第19話 ~ルザニアVSカナリア~
「カナリア、準備運動は?」
「別にいいっすよ。準備運動が必要な兵士なんて、緊急時に何の役にも立たないデクっしょ」
「ま、そうだな。よし、位置につけ」
問うたハルマに対して、カナリアの口が悪い悪い。
初見の時からアルミナ辺りは薄々勘付いていたが、カナリアというあの子は不良娘寄りと形容していいタイプのようだ。
真面目で素直なユースやルザニアとは、きっと真逆の人間である。なんとなく、合わなそう。
一方、可愛いもの好き、つまり女の子も大好きなアルミナは、ああいう子だって大好物。雑食極まりない。
「では、始めるぞ。両者、構え」
最後の一戦ということで、ハルマも両者にきっちり構えを取らせる間を作る。
ルザニアは木剣を腰の前に握った両手からぴっしりと構え、カナリアは左足を引いて両拳を構える。洗練されたルザニアの構えにも決して見劣りしないほど、カナリアの構えも立派な格闘家のそれである。
見合う二人だが、この時点で無言の対話は成立している。
真剣勝負だ。互いを、手練と認識した上でのだ。
考え無しに武器を振るっても、隙など見せてはくれないであろうカナリアの姿に、ルザニアの表情も険しくなる。今日、最も彼女が武人らしくなった瞬間だ。
「それでは……始めっ!」
迷いは無い、全力を尽くすのみ。ハルマの発声とほぼ同時、先手必勝を己が最たる太刀筋とするルザニアは、一気の瞬発力でカナリアに迫った。
この時、カナリアが攻める意図ではなく、受け側に回る意図で一歩ぶん前に出た行動も、ルザニアはしっかり見受けている。
相手との距離感が相手の一歩ぶん変わる、僅かなれど高速の戦闘では大きな狂いにも生じる間合い詰めだが、ルザニアがけさ斬りに振り下ろした木剣に、間合いを乱された気配は無い。
ちょうど木剣の切っ先がカナリアの右肩に食いつく、絶妙な距離感で繰り出された一撃だが、それをカナリアは右拳の裏で、体の外側へと打ち払う。
武器持ちよりもリーチの短いカナリアだが、そのぶん自分周囲の小範囲内における小回りの利きようは、ルザニアにも遥かに勝る。ルザニアの武器を打ち払うのと同時、一気に前へと踏み出したカナリアの左拳が、ルザニアの胸へと凄まじい速度で迫る。遠目からのユース達にも速いとわかる正拳突きだ。
最大限の距離感での一撃から、はじかれると同時に後方へと跳び退がっていたルザニアだから、あわや胸を拳で打ち抜かれることをすれすれで免れた。仮にカナリアが指を立てていたら、胸に触れられていたと思えるほどぎりぎりだ。
大きく退がったルザニアだが、さらに距離を詰める前進を迷わないカナリアが、手元に木剣を引き寄せたルザニアに連続で拳を突き出してくる。
斜めに構えた木剣で、一撃一撃を受けて防ぐルザニアだが、後退する彼女と前進するカナリアの速度には明確なアドバンテージの差がある。
ルザニアが手を伸ばして武器を振るえない、拳の届く距離まで詰めたカナリアは、今の有利な間合いを決して譲らない。
防戦一方のルザニアの木剣をがつがつ殴りながら、武器を握る相手の手を痺れさせつつ、押して押してインファイトの状況を一変させない。
手の届くような位置にある相手に、尺の長い武器はかえって届かない。剣士と格闘家の戦いは、極端な接近戦となった場合、むしろ素手側の方がずっと有利である。
カナリアの攻撃を連続して受け、表情を歪めさせるルザニアの握力に響きがきているのは明らか。
壁に背中から当たって追い詰められぬよう、退がる軌道を弧状にするルザニアの意識は高いが、このまま続けばじり貧だ。
「はっ!」
さらにはこの状況を一変させるのも、主導権を握っているカナリアの方。
がつんと殴ってルザニアの木剣を、相手の体ごと押した直後、前に跳び気味になりながらも体をひねり、浮いた体で回し蹴りを放ってくる。
ルザニアの後退に追いつくことは叶わず、相手の頭や肩を捉えることは出来なかったが、カナリアの踵はルザニアの木剣を横から強く打ち据えた。
それはルザニアが、線の細い見た目どおりに非力なら、その手から木剣をはじき飛ばしていたであろう威力。
意地でも武器を手放さなかったルザニアだが、大きく武器を横にはじかれた勢いで、それを握っている右手も持っていかれて、胸元ががら空きになる。
血も凍るような危機感に、ルザニアは大きく後ろにひとっ跳びだ。距離を作るのが何よりも最優先。
ここにカナリアが隙ありとばかりに拳を突き出していたら、空振った上でルザニアが距離を作れる結果になっていただろう。ルザニアが逃げることを予想通りと見受け、冷静に地を蹴り、ルザニア以上の速度で距離をまず詰めるカナリアの判断力が好機を逃さない。
着地の瞬間のルザニアの懐に飛び込み、至近距離の肘打ちを胴元に叩き込めば勝利。
そう想い描いたカナリアの青写真と同じようなものを、この一戦を傍目から見守るユースも同じビジョンを描き、まずいと思わず口にしていたものである。
そうならなかったのは、後退跳びしながらも体をひねっていたルザニアが、半身をカナリアに向けるような形で片足着地を叶えたことに始まる。
格闘に秀でるカナリアは、その所作を過程から見た時点でまずいと思ったであろうが、彼女も今さら止まれない。それだけの勢いで突き進んでいる。
ぎゅるりと着地足を軸に体を回転させたルザニアが、金属ブーツの足の裏をカナリアに突き返すカウンター。両の拳を固めたカナリアが、それを防御しただけでもたいしたものだ。
それと同時に足元を蹴り、拳が砕かれることを避けるため後方に衝撃を逃がすカナリアだが、重い一撃を受けて自ら退がる勢いはかなりのもの。
上体が後方に流れたカナリアは、尻餅をつくような形で訓練場に吸い込まれていく。
そのまま倒れてしまっては勝負ありだ。腰から地面に落ちつつも、むしろ体を後方に勢い任せに倒し、後転二度を挟んで膝立ちに収まるカナリアは、じんじんする拳の痛みこそあれ、継戦能力を保っている。
しかし、膝立ちになった彼女のすぐ目の前に、ぴたりとルザニアの木剣の切っ先が突き出される。
カナリアに反撃を与え、彼女を吹っ飛ばしてすぐ、ルザニアはカナリアを追うように接近していたのだ。
その切っ先を眼前に見るカナリアは、静かな戦場でつうっと冷や汗を流し、勝負が決まっていたことを傷無く示される。
ハルマは敢えて何も言わない。勝負ありの判定をしてもいい、むしろすべき場面であるはずだが。
「……参った。あんたの勝ち」
認めることの出来るカナリアだと、ハルマは知っているからだ。
敢えてその姿を見せることで、他の兵とは違い、カナリアが武人と称するに値する人物であると、ハルマはユースやルザニアにも伝えようとしていたようだ。
ふぅ、と息をついたルザニアが木剣を引き、カナリアも膝立ちの姿勢から立ち上がる。
おー、いてて、とばかりに両手をぷらぷらさせるカナリアの姿を前にして、ルザニアの表情がはっとしたように、騎士としての顔から女の子のそれに変わる。
「あ、あのっ、大丈夫……」
「平気平気、手加減してくれたっしょ? それも含めて、あたしの完敗」
ユースもアルミナも驚かされたが、実はルザニア、騎士としての剣技のみならず、蹴りを用いた格闘術にもそこそこ通じているらしい。
確かに、騎士シリカ様に憧れて騎士団入りしたというルザニアだとは知っていたが、そんなところまできっちり模倣しているとは。シリカさんも蹴り技を含む体術はかなり得意。屈強な魔物相手には使いものにならない技だが、武器を持たずに夜道を歩く際など、対人の護身術には活かせるそうで。
ちゃんとそういう技をかじる程度でなく、しっかり体術として会得しているから、ルザニアがカナリアに放った回し蹴りも加減が利いている。
金属ブーツの重い蹴りだ、全力で生身の女の子にぶつけては骨が折れてしまう。
受けた側のカナリアも自分で衝撃を逃がしはしたが、カナリアの拳が砕けていないのは、ちゃんとルザニアがそうならないように加減した蹴りを放ったからでもある。
「流石エレム王国の騎士様だわ。初めてやり合ったけど、噂どおりってカンジ」
「や、あの……恐縮です……」
さばさばと言うカナリアだが、頬をかいて照れるように笑うルザニアの笑顔は、今日一番の達成感に満ちたものだった。
骨のないアルバー兵に、あっさり勝っての連勝を重ねたことより、この一勝の方がルザニアにとっては何倍も嬉しい。弱い者いじめの連勝なんて誰も楽しめない、喜べない、仮にそれを楽しいと思うことが出来たとしても、さほど時間がかからずすぐ飽きる。
肉薄するだけの実力者との真剣勝負の上でしか、勝利というものによる真の喜びは感じられないのだ。別にルザニアが武人肌だからというわけでなく、だいたい人というのはそういうものである。
「カナリア、よくやった。賞与は残念だったが、いい試合だったぞ」
「ボーナス出ないんすか? あたしそれなりに頑張ったっしょ」
「帰れ」
「ケチ」
笑いながらしっしっとするハルマから、ぷうっとむくれてカナリアは退いた。
以上を以って、ハルマの言った最後の手合わせは終了だ。
「さて、お開きにしましょうか。エレム王国騎士団の皆様、ご協力ありがとうございました」
「ルザニアちゃん、お疲れ! かっこよかったよ!」
「あはは……だったら、よかったです……」
結局ルザニアの一人舞台で出番のなかったユースだが、ルザニアが嬉しそうなので彼も満足だ。
カナリアとの一戦に価値を見出せたからこそ、アルミナも淀みなくルザニアを祝福することが出来る。
謙虚ゆえ頬を染めてはにかむルザニアだが、嬉しそうな彼女がそれを噛み締められるのも、最後の一戦がカナリアという良き相手であったからだろう。まったく、カナリア様々である。
過程は散々だったが、終わりよければ全て良しの言葉がよく似合う。
すっかり意気消沈したアルバー兵を尻目に、訓練場を去るユース達はその裏腹、収穫を得て気分良く立ち去ることが出来た。
途中があんな空気になることをあらかじめ見越しておきながら、締めはきっちりこうした空気にしてくれる采配を取ったハルマの腕も、密かになかなかのものである。
この後、ユース達はアルバー城を訪れ、色んな人に挨拶して回ったり、ウィークと少々の世間話をするなどして時間を潰した。
特筆すべきほど、たいしたことはしていない。はっきり言って、本当に時間を潰しただけである。
そもそもアルバー城にユース達が訪れたのは、時間を潰すこと自体が目的であったと言っても過言ではない。
エレム王国の騎士様方を、セプトリア王国第二の都であるアルバーシティに連れてきた目的は、アルバー城の要人に挨拶をして貰ったり、剣術指南をするためなんですよ、と客観視点に演出することが狙いなのだ。
今もアルバーシティは、人攫いを営む悪人らの組織の目が光っており、どこにいたって連中が、ハルマやユース達を見張っていることは想定して然るべき。
とりあえずは、騎士様を国務に携わらせているんですよと体裁を立てることも必要である。
意味は薄いが、それすら怠っては、何かを取り締まるために騎士様をアルバーシティに連れてきたんですよと、露骨に隠さないのと同じことだ。
100パーセントと99パーセントの差はかなり大きいのである。
その辺りの意図は、始めにユース達も聞いているから、ハルマがリードしてくれることに従うことには何の抵抗もない。
この日、何度かハルマに、剣術指南は退屈でしたでしょう、すみませんねあんなことを頼んで、と詫びられたが、そもそも先述の目的の過程にあってのことなので、確かにあった退屈に不平は感じていない。
仕事なんて、たまにはつまらなくて嫌なことをさせられることもあると、ユース達だってわかっているのだ。子供じゃないんだから。
道すがらのお喋りの中で、アルバー兵らがどうしてあんなにだらしないのかの根拠も聞かせて貰えたし、日が暮れる頃には気分良く、宿への帰り道をユース達も踏むことが出来ていた。
今日改めて城の内装を見せて貰えたのは観光に近いものだったし、ウィークとの会話も緊張はしたがいい経験、ルザニアがカナリアと良い勝負が出来たことも収穫である。
なんだかんだで、ハルマは仕事と称した上でなお、総合的にはユース達を退屈にはさせないのだ。
こうしてユース達を接待しつつ、数日後に控える作戦決行に向けての準備も並行して進めているというのだから、ハルマも流石、女王様の側近を務める参謀格と言ったところである。
そうして夕暮れ、日も山の向こうに沈んで赤い西空が消えた頃、ユース達はハルマに導かれる形で宿まで帰ってきた。
本日はお勤め終了、といったところである。
「皆様、お疲れ様でした。改めてお詫びします、恐縮ながら随分と引っ張り回させて頂きました」
「いえいえ、そんな。俺達も、初めて来るアルバーシティをハルマ様のエスコートで歩かせて貰って、楽しく過ごさせて頂いたことを感謝したいぐらいです」
「お城の内装を見せて貰ったの、楽しかったですよ。庶民の私達にあんなことを許して貰えて、光栄というか恐縮というか、ほんといい経験させて貰いましたもの」
「ふふ、寛容なるお言葉、恐れ入ります」
ハルマが話しやすい好青年であることも手伝ってか、ユースもしっかりした返事がしやすくなった。お堅い言葉を使っているが、騎士として、異国のお偉い様に使う言葉としては悪くない。
一国の要人様との会話にユースが慣れてきた、と言うには、ハルマがとっつきやす過ぎてそう安直には言い切れぬところであるが、それでもユースが場慣れしていく一歩にはなっているから、これもささやかながら前進だと言える。
軽い口調ながら、アルミナは言葉遣いも表現も上等で、謙遜すら表して楽しかった思い出を振り返る返答だ。
こちらはこちらで極端なほど、二十歳の庶民とは思えぬぐらい、よく出来たコミュニケーション能力である。
少なくとも今のユースとアルミナは、後輩のルザニアの目に、目指すべき先輩の姿というものをちゃんと見せられているだろう。
「さて……どうしますかな。このままおやすみなさいでも結構なのですが、ユースどのらはこの後何か予定はおありで?」
「予定? いや、特には……」
宿で夕食を取って、適当に時間を潰して寝るだけである。
夜に出歩く計画も特にない。人攫いが横行しているとされる街で、地に明るくないユース達が夜遊びするわけがない。
「せっかくですから、少々遊びに参りませんか? 夜は出歩かれぬようにと忠告したのは私ですが、皆様もはるばるこのアルバーシティに訪れて、夜は宿にこもりきりというのも勿体ない話でしょう」
「え、それってハルマ様がご案内してくれるっていう話です?」
「はい、お任せあれ。プレイスポットには通じておりますよ」
「面白そう! ユース、いいじゃんそういうの!」
「ん~……そう、ですね」
歯切れの悪い返事のユースだが、別に乗り気じゃないというわけではない。
根が真面目だから、遊びに行くのが気が引けるというだけで、いいですねって即答できないだけである。
ちょっとだけ考えてから、ここは甘えておくのがいいのかな、なんて結論を出して、そうですねの返答だ。いちいち真面目な限りである。
「ふふ、そうこなくては。では、参りましょうか? それとも、先にお風呂にでも入ってこられますか?」
「あ、そうですね。ルザニアちゃん訓練場で汗かいたし、遊びに行く前にお風呂入りたいでしょ」
「え、ええと……だ、大丈夫ですよ? 私のことはお構いなく……」
「無理しないの、べたつく体で遊びに行っても気が散るよ?」
「アルミナどのの仰るとおりですよ。先にひとっ風呂浴びてからの方がいいでしょうとも」
ハルマとアルミナの二人がいれば、周りも巻き込んで万全の進行となる。話術も思慮も完璧だから。
すみません、お待たせしますが、という一言に始まり、ルザニアがお風呂に入ってさっぱりしてから、夜遊びの時間へと移っていく流れである。
ルザニアが入浴する間、ハルマと宿の玄関口広場でお喋りするアルミナは、どんな所に連れていってくれるんですか、行ってからのお楽しみですよの問答に始まり、これからに対して夢を膨らませていく一方。
ちょっと真面目の過ぎるユースも、少しずつだが肩の力が抜けてきて、後が楽しみになっていた。
隊長職を預かる立場として、強い責任感から物事を難しく考えすぎるきらいがあるが、彼とてまだまだ若い二十歳である。
見知らぬ土地を、エスコートつきで巡らせてもらえるこの後のことには、幼心とさえ言える地の胸中が、わくわくを覚えて当然のことだ。
そういうものは、わざわざ封じなくたっていい。立派な騎士様になるという夢に突き進むことは気高く結構な限りだが、たまには童心を忘れず楽しむことだって必要なのである。
そんなわけでユース達はこの日、夜の街へと遊びに行くことになったのであった。
そう、夜の街。ナナリー女王が、風営法を改正したいとしているアルバーシティの、夜の街へである。




