふにゃんふにゃんだよね。実はけっこう思ったより泣くしね」
「え? 俺それ見たことないんだけど」
「よく言うわ、あんたコズニック山脈でシリカさんボロ泣きさせたことあるでしょうが」
「んん? そんなことあっ……あ、あぁ~、アレな……アレはなんだろな、ノーカウントじゃね?」
「まあ私がその時シリカさんの立場だったら、私も泣くだろうとは思うけどねん」
「悪かったってば。俺も必死だったんだからもうあんまり言うな、それ」
ちょっと思い出話に花を咲かせたりしつつ、ユースとアルミナは二人揃うとよく喋る。
沈黙がほぼ無い。聞くだけの立場になっても、ルザニアは全く退屈せず時が流れる。
「ま、そんなシリカさんですから、私達はシリカさんのぶんの夕食も作ることは確定事項なのです」
「悩むのは、シリカさんがみんなのために、料理すること自体が好きな性格って点だけなんだよなぁ。
先にこっちで作っておくと、あの人のその楽しみを取っちゃうことになるからさ」
「なんか随分変わった気の遣い方してるんですねぇ……」
「いや~、気を遣ってるつもりは無いわよ? 私達、シリカさんが喜ぶことなら何でもしたいもん」
「あの人が幸せそうに笑ってる時の顔ってすげえよな。何であんな、見ててこっちまで幸せになれるような顔で笑えるんだろ」
ユースもアルミナも、頭の中にシリカさんの喜んだ時の顔を想像していて、しかも個々で想像しているはずのその像を、まるで共有しているかのように楽しそうに話すものである。
それが傍から見るルザニアにも、そう読み取れてしまうからよっぽどだ。
シリカもシリカでユースやアルミナのことが可愛くて仕方ないようだが、ユースとアルミナの方も大概で、シリカさんのことは好きで好きでたまらないのである。
「ま、夕食はシリカさんが帰ってきてから、一緒に作る感じでいいんじゃない?」
「そうだなー。それまでは何か適当に時間潰しとくか」
「あ……あのあの、それでしたら、ユースさん」
普段は一秒で決めるようなことを、敢えてアルミナがここまで説明気味に長く話したのは、共に行動するようになって日の浅いルザニアに、隊の風潮を伝えるという目的もあったのだろう。
それをルザニアにも強いるつもりはさらさらないが、自分達の行動理念を伝えるいい機会でもあったのだ。
割とシリカを中心に、偏った時間の使い方をする自分であると自覚のあったアルミナなので、いつか疑問に感じられるより先に、説明しておくに越したことはない。
「ん?」
「シリカさんが帰ってくるまで、裏庭で剣術指南を……いえあの、お疲れでしたら、いいんですが……」
ちょっとごにょごにょしている。
人見知りだとか引っ込み思案だとか、そういうルザニアではないのだが、やはり相手は先輩、頼みたいことがあっても無理押しは出来ないという引き際を非常に大切にする。
もっとも、それだけでもなさそうだが。
「いいよ。でも、俺がルザニアに教えられることなんてあんのかな……」
「卑屈すぎて吹きそう、どうしよう。あんたホント先輩ってガラじゃないわ」
「うるさいなぁ、ルザニア元々強いじゃん。俺の方がルザニアの積極的な剣、見習いたいと思ってるぐらいなのに」
ぽろっとユースが何気なく言ったこの本音が、ぽふっとルザニアの顔を赤くする。
尊敬する先輩にそんなことを言って貰えると、ルザニアみたいな子はすぐ照れの色が出る。
「わ、私なんてまだまだ……あの、ユースさん、それじゃあ……」
「わかった、やろうか。先に外行って準備しといてくれ、俺ちょっと献立の予定だけ組んでから行くから」
「はいっ!」
了承を得られたルザニアは嬉しそうに返事して、ぱっと明るくなった顔で玄関へと向かっていった。
いいなぁ、あの強くなることに前向きな姿勢、俺もアレ忘れちゃいけないんだろうなぁ、なんて思いながら台所に向かうユースに、アルミナもついていく。
「最近ルザニアちゃん、結構あんたに懐いてるよ。気付いてる?」
「そうか? 元々あいつ、ああいう子じゃないか?」
「それも否定はしないけど、最近のあんたに対しては、昔よりもずっとだぞ?」
ユースの言っていることは正しい。
ルザニアはただでさえ人懐っこい方で、特に尊敬する年上に対してはべったりになりやすい。
それでもユース以外の観点からものを見るアルミナには、最近のルザニアの変化がよく見える。ユースよりもだ。
「あんたあの子に惚れられるようなこと何かしたんじゃないの~?」
「ねぇよ。俺の方が、あいつに話しかける回数増やそうとして失敗しまくってるぐらいじゃん」
「そうかなぁ。たとえばアルバーシティで、相手の銃弾からルザニアちゃんを守ったあの時のこととか、
ルザニアちゃんにはきゅんきゅんくる出来事だったかも?」
「お前くだらねぇことよく覚えてんな~。そんなことでいちいちあいつの心が動くかっての」
「ひゃ~、ニブいニブい。モテないわけだ」
「はいはい」
はっきりと、全部冗談である。ユースの女性との縁の薄さっぷりは、前々からアルミナはよくネタにする。
ユースもすっかり耐性がつきつつあり、アルミナのそれは聞き流すことに慣れきっている。
ずばっと的を射た指摘をされると動揺したりもするが、今のこのくだりはそうした鋭いものではない。
アルミナがそこまで本気で言っていないのは、ユースも付き合いが長いからわかるのである。
「ただ私、あんたに好感抱いてる女子を見分ける目には自信がある方だぞ?」
「だから何感がすごいんだけど」
「今までのあんたがモテなさ過ぎたせいで」
「うるさい」
「だからあんたを、男性として特別視する人の目はすぐわかる」
「何の役にも立たないスキルを自慢されてもなぁ」
「役には立つわよ、ルザニアちゃんに嫌われてないってわかればあんたも安心するでしょ」
「……まあ、それはある。怖がられてたりしたら嫌だしな」
「こうして私は、あんたに私の価値をアピールしておくのである。あんたはとってもいい友達に恵まれているのだぞ?」
「いらねぇよそんなアピール。元々お前は俺のベストパートナーだよ」
「んふふ~♪」
「……あーもう、そんな顔で見んな。恥ずかしくなるだろ」
普段から本音で思ってることだから、ぽろっと歯の浮くようなことを言ってしまうのも致し方なし。
アルミナがにっこにこの笑顔で見つめてくる姿には、ユースも頬をかりかりかいて頬を染めてしまう。
シリカの笑顔が好きだと前言に発したユースだが、アルミナの幸せそうな顔もそれなりに、あるいは同じぐらいユースの胸を刺激するのである。
ただでさえ今じゃ一番の親友だっていうのに、こいつ女の子としてもすごく可愛い顔立ちなんだもの。
「よかったじゃん、あんたいい先輩できてるよ。もうちょい自信持ってもいいんじゃない?」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。お前俺の年上でも何でもないよな。それに上から目線で言われるのもなんか引っかかるぞ」
「なんでかな~、時々あんたは年下に見える」
「はいはいそういう顔してますよ。お前もお前で垢抜けなさ、かなり顔に残ってるけどな」
二人で台所にて食材の数々を見比べながら、とにかく会話が止まらない。
別に話そう話そうともしていないのに自然とこうなるんだから、そういう二人ということだ。
食材の揃いっぷりは万全で、何でも作れそうなほどだった。
恐らくシリカが昼のうちに、要するにユース達が城に行っている間に、市場で買い物を済ませておいたのだろう。
夕食向けの買い物をする時間が夕暮れ前に取れないかもしれない、と今日の予定を立てているうちに思ったら、先に行動してある辺りが流石シリカさんである。
「シリカさんってさ」
「俺絶対お前と今同じこと思ってる」
「ハイ、せーの」
「「わかりやすい」」
一文字たりとも違わず、二人して同じ事を言う。
気の通いぶりをわかりやすく確かめ合った二人は、いつものように小さく笑って目を合わせるのだった。




