第2話 ~女王様とのご対面~
セプトリア王都の中心にどっしりと構える、女王様おわすセプトリア城。
しかし、諸国の王が居を構える城と異なり、さほど大きなものではない。そもそも最上階が五階だし、幅の広さもそれほどでも。これぐらいの城だったら、どこぞの裕福な国家で貴族が構える大豪邸の方が大きい可能性も高い。
正直、もしもここセプトリア王都の真ん中まで外敵が侵入してきたとして、王を守るための篭城戦をしようとしたって、こんな城では心許ないだろう。王様が住まう場所だから大きく立てられた豪邸、という認識程度のお城でしかない印象だ。
これは、ここセプトリア王国が裕福な国家でないことと、庶民との目線が離れすぎぬようにとした王族のスタンスが、共々表れた造りである。
敷地自体は広く、城門をくぐって大きく開けた場所を通って、本城のふもとの玄関口から中へと入る。 毎回思うが、王族の城に来たというより、貴族のお屋敷に来たと思えるような全体構造である。
「女王様は起きておられますかなぁ」
「前もそれ仰ってましたけど、女王様はお寝坊癖でもあるんですか?」
「公務がお忙しいこともあって、睡眠時間を連日お削り気味ですからな。見張りがいないと、すぐに自室に戻ってお昼寝されてしまうのですよ」
ハルマに導かれる形で、やがて謁見の間が近付いてきたところ、そんな会話がハルマとアルミナの間で交わされたりも。
若い女王様だとは知っているので、大変なんだろうなとはユースも想像力で補っておく。仮に、せっかく謁見に訪れたというのに向こう様がまだご就寝中、だったとしても全然怒らない。
「さて緊張の一瞬です。ナナリー様は、お待ち頂けているでしょうか、っと」
まさかそんなこと本気であるのかないのか知らないが、ハルマが主に対してさぞ失礼なことを言いながら、謁見の間の扉を開いた。
大きな部屋、赤い絨毯、その先に少し高くなっている場所があり、玉座にちょこんと座っている女王様。よかった、起きていらっしゃいました。
「ナナリー様、ナナリー様、ご客人が」
「……ふえっ!? ふぁっ!?」
いや、寝ていらっしゃいました。玉座の肘掛けに両腕を置き、うつむいた頭をこっくりこっくり揺らしていた女王様を、そばに立っていた青年が声をかけながら体を揺さぶった。
それで鼻ちょうちんが割れたような素振りと共に顔を上げるんだから、居眠りしていたのは明らかである。
「おはようございます、ナナリー=アルクトス=ルビー=セプトリア様」
「はっ、へっ……お、おはよう、えぇと……騎士ユーステット=クロニクスどの……」
ユースは足早にハルマを追い抜かしてナナリーに近付き、玉座前の段差の下でひざまずいて素早く朝のご挨拶。
今朝はハルマに先を越される形で先手を打たれたが、女王様相手のご挨拶は遅れを取りたくなかったらしい。目上の相手には自分が先にご挨拶、ユースが他人と接する時の基本姿勢である。
ちょっとよだれが落ちかけていた口元をぬぐいながら、眠い目をこすってご挨拶する女王様は、そんな子供みたいな仕草が全く違和感ないほど、風貌も若い。というか、幼い。幼すぎる。
どう見積もったって十歳には至っていない、正直八歳児の女の子としか思えない背丈に顔立ちである。
王族のドレスに身を包み、紅玉をあつらえたティアラを王冠代わりに頭に据えているものの、見た目は絶対に女王様のそれではない。幼い幼い、金髪ツイストティアラのお姫様が女王様の真似事をして、玉座に座っているようにしか見えないというのが、誰しも普通に抱く印象だろう。
こんななりで17歳、両親に先立たれ、若くして女王の座に就いた人物だというのだから、人は見た目では判断できないというものだ。
ちょっとそういう問題とは思えないぐらい、年齢と見た目が吊り合っていない気もするが、ユースの祖国周りにも、見た目9歳かつ実年齢還暦間際の賢者様がいたので、今さらユースも気には留めていないのであった。
「あ、あー……まず頭を上げて普通に立っておくれ。そうかしこまられることもないからのう」
「えぇと……そういうわけにも……」
「よいよい、妾もみっともない姿を見せてしまったしの。あまり頭を低くされても気が引ける。それに――」
「あ、ちょっと、ナナリー様!?」
謁見の時間、女王様は玉座に構えて人を見下ろして対話すべきところを、ナナリー女王は立ち上がってユースのそばへととてとて歩いていく。
ドレスの裾を上品に少し上げ、段差を降りていくお転婆な女王様の仕草には、出遅れて止められなかった側近の男も少し憮然顔。
「ほれ、妾ってこう、ちっこいじゃろ? こんな妾よりも頭を低くすることを義務付けておったら、民もいちいち腰が痛くなって仕方ない」
「は、はぁ……」
「だから、立っておくれ? 妾は頼もしい殿方を見上げるのは嫌いでないぞ?」
ひざまずいたユースのすぐそばに至り、しゃなりと腰を曲げるナナリーの目線は、ユースが視線を低くしてなお近い位置。だからユースも近しい目線で、ナナリーの顔を見ることになったが、これがまあ幼いのに気品に満ちた微笑みだと思う。
まさか見た目8歳の女王様に欲情することはないとユースの名誉のためにも前置きするが、ユースが思わずどきりとさせられたのも事実。絶対に、十年後には絶世の美女になっているお姫様の顔だ。
今現在で17歳の女王様なので、もしかしたら十年後にも風貌変わってないかもしれないが。
ちょっと呑まれかけつつもユースが腰を上げたことで、満足げにより明るく笑ったナナリーは玉座の方へと戻っていく。
あの足使い、完全に街角を走る女の子のそれで困る。前から見た時の気品と、後ろ姿を見た時の幼さが、驚くほど釣り合っていなくて別人かと思う。
「して、今日のご用件は何ですかな?」
「あ、いえ……ご挨拶にお伺いしただけで、特に女王様からお言葉が無ければ引き下がりますが……」
毎朝ユースはきっちり女王様のもとを訪れ、ご挨拶を済ませれば少々の会話を済ませて帰る。
遣わされる形でこの国を訪れているユースだが、住まいも与えられて公務に関わらせて貰う可能性もある立場として、時間を割いてのご挨拶は欠かしたくない。朝のこの時間帯は、ナナリー女王が謁見を受け付ける時間帯であることは周知の習慣であるし、それは毎日行なってきたことである。
「そうであるか。朝早くからわざわざ……」
「では、お引き取り下さい。速やかに」
客人であるユース達が、こうして礼節を欠かさないことを、ナナリーは心から歓迎している。
しかし、この日は彼女の隣の側近が、随分と冷たい言葉を発してきた。これは今日が初めてのことだ。ナナリーも驚いたように、側近の男を素早く振り向く。
「ナナリー様はお忙しい。用もないご挨拶に暇を割くのは時間の無駄だ」
「これ、ニトロ。何を急に……」
「貴殿らも見たでしょう、ナナリー様がいかにお疲れであるか。そんなナナリー様に、時間と労力を使わせることは、今後しないで頂きたい」
えらくユース達を突っぱねる、ニトロと呼ばれた側近の言葉を諌めようとしたナナリーだが、彼の言葉尻に含まれた皮肉が利いたのか、それ以上の言葉が続かない。謁見を、始め居眠りで迎えてしまった彼女なので、そういう所から切り込まれると強く出られないようで。
立派な剣を腰に下げ、軽鎧と草摺を装備した、いつでも戦場に並べる出で立ちのニトロは、ユース達と同じ二十歳でありながら、女王ナナリーの衛兵として名高い。ボリュームのあり過ぎる茶の髪を額のバンダナで止め、細身に見えてがっしりした腕を露出した姿は、あまり女王の衛兵らしいそれとは言い難く、言うなれば若い傭兵のそれに見えるかもしれない。
セプトリア王国の王族は、あまり身内にかしこまった着こなしを強いない風潮にあるのかもしれない。エレム王国騎士団も、騎士であるはずのユースの風貌からわかるとおり、それに近いところはあるのだが。
「こら、ニトロ。あまりそう客人を邪険にするものではないぞ」
「しかしですね、ハルマ様……」
「視点の一つとしては一理あるかもしれぬが、民との接点を失わぬのもセプトリア王国の特色の一つだ。お前は、王都の者が同じ理由でナナリー様の謁見を望んでも、同じように突っぱねるか?」
「むぅ……」
「……シリカさん、女王様との謁見ってそんなオープンなものなんですか?」
「いや、この国だけ、それもここ最近だけだろう。少し前に色々あったそうだしな」
「ふーん……」
ハルマとニトロが問答している間に、アルミナとシリカがひそひそ話。
普通、一国のトップが庶民との謁見を開けっ広げにするなんて無いことなのだが、ハルマの口ぶりから察するに、仮に庶民が女王様に一目会いたいと城を訪れても、会える可能性があるという話らしい。
確かにアルミナの言うとおり、少々敷居が低すぎるようにも感じるが、シリカの言うことの行間を読むなら、何やら色々事情があるのだろう。
「……とにかく、少々言葉が鋭かったことはお詫びします。しかし、用も無いのに毎日来られては、女王様の仕事が増えるばかりです。エレム王国騎士団の方々には辛辣な物言いになりますが、あまり気軽に女王様をお訪ねになるのは控えて頂きたい」
ちょっとアルミナ辺りが面白くない顔をしちゃうぐらい、ニトロの物言いは厳しい。
いくらか前置きを挟んではいるが、結局はきっつい言葉を容赦なく浴びせてきているわけで、そうした言葉を向けられて気分のいいものではないだろう。
一番前で、ニトロの言葉を突き刺されるユースの顔が見えないだけに、色々気にしがちな性格をしているユースのことも、アルミナ目線じゃ心配にもなる。
「あーそうじゃそうじゃ。さっきまで居眠りしておったから忘れかけておったが、今日はエレム王国の皆様に頼みたいことがあるんじゃった」
ユースがニトロの言葉に反応を示すより早く、あるいはニトロが言い終えてすぐ、ナナリーがやや強引な口ぶりで語りだした。いかにも、思いつきの言葉を発する語り口だ。
「えぇとな……そうじゃ、エレム王国騎士団の皆様に、我が国の兵と合同鍛錬を頼んでみようと思っておったところだったんじゃ。ユースどの、引き受けて下さるかの?」
「あ、えと……はいっ」
ちらりと後ろのシリカやアルミナに同意を得られるか確認しかけたユースだが、その仕草をあらかじめ読んでいたかのように、シリカがくいっと顎を上げて快諾しろのジェスチャー。
速い。ユースがシリカを視界に含めた瞬間のことだったので、ナナリーに振り返って了解するユースの返答も最速で済んだ。
ユースは長らくシリカの部下として働いていた期間が長く、その頃はすべての決定権をシリカに委ねていたから、こうして自分が隊全体の総意を担う判断を下すことに慣れていない。セプトリア王国に訪れて以来、新鮮な経験を少しずつ得て日々を歩むユースだが、彼も二十歳でそろそろ立派な騎士としての決断力を養うべき年頃。
今は年上のシリカも一歩退き気味に、ユースが"隊長"の地位にあるというわけだ。
「それでは、訓練場に移って貰えますかな? ハルマ、案内を任せるぞ」
「かしこまりました。ナナリー様は、ご覧になられないので?」
「見たい」
「では、後ほどお越し下さいませ」
「ちょっと、ハルマ様……」
「いいではないか。仕事ばかりでお疲れのナナリー様に、エレム王国騎士団の皆様の手腕は良い見物だろう」
軽い口調でナナリーを誘うハルマの態度に、ニトロはなんだか面白くなさそうだ。女王様は公務が山積みで、そんなお遊びにナナリーを駆り出されることは避けたいところなのだろうが、ハルマの誘いに待ってましたとばかりに目を輝かせるナナリーを横にしては、強引に止めることも出来なくなったご様子。
「では、我々は先に参りましょう。ナナリー様も、ご支度が済みましたらいつでもお越し下さい」
「うむ」
「エレム王国の皆様、こちらへ」
ユースもシリカもアルミナも、ナナリーに一礼したのち、ハルマに従うように謁見の間を退出する。
四人を見送った謁見の間で、ナナリーははぁ~っと深く溜め息をつく。
「これで文句はないじゃろ。かの方々の謁見はただのご挨拶にあらず、妾が頼みごとをしやすいように気を利かせて来てくれた形じゃ」
「……結構ですが、ナナリー様はあいつらを厚く受け入れすぎではないですか? エレム王国からの客人、厚遇は当然ですが、少々距離が近すぎます」
「なんじゃ、妬いておるのか」
「違いますよっ!」
「わかったわかった」
けっこうな図星をぶち抜かれて、思わず子供っぽいぐらいの大声を発してしまったニトロに、相変わらずの奴めとナナリーもうなだれる。信頼できる側近、衛兵としても人物としても信頼している相手だが、時折見せるこの我の強さは、ナナリーが彼に対して抱く唯一の不満点である。
「頼むから、あの方々とは仲良くしてくれんかのう。人の良い方々なのは一目瞭然じゃろ?」
「……ナナリー様がそう仰るなら、努めますが」
「いや、本当頼むから」
命令という形にせず、頼む形にする程度には、ナナリーもニトロを信用しているのである。女王の命令は、下される者の意志とは無関係に、態度と姿勢を強制する魔法の言葉なのだから。
縛りたい相手、縛るべき相手、縛りたくない相手。
女王も人、相手を見てそれらも別途考えている。ナナリーは、ニトロを強制的な言葉で束縛しないことを選ぶ程度には、彼に信を置いているということだ。
謁見の間を出たユース達は、ハルマを先頭にして廊下を歩き、城を出て、セプトリア城に近い位置に建てられた訓練場へと向かっていく。
やはり小さな城、城内に訓練場を設けるスペースも無いらしい。
「ハルマ様。ナナリー様の衛兵のニトロ様、いつもあんな感じですか?」
「悪い奴ではないんですがね。いかんせん生真面目が過ぎて、融通の利かないところが玉に瑕ですな」
ハルマに話しかけるアルミナの口ぶりは、つっけんどんにユースを突っぱねた、ニトロの態度に感じた不快感をあんまり隠していない。ハルマがニトロの人格を認めていることを聞けば、アルミナも、今回は印象が悪かっただけでよくよく話せば悪い奴じゃないのかな、とすぐに思い直すほどには柔軟だが。
「王政に少々関われるところもあり、ちゃんと大人の頭も持ち合わせているんですがなぁ。大方、異国の方がナナリー女王様と容易に距離を近づけていることに、面白くない感情を抱いているんでしょう。妙なところで子供っぽいところも残っていますからね、あいつは」
「むぅ、鎖国的な意味合いですか?」
「前回この国を訪れてくれた、エレム王国騎士団の方々とは仲良くやっていましたから、決して異国の方々だから冷たくしているということはないでしょうな。
ただ、まあ……少々失敬な言い草になるのはご勘弁願いたいところですが」
なんだろう、そんな前置きをして何を言うつもりだろう。
ただ、それに伴い声色が曇るあたり、失敬な言い草とやらを本気で気にするハルマだと信頼できるから、ニトロが慇懃無礼に据えた前置きとは全然心象が違う。
「貴方達、見た目はそんなに強そうには見えませんからな。見た目は、ね」
「ふふ、それはわかります」
ハルマの言葉に同調したのはシリカである。
ともすればちょっと舐めていると解釈されかねない言い草に対し、年長者がこうして許容すると、他に言い方を見つけられずに失敬めを選んだ側も、一番ほっとする。
「そうですねぇ。私なんか見た目単なる街娘だし、シリカさんは武器持ってなかったらただの美人だし。ユースは見た目頼りないし。見た目は、ね」
「うるさいな、フォロー入れてくれてるのはわかるけど」
「どうもニトロは、認められない相手を受け入れたがらない、意固地な面がありますからね。衛兵としては、ある意味必要な姿勢でもありますが、人としては柔軟さに欠け、目に見えるものしか信じない石頭でもある」
それなりにニトロの人格を認めつつはあれど、一方でニトロの良くない場所も見定めて的確に言う辺り、やはりハルマは大人である。寛容さと厳しさを併せ持ってこそ、大人というものであろう。
「しかしまあ、それにしてもシリカどの」
「はい?」
「なぜ貴女は、強そうに見えないと評されて少し嬉しそうなんですかね?」
「え、そう見えます?」
「口の端、ゆるんでおりますよ」
普通、見た感じ全然強そうじゃないなんて言われたら、剣の道を長らく貫いてきた者として、舐めたことを言うなとへそを曲げてもいいものだ。
シリカが、気にしていませんよを通り越して、むしろ喜んでいるようにすら見えたから、一応ハルマも突っ込んでおく。
「ハルマさん、いい所に気が付きましたねぇ。シリカさん、強そうだとか言われると逆にへこむんですよ」
「ほう、武の道を歩む若い方にしては珍しい」
「いや、あの……まあ、うん、そうですね……」
「シリカさんも乙女ですもんねぇ~。強そうって言われるより、綺麗だって言われる方が嬉し……ひゃわっ」
「悪い顔するな。ごく自然な流れで上官をいじるんじゃない」
「ひゃふへへ、ごめんなひゃ~い」
確かにシリカは強い。めちゃくちゃ強い。でも、見るからに強そうと言われるのは、乙女心としてあんまり歓迎したくない。畏敬や畏怖の念を抱かれるよりは、綺麗だねって言われた方が嬉しいのは当然である。
アルミナの頬を優しくつまんでぐにぐに、生意気にいじってくる後輩を制しながらの笑顔も、優しい年上の女性のそれである。戦場に立つと豹変するお方なのだが、平和な世界では家族想い、身内想いのシリカだから、アルミナだって頬をつままれて不快感も感じずに謝るだけ。
「シリカさんも、やっぱり女の人には違いないんですね」
「なぬ」
敢えて空気を読まずに失礼ぶっこいてくるユースに、そうか叱られたいのかとシリカが矛先を変える。すすっとユースの背後に回り、ユースの両肩を肩揉みする形で両手で持つ。
そして握る。逆に肩が凝りそうなほどの握力で、ぐいーっと。
「いたたたた! ちょっとっ、シリカさん馬鹿力っ!」
「お前は私のことを何だと思っていたのかなぁ」
「ごめんなさいっ、撤回しますっ! 許してっ!」
戦場でどんなことが起ころうとも、剣を手放さずに戦い続ける騎士のシリカは、握力だって普通の女性のそれではない。ぶっちゃけ、男のユースといい勝負をするレベルである。
そのパワーで、親指の腹と他の指先で肩の肉を噛まれると、千切られるんじゃねえかって思うほど痛い。
「シリカさん、もっともっと! 最近ユース、夜更かしし過ぎて肩凝ってますよ!」
「そうか、じゃあもっと強く」
「いだーっ! アルミナも煽るなっ!」
最早しばかれ芸の境地。ユースはあんまり、上手に人を笑わせられる口を持っていない自覚があるし、仲間内では結構わざと空気を読まない発言をして、こうして進んで目上の人に叱られに行く。
もちろん、その目上の人というのが、シリカのような信頼できる相手であってのみだが。
ユースに被虐的な性癖があるわけではないので悪しからず。名誉のために。
ちょっと体で痛い目見ようが、周りが笑ってくれればそれでいいのだ。シリカもユースの真意はわかるから応えるだけだし、乗っかるアルミナも楽しそう。
ハルマから見ても、一見暴力的あるいは意地悪な三人の絡みが、仲が良さそうで何よりとばかりに微笑ましく感じるのだから、三人が築き上げてきた絆が醸し出す空気は、それだけ温かいものということである。
男社会では、ちょっとぐらい芸人根性みたいなものを持っている奴が、一人か二人いると色々いいものだ。シリカ達と巡り会う前のユースは男社会育ちだったので、そうした辺りも学び取って育っている。
シリカも叩き上げの騎士団育ち、そうした乗りには通じていらっしゃるので、ユースとの噛み合わせは幅広く良い。